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神子の恩返し  作者: 天天
『瑠璃』パート
32/63

story8「よかった」

「……よっ」

「あ、お兄ちゃん……」

 瑠璃の一年B組の入口から瑠璃を呼ぶ。うーん。何回来ても、やっぱり二年が来ると、一年生は警戒っていうか、珍しがって注目してくるな。

 瑠璃が鞄を持ってトテトテと歩いてくる。クラスメートだけじゃなくて、瑠璃も俺のことを珍しそうに見てきた。

「どうしたの? お兄ちゃんから来るなんて……」

 あー……まぁ、いつもは瑠璃が俺たちの教室まで迎えに来てたからな。

「いや、別に……」

 誤魔化そうと思ったけど、別に誤魔化す必要もないか。

「……瑠璃が心配だったからな」

 正直に言って問題ないだろう。心配されてるなんてことぐらい、瑠璃もわかってるだろうし。

「……うん。ありがと」

 小さく笑う瑠璃。嬉しさと寂しさが混ざった感じの笑顔。俺もとりあえず笑っておいた。

 とくに会話もなく、正門を出て、帰路につく。い、いかん……なにか喋らないと。今まで瑠璃と一緒に帰ってて、こんなに会話がなかったことなんてないのに。うぐぐ……空気が重いぞ。

「お兄ちゃん」

「ぎゃあっ!?」

「ど、どうしたの?」

 急に呼ばれたから悲鳴が出ちまった(?)。落ち着け俺。瑠璃が変な目で見てるぞ。

「なんでもない。急に叫びたくなったんだ。大丈夫」

「……それって大丈夫なの?」

 大丈夫じゃないな。いきなり叫ぶとか、ノーマルな人間はやらない。

「気にするな。んで? なんだ?」

「えっと……今日なにが食べたいかなと思って」

 なんでもない。いつもの会話だった。

 いや、いいんだけどな。いつも通りってことは。でも……なんでだろうな。いつも通りが、寂しく感じた。

「んー……」

「お兄ちゃんが好きなもの作ってあげるよ。だって……私、あと少しで――」

「瑠璃。その先は禁止な」

 瑠璃が言おうとしたことが、なにかはすぐにわかった。だから俺はすぐに止めた。

 私、あと少しでいなくなっちゃうから。瑠璃はそう言おうとしたんだろう。そんなの聞きたくない。

「……うん」

「今日は瑠璃のグラタンが食いたい」

「グラタン?」

「ああ。俺の大好物」

「……わかった。丁度材料買ってあるから、帰ったらすぐ作るね」

 また嬉しさと寂しさが混ざった笑顔。

 ……見たくないな。瑠璃のこんな顔は。

 そしてまたお互いに沈黙。喋るネタはいくらでもあるのに、どうしてだろう、頭の中をグルグル回るだけで、口から出てこない。

「……る、瑠璃は」

 やっと開いた俺の口。そこから出てきたのは、

「ウチにきて良かったと思ってるか?」

 今の空気で言うような質問じゃなかった。頭の中をグルグル回ったあげく、出てきたのがこれかよ。

「え?」

「あ、まった。今のなしなし」

 あまりにも空気を読まなすぎな質問だった。俺は手をぶんぶん振って無かったことにした。でも、

「良かったよ」

 瑠璃は答えた。

「お父さんが死んじゃってから、お母さん……ずっと寂しそうにしてたから。新しいお父さんと結婚するってことになって、私に話すとき、すごく嬉しそうだったもん。だから……良かったよ」

「……」

 俺も瑠璃も、小さい頃に片親を亡くしてる。それでまた親同士が再婚した。そうして、今の俺と瑠璃の関係はできた。

 親父もそうだったな。母さんが死んでから……ずっと元気がなかった。再婚の話が決まってから、生き生きしてた。母さんも同じだったのか。

 でも、俺が聞きたかったのはそこじゃない。もうここまで来たら聞いてみよう。

「……瑠璃は?」

「え?」

「母さんがどうのじゃなくて……瑠璃自身はどう思ってたんだ?」

 再婚が決まったとき、ウチに来たとき、家族になったとき、瑠璃はどう思ってたんだろう。それがすごく気になった。今まで、そんなこと聞いたことなかったからな。

「……」

 瑠璃は少し考えて、俺の顔をじっと見つめてきた。

「良かったよ」

 そして笑った。さっきと違って、純粋に嬉しそうに。

「新しいお父さんができるって聞いて、私も嬉しかった。家族が増えるって聞いて……ワクワクしてたの。いざ会うってなったときは恥ずかしかったけど……初めて会ったときから、お父さんは優しかった。それに……お兄ちゃんもいたし」

