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神子の恩返し  作者: 天天
『雫』パート
53/63

story11「始まりの神子」

 うっわ。もう夜九時回ってるじゃん……片付けは明後日学校に行ってから本格的にやるからそんなに時間かかってないけど、打ち上げ長くやりすぎたな。

「お、お兄ちゃん……補導されないかな?」

「全国で補導対象時間は大体夜十時から十一時ぐらいだから、まだギリ大丈夫だろ」

「文化祭、楽しかったですね~。早く来年もやりたいです!」

 終わったばかりでもう来年の話か……。正直、まだ考えたくもないけど。死ぬほど忙しかったし。

 まぁでもなんだかんだ言って、楽しかったけどさ。今年の文化祭は。

「とりあえず帰って寝たい……めっちゃ疲れた」

 明日は今日の振替で休みだし(文化祭は金土日の三日。日曜分で月曜が休み)。昼まで寝てやる。俺はそれだけの労働をした。死ぬほど寝てやるぞ。早起きは三文の徳? 休みの日でも普段と同じ時間に起きたほうが健康に良い? 知りませーん。

「膝枕してあげましょうか?」

「ぜひ! お願いします!」

「お兄ちゃん」

 あ。瑠璃が本気で怖い目をしてる。運営委員という重役からの解放感で、ちょっとはっちゃけすぎたな。レナの柔らかい太ももで寝れたら、疲れなんて吹っ飛んだのに。

 ……あれ? そういえば、俺がこんな発言すると、いつもまっさきに鉄拳制裁してくる奴がやけに静かだな。

「……」

 振り返ると、雫はなにかを考え込むように、下を向きながら歩いていた。

 霜の手をぎゅっと握りながら。

 そういえば、打ち上げが終わったあたりからあんまり元気なかった気がするな。疲れてんのかと思ったけど、違ったみたいだ。

 おそらくは、霜のことを考えているんだろう。

 ……。

 いつも通りにしながらも、ずっと考えてたんだろうな。

「お兄ちゃん?」

「葉介、どうしたんですか?」

 気が付かないうちに、俺は立ち止まっていたらしい。レナと瑠璃が不思議に思って振り返った。その声に、雫と霜も立ち止まり、結果として全員がその場に立ち止まる形になる。

 雫と視線がぶつかり、俺は頷いた。

 話すなら、今だ。

 先延ばしにしても仕方がない。

「あの……みんなに聞いてもらいたいことがあるの」

 意を決した。そんな感じで、俺たちと……霜を順に見てきた。

 少しの不安を混ぜたその表情。無理もない。それぐらい、雫が今ぶつかってる問題は大きいんだ。

 俺は黙って見守った。

「葉介と……たぶん、レナももうわかってると思うけど……霜はね……改造神力アイテムなの」

 霜の襟首を少し捲り、胸元にある黒い星マークを俺たちに見せる。改造神力アイテムの証であるマークだ。知っていた俺とレナは驚かなかったけど、瑠璃はそうじゃなかった。

「え……? 改造神力アイテムって、ミレイさんが持ってたのと同じってこと?」

 堕ちた神子が、無理やり改造した神力アイテム。ミレイがそれを使って、瑠璃の願いごとを間違った形で叶えた。

 そんな経験があるからか、瑠璃はその単語を聞いただけで、拒否反応に近いものが出ていた。

「瑠璃。とりあえず最後まで聞いてやってくれ」

「う、うん」

 霜は改造神力アイテム。その現実を改めて認識した雫が、少し表情を強張らせる。

「隠しててごめんね。でも、もうなにも隠さない。全部……受け入れないといけないから」

 改造神力アイテムってことは、霜を雫のところに送ってきたのは堕ちた神子。

 その目的。

 それをはっきりさせないと……。

 雫は本当の意味で、霜を受け入れたと言えない。

「霜」

 手を握ったまま、雫は霜の目を真っ直ぐに見つめる。

