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人造精霊

侵入した部屋の中央で佇む白一色の少女。

それを見たアムルは、驚愕の表情を浮かべて絶句していた。

 ブラハムの問いかけに、アムルは呆然自失と言ったセリフで応じたのだが。


「……どうした、アムル?」


 その理由が分からないブラハムは、不思議そうな顔で改めてアムルへと問い質したのだった。

 ブラハムとて、そこから見える部屋の中央に立つ少女がただ者では無い事などすぐに理解出来ていた。もとよりここは魔王城であり、戒厳令下にあるこの城の中に普通の女の子(・・・・・・)が入り込み無事でいられる訳は無いのだ。

 ましてやここは、恐らくは魔王の間へと(・・・・・・)繋がる一室(・・・・・)に間違いはない。となれば、おのずとその存在にも心当たりが浮かぼうというものだ。

 その上で、ブラハムはアムルへと質問したのだ。

 アムルとてそれくらいの事は十分すぎるほど理解しているだろう。

 それにも拘らずのこの表情である。ブラハムが訝しく思うのも、それは仕方のない事であった。


「……あれは」


 それでもアムルはどこか答えるのを苦痛に感じているのか、今度はその顔に苦虫を噛み潰したような渋いものを浮かび上がらせている。

 アムルの視線を追うように、ブラハムも再びその白い少女へと目を向ける。

 それほどにアムルが言い難いほどの魔導生物なのだ。それがどれほどの存在なのか、注視せずにはいられなかった。


「……だよ」


「……あん?」


 緊迫した表情のブラハムの耳に、アムルのボソボソとした声が微かに聞こえて彼は思わず横柄に聞き返していた。

 平時ならば無礼極まりないその態度も、今は誰も気にする者はいない。それはブラハムも、そしてアムルも同様である。

 ただし、この時のアムルは気にならなかった……と言うよりも、気にする余裕が無かったのだ。


「あれは……」


「……あれは?」


 ブラハムに促されて、アムルは再び同じ口調で口を開き、ブラハムも今度は聞き逃すまいとそのセリフを繰り返す。そして。


「あれは……あれを造ったのは(・・・・・・・・)……」


「あれを……造ったのは(・・・・・)?」


 聞きようによっては、もったいぶった余りにも間の取った言い回しは、場合によっては相手の神経を逆なでするものだ。

 しかしこの時、ブラハムはそんな苛立ちよりも緊迫感の方が先んじていた。

 それは、余裕の無さすぎるアムルの表情から来るものであった。


あれを造ったのは(・・・・・・・・)……俺だ(・・)


「あれを造ったのは……アムルゥ!?」


 しかしさすがに、最後の文言を聞いたブラハムは思わず大声で聞き返してしまっていたのだった。

 それもそのはずで、誰がどう見ても白一色の少女の姿。そんな存在を、隣にいるアムルがまさか“造っていた”などと聞けば、驚くのも無理はない事だった。


「お……おいおい。……おいおいおい!」


 そして、ブラハムには俄かにその言葉を受け入れる事など出来なかったのだ。

 魔導生物が、伝魔境を用いて作られている事はブラハムも知っている。その伝魔境を使ってアムルが定期的に魔王城内の魔物を確認しており、彼がその場に居合わせた事も幾度かあったのだ。

