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神子の恩返し  作者: 天天
『瑠璃』パート
26/63

story2「すれ違う心」

「あー……疲れた」

 雫の奴コキ使いやがって……。相変わらず、俺を荷物台車みたいに思ってるだろ。修羅流道場(雫の実家でやってる道場)の備品買い出しとか、俺関係ないじゃん。なんで連れて行かれなきゃいけないんだよ。

 おかげで貴重な学校帰りの放課後時間が潰れた。もう夕方じゃん。時間は金で買えないんだぞ。なによりも貴重な物なんだぞ。

「……あ」

 玄関に入ると、瑠璃の靴があった。帰ってきてるな。

 いや、だからどうしたって話なんだけど……いつもなら別に全く気にすることじゃないんだけど。今日の学校での出来事と、レナの話と、一緒に帰るのを拒否されたって話の後だと、なんか気まずい。

 どうやって接するべきか。いや、とりあえず話しかけないで、さっさと自分の部屋に行くべきか? 時間が解決してくれるだろう。時間をかければ瑠璃の機嫌も良くなる。さっき、自分で時間は金で買えないとか言っててあれだけど。

「……いや、それは俺じゃない」

 そんな気弱な行動は俺じゃない。ここは明るく瑠璃に接してあげるべきだろう。いつも通り……いつも通りでいいんだ。

 軽くスキップしながら廊下を移動。キッチンから音がする。たぶん、夕飯の支度をしてるんだろう。俺は無駄に勢いよく扉を開けてリビングを通り抜け、キッチンに向かって声を張った。

「今帰ったぞ! 今日の夕飯はなにかな! 瑠璃の作る飯はなんでも美味――」

「お兄ちゃん。うるさい」

 一瞬で一蹴された。

 その場で固まった俺を無視して、瑠璃は冷蔵庫にある食材を確認。まるで俺という存在なんてそこにいないかのように、夕飯の準備を進めた。

「……」

 駄目だ。まだ怒ってる。

 その怒ってる理由が俺にはいまいちわからないから、余計に罰が悪い。俺はどうすればいいんだ? この空回りした想いはどこに向ければいいんだ? スキップなんかしてたのが馬鹿みたいだ。見られてないでよかった。

「……な、なにか手伝おうか?」

「いいから部屋行ってて」

 つ、冷たい声。俺の心に突き刺さる。

 でも俺は負けないぞ!

 瑠璃の後ろからちらっと覗き込む。野菜を切ってるようだ。人参にジャガイモに玉ねぎ。横にカレーのルーがあるところを見ると。

「今日はカレーかぁ。やっぱり瑠璃の大好きな激辛カレーなんだろうなぁ」

「お兄ちゃんのは別に作るから安心して」

 それは全く安心できないんだけど。嫁さんに「今日は外で勝手に食べて」って言われた夫みたいで惨めなんだけど。確かに、レナも辛いの大丈夫だから、俺だけなんだけどさ。辛いのが苦手なの。でも、俺が普通なんだよ? 一般的なんだよ? なのになんで俺だけ除け者扱いなんだ……。

「見られてると気が散るよ」

 尚も、俺に対して冷たい態度の瑠璃。たまーに機嫌悪くなるときはあるけど、今日は重症だな。このままだとやばい。兄妹の溝がどんどん深くなっていったら洒落にならん。なんとかこの空気を変えなければ……。

「いや、瑠璃があまりにも可愛いから目が離せなくて」

「――!?」

 瑠璃の体がビクンと震えた。それと同時に悲鳴。

「いたっ!?」

「お、おい! 大丈夫か?」

 包丁で指を切ってしまったようだ。珍しいな。瑠璃がそんな失敗するなんて。わかりやすいぐらいに動揺してたけど。俺、そんな大したこと言ってないぞ。

 救急箱から絆創膏を持ってきて、指に貼ってやる。その間も、瑠璃は俺のことを見ようとしない。顔を少し赤くして、目を逸らしてる。なんだ? 失敗したのがそんなに恥ずかしいのか。

