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神子の恩返し  作者: 天天
『雫』パート
43/63

story1「悲しみの過去」

「あー……秋ってなんか気候的にだるいよなぁ」

 十月も中頃になると、暑さが和らいでるのか和らいでないのか。どっちなんだよ? 的な気候がなんともいえないだるさを出させる。

「葉介。夏にも同じこと言ってませんでした?」

「レナ。放っておきなさい。葉介は夏になると暑いから冬のほうがいい。冬になると寒いから夏のほうがいいって言ってるような人種なんだから」

 おいコラ。人種差別反対。ていうか、お前も俺と同じヒューマン。

 ていうか、いつの間にか放課後かよ。昨日、深夜のお笑い番組見てて寝不足だったから、六間目のHRほとんど寝てたな。

「さぁて、帰るか」

「はい! 明日から頑張りましょうね! 葉介!」

 ……ん?

 頑張るって、なにを?

「……なにを? 明日からなんかあったっけ?」

「はぁ? あんた覚えてないの?」

 雫が馬鹿にしたような目(いや、絶対馬鹿にしてるけど)で俺を見てくる。なんのことかわからないけど、実際覚えてない。

「説明プリーズ。単調にわかりやすく」

「文化祭の実行委員の男子枠。あんただから」

 直球すぎ。

 ……って、え? 直球だからこそ、一発で内容が頭に入ってきた。

「……マジで?」

 文化祭の実行委員って言ったら、あれだろ? クラスの出し物を決めて、運営の資金とか準備とかを管理してクラスをまとめて、さらには委員会にも顔出さなきゃいけないやつだろ? ぶっちゃけ、毎年面倒で、誰もやりたがらない。

「誰の陰謀だ?」

「……あんたが自分で受け入れたじゃないのよ」

「全く記憶にないんだけど」

「六間目のHR。あんた寝ながら頷いてたじゃない」

「それは受け入れたとは言いません!?」

 明らかに寝てるのをいいことに無理やり押し付けてんじゃん!? いや、寝てた俺も悪いんだけどさ!

「意義を申し立てるぞ。文化祭の実行委員なんて面倒な役目。俺はやりたくない。お前がやれよ」

「男子枠なんだから私ができるわけないじゃないのよ」

 うぐ……正論だ。正論って普通に言い返せなくなる。

「……ん? じゃあ女子枠は誰なんだ?」

「……(目で後ろを示す)」

「……」

 ちらりと後ろを見ると、

「葉介……やりたくなかったですか?」

 レナが泣きそうな顔をしていた。

「レナがあんたを推薦して、男子たちが全員どーぞどーぞで決まったのよ」

 男子の野郎共め……普段はレナにお近づきになろうと必死なくせに、こういう面倒なのだけはどーぞどーぞしやがって。

 ていうか、レナが俺を? ああそうか……レナにとって文化祭なんて初めてだからな。やってみたかったんだろうけど……。

「ごめんなさい……私が無理に推薦してしまって……やりたくなかったですよね? 葉介……」

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!」

 俺は必死に否定する。音速で首を横に振りながら。

 文化祭の実行委員なんて面倒なだけだけど。レナと一緒なら話は別だ。

「レナと一緒ならやる気マックス。大歓迎。どんと来い」

「……本当ですか?」

「うん。マジマジ」

 レナがぱぁっと笑顔になる。危ない危ない……マジで泣きそうだったし。レナに泣き顔は似合わない。笑ってるのが一番可愛い。可愛すぎて思わずぎゅってしたくなるほどに。

 うぅん。二人で実行委員か……放課後、二人で残って話し合いしたり、二人きりで買い出ししたり、二人きりであははうふふってうげあぁ!?

