story10「なにがあっても」
「葉介! 飲み物足りないわよ!」
「今買い出しに行ってるよ!」
「待ってられないから私が取りに行くわ!」
「って、おい! その格好で学校から出るんじゃねぇよ!」
俺の制止も聞かず。雫は教室を出て行ってしまった。
おいおい……あんな格好(巫女服)でスーパーとか行ったら、目立って仕方ないぞ。いやでも、神社でバイトしてるって考えれば案外普通かも……。(無理があるか)
まぁいいか。俺の制止を聞かないのが悪い。ていうか、雫なら周りの目とか気にしなそうだし。
「雫。元気になってましたね」
「ん? そう見える?」
「はい! いつもの雫でした」
いつも一緒に居るレナからそう見えるってことは、完全に吹っ切れたみたいだな。
まぁ俺から見てもいつも通りだし。とりあえずは安心だ。今は文化祭を乗り切ることを考えよう。
「……やっぱり、葉介のおかげですか?」
「へ?」
「葉介が雫になにか言ってくれたんですよね?」
す、鋭いなレナ……。
「な、なんでそう思うの?」
「雫が葉介を見る目が……いつもと違ってましたよ。見直したって目をしてました」
よく見てるな。レナは。
別に俺のおかげなんて己惚れるつもりはないけど。俺は自分で思ったことを言っただけだし。実際に心を切り替えたのは雫自身だ。周りがなんて言おうと、けっきょく最後は自分次第だ。
「やっぱり、葉介は頼りになりますね~」
「俺が? なんで?」
ケンカも強くないし、決断力も別にないし、特に他人より秀でてる部分なんてないし、どっちかって言うとへたれな俺が……ていうか自分で考えてて虚しくなってきた。
「優しいからです!」
「……」
優しいって、女の子の評価からで定番だけど。けっきょく『良い人』止まりであんまり良いイメージないけど。そういえば俺ってよく言われるな。お人好しって。
まぁ……褒められてるんだろうから。素直に喜んでおこう。
ついでにご褒美とか要求したい。
「じゃあご褒美としてぎゅってしてくれ」
あ。欲望が声に出ちまった。
「わかりました!(ぎゅっ)」
本当にしてくれた!? ありがとうございます! これだけで俺は今日一日頑張れます! レナ成分(雫の真似)で俺の疲労は吹っ飛んだ! さぁてバリバリ仕事するぞぉ!
「お兄ちゃん」
無駄に張り切ってた腕を振り回していると、後ろから声をかけられた。裏方から普通に入ってくるってことは……。
「やっぱり瑠璃か。なんだよ。今日も来たのか?」
「だって……もう大体回っちゃったから……」
まぁそりゃそうだ。三日もやってれば、生徒はもう見るところもなくなってくるだろ。一般の客は新規ばっかりだから、俺たちは変わらず大忙しだけど。
「霜ちゃんも来たんだよ」
「……こんにちは」
瑠璃の後ろから顔を出した霜は、深々と頭を下げてお辞儀してきた。
昨日のこともあって、霜を見た瞬間に俺は少しだけ動揺しちまったけど、すぐに普段通りを演じた。
「とりあえずなんか食う? 雫は今飲み物買い出しの手伝いに行ったからいないけど」
「あ、私……チョコレートケーキ」
「私も同じので」
瑠璃の好きな辛い物はメニューにないからな。辛い物と甘い物が同じぐらい好きな瑠璃は、ウチの人気メニューのチョコレートケーキがお気に入りらしい。昨日も頼んでたし。霜は瑠璃につられてと言うか、よくわからないから同じ物を頼んで置こうって感じ。
空いてる席にに案内してやると、すぐにレナが飛んできた。
「あ! 瑠璃と霜です~」
「レナ。おもてなししてあげて」
「了解です!」
あとはレナに任せよう。もうすぐ昼だし。忙しくなる前に最後のシフトをチェックしとかないとな。最終日の午後。本当のラストスパートだ。
「よーう。天坂。ここらで俺の最終作戦を発動するぞ」
「えーっと……レナは三時ぐらいに少し休憩入れて、ラストスパートはやっぱり主力メンバーで……」