 霜の目にはなにが映っているのか……それを確認してるみたいに。

 霜はゴーレム。

 ゴーレムの使命は『ゴーレム召還!』の使用者を守ること。

「霜は……どうして私のところに来たの?」

 でも、霜はそれだけじゃない。

 霜が来た理由。それは、堕ちた神子の目的と重なる。

「……」

 霜……。

 霜自身、それがわかってるなら教えてくれ。

 雫のためにも。

 二人のこれからのためにも。

「……お姉ちゃん。私は……」

 普段、あまり表情を変えない霜が、少しだけ、悲しそうな顔をした。

 逆に言えば、そんな霜が思わず感情を表に出してしまう。

 それぐらい。これから霜が話そうとしてることは……。

 雫にとって、残酷なことなのか?

 少しの間を置いて、霜がゆっくりと、重い口を開こうとした。


「目的? そんなの決まってるじゃないか」


 そのときだった。

 闇の中、空から降りてきた一つの影。

 浮いてる……? 背中のあれは……『天使のような悪魔の翼』? ということは……。

(……神子? でも……男……だよな……)

 黒いマントに黒いフードを深くかぶってて、良く見えない。でも外灯に照らされて少し見えたその顔は、若い男に見えた。二十歳前後? ミレイと同い年ぐらいに見える。

 でも、神子は女の子しかいない。確か、ミレイがそう言っていた。

 じゃあこいつは……?

 なんなんだ? こいつは。

「……なんだよ。あんた誰だ?」

 あからさまな警戒を全力で表に出す。威嚇も含めたつもりだけど、男は全く怯んでない。まぁ俺の威嚇なんてたかが知れてるんだけど。

「あらら。警戒されてるね。でもまぁそれぐらいがいいと思うよ。僕は……良い神子ではないからね」

 神子。って言ったな。自分のことを。

 やっぱり神子……でも、良い神子じゃないだって?

 自分からそんなこと言うなんて、一体どういうつもりだ。

「そのゴーレムはね、僕が改造したゴーレムなんだよ。だから、目的なら僕が教えてあげてもいいよ?」

「は?」

 僕が改造したゴーレム? 改造神力アイテムを作ったって言ってるのか?

 ということは……こいつ……。

「元神子。622号。神子から人間へと生まれ変わった存在を確認、観察するため。ゴーレムが君たちと居た目的は、それだよ」

「……え? な、なにそれ」

 雫の疑問。それをあまりにもあっけなくはっきりと答える男。雫は無意識に戸惑いの声をあげてる。俺たちも驚きを隠せない。

 レナを観察するためだって? なんのためにそんなことを……そんなことしたってなにも意味なんて……。

(……そういえば)


『人間になりたい。そう思ってる神子はね、数えきれないほど居るのよ』


 ミレイがそんなことを言ってた。

 そういう神子が、堕ちた神子になる。

 人間になりたかった神子。

 そういう神子たちにとって、レナは……。

「あなたは……神子なんですか?」

 話の対象が自分へと移ったからか、レナが男の正体の確信を得ようとした。

「そうだよ。622号。僕は『始まりの神子』と呼ばれる存在だ」

「……始まりの神子……!?」

 始まりの神子。

 俺には全くわからない単語だけど、レナは明らかに驚いて動揺してる。

「レナ? 始まりの神子ってなんだ?」

「……えっと、確か神子育成学校で教わったことがあるんですけど。始まりの神子は……初代ゼウス様が生んだ、一番最初の神子。確かそう教えてもらいました」

 初代ゼウスが生んだ一番最初の神子?

 ちょ、ちょっとまてよ……初代ゼウスって、それって何百年、何千年とかそういうレベルで前の話だろ?

「い、生きてるわけないだろ! 神子って……確か人間と寿命同じぐらいなんだよな?」

「はい……そのはずです……」

 でたらめを言ってるのか?