「俺?」

 俺なんか、再婚のついでみたいなもんだと思うけどな。

「私、お兄ちゃんとかお姉ちゃんがいたことなかったから……正直言って、新しいお父さんができるってことよりも、お兄ちゃんができるってことのほうが嬉しかった」

「……」

 俺は驚いた。

 いや、瑠璃がそんなに喜んでたってことにじゃない。

 俺と同じだったんだ。ってことに。

 俺も嬉しかったんだ。初めて妹ができるってことが。

「……俺も嬉しかったよ」

 ぽつりと声に出る。

「ぶっちゃけ、それを聞いたとき、嬉しくて夜眠れなくなった。学校で自慢しまくってさ。馬鹿みたいにはしゃいでたな。初めて会うときなんか……めっちゃ緊張してて、母さんそっちのけで瑠璃のこと見てたからなぁ」

「あ、あう……」

 瑠璃が顔を真っ赤にして伏せた。

「……おい。そんなガチで照れるなよ。俺も恥ずかしくなるだろ」

「だ、だって……」

 たかが母さんそっちのけで見てたってだけなのに。照れすぎだろ。俺も反応に困る。

 でもまぁ、瑠璃のことをずっと見てたのは事実だ。妹ができるってだけでも嬉しかったのに、その妹になる子が……すごく可愛かったから。見惚れてた、と言ってもいい。

 ……見惚れる?