「……気持ち良いぐらい綺麗にシカトすんな」
うるせぇな。浅賀の戯言に付き合ってたら時間の無駄なんだよ。
「それ以上シカトすると、俺いじけるからな? いじけた俺はすっげぇ面倒だからな? いいのか? やっちゃうぞ? いじけちゃうぞ?」
うわっ。マジ面倒くせぇ。仕方ねぇな……。
「……なんだよ。最終作戦ってのは」
「よくぞ聞いてくれました!」
お前から言ったんだろうが。いじけるぞとか言って無理やり聞かせたんだろうが。
「コスプレ喫茶の真骨頂……いや! コスプレの真骨頂! それが俺の最終作戦だ!」
「いいから早く言え」
「花嫁衣裳はな……男のロマンなんだ」
「よし。家に帰れ」
「まて! 最後まで聞け!」
もういいよ。お前の欲望全開の話はよ。
「俺の姉貴がな。結婚式のプランとかを考える会社で働いてるんだけどよ。そのコネでだな。花嫁のドレスを四着。借りてきた」
「……つまり?」
「決まってるだろ。一番可愛い女の子四人にそれを着てもらって客を集めるんだよ」
お前は本当にとんでもないことを考えるな。もうなんか逆に尊敬する。
大体……花嫁ドレス? 結婚式のプランとか考える会社から借りてきたって……。
「それって本物の花嫁ドレスってことだよな? 汚したりしたらどうするんだよ?」
「姉貴が責任を取ってくれる」
本当だろうな? なにかあっても俺は知らないぞ。本物ってことは値段馬鹿高いだろうし。
「大体お前、賞品がユルユルランドのフリーパスってわかってからやる気ゼロだったじゃん」
「はっはっは! 決まってるだろ? 客を集めるってのはついでで、俺が見たいだけだ」
なんかもう……いいや。つっこむのも疲れてきた。どうせ俺が反対しても勝手にやるんだろうし。だったら俺がこいつの欲望を制御したほうが被害が少なそうだ。
「可愛い女の子四人って誰に着せるんだよ?」
「三人は決まってる。レナちゃんに鳥海にお前の妹だ」
それってお前が見たいリストだよな? そもそも瑠璃はウチのクラスどころか一年なんだけど。なに当たり前のように候補に入れてんだよ。
ていうか……うーん。それっていいのかな? コスプレどころか本物の衣装だし。生徒会に文句言われないかな? 文句言われるの俺なんだけど。
「あんたたち、そんなところで喋ってないで手伝いなさいよ」
いつの間にか雫が戻ってきてた。手に持ってたペットボトルジュースを俺に当たり前のように持たせる。相変わらず俺を荷物台車みたいに扱う奴だな。
「ちょうどいいところに来た鳥海。花嫁ドレスに興味はないか?」
「はぁ?」
「俺のコネで手に入れた本物の花嫁ドレスだ。これを着て客を集めるんだ。いやぁ……天坂がどうしても鳥海に着てほしいって聞かなくてな」
「おいコラてめぇ!」
俺に責任転換してんじゃねぇよ。見たいのはお前だろ。俺がなんか変態みたいになるだろうが。
「……そんなの着てなにすればいいのよ?」
「なぁに。着て、ただ居るだけでいい。それだけで客は集まる。レナちゃんと天坂の妹も一緒だぞ」
「まだレナにも瑠璃にも許可取ってないだろうが!」
「大丈夫だって! お前が頼めば二人とも断らないだろ?」
俺が頼むのかよ! けっきょく全部俺に押し付けてんじゃねぇかよ!
「……」
ほら見ろ。雫のあの冷ややかな目を。完全に俺の趣味だと思われてんじゃねぇかよ。お前、あとでマジ覚えてろよ。夜道には気を付けろ。背後から殴られても文句言えないぞ。
大体雫が着てくれるわけないだろ。自分なんてどうでもいい。回りの女の子の衣装にしか興味のない雫が……。
「まぁ。葉介がどうしてもって言うなら着てあげてもいいけど」
ほらな。自分の格好とかどうでもいいってよ。全く興味ないってよ。うぐぐ……断られたことでなんか俺が一層可哀想な奴に……って。
「え?」
気のせいかな。今着てくれるって言った?
