story5「ずっと一緒に」
『兎のお姫様』。
女物の服と小物の専門店で、雫たち行きつけの店。主に十代~二十代向けの商品がある若者の店。女にとって、服と言えばこの店、らしい。男にはさっぱり理解できないけど。
うん。とりあえず、入ったはいいけど……。
「よく考えたら目立つな」
「なにがだ?」
「サンの神子服」
他人から見たら、なにかのアニメを真似したコスプレにしか見えない。これはこれで別の意味で注目を浴びるんじゃないのか? そこまで考えてなかったな。
「私は気にしない」
俺が気にするんだけど。
まぁ仕方ない。付き合ってもらってるだけでもありがたいと思おう。サンは見た目小学生っぽいし。ちょっと羽目を外してる子供だと思われて終わりだろう。たぶん。
さぁて。リボン売り場に到着。ここからは俺のセンスが問われる。あいつらをあっと言わせるような物を選ぼうじゃないか。
……みんな一緒に見える。
「サン。どれがいいと思う?」
「私が選んだら意味がないだろう」
「サンはノーカンな気がする」
「……なぜだ?」
「バレなきゃいい」
「真面目に探せ」
怒られてしまった。
そりゃ俺だって真面目に探したいよ。レナも「楽しみにしてます!」って言ってたし。でもだからこそ、変なものを選びたくないんだよ。失敗したくないんだよ。これで変なの選んでレナに微妙な目で見られたりしたら、俺はショックで立ち直れない。
うぐぐ……女の子ってどういうのが好きなんだ? どんな色が好きなんだ? 模様は? デザインは? 可愛いやつ? どういうのが可愛いんだ? なにを境界線にして可愛いって思うんだ? シンプルイズベスト? シンプルってなにを境界線に……駄目だ。混乱してきた。
……これ、願いごと考えるのと同じぐらい難しくね?
「……お前は本当に優柔不断だな」
「……優柔不断は『優しい』って文字が入ってるんだぜ」
「優しい馬鹿だな」
ひどい。馬鹿でも優しければいいじゃないか(馬鹿は否定しない)。
それにしても……マジで種類多すぎるだろ。目がチカチカしてきた。
「……やっぱり、リボン一つでも、女にとっては大事なもんなのか?」
今朝、雫がレナのリボンを決めるのに、すっげぇ時間かけてたからな。男には全然わからないけど、女にとっては装飾品一つが大事なもんなのか。これだけの種類があるリボンを見ると、そんな気がしてきた。
「……私にはよくわからない。人間の感情はな」
「またそれを言う。それ禁止な」
「なにがだ?」
「人間の感情はわからない、とかそういうの」
サンはまだ、人間と神子の間に線引きをしているように感じる。だからあえて、人間の、とか言って距離を置こうとしてるんだ。
「さっきも言っただろ。神子も人間も同じだって」
「……みんながみんなお前のように思えるわけではないだろう。所詮、別の存在だ」
ちょっとなにも言えなくなる。
確かに、人間全員がそう思えるかはわからないけど……それでも。
「神子とか人間とかの前に、サンはサンだろ? だからわざわざ距離を置こうとするなよ」
サン……神子たちにはそう思ってほしくない。そう思う。
「……お前は本当に変わっているな」
「それは俺にとっては褒め言葉だ」
「レナは黄色が好きだ」
突然、サンがアドバイス。
「え?」
「レナは黄色が好きだ。後は自分で考えろ」
おぉ……色のヒントはでかいぞ。ありがたい。なんでいきなりアドバイスくれたのかわからないけど、助かった。
黄色か……と言っても、単純に黄色のリボンって発想じゃ駄目だろうな。雫と瑠璃に白い目で見られる。黄色という色に対して、俺のセンスをプラスしなきゃ……。
「……あ」
一つのリボンが俺の目に止まった。
黄色はもちろん、そのデザインに目を惹かれたんだ。俺の数少ない、母さんとの記憶の中から。可愛い……と思うけどな。
「……これにするか」
うん。俺はこれ以上の物は選べない。これに決定だ。
「決まったのか?」
「ああ。買ってくるから先に外出ててくれ」
レジに行くぐらいなら、別に男一人でもいいだろう。もう出るんだから、なんて思われても関係ないし。堂々と無駄に胸を張ってやる。
「……」
レジに行く途中で、もう一つ、俺の目を惹く物があった。
一つの髪留めだ。白に紅葉の模様が入った、シンプルな髪留め。
なんとなく、なんとなくだけど。
……サンに似合いそうな気がした。
★☆★☆★☆
「ほい」
みたらし団子が五本入ったパックをサンに手渡す。
「……今思えば、餌付けされたようで気に食わんな」
口でそう言いながら、手はしっかりと出てるぞ。
ウチに来てからお茶と一緒に食べるつもりなのか、今すぐには食べようとしないサン。顔は微妙に笑顔に見える。いつも厳しい顔のサンだから、微妙な笑顔も目立つ。
機嫌良さそうだし……もう渡すか。
「あとこれもついでに」
「ん?」
「付き合ってくれたのと、アドバイスのお礼」
『兎のお姫様』の紙袋を手渡す。それを上から下から見て、不思議そうにしているサン。
「なんだこれは?」
「五秒前に言ったけど」
「……報酬はみたらし団子をもらったぞ?」
「小さいことは気にするな」
頭に?を浮かべながら、紙袋を開けるサン。中に入っていた物を見て、目を丸くする。
さっきたまたま見つけた。紅葉模様が入った髪留めだ。
「……」
「いや、たまたま見つけて、サンに似合いそうだと思ったから」
「……」
「別にそんなに高いもんじゃないし」
「……」
「……あの、サン?」
なにも言わない。じっと髪留めを見つめている。
も、もしかして……気に入らなかった?
