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軍議の場で

レギーナの助言を受け、アムルはカレンたちに全ての事情を話す事に決めた。

そして彼は、カレンたちを会議室へと呼び出したのだが。

 アムルが招集した会議室内は、なんとも憤激した雰囲気が渦巻いていた。


みゃ()……みゃて(待て)! キャレン(カレン)!」


「ふぅ―――っ! ふぅ―――っ!」


「あらあら、まぁまぁ」


 それもそのはずであり、その激情した気配を発しているのはカレン。

 彼女の気勢は、約2年前に魔王の間でアムルと対峙した時と比べ、些かも衰えてはいなかったのだ。

 そしてそんなカレンの目の前には、頬を大きく腫らして尻もちをつき、それでもカレンの追撃をジェスチャーで留めようとするアムルの姿があった。

 マーニャ、エレーナ、ブラハムはカレンの後ろに陣取り腕組みをし、それぞれに険しい顔つきをしている。

 そんな光景を、レギーナが少し離れた場所で頬に手を当て、困ったような顔で傍観していた。


ふぉ()……ふぉいぃ(おいぃ)ヘヒーナ(レギーナ)ッ! ふぁなしふぁ(話しが)ふぃふぁうふゃ(違うじゃ)ふぁいふぁ(ないか)っ!」


 凄まじくはれ上がった口では、アムルもまともに話す事が出来ない。

 そして余りに激しいカレンの剣幕を受けて、アムルは涙目でレギーナに小声の抗議をするのだが。


「まぁ、彼女たちの怒りも分からないではありませんからねぇ。あなた、ここは我慢のしどころですよ」


 何ら有効な解決策を明示されはしなかったのだった。


 会議室に呼ばれたカレン、マーニャ、エレーナ、ブラハムは、アムルからこれまでの次第を説明された。

 出来るだけ簡潔に、それでいて要点を踏まえたアムルの説明を聞いてゆくうちに、カレンの表情と気配がみるみる禍々しいものへと変わって行くのをアムルも感じてはいた。

 それでもレギーナに言われた通り、彼女たちも自身の苦悩を理解してくれていると信じ、その全てを話し終えた直後。


 ―――アムルは、カレン会心の一撃を込めた右ストレートを食らっていたのだった。


 ある程度の非難や罵声は覚悟していたアムルだが、問答無用の渾身の打撃を食らう事までは想像していなかったのだろう、彼は無防備にカレンの攻撃を受け大ダメージを受けていたのだった。


『大いなる魔力を以て、傷つけられた体を……』


 このままでは会話もままならないと判断したのだろう、レギーナは静かに魔法の詠唱を開始し、その右手を張れ上がったアムルの左頬に宛がった。

 その途端、アムルの傷はみるみると回復してゆく。


「カレンが良いのを入れたからねぇ。私の極大魔法はやめておいてあげるわ」


 冗談にも聞こえるマーニャの台詞だが、彼女の魔力の高まりは決してジョークを言っている訳では無いとアムルには分かった。


「そうですか―――。マーニャがそういうならば、ここは自重しませんと―――」


 そういうとエレーナも、何処から取り出していたのか金属製の錫杖を再びしまい込む。

 カレン以外にも本気の戦闘態勢を取っていたことに、改めてアムルは嫌な汗を全身に掻いていたのだった。


「でも、俺たちの心情はカレンと同じだぜぇ。これじゃあまるで、信用してもらってないのと同じだからなぁ」


 いつもの様な恭しい言葉づかいではなく、随分と砕けた話し方をするブラハムの声音にも怒気と苛立ちが含まれている。

 それでも行動に移そうとしない所は、まだ彼が大人である証左だからだろうか。


「そうよねぇ。私たちはもう、あんたの妻なんだから。少しは信用して、頼ってくれてもいいんじゃない?」


「その通りです―――。何も軽い気持ちで、あなたとの結婚を決めた訳ではありませんよ―――?」


 マーニャとエレーナも幾分は平静を取り戻したのだろう、声を聴く限りではいつも通りの口調だ。

 それでもその表情に、普段通りの笑顔は浮かんでいない。

 何よりも。


「だいたいっ! 私たちはもう、あんたの家族でしょうっ!? アーニャはあんたの子供じゃないっていう訳っ!? 家族なら、こういう時こそ真っ先に相談するんじゃないのっ!?」


 カレンの怒りのボルテージは、一向に下がる気配を見せない。

 顔を真っ赤にし、柳眉を吊り上げ、その目には涙さえ溜まっている。

 そして何よりもアムルは、カレンの言葉に最も大切な事を気付かされショックを受けていた。


 ―――あんたの家族でしょうっ!?