「お、おま……いきなりなにを……」

 雫が俺の喉仏にチョップをしてきた。

「なんかニヤニヤしてるのがナチュラルにムカついたから」

「の、喉仏はやめろ……」

 俺が咳き込んでいると、教室の入口からこっちをちらちらと伺っている人影を発見。相変わらず、堂々と入ってこれない奴だな。仕方なく、手招きしてやる。

「あ、瑠璃です~」

「一緒に帰ろうと思って……」

「瑠璃ちゃあん!」

 来るなり、瑠璃をぎゅっと抱きしめる雫。うん。いつも通りの光景だ。見飽きたよ。もう当たり前のことすぎて、瑠璃本人もあんまり気にしてないよ。

「そうだ! お母さんが外国の有名メーカーのクッキーもらってきたの! これから食べに来ない? 新しいお茶も買ったし!」

 お茶とクッキーって合うのか? 紅茶じゃなくてお茶なところが雫らしいけど。

「わぁ! 行きます行きます~」

「うん。私も」

 乗り気だな。二人とも。レナはお菓子ならなんでも好きだし。瑠璃も辛いものだけじゃなくて、甘い物も好きだし。本人いわく、バランスが大事らしいけど(よくわからん)。

「行くのはいいけど、お前、前みたいに部屋の中に下着放置してないだろうな?」

 この前も三人で雫の家に行ったとき、普通に下着を部屋に放置したままだったんだ。思わず「ぶっ!?」って吹いたからな? 俺。「ぶっ!?」って。

 雫はレナみたいに羞恥心が無いどうのこうのじゃなくて、純粋に俺を男として見てないんだ。付き合いが長いってのも考えようだ。都合の良い時は「男は~」とか言って男扱いするのに。

「え? あんたも来るの?」

「おい。これだけ目の前で話しておいて、一人だけハブとか、俺へこむからな?」

 俺たち、幼馴染ですよね? あまりにも冷たくないですか?

「葉介も行きましょう~」

「うん。お兄ちゃんも一緒に……」

「……二人が言うなら仕方ないわね」

 なんで俺より二人の意見が尊重されるんだよ。二人のフォローがないと俺は招待もされないのか? なんか理不尽って言うか、ここまで当たり前のように言われると、逆に理にかなってるんじゃないかって思えてくるわ。



★☆★☆★☆



「雫が飲ませてくれるお茶は美味しいですよね~」

「(コクコク)」

 確かに、親父さんの影響で雫もお茶にはかなりこだわりを持ってるから、その味はかなりの物だ。茶葉だって厳選したお気に入りのしか買わないし、ネットでは飽き足らず、親父さんのコネで探した世界中の茶葉を集めてる。お茶について語らせたら、マジで数時間止まらない。

「お茶は入れる人によって味が変わるからね。例えば、私の入れたお茶が五百円の価値だとしたら、葉介の入れたお茶はマイナス五百円ぐらいの価値にしかならないわ」

 マイナス? 俺の入れたお茶って商品価値がないどころか、損するの? お客さんからクレームとかきて店に損害でるの?

「いいもん。俺には抹茶ココアがあるもん」

「あんなコンビニで百円程度で買えるもんと一緒にしないでよ」

「レナも大好きだよな~」

「あんたが買う抹茶ココアと、レナの買う抹茶ココアには雲泥の差があるわ。レナの買う抹茶ココアは十倍の価値があるわ」

「……なんでだよ」

「レナが触った時点で、レナ成分が抹茶ココアを支配するのよ。レナが口をつけた後の抹茶ココアなら、その価値は百倍になるわ」

 レナ成分ってなんだよ。何気にとんでもない変態発言するな。

 ……レナが口をつけた後の抹茶ココア。ゴクリ。

 じゃねぇよ。俺はそんな変態じゃない。全く興味ない。ないんだからな!

 雫の部屋に入ると、どうやら今日は下着が散乱なんてことはなさそうだ。思春期男子を舐めるなよ? 雫のはレナや瑠璃よりもワンランクもツーランクも上サイズなんだから。興奮して襲われたらどうするんだ(絶対に返り討ちだけど)。