「……レナだけじゃなく、私にも手を出す気か?」
「ぶっ!?」
「冗談だ」
サ、サンが冗談を言うとは……おもわず吹き出しちまった。
本当に冗談だよな? サンが言うとマジにしか聞こえない。
「……誰かからなにかをもらうのは初めてだ」
感慨深い表情で、髪留めを着けるサン。すぐに着けてくれるってことは、気に入らなかったってわけではないみたいで安心した。
おぉ……やっぱり似合ってる。俺のセンスも捨てたもんじゃないな。
「よかったのかもしれないな」
「ん? なにが?」
「レナのために願ってくれたのが、天坂葉介、お前で」
「……」
よくわからないけど、褒められているのはわかった。
この空気なら言える。俺は一つの提案を申し出た。
「名前で呼んでくれ」
「ん?」
「苗字はいらない。葉介でいいから」
フルネームで呼ばれることに、俺は違和感を感じていた。
さっきの話じゃないけど、なんか距離を置かれてるみたいで嫌だったんだ。
ちょっと出過ぎた申し出だったか? どうやって呼ぼうが個人の自由だし。なんて思ってたけど、サンは、
「わかった。葉介」
笑いながら言った。
微妙な、じゃない。普通の笑顔で。
……可愛いな。おい。
いちおう言っておくけど、俺はロリコンじゃないぞ。
★☆★☆★☆
「ただいま~」
夕方になって、やっとレナと瑠璃が帰ってきた。当たり前のように、雫も。まるでここが我が家のように。
「おかえり」
「小さい頃の葉介、可愛かったですね~。あ、今も可愛いですよ?」
それって褒めてるの? 男としては微妙なんだけど。
一緒に行かなくて正解だったな。現在進行形でそんな話されたら、俺は居心地の悪さ全開だっただろう。
「今はただのふぬけ顔でしょ?」
「え、えっと……格好良い?」
雫の罵倒は相変わらず。そして瑠璃。疑問形で言わないでくれ。なんか虚しい。
「あ、先輩!」
リビングでお茶を飲んでいたサンを見つけて、飛びついて抱きつくレナ。相変わらず仲が良いな。
「レナ。元気そうだな」
「元気ですよ~。私、今日から学校に行ったんです!」
「ああ。聞いている」
学校での出来事を嬉しそうに語るレナ。それを、妹を見守る姉のように聞くサン。見た目はレナが姉でサンが妹だけど。
……改めて見ると、良いな。
神子が普通に人間の家で、こうやって話をしている。嬉しそうに。楽しそうに。
変わっていくといいな。神子の在り方。
「ところで、やけにいっぱい買ってきたな?」
雫と瑠璃は大量のスーパー袋を持っている。中身はいろんな食材だ。
「ふっふっふ……今日はレナの編入祝いでパーティよ!」
「うん。いっぱい作る」
瑠璃が珍しく張り切っている。料理は数少ない、瑠璃がメインとなれるものだからな。
「サンが来てるなら丁度よかったわね」
「……私は長居するつもりはない」
「駄目。強制拉致」
ソファーの後ろから、サンを両手でホールドする雫。逃がさないようにするって言うか、たぶん、ただ抱きつきたいだけ。レナが戻ってきてから、サンが来る度に、雫はこんな感じだ。実際は歳上とはいえ、見た目可愛くて小さい女の子なんて、雫のストライクもいいところだ。こいつ、マジでハーレムでも作る気か?
