第二次勇者派遣計画
陰謀は、常に密室で画策される……。
人界でも、多分に漏れず策謀が論じ続けられていた。
人界……ロートベルメリオと呼ばれる世界を統べる、世界統一国家。
その首都である聖王都マレクレイにある王城カステルム城の一室。
そこでは現在、世界の首脳が雁首を揃えて魔界に対する今後の方針が話し合われており、それまで停滞していた会議も動きを見せていた。
「つ……つ……次なる一手とは!? 一体、どうするというのだ!?」
威厳などかけらもないただの怯えた小心者の男が、自らの腹心である男に、まるで懇願するような表情で意見を求めた。
この男こそはこの世界を治める国家元首、ロルドス=モナルキア公爵。
この如何にも小人で臆病者に見える男は、その人物像に反して資金力だけは他を圧する程にあった。
彼が今の地位に就く事が出来たのも、偏にその資金力を活かしての事だった。
そして策を求められた人物は、ロルドスの腹心とも言えるグラーフ=マルキオー男爵。
ロルドスの資金力に「力」を与えたのが彼、グラーフ男爵であった。
「事ここに至り、我らが魔界への干渉を取りやめたとて、魔界がこちらへ攻めてこないとは限りません」
グラーフはすぐに代案を告げるのではなく、どこかもったいぶったように現在の状況を口にした。
それは主に話しているのではなく、この場にいる全員に説明しているような口調と声量であった。
それを表すように、その場の一同もグラーフの言葉に頷き返している。
「されば、このまま手をこまねいて相手の攻撃を許すは愚策。敵の侵攻を許せば、戦場はこの人界となり、被害も甚大となるでしょう」
それもまた想像の容易いことであり、室内のどこからも異論は上がらなかった。
「と……という事は、卿は魔界へせ……攻め込むべきと言うのか?」
そして、何処からかその様な発言がなされたのだった。
部屋は全体的に薄暗く、誰がその様な発言をしたのかは分からない。
もっとも、発言主が誰であるかなど、今この場では些事にもならないのだが。
「そうですね。少なくとも、その準備は進めるべきと存じます」
それに対してグラーフは、毅然とした態度ながら丁寧な口調でそう返事した。
この場に集っているのは各自治区の首脳であり、彼よりも階級や爵位は上である。
グラーフが主以外に恭しい態度を取っても、それは何ら不思議な事ではないのだ。
グラーフの声が途切れると同時に、室内にざわめきが起こった。
戦争となれば、必ず勝敗が付いて回る。
兵の損失など歯牙にもかけない彼等だが、敗戦による自身の財や利益の喪失と言うのは避けたいところであり、誰もその責を負いたくないのだ。
勝てば、何の問題もない。
だが敵は、勇者の攻撃を退けるほどの戦闘力を持っている……と思われるのだ。
その様なリスクを、誰が引き受けるというのだろうか。
「それは、魔界へ軍を派遣するという事でよろしいか!?」
収拾のつきそうにない蝉噪の最中、ひときわ張りのある声が響き渡った。
それと同時に、それまで思い思いに口を開いていた一同が即座に口を閉ざし、室内には再び静寂が訪れる。
「その様にお考えいただいて結構です。……コールプス侯」
その尊大な物言いに問いかけられたグラーフは僅かに眉根を寄せて、それでも声音は変えずにそう答えた。
「ならば、我らが先陣を切って乗り込み、魔族の者どもを排してしんぜよう! 我が軍の精強ぶり、諸侯にご覧いれようではないか!」
鼻息も荒くアフィツェール=コールプスは、自らが先頭に立ち魔界侵攻を請け負うと宣言した。
火中の栗を拾うともとれるこの決断に、周囲の者は再び口を開きだした。
その大半は肯定的で、その声音には安堵ともとれる色合いが含まれている。
未知の大地に自軍の兵を送り、もしも大敗したならば目も当てられない。
それをこのアフィツェールは、率先して行おうとしてくれているのだ。浅慮な者達がそう考えても、決しておかしくはない。
しかし一方で、その独断専行を危惧する考えもあった。
もしもその行動が功を奏し魔界を蹂躙したならば、その土地は彼のものとなってしまう。
支配地域がそのまま財産と考える者が少なくない現状では、これ以上軍事色が強く好戦的なアフィツェールに、これ以上勢力を拡大して欲しくないと考える者がいて当然だろう。
「ありがとうございます、コールプス侯。ですが、魔界への侵攻は連合軍で行うが得策と考えます」
そして、そんな不安を救済するが如く、グラーフがその様に提案した。
「ふんっ! 魔界如きにしり込みする者達の軍など、我らには必要ないが?」
それでもアフィツェールは、自国単軍での進撃を主張した。