 くそ! 俺たちじゃ判断材料が全くない。惑わされるな……なんとか冷静に……。

「嘘言わないで!」

 冷静に。そんな俺の考えを他所に、雫が感情に任せて叫んだ。

 そしてその言葉の矛先は、たぶん、始まりの神子とかそんな話には向いていない。

「嘘? なにがだい?」

「霜が……レナを観察するために……神子から人間になったレナを目的として私のところに来たっていうの? そんなわけないじゃない!」

「そんなわけない? 僕が改造したゴーレムで、僕が自分の目的のために使ったのに、どこに嘘があるって言うのかな?」

 ただただ羅列される男の言葉。でもそれは、雫に現実を突きつけるのには充分すぎた。

 雫の言葉は現実から目を背けてるに過ぎない。

 霜は……。

 レナを観察するために、雫と一緒に居た。

「……霜は……あんたの命令で私と一緒に居ただけなの……?」

「そうだよ。君は騙されてたんだよ。ゴーレムに。本当は君なんてどうでもよかったんだ。ただ622号を観察するために、君の傍に居ただけなんだよ。死んだ妹が帰ってきた。そうやって浮かれてる君のね」

「……」

 雫の心を抉る、残酷すぎる真実。

 霜はなにも言わない。

 なにも言ってくれない。

 こいつは雫のことを調べたうえで、改造神力アイテムを雫のところに送ったんだ。

 こうなるってことがわかってて。レナを観察するのに、一番良い立場を作るために。

 雫の心を……弄んだんだ。

「まぁでも、もう観察は終わりだよ」

 男が、目線でなにかを指示した。

 霜に。

「きゃあ!?」

 なにも言わずに立っているだけだった霜が、突然動いた。一瞬で、レナを片手で無理やり抱きかかえる。

「622号はもらっていくよ。サンプルとしてね」

「サンプル?」

 なにを言ってるんだ? サンプル?

 ……神子から人間になったレナだから?

 いや! 目的なんかどうでもいい! 連れて行かせるかよ!

「霜。お願いだ……レナを離してくれ」

「……」

 俺の呼びかけに、霜は反応を示さない。

 今の霜からは、人としての温かみが感じられない。

 文化祭で、不良を撃退したときに似てる。

 ゴーレム。今の霜は……まさにそうだった。

「霜……」

 そんな霜の表情を変えさせたのは、雫の弱々しい呼びかけ。

 ゴーレムの仮面をかぶっていた霜の顔に、少しだけ温かみが戻る。

「お願い……やめて……レナを離して……一緒に帰ろう?」

「……」

 揺れている。霜の心が。傍目にもそれがわかる。

 霜……。

 届いてるのか? 雫の声が。

「ゴーレム。邪魔者は排除していいよ」

 その声を遮り、男の冷たい命令が、霜に再びゴーレムの仮面を被らせた。

「……了解です。マスター」

 地面を一蹴して、霜が雫に接近。その動きは、俺には視認するのがやっとの速さだ。

「あぐっ!?」

 そのまま霜は雫の腹部に掌底を撃ちこみ、力任せに吹き飛ばした。

「わっ!?」

 吹き飛んだ雫の体を危なく受け止める。ていうか、俺に向かって飛んできて反射的に。

 いつもの雫ならこのぐらい避けるのに。駄目だ。雫は完全に動揺してる。

 全く力の入っていない雫の体を地面に下ろしながら、すぐに霜に目線を戻すと。

「……?」

 霜のオレンジ色の瞳。

 外灯で僅かに照らされたのを、俺は見た。

 キラリと光る。一滴のそれを――。

「あっ!?」

 また地面を一蹴した霜は、人間離れした跳躍で民家の屋根に飛んだ。

 俺も動揺しちまってた。ぼーっとしてる場合かよ!