「じゃあ用意してくるから待っててね」

「……あ」

 雫が鞄を置いて部屋を出ていこうとしたときだった。レナが、机の上にある、一枚の写真を見つけて手に取る。

「これ、小さい頃の雫ですか? 隣に居るのは……うわぁ。雫にそっくりな子ですねぇ」

「え? あ、うん……」

 ……。

 明らかに、雫の顔が悲しみに沈んだ。あいつ、写真を見た後に置きっぱなしにしてたんだな。

 幼い雫の隣に居るのは、俺にとっても、心に残ってる女の子。

「……雫さんの親戚の子?」

「あ、瑠璃……えっとだな」

 事情を知らない瑠璃も写真を興味津々で見つめる。

 うぅん。あんまり雫に説明を求めるのはやめてほしいんだけどな。

 仕方ねぇな。

「雫。早くクッキー持ってきてくれ。俺の体が糖分を求めている。苦いお茶も頼むぞ」

「……苦いのが美味しいのよ。それが癖になるんだからね」

 口ではとんがってるけど、雫は目で「葉介にしては気がきくじゃない」と言っていた。

 ……いや、訂正。目でもとんがってるな。俺にしては気がきくってなんだよ。

「……雫はどうしたんですか?」

 雫の様子が変だったことに、レナは気がついてたみたいだ。心配そうに、雫の後ろ姿を見てた。

「……瑠璃にも話したことなかったな」

 あえて話そうと思ったこともなかったしな。

 雫にとって、心の傷でしかないことだから。

「この子、雫さんとなにかあったの?」

「雫となにかあったって言うか……」

 ……まぁ、ここは遠まわしに言っても仕方ない。そもそも、俺に遠まわしにわかりやすくする説明能力なんてないし。

「その子は雫の妹だよ」

「え? 雫に……妹さんが居るんですか?」

「うん。正確には『居たんだけど』……」

 俺も当時のことを思い出す。

 記憶の中で笑っている。この女の子は、ずっとこの姿で止まったままだ。

鳥海霜しも。雫の一つ下の妹で……生きてれば、年齢的には瑠璃と同い歳だな」

「生きてれば……?」

「七歳のとき、病気で死んじゃったよ」

 元々、霜は生まれながらに体が弱くて、生活のほとんどを病院で過ごしていた。俺は雫と一緒によく病院に行って、三人で遊んでたんだ。

「大人しい性格だったけど、よく笑う子だったな。あーそういえば、瑠璃に似てるかも」

「私に?」

「性格的にな。引っ込み思案なところとか」

「あう……」

 本当、雫の妹とは思えないほど、正反対な性格だったな。

 雫は学校が終わると、毎日病院に行って、その日の出来事を霜に話に行ってた。霜が喜びそうなことはなんでもした。霜が笑顔になるなら、なんでも。

 妹だ。可愛がるのは当然だ。

 だからこそ……。

 霜が死んだとき、雫の悲しみは深かった。

 霜が七歳になってすぐの春。本当なら小学校へ通うはずだったけど、体の弱い霜はそれもできず、変わらず病院で生活していた。

 いつも通りの一日のはずだったのに……幼い霜の体は、急変して、どんどん衰弱していった。

 そして……緊急手術の甲斐なく、この世を去った。

 俺が病院に駆けつけたときにはもう遅くて、最期に、顔を見れなかった。

「今思えば、初めてだったかもな」

「なにがですか?」

「雫が泣いてるのを見たの」

 昔から元気が取り柄だった雫が泣いてるのを見たのは、そのときが初めてだった。

 霜の死は、雫の心に大きな傷を残したんだ。

 立ち直るのに……どれぐらいかかったっけな。

 しばらく学校にも来ないで、ずっと家で泣いていた。

 見てられなかったな……あの頃の雫は。

「だからさ……瑠璃がウチに来たとき、あいつもすごい喜んでたんだよな」

「え? わ、私?」

「うん。霜の代わりってわけじゃないけど、歳下の女の子って部分で、霜と重ねてたんだろうな」

「雫さん……」

 あいつ。今でも霜の写真を見てるんだな。

 まぁ、忘れられるわけないか。俺だって忘れられない。

 俺にとって、霜だって幼馴染の一人だったんだから。

「……じゃあ、雫が瑠璃と私に抱きついてくるのは、妹さんに注ぐはずだった愛情を、代わりに私たちに注いでくれてるんですね……」

「え? あー……うん。そう、かな?」

 正直、そんな美談じゃないと思うけど。それだけとは思えないけど。純粋に可愛い女の子が好きなだけな部分多いと思うけど。

「……私、知らなかった」

「まぁわざわざ話すことでもなかったしな」

「今度、雫さんが持ってきた服、最後まで全部着てあげるよ。私」

 いや、別にそこは頑張らなくてもいいんだぞ。あれはただのあいつの趣味なんだから。

「おまたせー」

 ちょうど話終わったところに、雫がクッキーを入れた皿を片手に戻ってきた。廊下からお茶の香りがする。お茶ももうすぐだな。

「雫!」

「え? ど、どうしたのよ。レナ」

 レナが雫に抱きついた。いつもと逆のパターンだ。先手を取られると、雫も戸惑うんだな。

「雫には私たちが居ます! 雫に寂しい思いはさせませんよ! 私が雫をぎゅってしてあげます!」

「……なんだかよくわからないけど、望むところよ!」

 雫もお返しと言わんばかりに、レナをぎゅっと抱きしめる。

 ……って、おいコラ!? クッキーの皿投げんな!?