もっともこの時、彼の思惑に領土拡大と言う計算は含まれていない。
彼は単純に、自軍の威容を他者に見せつけたい……単に戦いだけだったのだが。
「そうかもしれませんが、我らは統一国家です。あらゆる困難に際しては、賛同者が全員で取り組まなければなりません。ご理解ください」
そんな不安を取り除くように、グラーフが落ち着いた口調でそう反論する。
彼のいう事は建前であり、その実はアフィツェールの台頭を抑えるためのものだった。
「ですので、コールプス侯の軍を基幹とし、各自治区より相当の人員を派遣していただきましょう。それだけで、数万の軍勢となるでしょう」
そして彼は、真っ先に声を上げたアフィツェールの功も忘れなかった。
アフィツェールの軍を主軸にするという事は、その指揮を彼に任せるという事なのだ。
「……ふん」
その事を違うことなく汲み取ったアフィツェールは、鼻息を荒くして席に着いた。
彼としても、全ての軍事を自国だけで行うリスクを軽減できたのだから、これは上々の結果だと言える。
何よりも彼は戦いたいのであって、戦力を消耗したいわけではない。
「そ……それでは、魔界へ軍を送るという事でよいのだな!?」
それまで事の成り行きを見守ることしか出来なかったこの国の元首、ロルドス=モナルキアは、おどおどとした口調で信頼する腹心に問いかけた。
ここまでに、彼の意見は皆無と言って良い。
その殆どはグラーフの差配に依るところであり、これではどちらが主でどちらが従なのか知れたものではない。
「……いいえ、策をもう一つ用意したいと存じます」
その問いかけに、グラーフは主に対して腰を折りその許可を求めた。
「も……もう一つだと!?」
イチイチ驚いた口調のロルドスに、この場に参加している面々は半ば呆れたような視線を向けていた。
誰が見ても、ロルドスは支配者として……国を、民を、ここに集う一同を率いるには荷が勝ちすぎている。
それでも、誰も反論異論を唱える事は出来ない。
それはひとえに、彼の財力を恐れての事だ。
だが、それだけではない。
ロルドスの腹心であるこのグラーフが、非常に優秀だからに他ならなかった。
「はい。正面からの攻撃だけで敵を撃破できれば問題ありませんが、相手は魔の者。どのように強力で卑劣な手段に出るか分かりません」
彼の説明は、この場の者達に良く分かる話であった。
これまでに齎されている情報だけを考えれば、魔族は悪の権化であり負の象徴である。
個々の能力は強大で、か弱い人族では到底敵わない存在だとも言われ続けてきたのだ。
面と向かって対峙するだけでは、必ず勝てるとは考えられないのも仕方のない事であった。
「ゆえに、新たに勇者を派遣しましょう」
それでもグラーフが口にした案は、この場の誰もが思いも依らなかった事であった。
「も……もしや、また『勇者の中の勇者』の『神色の勇者』より人員を集い、魔界へと派遣するというのか!?」
「だ……だが、『神色の勇者』の筆頭であった『白の勇者』とその一行ですら、魔王を打つには至らなかったのだぞ!? この上『神色の勇者』から派遣するとなると……」
グラーフの話した内容には、流石に異論が飛び出していた。
世界中より選出しふるいに掛けられて残った「勇者の中の勇者」。
その中でもエリート中のエリートである「神色の勇者」の命をあたら散らせることは、世界の損失であると同時に、各自治区の戦力低下を招くのだ。
今でこそ1つの国としてまとまりを見せる統一国家だが、元は別々の国である。
いずれは元通り分裂し、各々が独立国として成り立っていくだろう。
その時、他国よりも戦力的に……軍事力で著しく劣っているのは思わしくない。
各首脳陣が、グラーフの案に難色を示すのも当然の事であった。
「それについての人選は、こちらで行う事とします。あたら優秀な人材を無駄に散らすなど、私も考えてはおりませんから」
そんな懸案事項も織り込み済みなのか、グラーフの返答は間髪無く淀みない。
また、貴重な戦力を提供しなくても良いというニュアンスで話されれば、首脳たちもその場で異議を唱え続ける謂れもないだろう。
「そ……それではグラーフよ。そなたの考えを是とし、その通りに進めると良い」
一端の終息を見たと感じ取ったロルドスが、グラーフに丸投げともとれる結論を口にし閉会を図った。
それに対してグラーフは、恭しく頭を下げて同意を示したのだった。
この日、此処に対魔界侵攻作戦および第二次勇者派遣計画は立案された。
だが、実行には幾分かの刻が必要であったのだが。
確定した魔界侵攻作戦。
そして、再び魔界には勇者と言う名の刺客が送られる事となったのだった。