 もし瑠璃が妹じゃなかったら……どうなってたんだろう。

 俺は瑠璃に対して、どんな感情を持ってたんだろう。

「……」

「……?」

 瑠璃を見つめたりする。

 兄って視点から見ても、お世辞なしに可愛いと思う。

 兄と妹って立場じゃなかったら、俺は――。


「あらら。仲良くお帰りかしら?」


 聞き覚えのある声に、俺の思考は一時停止。

 どこから聞こえた? と周りを見渡しても……いない。

「……ミレイさん」

 その姿を先に見つけたのは瑠璃だった。

 民家の屋根の上に立っている、ミレイを。

「兄妹の微笑ましい光景ねぇ。血も繋がってない兄妹なのに」

 ふわり、とミレイは『天使のような悪魔の翼』の天使モードで地面に降りてきた。相変わらず、どこか怪しげで妖艶な雰囲気は変わらないな。

「余計なお世話だ。血が繋がってないからなんだってんだよ」

「そうよねぇ。血が繋がってないからこそ、この子はあんなお願いしたんだものね」

「……」

 なんだこいつ? 瑠璃をいじめにでも来たのか? だとしたら、さっさと追い返したほうがいいか。瑠璃の心を弄ぼうってんなら容赦しない。

「なにか用かよ?」

 瑠璃を背中に回して、ミレイを睨みつけた。雫ほどの威嚇能力はないけど、俺の敵意は伝わるだろう。

「別に用はないわよ。どうしてるかなと思って」

「言っとくけど、俺は諦めてないからな」

「……諦めてない? もしかして、願いごとを撤回できるかもしれないってことかしら?」

 小馬鹿にしたように、ミレイは笑った。滅多に女には怒らない俺だけど、これはさすがに腹が立つ。

「なにがおかしいんだよ!」

「神子の叶えた願いは絶対。それは説明したわよね? その上で、諦めないって言ってるのかしら?」

 そんなの承知の上だ。

 ゼウスですら、願いごとは一度叶えると撤回はできないって言ってた。だからそれは確かなんだろう。でも、そんなの俺には関係ないんだ。

「人間は諦めが悪いんだよ」

「……そうよね。あなたは使い捨て神子って運命がわかっていても、悪あがきしていたものね」

 悪あがき。確かに、その頃の俺はそうだったのかもしれない。

 でも結果として、レナは今俺と一緒にいる。なんと言われようと、それは事実だ。

「神子の使命から逃げた神子。私たちと同じなのに……なんで私たちだけ、神界を追われなければいけないのかしらね」

「……」

 冷静になれ。俺。ミレイの言うことにいちいち過剰に反応するな。

 こいつは俺たちの反応を見て楽しんでる。それがわかる。悪趣味な奴だ。

 ……そうだ。せっかく向こうからおでましなんだ。ちょっと情報を探ってやろう。

「お前の持ってる神力アイテム。改造神力アイテムなんだよな?」

 ゼウスが言ってた、普通の神力アイテムを改造したアイテム。黒い星マークが入ってるのがその証拠だって言ってた。

「あらあら。誰から聞いたのかしら? ……あ、そうか。ゼウスに聞いたのね。君と一緒にいる元神子は、ゼウスのお気に入りだものね」

 明らかに、俺を挑発するように言葉を選んでるミレイ。くっそ……イライラするな。

「そうね。あなたの言うとおり、私の『神食い』は改造神力アイテムよ」

「どこで手に入れたんだ? ゼウスが作った神力アイテムを、そんな簡単に改造できる奴なんていないだろ」

 できるだけ情報を引き出す。そう思って、俺は次々質問をぶつける。

「……ゼウスに頼まれたのかしら?」

 ミレイの顔から、笑みが消えた。俺の背中に悪寒が走る。

 なんだこれ……敵意? 嫌悪感? ゼウスに対しての感情が、有り得ないぐらい強い。こいつ、どれだけゼウスに恨みを持ってるんだよ。

「残念だけど、それは教えられないわねぇ」

 すぐに笑顔に戻ったミレイ。俺たちに背中を向けて、その場から去ろうとした。

「まてよ!」

「私なんかに構ってる暇ないんじゃないかしら? 諦めないんでしょ。最後まで、ね」

 駄目だ。もう話を聞く気がない。これ以上引き止めても無駄みたいだ。

 ミレイは『天使のような悪魔の翼』を起動して、空に飛んでいった。けっきょく、大して情報は得られなかったな。

 でも、ミレイの神力アイテムが確実に改造神力アイテムだってことはわかった。問題はそれをどこで手に入れたのかってことだけど……。

「お兄ちゃん……改造神力アイテムって……なに?」

「ん? ああ……」

 そういや瑠璃は知らなかったんだったな。

「まぁ気にするな。大したことじゃないって」

「……そっか」

 教えてもいいけど、今の瑠璃にこれ以上、余計な不安を増やしたくない。

 ……まぁそれを言ったら、俺も別に改造神力アイテムなんて、今はどうでもいいんだけどな。

 改造神力アイテムのことがなにかわかっても、瑠璃のことがどうにかなるわけじゃないんだ。



★☆★☆★☆



 その後もあまり会話もなく、俺たちは家に帰ってきた。

 たまに会話しても、お互いに上の空な感じだ。情けない……いつもの調子でうまく口が動いてくれないんだ。案外俺って、場の空気に弱いよな。

「……ん?」

 家の門を入ってすぐ、玄関の前に……誰かいる。

「お? 帰ってきたか」

 誰だ? このおっさん。

 やけに高そうな黒いスーツを来て、ふてぶてしい、ファースト印象は最悪な顔。漫画で言えば悪役顔だ。煙草を吸いながら俺と瑠璃をギョロリと大きな目で見てくる。

「ふむ。弟の娘にしては……上玉だな。写真よりもずっと可愛いじゃないか」

「……」

 瑠璃が後ずさる。無理もない。近づかれると、逃げたくなるような雰囲気を持ってるおっさんだ。香水だかなんだか知らないけど、甘い匂いと煙草の匂いが混ざって、顔をしかめたくなるような匂いになってる。