「なによ? 着てほしいんじゃないの?」
「い、いや……うんまぁ……」
「あんたがどうしてもって言うなら着てあげるって言ってるの」
こんな欲望全開の提案を、雫が簡単にOKするだと? な、なにか裏があるんじゃないか? 逆に怖いんだけど……。
あ、いや。レナと瑠璃を一番近くで見られるって特典があるか。うん。きっとそれだ。でないと雫が動くわけがない。
「じゃ、じゃあお願いします……」
「はいはい。仕方ないわね」
面倒くさそうな声と裏腹に、ちょっと嬉しそうに見える。
うぅん……レナと瑠璃を間近で見れる特典がそんなに嬉しいのか。
「それで天坂。残りの一人に心当たりはないか?」
「お前、本当に全部俺に押し付けてんな」
つーかもう誰でもいいじゃん……ウチのクラスは可愛くない女子のが少ないんだし。適当に頼めよ。
「残りの一人?」
「おうとも。花嫁ドレスは全部で四着あるんだ。お前とレナちゃんと天坂の妹で三着。残りの一着を誰に着せようかと迷ってるわけだ」
「別に無理して四着使う必要ないんじゃねぇの?」
「ばっか! 俺の眼福が一人分減っちまうだろ!」
おい。本音出てるぞ。
「ちょっとあんたたち……」
あ、おいほら……本音で欲望まるだしってことがわかって、雫がさすがにお怒りだぞ。俺は知りません。こいつが勝手にやりました! むしろ俺も被害者です! 鉄拳制裁ならこいつだけにやってくれ!
「残りの一人は霜しかいないでしょうが! なにを悩んでるのよ!」
えぇっ!? 怒るところそこぉ!?
そもそも、霜はウチの学校の生徒ですらないんだけど。また手伝わせるのかよ。
「霜って誰だ?」
「雫の妹。瑠璃の隣に居るだろ? ていうか、一昨日はコスプレして店を回してくれもした」
「まじか。あまりにもたくさんのコスプレ女子を観察しまくってたからからわかんなかったぜ……俺としたことが! 鳥海の妹を見逃すとは!」
何気に最低なこと言ってやがる。
じっと、瑠璃と霜の居るテーブルを見つめる浅賀。その目は卑猥な感情が全力で込められている。外でこの目をしてたら職質くらうな。もう捕まっちまえ。
「……イイネ!」
カタコトになってるぞ。鼻の下伸びすぎだ。
……ああそっか。浅賀は一昨日、先生を呼びに行ってたから、霜が不良を投げ飛ばしたりしたのを知らないのか。
昨日今日で、もう霜を恐々と見てる奴はいないみたいだし、まぁ大丈夫か。
「完璧じゃねぇか! よぉし! じゃあ天坂はレナちゃんと妹に交渉よろしく」
やっぱりと言うか……けっきょく俺任せなのね。
大体どうやって頼むんだよ……霜は雫が言えば着てくれるだろうけど。うーむ……ストレートに言えばいいか? 花嫁ドレス着てくれって。下手に遠まわしに言うよりはいいかも。
「あれ? 葉介。どうしたんですか?」
瑠璃たちのテーブルに行くと、丁度レナがチョコレートケーキを持ってきたところだ。よし。チャンスだ。頼むなら今しかない。
「レナ。瑠璃」
「はい?」
「なに?」
ストレートに……それが逆に邪な心はないって証明になる! クラスのために……クラスが客動員数一位になるために!
「俺のために花嫁衣裳を着てくれ!」
「「え?」」
ストレート。そればかりが俺の頭を駆け巡り、出てしまったその言葉。一部、言い間違いがありました。俺のためじゃなくてクラスのためだろうが! そして直後、雫の右ストレートが俺の後頭部を打ち抜いた。
「あんたね。それだと違う意味に聞こえるでしょ? 馬鹿なの?」
「うん。今のは俺もなんか違うなって思った。ていうか間違えた」
けっきょく、俺を差し置いて、雫がレナたちに事の次第を説明した。最初からそうしてもらえばよかった。俺、殴られ損。
「おーおー。まとめて告白か? この際、一夫多妻制の国に移住すりゃいいんじゃね?」
「浅賀。元はといえばお前のせいだろうが」
お前が俺が頼めば断わらないとかなんとか言いやがるから、俺のため、なんて出ちまったんだよ。
「よし。作戦開始は午後四時からだ。花嫁ドレスはそれまでに姉貴が届けてくれる。四人には早めに着替えるように言っておいてくれ。あ~楽しみだぜぇ。俺のコネに感謝しろよ~」
満足気に、浅賀は鼻歌を歌いながら行ってしまった。
感謝しろ? 逆に言うと、あいつはドレスを用意しただけで、後は全部押し付けてるだけじゃん。ドレスの用意だって姉ちゃんにやってもらってるだけだし。
「けっこんしきに着る衣装ってどんななんでしょうね? 楽しみです!」
「は、花嫁ドレスなんて……私に似合わないんじゃないかな?」
「大丈夫よ瑠璃ちゃん。そのまま私のお嫁さんになっていいのよ?」
とりあえず、交渉は成功みたいだ。雫も欲望が暴走してるけど。
「……私も着るんですか?」
「そうよ。霜。私のお嫁さんになるために」
姉妹! 姉妹同士でなに言ってるの?(ゴーレムだけど)
うぅん……最後の最後でビッグイベント。というか、俺の心労が増えた。大丈夫かな? 生徒会から怒られないかな? 校長先生に目をつけられないかな?