「レナ!」

「葉介ぇ! 霜! 放してください!」

 暴れるレナ。でも、霜は微動だにしない。

 ゴーレムの仮面を被った霜は、命令に従うだけ。感情の欠片も見えなかった。

「行くよ。ゴーレム」

「この……まてよ!」

 『天使のような悪魔の翼』で飛び上がった男。俺は叫ぶことしかできない。

 追いかけようにも、俺にはその術がない。このままじゃレナが!

「……!?」

 男の後に続こうとした霜が、なにかの気配に感づいて振り返る。

 闇夜の中、民家の屋根を飛んで襲撃してきたのは、

(サンっ!?)

 サンだった。神力刀を構えて、接近した勢いのままに振りかざす。

 って……え? ちょっとまて! その角度はレナもろとも……!?

「うっ!?」

 一線された神力刀。レナごと切り裂こうとしたその刃を、霜が背中で受けた。血じゃなくて、神力の光が背中から少し漏れ出してる。

 ……レナを庇った?

「くっ!?」

 折り返した刃でもう一撃放とうとしたサン。でも、その一撃は神力刀の柄部分を無理やり掴まれ、止められた。

 霜は片手。サンは両手にも関わらず、神力刀は全く動かない。

「うあっ!?」

 そのまま力任せに、サンは体ごと投げられて、屋根から落とされた。

 サンがあんなに簡単に……。

「じゃあね。けっこう楽しかったよ」

 空に消えていく男。暗くて見えないけど、声で笑ってるのがわかる。

「姉妹ごっこ。がね」

 最後まで、雫の心を嘲笑う言葉を残して。

 いつの間にか、霜の姿も消えていた。

「レナ……くそ!」

 雫を瑠璃に任せて、屋根から落とされたサンの元へと向かう。めっちゃ勢いよく落ちてたけど、もう起き上がってるな。

「……大丈夫か?」

「問題ない」

「サン。さっき……なんでレナごと斬ろうとしたんだ?」

 少なくとも、俺にはそう見えた。霜が背中で刃を受けなかったら、レナも斬られてた。

 サンにどういう意図があったのか。それは確認しないといけない。

「言ってなかったか? 神力刀は、神力を斬る刀だ。人間は斬れん」

「え? そうなの?」

 確かに神力を斬るとは聞いてたけど、人間は斬れないなんて知らなかった。なるほど、レナは今は人間だ。あのまま刃を一線しても、レナを斬らずに、霜だけを斬ってたってことか。

 ……だったら、いつもサンに斬られそうになったとき、びびる必要なかったんじゃん。

「行くぞ」

「え?」

「レナを助けにだ。ミレイとカールがすでに動いている」

 ミレイとカールが? あの一人と一匹。いないと思ったらなんかやってたのか。

「レナたちがどこに行ったのかわかるのか?」

「『ゴッドパワーマップ』ですぐにわかる。あいつらはこの街から出られん」

「ん?」

「ミレイたちが『バリアー張ってたから無効な』で街に結界を張った。神力の壁で一定区間を包囲するアイテムだ。本来はそんな大規模な結界は張れないが、ゼウス様の神力が込められた特別性だ」

