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未完成品ゆえの弱点

目の前の魔獣が「人造精霊」だと判明し、物理攻撃に高い耐性があることが判明する。

しかし、ブラハムは自身が攻撃すると公言した……のだが。

 ブラハムの反論を受けて、アムルは思わず絶句してしまっていた。勿論、それはそう長い時間では無かったのだが。


「いや、ブラハム? 俺の話を聞いて……」


 すぐに再起動を果たしたアムルは、ブラハムに再度確認を行おうとした。

 ブラハムの持つ武器での攻撃では、この部屋で待機状態にある「領域制圧型精霊複写様式魔獣 SV―0001GX シヴァ」に有効な攻撃は期待出来ないのだ。それも当然である。

 しかしブラハムは、アムルに台詞を全て言わせなかった。


「つまり、あいつは幽体や霊体って事だろ? ってことは、死霊(レイス)幽霊(ゴースト)と同じようなもんって事じゃあないのか?」


 ブラハムの自信は、この考えから来ているのだった。

 人界にも、レイスやゴーストと言った肉体を持たない怪物は存在する。そしてブラハムたち旧勇者一行は、少なからずそう言った相手とも渡り合ってきたのだ。


「いや……。俺の説明が不足していたな。精霊を形作っているのは、幽体や霊体と言うよりも……言わば“精霊体”と言う、独特の情報体で出来ているんだ。レイスやゴーストとは似て非なるものと言って良いだろう」


 ブラハムの持論を聞いて、アムルは静かに否定し説明を加えた。

 彼の推論は、存在が不確かなものを見た時に多くの人が錯覚する事だった。

 だが現実的に、幽体や霊体と精霊体とではその成り立ちが大きく異なっている。さらに言えば、幽体と霊体も微妙に違っているのだ。

 その違いを理解出来ない者からすれば、精霊もゴーストも似たようなものなのだろう。


「でもよぅ。ありゃあ、精霊体じゃあないんだろ?」


 しかしブラハムの発言は、その様なところからは来ていなかった。彼の言は、もっと単純な部分を指摘しているのだ。


「つまりよぉ。ありゃあ未完成品で不完全な、いわば『精霊擬き』なんだろ? じゃあ、本物の精霊体じゃあないって事なんじゃねぇのか?」


「ぐ……」


 ブラハムの指摘は至極もっともで、見事に的を射ていた。

 彼の発言は、先にアムルがブラハムへと告げた内容そのままだった。精霊へ思考に傾倒するあまり、現実を直視出来ていなかったのはアムルの方だったのだ。

 本当ならば、それは喜ばしい着眼点だろう。

 もしも本物の精霊体を持つ魔獣であったならば、本当にアムルが相手をしなければ太刀打ち出来ないのだ。

 しかし眼前の魔導生物は、言わば未完成品の出来損ない。普通の武器でも、十分に渡り合える事が可能であると考えられるのだ。


「……ん? どうした、アムル?」


「いや……。何も……」


 それでも、他人に自分の作り上げたものを「未完成品」や「出来損ない」と言われれば、その様な場合ではないと知りつつもすぐに納得出来ないものであり、事実アムルも少なからずダメージを受けていた。


「んじゃあ、ちょっくら試してみますかね」


 そんなアムルの心情など露ほども知らず、ブラハムはアムルから異論が出ない事を自身の説明で問題ないと受け取った。

 そしてブラハムは、戦闘態勢を取る。


 大剣を肩口からまるで担ぐ様に構え、低く低く状態を床に這いつくばらせんとするほどに屈める。


 それはまるで、頭を下げて許しを乞うている様に見えなくもない姿勢なのだが、実際は大きく異なる。何故ならば、彼の四肢には信じられない程力が籠り、その影響で膨張した筋肉が今にもはちきれんばかりなのだ。

 それに加えて彼の気勢も高まり、まるで目の前の獲物に今にも飛び掛からんとする肉食獣の様相を呈している。

 その姿を目の当たりにして、アムルも先ほどまでのショックを引き摺り続ける事など出来なかった。

 戦闘を前にした武人の姿がそこにあるのだ。彼自身も、緊張感を覚えない訳が無い。


「……ふぅ!」


 小さく嘆息したかと思うと、ブラハムは矢のようにその場を飛び出した。筋骨隆々で逞しく、巨体のブラハムの何処にこれほどの俊敏さがあるのかと疑ってしまう程、彼の動きは風のように早く流麗だった。