えっと……作戦開始は午後四時とか浅賀は言ってたな。あと四時間。
終了の二時間前は客が一番入ってくる時間帯だ。そこに狙いを絞るってことだろう。自分が見たいだけのくせに、いちおう客動員のことも考えてるんだな。
「葉介」
「お?」
コスプレ喫茶の裏方に、サンの姿があった。瑠璃といい……いちおう関係者以外立ち入り禁止なんだけど。まぁいいか。
「どうしたんだ?」
「どうしたと言うわけではないが……」
ちらりと、雫のほうを見るサン。その視線に気がついた雫が、脱兎のごとく走ってくる。
「サン! なに? お客さんとして来たの? 残念ね~。コスプレ衣装が余ってればサンにもコスプレしてもらったのに。仕方ないから全力でおもてなししちゃおうかしらね!」
「は? いや……私は別に」
拒否しようとしたサンだけど、雫が強引に押す。
「お客様お一人ご案内~。レナ! おもてなししてー」
「了解です~」
「お、おい! ちょっとまて! というか雫……お前、自分の状況がわかって……」
サンの主張は聞き入れてもらえなかった。
うんまぁ……そりゃ戸惑うよな。雫にあんな選択肢を与えたことに罪悪感を感じていたサンだ。なのに、当の張本人があんな調子だもん。
開き直り。そんな風に見えるかもしれない。
でも違う。
雫はもう決めてるんだ。
自分がやるべきこと。本当にこうするべきだと思うことを。
「……あれ?」
そういや、ミレイとカールがいなかったな。
カールはともかく、いちおう、サンはミレイの監視役なんだから、放っておいていいわけないと思うんだけど。
☆★☆★☆★
「ぐへへ」
「気持ち悪い声だすな」
欲望全開の浅賀。作戦開始の四時目前になって、もうなんか殴りたいほど緩んだ顔になってる。
レナ。瑠璃。雫。霜の四人は今、空き教室で花嫁ドレスに着替えてる。なんか……浅賀のお姉さんがノリノリで手伝ってたぞ。可愛い女の子ばっかりでテンション高かったな。なんか姉弟って感じがした。ノリが似てる。血筋ってすごいな。
「ていうか別に、そんな作戦いらないぐらいに客入ってるけどな」
むしろレナと雫がこのまま普通に接客したほうがいいと思うレベルだ。
「俺が見たいんだ。客なんて二の次」
「……なんかもう。お前の真っ直ぐさは関心するよ」
呆れを通り越した関心だけど。
まぁ正直……俺もちょっと楽しみではあるんだけど。いや、美少女四人が花嫁ドレスを着てくるってのに、ワクワクしない男なんていないでしょ? 当然の心境でしょ?
「……葉介」
サンに首襟を引っ掴まれた。い、痛い……。
「な、なんだよ?」
「雫はどうしたんだ? いくらなんでも元気すぎやしないか?」
「元気なのに越したことなくない?」
「それはそうだが……」
悪いけど、まだサンには言えない。雫が自分で選択して、行動するまでは。
だから俺は話題を逸らすことにした。
「それより、ミレイはどこ行ったんだ? 監視されてる立場のくせに単独行動?」
「……さぁな」
さぁな?
いいのかよ。監視役がそんなんで。
ていうか、なんか隠してないか?
「……ん?」
廊下からわかりやすいざわめきが聞こえる。これは……来たな。
「でゅえっへっへ」
「お前。そろそろアウト」
キモイを通り越して怖いわ。
教室の扉を開いて入ってきたのは……花嫁ドレスに身をつつんだ美少女たち。教室内の男はもちろん、女子たちからも歓喜の声が溢れる。
「「「きゃあ~~~!」」」
「きゃあ~~~~~~!」(浅賀)
一際でかくてキモイ声が入ったことを深くお詫び申し上げます。
「天坂……俺、今日死んでもいいかも……」
「あっそ」
勝手に逝け。
それにしても……俺も思わず声が出そうになった。これは想像以上に……。
(……壮観)
普段。レナと瑠璃は可愛いって言う感じが似合ってるけど、今は違う。
綺麗だった。
少し化粧をしてるせいもあるかもしれないけど……は、花嫁ドレス……恐るべし。こんなに大人に見えるとは。ドキドキしちまう。
そして雫と霜の姉妹ペア。正直言ってやばかった。
なにがやばいって……。
(美人姉妹……)
なんかもうね。二人でワンセット感が。お得感が出てて(うまく伝えられない)。
単体で見れないんだ。二人で美貌も二倍って言うか……それがなんかやばい。
もう一度言おう。
めちゃくちゃ綺麗だった。
四人全員。
中でも、雫が一番大人っぽく見える。スタイルが一番だからかもしれないけど。
「……」
昨日の雫の顔が脳裏に浮かぶ。
ほんのり赤く染まって、すぐ近くまで迫ってきた、雫の顔が。
……。
なにをドキッとしてるんだ。俺。相手はあの雫だぞ。俺を男として見ない。奴隷みたいに扱う雫だぞ? あの抜群の容姿の裏は獣なんだぞ?
