明と闇と
無事にカレンたちへのプロポーズを済ませたアムル。
そして彼らは、いよいよ結婚式に臨んでいたのだった。
カレンに求婚し無事に返事を貰ったアムルは、その後時期をずらしてマーニャに、そしてエレーナにも結婚を申し込み無事にOKの返答を貰っていた。
一夫多妻制が通例のこの魔界では、これはおかしな話ではない。
そして王族ともなれば、第5夫人まで重要視されている。第2、3、4夫人として迎えられる彼女たちにしてみれば、アムルの申し出は決して悪い話ではなかったのだ。
そして彼女たちも、魔界の風俗を学びレギーナ達と接していくうちに、アムルとの結婚を前向きに考える事が出来た結果であった。
その数か月後。
カレン、マーニャ、エレーナの合同お披露目式が執り行われていた。
「……みんな、祝福してくれてる」
「そうねぇ……。こうしてみると、嬉しいものよねぇ」
「ほんとうに―――。なんだか、夢のようですね―――」
仮王宮のバルコニーから城下を眺め、3人は感無量と言った表情をしていたのだった。
結婚式には参加できない町民もお披露目式は街を上げて執り行い、新婦はこの街中を馬車でパレードする予定である。
そこでカレンたちは、新たにアムルに嫁ぐことを臣民に広く公表し顔見せをするのだ。
すでに数日前、結婚式は済ませてある。
さすがに結婚式は、当然1人ずつ別々で行われた。
厳かに、それでいて華やかな結婚式で、もっとも感動していたのは意外にもマーニャであった。
そして最も大変だったのは、言うまでも無くアムルであっただろう。
それでもこれは、彼が望んだことである。
少しも疲れたそぶりを見せることなく、アムルは3人との結婚式を無事に済ませる事が出来たのだった。
「……3人とも、そろそろ行こうか」
純白のドレスに身を包んだ3人の姫君に、アムルはゆっくりと近付きそう声を掛けた。
三者三様に、それでいてその心情は同じものを表しながら、カレン、マーニャ、エレーナは微笑んでアムルに答えたのだった。
ゆっくりと進む屋根のない儀装馬車にアムル、カレン、マーニャ、エレーナは相乗り、今は魔王都レークスの街の大通りを進んでいた。
「……みんな、笑顔だ」
左右に視線を向けその都度手を振りながら、カレンは感慨深げにそう呟いた。
それに、マーニャとエレーナも頷いて答えている。
その事に、アムルは特に口を挟むことなく、やはり沿道の民たちに向けて手を振っていたのだった。
カレンが、マーニャが、エレーナが笑顔の臣民を見て嬉しいと感じているのは間違いない。
町民が笑顔だという事は、それだけこの街が、そしてこの魔界が平和だという証左に他ならないからだ。
如何に人界から来たカレンたちとはいえ、幸せな笑顔を見せる人々を見て気分を害するわけがない。
それでも、彼女たちの胸中に蟠りがないかと言えばそんな事は無く、それはアムルも理解するところであった。
―――本当は、人界でこの様な民たちの笑顔を見たかったのだろうことを。
奇しくも、攻め込んできた魔界で彼女たちが望んでいたものを見るなど、これ以上の皮肉はないかもしれない。
それでも今や、カレンたちは魔界の住人である。
そこに住む人々が、彼女たちが今守っていかなければならない者達なのだ。
通りの左右に立ち並ぶ家屋より、一斉に紙吹雪が舞い散る。
その美しさ、そして町全体を覆うような壮大さは、それを受けている者にとって感無量だと言っても過言ではなく、正しくカレンたちも言葉を失う程感激していた。
レークスの街は……いや、魔界は、カレンたちを心より受け入れそして、この婚姻を心底喜んでいたのだった。
そんな、華やいだセレモニーに前後して。
―――ここは、人界。そのとある一室。
一室と言ってもそこは、非常に広い空間である。
そしてそこには、長いテーブルを挟んで幾人もの人々が席についていた。