「気をつけろよ? まぁそんなに深く切ってないから心配ないと思うけど」

「……いいから手、放して」

 手を振りほどかれてしまった。

 優しいお兄ちゃんモードでも駄目か。いや、別にご機嫌を取ろうとしてたんじゃなくて、普通に心配してただけだけど。

 ……今はへたに話しかけない方がいいか。焼け石に水って言葉もあるし。

「じゃあ俺は部屋に行ってるよ。うるさくして悪かったな」

 もう時間が解決してくれるのを待つしかない。うるさいお兄ちゃんはさっさと部屋に退散しよう。

「お兄ちゃん」

 と、思ったら……予想外に瑠璃に呼び止められた。そして、

「……ありがと」

 俺のことをちょっと見て、お礼を言ってきた。

 ……俺は心配しすぎだったのかもしれないな。俺たちはいつも通りだ。いつも通り、仲の良い兄妹。

「なに言ってんだ。可愛い妹のためならこれぐらい……」

 やっと俺のことを見てくれたことに、少し気分が良くなって浮かれてたのかもしれない。

 だからいつも通り、自然と出てしまった言葉。

 レナに、言わないほうがいいって言われてたのに……。

 慌てて言葉を止めたけど、もう遅かった。

 瑠璃は目を見開いて、俺のことを見ている。

 ほんの数秒前に俺を見たときとは違う。悲しそうな。寂しそうな目で。

 でもやっぱり、俺にはなんで瑠璃がそんな目をするのかがわからない。

 そんな自分が、このときだけは憎かった。

「る、瑠璃……えっと……」

 なんて言っていいのかわからず、俺はただただ、言葉を詰まらせる。

 瑠璃はなにも答えない。

 しばらくの間、時計の指針が動く音だけが、キッチンに響いた。

 なにか言わなきゃ。なにか言わなきゃ。

 そうやって思考を巡らせても、やっぱりなにも声にならない。

 やがて瑠璃は俺から目を逸らして、言葉を出す。

「……お兄ちゃんにとって」

 震える声で。

「私は……ただの妹でしかないの?」

 本当に、震える声で。

 なんで……そんな声を出すんだよ。

 なんで……そんなに悲しそうなんだよ。

「……それってどういう意味――」

 やっと声が出た俺だったけど、瑠璃はそんな声を聞きたくないかのように耳を塞ぐ。そして、そのまま俺の横をすり抜けて出て行ってしまった。

「瑠璃!?」

 とりあえず止めなきゃ! そう思って、俺も後を追った。廊下に出たとき、瑠璃の姿はすでに玄関にあった。そのまま外に出ていく。

「待てって! 瑠璃――」

 俺も慌てて靴を履いて追いかけようと外に出たとき、

「きゃあ!?」

「あだっ!?」

 入れ違いに中に入ってきた人影にぶつかって、お互いに尻餅をつく。

「レ、レナ……」

「よ、葉介? どうしたんですか? 瑠璃も今、すごい勢いで走って行きましたけど」

 そ、そうだ。今はそれよりも瑠璃だ! 俺は立ち上がってすぐに外に出る。でも、すでに瑠璃の姿は見えなかった。

「……」

「葉介……?」

 どうしたんだよ。瑠璃。

 いや……。

 俺はどうすればよかったんだよ。瑠璃。

 あの悲しそうな目を見て……。

 俺はなんて答えればよかったんだよ。



★☆★☆★☆



「はぁ……はぁ……」

 家を飛び出した瑠璃は、当てもなく、町を走り続けた。

 胸が潰れそうだ。

 走り続けているせいではない。悲しさと寂しさで、ただただ、胸が苦しい。

 わかっている。悪いのは葉介ではない。

 現実を受け入れられない自分だ。

 血が繋がっていないとはいえ、葉介と自分は兄妹。その現実を。

 この想いを抑えきれない自分が悪いのだ。

 でも……それでも……。

 最近は寂しさを隠せない。

 自分を妹としてしか見てくれないことに。

「はぁ……はぁ……」

 やっと足を止めると、そこは町外れの丘だった。知らず知らずのうちに、こんな所まで来ていたらしい。ただでさえ人通りの少ない場所だ。この時間に人影は見えない。息を整えるために、丘を下って小川の傍まで行く。

 きっと今、自分はひどい顔をしているのだろう。

 葉介にもひどい態度を取ってしまったのだろう。

 最低だ。

「……あ……」

 堪えきれず、目から涙がこぼれる。

 どうすればいいのだろう。

 この想いを抱えたまま、ずっと兄妹でいるしかないのだろうか。それが一番いいのだろうか。

 葉介にとっても自分にとっても……。

 日が暮れ始める。暗闇と共に、急激な寂しさが込み上げてくる。

「お兄ちゃん……」

 自然と出るその言葉。

 あんなひどい態度を取って、都合の良すぎる話かもしれないが……迎えに来てくれることを望んでいる自分がいた。

「……」

 やっぱり駄目だ。

 今、自分はすでに葉介を求めている。

 抑えきれる物ではない。この気持ちは。

 どうすればいいのか……。

 どうすれば、兄妹としてではなく、自分のことを見てくれるのか。

 どうすれば……葉介と……。


「み~~~つけた♪」


 背後からの声に、驚いて振り返る。

 葉介……ではない。女性の声だ。

「……誰……?」

 そこにいたのは、どこか妖艶な笑みを浮かべている一人の女性。

 いつのまにいたのだろうか? さっきまで、確かに誰もこの丘にはいなかったはずだ。

 ショートカットの青髪と、同じく青く、冷たく感じる瞳。年齢で言えば二十代前半ぐらいだろうか。子供っぽい自分とは違い、大人の女性という印象だ。だが、それよりも驚くべきところは、その服装だった。

 レナやサン……神子の服装にそっくりなのだ。

 それだけで充分だった。

 瑠璃が、この女性を警戒する理由は。

「……」

「そんなに怖がらないでよぉ。私は……ただ、あなたの役に立ちたいだけだから」

 女性は一歩、また一歩と近づいてくる。瑠璃は少し後すざり、警戒を解かない。

 そんな瑠璃に、女性はある言葉をかけてくる。

「初めまして。私は神子。人の願いを叶える存在」

 前にレナが葉介に言ったように、テキストを読んでいるかのような言葉。

 それを聞いて、瑠璃の心は揺さぶられた。

「あなた、願いごとがあるんでしょう? 自分じゃ一生叶えられそうにない願いごとが……苦しいわよねぇ。悲しいわよねぇ。自分の望んでることが叶わないなんて」

 心を見透かしているかのようだった。それほど、女性の声は確信がある声だった。

 続けて、揺れていた瑠璃の心をさらに惑わす――。

「叶えてあげるわよ? あなたの願いごとを」

 ――その言葉を口にした。


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