 相変わらずのネーミングセンスだな。神力アイテムは。ガキの鬼ごっこでの言い訳かよ。

 俺たちが知らない裏で、サンたちはしっかりと動いてたんだな。これなら、レナをきっと助けられる。……後はあっちか。

「……雫」

 瑠璃に支えてもらわないと体を起こしてもいられない雫。体のダメージっていうより、精神的なダメージのほうが大きいからだろうけど。

「聞いてただろ? レナを助けに行くぞ」

「……」

 顔を伏せたまま、雫は答えない。

「レナがどうなってもいいのか?」

「……いいわけないでしょ」

「だったら行くぞ」

「……届かなかった」

 いつもの雫からは考えられない。かすれるような声。

「私の声……霜に届かなかった……行ってどうしろっていうの? 私は……私になにができるっていうのよ……霜は……霜はもう……」

 あー駄目だこりゃ。完全に弱気になってる。

 少し活を入れてやらないと駄目だな。

「ばぁか」

「はぁ!? 誰が馬鹿よ!」

 お? 少しだけいつもの調子になったな。

 雫はこうでなくちゃ張り合いがない。

「お前、本気で霜になにも届かなかったと思ってるのかよ」

「……え?」

 俺の声は届いてなかったかもしれないけど。

 雫の声は、確実に霜の心を揺らがせていた。

 男に命令されて、ゴーレムの本能で雫を殴ったとき……。

「届いてなかったら、なんで霜は泣いてたんだよ」

 霜は泣いていた。

 霜は確かにゴーレムだけど……。

 雫の妹。

 雫の心から生まれた霜でもあるんだ。

 雫の声が届いてないわけがない。

 昔の霜も、今の霜も、同じ『霜』なんだから。

「言っただろ。これからなにがあっても、お前は霜を信じてやれって。霜の味方でいてやれって。んでもって……俺は二人の味方だ」

「葉介……」

 ああそうか。さっきのは言い方が悪かったな。

 レナを助けに行くんじゃない。

「レナと『霜』を助けに行くぞ。雫」

 諸悪の根源はあの始まりの神子を名乗ってる男だ。

 あいつをなんとかすれば、霜を縛るもんはなくなる。

「……うん!」

 雫の目にいつもの光が戻った。よし。とりあえずは大丈夫だな。

「雫さん」

 ただ成り行きを見守っていた瑠璃が、雫の手を握る。

「いきなりのことで、ちょっとわからないことだらけだけど……私も、雫さんと霜ちゃんの味方だよ。霜ちゃんは……悪い子じゃないもん」

「……」

 無言で、雫は瑠璃を抱きしめた。

 うん。いつもの調子だな。

「……あいつは、レナを庇ったな」

 神力刀を鞘に納めたサンは『あなたに届けたい』を手に持っていた。ミレイたちと連絡を取ってるみたいだ。

「神力刀が、神力しか斬れないことを知らないゴーレムは、レナを庇った」

「ああ……俺もそう見えた」

 やっぱり、あのとき霜は……レナを庇ってたんだ。

「まぁサンプルを守った。とも言えるがな」

「……サン。捻くれてるな」

「うるさい。だが……そのせいで私も不覚を取った」

 なるほど。霜がレナを庇ったことに動揺して、あんな簡単にあしらわれたってことか。

「話はまとまったか?」

「ああ」

「ならば行くぞ。始まりの神子……白状させることが山ほどある」

 あれ? その話をしてたとき、サン居たっけ?