それでもここでは沈黙が支配しており、室内に充満する雰囲気も不穏なものであった。
「……では、第一次勇者派遣計画は、失敗したと考えるが妥当と申すか」
参謀役の発言を聞いて、進行役のその男は重々しく結論を口にした。
カレンたちが魔界へと突入して、すでに1年と数カ月が経過している。
如何に魔界が広大で容易に魔王の元へと辿り着けないとはいえ、1年以上も何の音沙汰もないという事は、彼女たちが魔界の地で果てたと結論付けるに十分な状況証拠であった。
そしてこの席に集った者達は、その事を公式見解として採用するかどうかを話し合っていたのだ。
「な……何を言う! あの者らならば間違いないと、そう申したのはそなたらではないか!」
長テーブルの角に当たる、上座と思しき場所に設置された豪奢な椅子。
そこに座った男が、震える声でその場にいる全員を罵ったのだった。
その男こそこの国を……いや、今やこの世界統一国家を纏める国家元首である。
そしてこの場に集っているのは、元は他国であり、今は自治区としてその長に収まっている首脳陣だ。
そう、ここは世界統一国家首都、聖王都マレクレイにある王城「カステルム城」の一室であった。
そこに集った者達の表情は軒並み昏くそして……重い。
それもそのはずであり、カレンたち勇者を魔界へと送りこんだのはこの首脳陣の楽観的な決定でありそして、乾坤一擲の策でもあったのだ。
確かに、当時人界最強と謳われたメンバーをチョイスしたのだ。如何に魔界に凶悪な魔物が跋扈し、そこには魔界を統べる王が待ち構えていようと、彼らはカレン達ならばきっと勝利をもたらしてくれると疑っていなかった。
そこに、何の勝算も策略もない。
ただ魔界へと向かい、倒し、勝利する。
実に安直な命令であり、それが覆される可能性を誰も指摘しなかったのだ。
だがしかし最強勇者たちを送り込むという事は、それが躱され、往なされ、防がれた時、人界側にはもう打てる術がなくなるという苦肉の策でもあったのだ。
その様な捨て身の攻撃を行うからには、相応のリスクが伴うという事を誰もが理解していて然りである。
しかしその当時は誰も、ただの一人として慎重論を唱えなかった。
それはひとえに、自身たちへ民衆が向ける羨望の眼差し、そして支持する気持ちを失いたくなかったからに他ならない。
カレンたちは、長年頭を悩ませていた人界に陣取る魔族を駆逐した。
そしてその勝利は、新たな勝利を渇望させてしまったのだ。
それは何も、貴族王族と言った支配階級の人間だけが抱いたものではない。
その報を聞かされた人民もまた、現状の苦しみから逃れるように、悪しき魔族に勝利する事を望んだのだ。
カレンたちの魔界侵攻は、そういった首脳陣たちの思惑と、人々の望みから半ば強制的に進められた作戦だった。
「……しかしモナルキア様。今となっては、この報告を是とし、次なる策を考えねばなりません」
「つ……次!?」
カレンたち勇者派遣の責任を首脳陣に押し付けるような言い方をする元首に、進行役の男は静かにそう告げ、その案を向けられたロルドス=モナルキアは絶句してしまっていた。
次の策と言われても、彼には何をどうすれば良いのかとんと見当もつかないのだ。
「はい、次の策にございます。先の勇者たちが生きていようが死んでいたとしても、人界側が魔界に対して敵対行為を執った事は、すでに魔界側も周知の事実でしょう。ならば最悪を考慮し、次なる一手を打たなければなりません」
司会役の男……グラーフ=マルキオー男爵は、怯えた様子を隠そうともしない主に対して、ゆっくりと言い含むようにそう告げた。
そして案を聞いたその場の一同もまた、声こそ発しないが深く頷いて同意を示したのだった。
新たに魔界を狙う不穏な空気。
そしてその陰謀は、みるみる形を成してゆく。