「瑠璃! お前は皿からこぼれた分を受け取れ!」

「う、うん!」

 皿を俺がダイビングキャッチで死守。皿からこぼれた何個かのクッキーを瑠璃がわたわたとしながらキャッチする。よし! 兄妹の連携プレーでクッキーは守った!

「こうなったら瑠璃ちゃんもよ! どんと来なさい!」

「え? えぇ!?」

 あ、クッキーを死守して一息ついてた瑠璃も二人のハグに巻き込まれた。雫からハートが何個も出てる。とても幸せそうです。

 ……もういいや。放っておこう。

 許せ瑠璃。俺にはお前を助けることはできない。

「……」

 クッキーを一つ口に運びながら、机に置かれた霜の写真を見つめる。

 生きてたら……瑠璃と同い歳か。

 どんな風になってたんだろうな。生きてたら……霜は。



★☆★☆★☆



「あぁ……レナと瑠璃ちゃん。今日も可愛かったわ」

 葉介の奴……毎日二人と一緒に生活してるなんて、羨ましいったらありゃしない。

 私も葉介の家に居候でもしようかな? サンもいるし……あーでもあの妖艶女がいるわね(ミレイのこと)。あいつ苦手だしなぁ。

「……」

 それにしても、レナと瑠璃ちゃんに見られちゃったな。

 朝けっこうバタバタしてたし、写真をそのままにしてっちゃったんだよね。

 霜……。

 もう霜が死んでから九年ぐらい経つのか。

 全然、忘れられないなぁ……。

 忘れられるわけないけどね。

 私の……たった一人の妹だったんだから。

 ……。

 明日、お墓参りでも行ってこようかな。

「……あれ?」

 部屋に戻ると……小包が置いてあった。

 私宛? お母さんが置いていったのかな?

 差出人は……書いてない。誰から? ネットでなにか買ったっけ?

 まぁいいわ。開けてみよう。

「……」

 小包を開けると、中から出てきたのは……ぬいぐるみだった。

 ぬいぐるみと言っても、粗末な作り。目は黒い丸だし、体は全部白くて、人型? なのかな? モコモコしててよくわからないけど、正直目以外は可愛くない。服も着てないし。なんかのキャラクター? 見たことないわね。

「……なにこのボタン?」

 ぬいぐるみの後ろに、小さな黒いボタンがあった。

 押すと声を出すとかそういうあれ? 子供のおもちゃでよくあるけど。それとも踊るのかな? A○B4○とかの曲が流れて。私、アイドル興味ないけど。

「……」

 ボタンを見ると、押して見たくなるよね。

 えい。(ボタンをポチ)

 ……。

 ……。

 ……。

 あれ? なにも起こらないじゃないのよ。不良品? それともただの飾りだったの?

「……え?」

 そんなことを思ってたら、ぬいぐるみがむくむくと膨らんできた。

 え? なにこれ……どんどん大きくなってる。

 思わずぬいぐるみを床に投げて離れる。ば、爆発するんじゃないわよね……。

 ぬいぐるみは、人間一人ぐらいの大きさまで膨らんだあと、今度は白かった体が、人肌の色に変わっていった。丸くて黒い目は、閉じられた人の目に変わって、モコモコだった体はほっそりとした、女の子みたいな体に変わっていった。頭の部分からは髪の毛も生えてきて……まるで人間その物。その場に屹立する形で、静止してる。

「……!?」

 ぬいぐるみが人間になった。そんな非現実的な出来事よりも。

 私の目は、その人間になった物の、顔に引き寄せられた。

 だって……その顔は……。

「……こんにちは。初めまして」

 目をパッチリと開けて、表情がないまま、それは喋り始めた。

「私はゴーレム。あなたをお守りします。どうか、ご命令を」

 ……ゴーレム?

 RPGゲームとかに出てくるモンスターのこと?

 うぅん。そんな存在じゃないよ。

 だって……昔の姿じゃなくて、成長こそしてるけど……。

「……霜?」

 その顔は。

 九年前に死んだ、霜その物だった。


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