 ……ちょっと前から居て、影から俺たちのこと見てたんだな。

 まぁいいか。

 始まりの神子、か。

 全く……なんかめっちゃでかい話になってきたな。

 初代ゼウスが生んだ最初の神子が生きてたかもしれないなんて。



☆★☆★☆★



「やられたね」

 人気のない街外れの公園の中で、始まりの神子を名乗った男は、張られた結界を前に、ため息をついた。

「普通の神力アイテムなら簡単に破れるんだけど、よりによってゼウスの神力が込められてるとはね。これは少し時間がかかりそうだなぁ」

「……」

 霜に抱えられたままのレナは、身動きが取れなかった。

 だが、きっと葉介たちが助けに来てくれる。それを信じ、少しでも相手から情報を引き出そうと話しかける。

「あの……始まりの神子っていうのは、初代ゼウス様が最初に生んだ神子、ですよね?」

「んー? そうだよ」

「えぇっと……初代ゼウス様が神子を生んだのはかなり昔のことのはずです。なのにどうして……」

「どうして生きているのか? それを聞きたいのかい?」

 レナの質問を、男が先に口にした。

 見透かされていることが、少し不気味で、恐怖感が湧いてくる。

「確かに、神子の寿命は人間と変わらないけどね。でも、仮にも神族だよ? 不可能だなんて言いきれないんじゃないかな」

 神子も確かに神族ではある。

 しかし、基本的に神子はゼウスから神力を与えられないと、なにもできないのだ。それは、レナもよく知っている。

「でも……」

「そんなことよりも」

 男の目が細められ、鋭くなる。レナはその底知れぬ威圧感に、体を強張らせる。

「どんな気分なんだい? 神子の宿命から合法で逃げられた気分は」

「……え?」

「ゼウス公認。合法で人間になれたっていうのは、どんな気分かって聞いてるんだよ」

 神子が宿命から逃げることは、普通ならば許されないことだ。

 レナは、葉介の願いで人間として生まれ変わった。

 合法。その言葉がレナに重くのしかかる。

「わ、私は……別に……」

「別に? そんな恵まれた環境で、別に? 君みたいに人間になりたい神子が、今までどれだけの数いたか、知ってるのかい? 622号」

 男の一つ一つの言葉が、レナに畏怖の念を抱かせる。

 それだけ、男の言葉には強い感情が込められていた。

 憎しみ。嫌悪。

 そんな感情が。

 かつてミレイからも感じたが、それとは比べ物にならないほどの。

「私は……私は……葉介と……」

「君だけずるい。そうやって思われても仕方ないんだよ。神子の宿命に縛られて、人間に憧れて、でも逃げることが許されなかった。その気持ちが……君にわかるのかい?」

「……う……うぅ……」

 かつては、レナも神子の宿命を全うして消えた。

 今まで、たくさんの神子がそうやって生きてきた。

 レナはそれから逃げた。そう思われても仕方がない。

 たとえ、葉介が願ったおかげだとしても。

 知らないうちに、レナの目から涙がこぼれていた。

「……!?」

 空から急下降してきた一つの影。霜は一瞬反応が遅れ、頭への衝撃にバランスを崩す。

 その一瞬の隙に、抱えていたはずのレナを奪取されていた。

「あらら……まぁ気持ちはものすごくわかるんだけどねぇ」

 レナをお姫様だっこしながら、妖艶な笑みを浮かべていたのは、

「可愛い女の子を泣かせるのは、関心しないわねぇ」

 ミレイだった。

「逃げるとかずるいとか……この子たちはそういうんじゃないわよ。もっと純粋で、純情なんだからぁ」

「ミ、ミレイさん……」

「はぁい。レナ。助けにきちゃったわよぉ」

「レナ! 大丈夫!」

 ミレイの鞄から顔を出したカール。犬のようにクンクン心配そうに鼻を鳴らしている。

「カールちゃんって、やっぱり犬じゃないのぉ?」

「僕は猫だよ! 見ればわかるだろ!」

「まぁどうでもいいんだけどねぇ」

「どうでもよくない!」

 二人のやり取りを聞いて、レナは少し表情を緩めた。男の威圧感から解放され、体に力が戻る。

「もうすぐ、サンと葉介君たちも来るわ。立てるかしら?」

「はい。ありがとうございます」

 レナを下ろし、ミレイは男に向き直る。

 観察するように、男のつま先から頭まで、食い入るように見ている。

「……似てるけど、違うわねぇ。私に改造神力アイテムを渡してきた、あいつと」

「初めまして。だね。301号。君が言ってるあいつっていうのは『ゼロ』のことだね」

「……ゼロ?」

「僕と同じ、始まりの神子の一人……いや、ゼロこそが本当の意味で始まりの神子。ってところかな。そして僕は『ワーノ』」

 ワーノ。と名乗った男は被っていた黒いフードを取り、額を指で示す。

 無造作な白髪の隙間から見えた額には……神言語で『1』と書かれていた。

「ワーノは神言語で1って意味だよ。始まりの神子は全部で七人居るんだ。僕はその中の一人にすぎない」

「ふぅん……面白いわねぇ。ちょぉっとお話聞かせてもらおうかしら」

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