 アムルはカレンやマーニャ、エレーナを迎え入れ、家族になった気でいたのではないか。

 ブラハムに手を貸し彼の家族を魔界へと移り住ませたことで、責任を果たした気でいたのではないか。

 カレンの一言で、アムルはその事を自問させられていたのだった。


 勿論アムルに、そんな気など毛頭はない。

 しかしどこかで、彼らを「人族」として考えていたかも知れない自分に愕然としていたのだった。


「もう、私たちはとっくに魔族です―――。この地に住む者として―――、同族を脅かす輩に立ち向かう事を、神はお認めになります―――」


 そんなアムルに、とてもエレーナらしい言葉が投げかけられる。

 そして、彼女たちがアムルと同じ魔族なのだと改めて認識させられたのだった。


「……ごめん、カレン。マーニャ、エレーナ、ブラハム。……俺が間違っていたみたいだ」


 立ち上がったアムルは、カレンたちにしっかりと顔を向けた後、深々と頭を下げて謝罪した。

 本来、王である者が他者に頭を下げていい道理はない。

 王とは即ち、最上位の存在である。

 頭を下げるという事は(へりくだ)るという事になり、それはそのまま自身を相手よりも低い位置に置くという所作に他ならない。

 例え言葉の上で謝罪をしたとしても、王は決して頭を垂れてはならないのだ。

 それが分からないアムルではない。

 それでも彼は、この場で頭を下げ謝ることを選んだ。

 それがいま、彼に出来る誠心誠意の行動であると判断したからに他ならなかった。


 周囲に暫し静寂が立ち込め、先ほどまでの怒気も鳴りを潜める。

 その代わり、この場にいるバトラキールとリィツアーノからは驚きの気配を発していた。

 それほどに、アムルの行動は一驚に値するものだったのだが。

 それも、僅かな間だけの事。

 スッと頭を上げたアムルの顔にはもう迷いも後悔すらなく、スッキリとしたものが表れていた。


「今後一切、人界と魔界の事で隠し事はなしにしてよね。いい、アムル?」


「ああ、わかった」


 そしてカレンたちの方も、先ほどまでの憤懣(ふんまん)を引きる様子もなくそう念を押すに留まったのだった。

 彼女たちも、アムルが自分たちの事を考えて人界軍の魔界侵攻について話さなかったと理解はしている。

 それでも……いや、だからこそ打ち明けてほしかったのだから。




 とにかく、この場に蟠っていた問題は解消された。


「それでは、改めて軍議を執り行う」


 アムルの訓令により、一同はそれぞれ会議室にある席に着いた。

 勿論、カレン、マーニャ、エレーナ、ブラハムも同席している。

 今回の事態において事情がカレンたちに知れてしまった以上、彼女たちを外すという事は有り得ない。

 それに相手は人界軍だ。情報を提供してもらいそれを判断基準とすることは、至極当然の事だった。


「リィツアーノ、改めて状況を説明してくれ」


 ある程度の事は、先ほどアムルの口からカレンたちに告げられている。

 それでも軍事会議の態を取るため、アムルは全軍司令でもあるリィツアーノにその説明を求めたのだ。


「はっ! 人界軍は先日、大軍を以て異界門(トロン・ゲート)を通過いたしました! その数、およそ3万! 後続軍の存在は確認されておりませんが、どのような兵を伏せているかは不明です!」


「……3万かよ」


 リィツアーノのここまでの報告を聞いて、ブラハムは渋い顔をして頷いた。

 それは、この場にいる全員が同様である。

 どのような種族かは別としても、その数自体が凶悪な武力なのだ。


「そして、その人界軍は……」


 無論、リィツアーノの話はそれで終わりではない。

 更なる凶報を告げるために、彼はやや間を置かねばならなかった。


「その一部が、異界門に最寄りの村落を急襲。完全に避難を終えていなかった村民と、その避難を支援に向かったわが軍の兵士が襲われ……全滅しました」


 リィツアーノの苦し気に吐き出したその言葉に、カレンたち人界から来た者達は皆一様に、改めて絶句していた。


 彼の話には、もはや人界軍と早期の和解は有り得ないという意味が含まれていたからだった。


一悶着はあったものの、とにかく一同は会議の席に着いた。

だが、この場の問題は解決しても、もっと大きな難題が控えており、早々に解消される気配はなかったのだった。

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