 疾風と化したブラハムが、瞬く間に「シヴァ」との距離を詰める。

 一目見ればその容姿は少女然としており、外界で出会ったならば攻撃するのも戸惑うだろう。

 だがここは、魔界の中枢魔王城、その地下にある一室である。

 このような所に少女が迷い込む事など有り得ないし、もしも本当に少女だったとしたならばそれはそれで大問題だ。

 何故ならば、間違いなくその少女はただ者ではないと言い切れるからだ。

 どちらにせよ、ブラハムに手心を加える理由など無かった。

 流れる動きはそのままに、ブラハムは担ぐ様にして構えていた大剣を滑るように振り下ろした。

 その間、白の少女に全くの動きはない。

 そんな少女の肩口にブラハムの剣は達し、そのまま袈裟切りに少女の身体を斬り割いた。誰が見ても、通常ならばそれだけで致命傷だ。


 ―――そう……。通常ならば。


「ぬっ!?」


 ブラハムが声を上げるのと、白氷の少女が顔を上げるのは殆ど同時だった。

 ブラハムの剣が少女の身体を(・・・・・・)すり抜け(・・・・)殆ど床へ達すると同時に、彼女の左手がゆっくりと持ち上がりブラハムの胸へとあてがわれたのだ。


「やべぇっ!」


 即座に何かを感じ取ったのか、初見であるにも関わらずブラハムはそう声を上げて少女の前面より側方へと緊急回避を試みる。

 そしてその一瞬後には、彼の身体があった場所へ凄まじい冷気の槍(・・・・)が放たれていたのだった。

 氷ではないその氷点下の槍は、殆ど実体化しておらず目で追う事も困難だ。勿論ブラハムは、目で見た訳では無く直感で躱した訳だが。

 そこに「冷気の槍」があると分かったのは、周囲との極端な温度差から作り出される光の屈折故だった。


「あぶねぇ、あぶねぇ」


 そしてそれが驚くべき凍度を持っているという事は、実際に体験しなくても分かった話である。

 それを間違いなく理解したブラハムは、大きく距離を取ってそう呟いていた。

 僅か一合切り結んだだけにも関わらず、すでにブラハムの額には汗が浮かび上がっている。

 ただし今度は、離れたブラハムが近づいてくるまで待っていてくれるようなシヴァでは無かった。


「うおっ!」


 音もなく、動きも無く、比喩表現抜きで滑るように床を移動したシヴァは、信じられない程のスピードでブラハムとの間合いを潰した。

 驚きの声を上げたブラハムだったが、彼もまた歴戦の勇者だけの事はあり近づくシヴァに併せて剣を振り下ろしていた。

 殆ど反射神経で取られた動きだったのだろうが、その攻撃は淀みなく正確無比であり流石と唸らされるものだった。


 ―――ただ、相手が悪すぎた。


 通常の攻撃が殆ど効かない魔物なのだ。ただカウンターを合わせたところで、シヴァの動きを止められる術も無い。


「……おおっ!?」


 またもや至近距離で腕を上げたシヴァは、今度は白く輝く氷結を大量に放出した。

 傍から見てもそれと分かる白い結晶が、回避行動に移っていたブラハムを若干呑み込む。


「……ちぃっ!」


 被弾したブラハムは、更に大きく距離を取りアムルの近くまで撤退した。

 今度はシヴァも深追いはしないようで、その場で向きを変えてブラハムたちと正対するだけに留まっていた。


「おい、大丈夫か?」


 眼前に降り立ったブラハムを見て、アムルがそう声を掛ける。

 回避行動を取っていたことが幸いとなり、正面から先ほどの攻撃を浴びるような事は無かったが、巻き込まれた左手左足は無数に切り刻まれている。出血していないのは、斬り割かれた傷口が凍結しているからだろう。

 血が出ていないとはいえ受けたダメージに偽りはなく、先ほどのやり取りではブラハムが後れを取った事を示していた。


「……ああ、問題ねぇ。さっきの攻撃も、温度よりも結晶を打ち出す事に専念していたようだな。手足が凍り付くって事はねぇんだが、無数の刃物に斬られた様に痛ぇ」


 痛みは伴うものの、出血はほとんどしていない。……少なくとも、傷口が凍っている間は。

 それでもブラハムがアムルに助力を乞わないのは、動けないという程の傷ではないからであろう。


「……それで? どうすんだ? やっぱり切れないって事が再確認出来ただろう?」


 アムルも、ブラハムの動きをただ眺めていた訳ではない。彼がどの様な試みを行ったのか、十分に理解していたのだ。

 ブラハムの先ほどの攻撃には、すべて「氣」が纏ってあった事も当然の事ながら理解している。それを踏まえた上での、この発言なのだ。


「……いんやぁ。試すのはこっからだ。……すまんがアムル、肉体強化と対冷気魔法をかけてもらえるか?」


 そんなアムルの問い掛けに、ブラハムは気力の衰えない声音でそう返答したのだった。


怒涛のブラハムの攻撃が、人造精霊には全く通用しなかった。

それでもブラハムの意気は、一向に下がる気配はなかったのだった。

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