「あれ? 先輩……そんな髪留めしてましたっけ?」
サンの髪にある髪留めを見つけて、レナが質問する。さすがレナ。よく気がついてくれた。俺のセンスで選んだ髪留めだ。サンも気に入ってくれてる(と勝手に思ってる)。
「似合ってますね! 可愛いです!」
「……お節介な奴からもらっただけだ」
「お節介……ですか?」
誰がお節介だ。
★☆★☆★☆
テーブルにいろんな料理が出揃った。
瑠璃が本当に張り切ってたからな。勝負エプロン着けてたし(本気で料理作るときのエプロン)。俺の好物。レナの好物。雫の好物。サンはさすがにわからなかったからないけど、なんと、瑠璃がみたらし団子を手作りした。瑠璃……お前、本当に良いお嫁さんになるぞ。
「よ~~し! 乾杯よ!」
「お前が仕切るの?」
「じゃああんたやる?」
「いや、いいや」
おもわずツッコんだけど、別に仕切りたいわけじゃないし。雫にやらせればいいや。
「レナの編入を祝って……乾杯!」
「「「かんぱ~い!」」」
カチン。とジュースが入ったコップが鳴る。さすがに未成年だから飲酒はしない。一回、親父のビールをこっそり舐めてみたことがあるけど、苦くて全く美味くなかった。ぶっちゃけ不味い。あんなものを美味そうに飲んでる大人の気持ちがわからない。
「やっぱり瑠璃の料理は美味しいですね~」
「瑠璃ちゃん。私のためだけにずっと料理を作ってくれない?」
「え?」
「なに言ってんのお前?」
料理へと箸を伸ばしながら、どうでもいい会話をする。そのどうでもいい会話も、レナが戻ってきたからこそ、できることだ。
……レナが消えたのは、五ヶ月ぐらい前か。
神子食いとの戦いのあと、鉄骨の下敷きになった俺を助けるために、レナは……瑠璃の俺を助けたいって願いを叶えて、消えた。
それから二ヶ月ぐらい……俺は魂が抜けたみたいに生活してて、瑠璃と雫にはかなり心配をかけてたかもしれない。
そしてゼウスが、レナと一緒にいたいっていう俺の願いを叶えてくれて……レナが人間として戻ってきて、さらに二ヶ月ぐらい経った。
まさかレナと一緒に学校に行ける日が来るなんてな。
……やばい。なんかテンション上がってきた。
今日は盛大に祝おうじゃないか!
「……美味しい」
瑠璃が作ったみたらし団子を食べて、サンがにんまりとしている。
にんまりって表現が、マジでぴったりな顔だ。やばい。写メ撮りたい。
「……って、すでに撮ってる奴がいたな」
「なによ?」
俺の思考よりも先に、雫がカシャカシャと写メを連続撮りしていた。手が早い奴だ。早すぎて怖い。
「人間界は食べ物だけは美味しいよね。そこだけは褒めてあげるよ」
「なんで上から目線なんだよ。猫野郎が」
「僕は猫じゃない!?」
このやり取りも何回目? 飽きてきたぞ。猫じゃないって言うけど、どっからどう見ても猫だし。喋って羽がある以外は。
「お兄ちゃん」
料理もそれなりに減ってきたとき、瑠璃が俺に目で合図してきた。
おぉ……忘れてた。あまりにも場の空気が楽しすぎて。
「レナ」
俺は隠しておいた紙袋を取り出した。ちゃんとプレゼント用に包装してもらってる。
「なんですか? これ」
「朝約束しただろ? 俺のセンスでリボンを買ってやるって……まぁ編入祝いもかねて」
「……」
レナは言葉さえなかったけど、顔は嬉しそうに綻ぶ。
「開けていいですか!」
「どうぞ」
包装を丁寧に開けて、中からリボンを取り出すレナ。そのリボンを見て……。
「……あんた。なにこれ?」
「……」
雫と瑠璃が俺をなんとも言えない目で見てきた。視線が痛い。
「俺のセンスで選んだリボン」
「なにこれ。をそのまま答えるんじゃないわよ。なんでこれを選んだのかってこと」
あ、あれ? 俺、なんか責められてる?
俺が選んだリボンは、薄い黄色のリボン。そしてその中に、タンポポの模様が散りばめられてる。俺は可愛いと思ったんだけど。
「る、瑠璃……俺はなにか駄目だったのか?」
「……えっと、少し子供っぽいかな?」
ガーン。俺のセンスは子供っぽいってことか……。
「なんでこれを選んだのよ?」
雫がもう一回聞いてきた。い、痛い……その視線で俺を殺す気か。
うぐぐ……まぁ正直に答えるしかない。
「……か、母さんがタンポポ好きだったから……女の子はこういうのが好きなのかと思って……」
死んだ母さんがタンポポを好きだった。よく俺に、タンポポの話をしてくれたんだ。どんな場所でも生えて成長する強い花だって。たまに、母さんにタンポポを摘んできてプレゼントしたこともある。俺はそれだけの理由で、このリボンに決めたんだけど……安易だったかな?