 しかし今までに、目の前にいる少女を模した魔導生物など見たことが無かったのだ。それどころか、アムルがそんな怪物を造っているなど知る由も無かったのだから仕方がない。


「アムル、お前……。あ……あんな少女を造る趣味が……」


「ち……違うっ! 早合点するなよっ!」


 ブラハムの驚愕を彩る表情に、アムルが必死で彼を宥めようとする。


「あ……あれはほら、何と言うか……そう! 氷と言うイメージから何となくだな!」


 だがアムルの説明は、もはや弁明にすらなっていない。次第に半眼となって行くブラハムの視線を回復させることは出来なかったのだった。


「アムル、お前ぇ……。4人も妃がいて、しかも子供までいるってのに……」


 アムルの言動、そしてその挙動にブラハムの表情は色を失くして行き、瞼はどんどんと重くなり、僅かに数歩後退っている。いわゆる半眼になって引いている状態だ。

 如何にアムルと言えども、その様な顔を同僚から向けられれば平然とはしていられない。


「……いいか。聞け、ブラハム」


「お……おう」


 突如として真剣な表情となったアムルは、有無を言わせぬ雰囲気を纏わせてブラハムにそう告げた。

 いきなり“素”となったアムルに、ブラハムも思わずこの部屋に来るまでの態度で返事をしてしまっていた。

 このままでは収拾がつかなくなると察したアムルは、ブラハムの誤解を解くことを諦めて本来の問題に向き合う事としたのだ。

 もっとも急にその様な話題転換をされれば、ブラハムの方としてははぐらかされたと考えてもおかしくはない。事実彼は、先ほど浮かべた訝しんでいる表情を崩してはいない。


「あれは以前に俺が研究して作り出した、精霊のひな型だ」


 生温かい視線を感じながらも、アムルは真剣な表情を崩さずに言葉を続けた。


「せ……精霊!? 造ったって!?」


 しかしアムルの話を聞いたブラハムは、そんな浮ついた気分を引き締められる事となったのだった。

 何せ彼の言葉には、到底信じられない文言が含まれていたのだ。


「精霊……。精霊って……造れるのか?」


 つまりはそういう事である。


 一般的な認識を語るならば、精霊は万物の事象に働きかける異界の生命体である。

 いや……その表現も正しくは無いだろう。

 精霊とは、定説にある生物の枠には嵌らない、超常の存在なのだ。

 その身体は呼び出しに成功すれば視認は出来るものの直接触れる事は困難で、肉体すら持っていない。幽体、または霊体でその姿を構成していると考えられているが、それを立証した者は世界の何処にもいないのだ。

 この世に精霊を使役できる者は僅かに存在している。「精霊剣」の使い手であるカレンもそんな稀有な存在の一人である。

 だが世界で有数の「精霊使いスピリット・プレイヤー」であるカレンをもってしても、精霊が実際は何で身体を構成し、どのような生態を持っているのかほとんど知らないのだ。


「……だから、試しに造ってみたんだよ。……精霊を」


 万物に影響し、場所によっては神と等しき存在である精霊をアムルは造ったと言い切るのだ。これには、ブラハムも言葉を失くして当然である。


「まぁ……。まだまだ実際の精霊には程遠い存在なんだがな。もっと研鑽を重ねて、カレンにも手伝って貰わないとダメなんだろうが……」


 前方で立ち尽くす氷の少女の方向を見やり、アムルはブツブツと何かを呟いている。ブラハムには聞き取れなかったが、今後どのような研究を加えてゆくかあれこれと思案しているのだろう。


「……それじゃあ、あれは普通の魔導生物として認識していいんだな?」


 放っておくとどこまでも思考の奥底へと潜ってしまいそうなアムルを、ブラハムが臨戦態勢を整えた声音で引き戻した。

 ハッとした表情で我に返るアムルだが、ブラハムの台詞はしっかりと彼の耳にも届いていたようで。


「……『領域制圧型精霊複写様式魔獣 SV―0001GX シヴァ』。これがあの魔獣の正式名称だが、“普通の”魔獣と考えない方が良い」


 疲労を蓄積していながらも気力を高め今にも攻撃を開始しそうなブラハムに対し、アムルはその気勢を削ぐような発言をした。

 だがその内容を、ブラハムも無視しなかった。当然、やる気を逸らされたという不平を浮かべた表情にもなってはいない。

 アムルの発した真意を確認しなければ、痛い目に合うのはブラハム自身だと誰よりも彼が認識していたのだ。


「……言っただろ? 精霊を造れないかって取り組んだのがあの『シヴァ』なんだぜ? あれが普通の魔獣なら、それこそ俺はただの幼女趣味って事になるだろ」


 目で続きを促されたアムルが、どこか自嘲気味に説明した。もっとも、今やその話の何処にも笑える部分など含まれてはいない。


「精霊は目で見る事が出来る。だが、その身体を普通の武器で傷つける事なんて出来ない。可能性があるとすれば、彼女達が再現する事象を模した『魔法』と言う行為だけだ。……若しくは、それに類する力か、その力を有する武器だけって事になるな」


 つまりアムルは、目の前に立つ「シヴァ」を武器によって攻撃する事は無駄だと言っているのだ。武器を主体に戦うブラハムには、何とも相性の悪い相手と言える。


「……何だよ。殆ど『人造精霊』は完成していたって事なのか?」


 アムルの言い様に嘘が無ければ、その存在は殆ど精霊のそれと大差ない。もしそうならば、シヴァの相手はアムルに任せるより他に手立ては無いのだが。


「……残念ながら、まだ研究中だって言っただろ? 完全に精霊と言う存在を作り出す事なんて、そう簡単に出来るもんじゃあないからな。まだまだ未完成で、若干物質界の理を残している。だから、お前の武器でも全く太刀打ち出来ないって訳じゃあないんだが……。やはり相性が悪い相手なのに間違いはない。ここは俺が……」


 如何に未完成であっても、実体が不確かな魔導生物の相手をするのだ。アムルは自らが攻撃すると進言しようとしたのだが、ブラハムはその言葉を最後まで言わせなかった。


「いや……ここは俺が行く」


 部屋の中央で未だ佇んでいるシヴァを睨みつけ、不敵な笑みを浮かべてブラハムはアムルへそう告げたのだった。


人造精霊を前にして、戦闘を買って出るアムルを制したブラハム。

彼には、何か策がある様なのだが……。

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