でも……。
しょうがないじゃん。綺麗なんだもん。
「葉介! どうですか? 似合いますか?」
「……ど、どう? お兄ちゃん」
さっそくレナと瑠璃が俺に駆け寄ってきた。歩きづらいのか、よたよたとしてる。裾が長いもんな。手で持たないと地面を引きずる。
「……似合い、ます?」
霜まで俺の周りに集まってくる。
……なんで? なんでみんな俺に感想を求めるの?
「黙ってないでなんとか言いなさいよ」
え? 雫まで俺に感想を求めてる?
ちょ、ちょっとまて……この四人を前にして、気の利いた感想なんて俺は言えないぞ。言えるのは、見たまんま、感じたまんま、そのまんまの感想だけだ。
「……とても綺麗です」
なぜか敬語。ちょっと緊張してるぞ。俺。
「なんか……天坂君が四股かけてるみたいね」
「うん。この中の誰にするのよ! みたいな感じだね」
コラ。そこの女子二人。変なことを言うんじゃない。俺はそんな最低男じゃないから。
「……? 私たちは……みんなで葉介君のお嫁さんになるんですか?」
「「「えっ!?」」」
俺。レナ。瑠璃の驚きと焦りの声が響く。
なに言ってんの霜。日本は一夫多妻制じゃないから!
「駄目よ。霜。レナ。瑠璃ちゃんは私のお嫁さんだもん」
「……さりげなく、お前はなにを言ってるんだ?」
日本は同性愛が認められてるわけでもないっての。
「だから、仕方ないから葉介のお嫁さんは私が身を削ってなるから。みんなは私の物よ」
どういう状況? それ。身を削ってまでお嫁さんに来てもらうとか。この上ない屈辱なんだけど。
「冗談はその辺にしとけ。客が押し寄せてきてるから」
「私は本気よ」
冗談より質悪い。本気で同性愛を貫くんじゃない。
って……え? つまり、俺のお嫁さんになるってのも、本気ってこと? こいつ。また人をからかってやがうるな。
「おい。雫――」
「五名様ご案内ー!」
ああくそ。美少女花嫁につられて客が。浅賀の最終作戦は、作戦としては大成功すぎる。これは忙しくなりそうだ。
仕方ねぇ。仕事するか……。
「四人はその格好じゃ動き回れないだろ? マスコット的にその辺に居てくれればいいから」
「了解です!」
「わ、わかった」
「わかりました」
「キリキリ働きなさいよ」
あれこれ考えてる余裕すらないな。とにかく今は、残りの時間を凌ぐことだけ考えよう。あと二時間。ラストスパートだ。
「……霜」
「なに? お姉ちゃん」
裏方に戻ろうとしていた俺の耳に、雫と霜の会話が聞こえてきた。
「……私はなにがあっても、霜のお姉ちゃんだからね。絶対に」
「……? はい」
なぜ雫がいきなりそんなことを言ったのか。
このときの霜には、よくわかっていないみたいだった。
その言葉に込められた、雫の決意が。
「……」
俺は聞こえなかったふりをして、仕事に戻った。
☆★☆★☆★
こうして、文化祭は終わりを告げた。
まだ結果は出てないけど、俺たちのクラスが客動員数一番なのは、明らかだ。あの微妙な遊園地チケットは手に入れたも同然。誰も欲しがってないから、俺たちがもらえるだろう。
みんなで遊園地に行こう。その約束を果たすために、みんなで頑張った結果だ。
文化祭の片付けの後に、クラスの連中と軽い打ち上げをしてから、すっかり暗くなった道の中、帰路についていた俺たち。
その途中だった。
事件が起きたのは。