「おいおいなんだその目は? 親父の兄に向かって」

「……え?」

 なんだって? このおっさん……まさか。

「水嶋知宏。お前の父、水嶋彰の兄だ」

 瑠璃の……叔父さんだ。水嶋ってのは瑠璃の前の苗字だ。

 なんで? なんで瑠璃の叔父さんがウチに来てるんだよ。

 あ……そうだ。親父が言ってた。近い内に家に来るって。忘れてた。

「なに勝手に家の敷地内に入ってるんですかぶっ!?」

「あーお前は邪魔だ」

 顔を掴まれて、無理やり横に弾かれた。この野郎。人を邪魔者扱いしやがって。

 俺は眼中になく、叔父は瑠璃に近づいて、ニヤリと気持ちの悪い笑みを浮かべた。本当に気持ち悪い。瑠璃も嫌そうに身を竦める。

「話は聞いてるだろ? お前にはウチの社長のところへ養子に行ってもらうぞ」

「……で、でも」

「うん? なんだ。なにか問題があるのか? お前の親父が俺に借金をしたせいなんだぞ? 親父の不始末だ。残った家族が請け負うのは当たり前だろう」

「……」

 瑠璃は無理やり黙らされた。父親のことを出されたら、黙るしかない。

「今日はその段取りを伝えに来た。一週間だ。一週間後に迎えに来る。学校の退学手続きはこっちでやる。お前は荷物をまとめて、家を出れるように準備だけしてろ」

「……わ、私……」

 瑠璃が目に力をいれて、叔父を睨むように見た。勇気を振り絞って、自分の意見を口にしようとしている。

「ここに……まだ……」

「ここにいたい。とでも言うのか?」

 叔父は瑠璃に顔を近づけて、煙草の煙を吹きかけた。煙で瑠璃がむせる。

「まぁそれでもいいが、その代わり……お前の両親がどうなっても知らないぞ? ウチは業界で力を持っている企業で、裏の繋がりもあるからな。お前が嫌だと言うだけで、もう一生会えなくなるかもなぁ」

「!? ……」

 瑠璃はその言葉の意味がわかって、目に涙を浮かべた。

 あー限界だ。

「ちょぉっと失礼!」

「ぶわっ!?」

 庭にあったホースを叔父に向けて、水道全開で発射。高そうなスーツをずぶ濡れにしてやった。

「な、なにしやがる!」

「いやーすいませんね。ウチは禁煙なもんで。ついでに日差しが強かったもんで、水撒きしたくなっちゃって」

「今夕方だぞ! 日差しが強いもあるか!」

 ケラケラと笑いながら、叔父と瑠璃の間に割って入る。

「とりあえず、これ以上瑠璃に話があるなら、そのくっさい香水と煙草の匂いを銭湯で落としてから来てもらえますかね? そうしたら話ぐらいは聞いてあげますよ?」

「この……!?」

 叔父は頭に血が上って、俺に手を出そうとして……その手を止めた。なんだよ。手を出してきたらもう一発水ぶっかけてやろうと思ったのに。たぶん、近所の目を気にしたんだろう。

「まぁいい……その兄妹ごっこも、もうすぐ終わりだ」

 上着を脱いで、濡れたシャツを気持ち悪そうにしながら、叔父は俺たちの横をすり抜けて門まで歩いて行った。

「一週間後に迎えに来るからな。準備をしておけ。逆らったら……わかってるな?」

 捨て台詞のように言って、叔父はタイミングよく走ってきた黒い高そうな車の後部座席に乗り込んで、帰って行った。

 嫌味な野郎だ。本当に瑠璃の親父さんの兄貴か?

「瑠璃。大丈夫か?」

「……うん。ありがと」

 無理に笑ってるけど、見てわかる。精神的にかなりダメージを負っているって。

 あれだけあからさまに親父と母さんのことを持ち出されたら……瑠璃はなにも言えない。自分の本当の気持ちなんて、表に出せるわけがないんだ。

 それが、瑠璃の心をさらに追い詰めている。

「私……ご飯の準備するね」

「あ……」

 目をこすりながら、瑠璃は家の中に入っていった。

 ……。

 泣いてたよな。瑠璃。

「……一週間後」

 一週間後に迎えに来る。そう言ってたな。すでにそこまで話が進んでたなんて。

 でも、だからってこのまま引き下がれるか。

 一週間……それまでに考えなきゃな。

 瑠璃がここに残れる方法を。


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