「……」
レナがリボンと俺を交互に見てくる。
だ、駄目だったかな? やっぱり。俺のセンスは女の子には通用しなかったのか……自分の駄目さにがっかりだ。穴があったら入りたい。
「ありがとうございます……嬉しいです……」
そんな俺の自虐思考とは裏腹に、レナは嬉しそうに笑った。
「私、これ……大好きです。なんだかあったかい感じがして……」
俺に気を遣ってる。わけではなさそうだ……これはもしかして、俺のさよなら勝ち?
「まぁ、葉介にしてはそこそこいいんじゃないの?」
「うん。子供っぽいけど、可愛いと思う」
雫と瑠璃にも意外と高評価だったらしい。さっきはちょっと責められてる感じがしたからヒヤヒヤした……あー怖かった。
俺はサンをちらっと振り返った。目で「ありがとう」と言った。サンから色のアドバイスをもらったおかげだからな。
「……」
レナがリボンを見ながら……あ、あれ? 泣いてる?
「レ、レナ? どうしたんだ……」
レナが泣くなんて……やっぱり、リボンが気に入らなかったのか?
「いえ……嬉しくて……」
「え?」
「今、ここに居れることが……本当に嬉しくて……」
涙を流しながらも、レナは笑った。嬉し泣きってやつだ。
今、ここに居れることが嬉しい。そんなレナの言葉を聞いて、俺も目の奥に熱いものを感じた。やばい。俺も泣きそう。
「私、あのまま消えなくてよかった。みんなと一緒にいれて、本当によかったです。消えたくない……今は本気でそう思えます」
「レナ……」
消えたくない。
前にレナが消えてしまうってときには、自分から言えなかった言葉だ。
神子だから。神子の生き方だから。仕方がないって。
でも、今は言える。
レナはもう神子じゃない。人間だから。
これは俺がレナを抱きしめる展開だろ。
「レナ。俺の胸に――」
「レナぁ!?」
両手を開いてレナを受け入れようとしていた俺を弾き飛ばして、雫がレナに抱きついた。痛い。片手で弾かれたのに、なんでこんなに俺はダメージを負ってるんだ。
「私たちとレナはずっと一緒よ! もうどこにも行かせないわ!」
「……うん! そうだよ。レナさん」
間に入るように、瑠璃もレナに抱きつく。俺も間に入りたいけど、入ったら雫に殺られるな。諦めよう。
「ずっと一緒にいるなんて、実際無理でしょ」
鳥の唐揚げをパクパク食べながら。カールが生意気な口を聞く。
「お前、この感動的な場面でよくそんなことを言えるな?」
「だってそうだろ? 今一緒にいるからって、これから先もずっと一緒にいれるとは限らないじゃないか」
まぁ、こいつの言ってることも間違ってはいない。
今、俺たちはこの家で暮らしてる。同じ学校に通ってる。学校には共通する友達がいる。
その全てが、この先ずっと続くとは限らない。
いや、おそらく、続かないことのほうが多いと思う。
それは仕方のないことで、それが世の中だ。
でも……俺たちとレナは、
「……ずっと一緒に居れるだろ」
「なんでだよ?」
忘れたのか? この猫は。
俺が願ったことを。
「だってそれが、俺の願いごとだからな」
一緒に居たい。一緒に笑いたい。
それが俺の願いごとだからな。
「……そうだな」
サンも同意してきた。レナを優しい目で見つめながら。
「それがお前の……お前とレナの、最高の願いごとだからな」
「おう」
「本当に、お人好しな奴だ」
「それは俺にとって褒め言葉だぜ」
「馬鹿、とも言えるよね」
それは俺にケンカを売ってると見ていいな? 俺は猫相手でも容赦しないぞ。尻尾を掴んで宙吊りにしながら髭を引っ張ってやる。
カールの尻尾を掴んで宙吊りにしていると、瑠璃と雫に抱きつかれているレナと、目が合った。
自然と笑い合う。
……そうだな。ずっと笑っていよう。
それが俺の考えた……最高の願いごとだから。
「痛いじゃないか!?」
「いっでぇ!?」
俺の手から脱出したカールが、素早く俺の顔面に飛びついて引っ掻いてきた。この野郎! もう許さん! 寝てばかりの黒猫は明日の朝食の材料にしてくれる!
ドタバタと俺とカールの乱闘開始。ライオンは兎を狩るのにも全力を尽くす! それと同義だ!
そんな俺の様子を見て。
レナは笑っていた。
レナが笑ってるのがなんだか嬉しくて、俺はちょっと大げさに暴れる。
いつの間にか、全員が笑っていた。
涙が出るほど、笑っていた。




