story4「はじめまして」
「はじめまして! レナと言います! 今日からこのクラスでお世話になります。え~っと……日本の学校には通ったことがないので、わからないことも多いかと思いますが、よろしくお願いします!」
昨日、必死に練習してた挨拶。
完璧だ。完璧だよレナ。俺の名前を呼ばなければ……。
ちなみに、レナは外国出身ってことになってる。そのほうが日本の生活に慣れてないってことでいろいろ説明できるからな。
「レナさんは天坂君と一緒に住んでるのよね?」
相川先生! 余計なこと言わないでくれ! 俺にとってそれは死語だ!
ギロリ。とクラスの男子生徒が俺にさっきよりも強い殺気を込めた目を向けてくる。思ったとおりの反応過ぎて嫌になる。消えてなくなりたい。
「けっきょく、駆け落ちした理由はなんなの? そろそろ教えてよ~」
「それ以上ありもしないことを話すと名誉毀損で訴えますよ!?」
これ以上変なことを言われてたまるかと、俺は相川先生の話をむりやりぶった切った。
でも、時すでに遅し。完全に、クラスの男子どもから敵対された。「鳥海というボン、キュッ、ボンな幼馴染がいながら……」「可愛い妹もいるのに……」「全男人類の敵だ……」「死ねばいいのに……」負のオーラ全開の言葉があちこちから聞こえてくる。
うぐぐ……俺がなにをしたと言うんだ。
「む~……まぁいいわ。じゃあレナさんの席は……丁度天坂君の隣が空いてるからそこでいいわね」
俺の席は窓際の一番後ろ。んでもって俺だけ一個はみ出てる感じだから隣はいない。確かに丁度いい。クラスの男子どもには火に油を注ぐようなもんだけど。
「じゃあレナさんの机は始業式の後に持ってくるとして……みんな体育館に移動してー。始業式始まるわよ」
相川先生がそう言った瞬間、ぶわっと男子どもがレナを取り囲んだ。
「一緒に行こう!」「荷物持つよ!(荷物ないけど)」「天坂なんかより俺のほうが!」「付き合ってください!」とか口々に言う。てめぇら行動早すぎだろ。てか最後どさくさにまぎれて告ってる奴がいるぞ。
「レナは私と一緒に行くのよ」
そんな男子どもが、サァーっと散った。
さっき男子どもが俺に向けてきたような殺気とはまるで違う。本気の殺気を放った雫の一声で。
こっわ……俺でさえビクッとした。
「葉介~。行きましょう」
「お、おう」
レナに呼ばれて、俺も二人に付いて行く。単体で教室に残ったらなにされるかわかったもんじゃないから助かった。
「それと、さっきレナに付き合ってくださいとか寝言を言った奴。あとでわかってるわね?」
それって死刑宣告だよな?
てか、たぶんそれ言ったの浅賀だと思うけど。あいつ……死んだな。
★☆★☆★☆
始業式ってだるいよなぁ。ただつっ立って話聞いてるだけだし。わざわざ体育館に移動しないで、教室で放送で聞いてるだけでもいいと思うけどな。
それでもレナは、体育館が物珍しいのか、ワクワク感全開の顔。相変わらずその顔、可愛いな。くっそ。他の男どもに見せたくない。
開会の言葉から始まって、二学期のおおまかな連絡事項を説明した後、生徒としての心得みたいなことを教頭先生が話した後(誰もまともに聞いてないけど)、校長先生の話。
いつもなら見慣れた白髪のおっさんがまた話してるよー、で終わるけど、今日はそうじゃない。
生徒たちがざわつき始める。まぁ、知ってるのは俺たちぐらいだ。校長先生が代わったなんて。しかもあんな美人な校長先生だし。そりゃあ驚く。
「みなさん。初めまして。今期から、赤ヶ丘の校長を務める、五十嵐瞳です。以前までは別の学校で教頭をしておりましたが、先代校長、私の父でもある五十嵐源三が急病のため、退任するにあたって、私が引き継ぐことになりました。この学校をより良い学校にするために全力を注ぎます。どうか、協力のほどを」
テキスト読んでるみたいに整った挨拶だ。顔は美人だけど、表情が固いし、目が鋭い。真面目を絵に描いたような印象。それが今の挨拶に拍車をかけたようだ。これはつまらなそうな校長が来た、と。まぁ一部の男子は美人校長だぜ! とか喜んでるみたいだけど。
それからも、この学校の現状、これからどうして行くのか、生徒が行うべき行動、などなど、生徒にとっては聞いていてつまらない話を延々と続ける校長先生。
まぁ……先生としては間違ってないよな。これが校長としての務めなんだろうし。でも、初対面の生徒相手なんだから、もう少し柔らかい話をしても――。
「こうちょうせんせいー!」
俺はおもわず吹き出した。
レ、レナ? なにを全校生徒の前で元気良く手を挙げちゃってんの!? おまけに校長先生呼んでるし! そしてぶんぶんと手を振ってるし! めっちゃ目立ってるぞ!
「……」
校長先生の顔が険しくなる。そりゃそうだ。話の途中であんなことされたら、生徒に示しがつかないからな。やばい……怒らせちまった。
なんて俺が頭をかかえていると、
「……」
予想外。校長先生が小さく手を振り返してきた。そしてマイクに向かって喋る。
「レナさん。舞台で誰かが喋っているときは、静かに聞いているものです。話の途中で話しかけるのは失礼に値します。今度、紅茶を飲みながらその辺をご教授いたしますので、覚悟しておいてくださいね」
お、おぉ……校長先生が笑ってる。微笑。っていうぐらいのだけど。
なんだろう……なんか怖い……あの笑顔。
「えへへ~。ごめんなさい~」
舌をぺろっと出しながら謝るレナ。可愛い。いや、そうじゃなくて……今のやりとりで、ちょっと生徒側の空気が変わった。
なんだ。意外と面白い先生じゃん。と。
……結果オーライか。
おもいっきりレナが目立ったけど、始業式は無事(?)終わりを迎えた。
★☆★☆★☆
「……」
HRが終わって放課後。本当ならすぐに帰るところだけど……。
「大人気だな……」
レナがクラスの奴らに囲まれて、動けないでいる。質問攻めだ。それで俺たちも帰れないでいる。
雫が威嚇すれば、少なくとも男どもは散ると思うけど、レナを取り巻く中には女子もいる。だからそう簡単に追い払うわけにもいかない。レナにとっても、クラスに溶け込む良い機会だし。
「だから雫。もうちょっと我慢しろ」
「……」
雫がなんとも言えない顔で、その様子を見ている。本当なら今すぐにでも、レナを奪還したいところだろう。正直、俺が雫を抑えられるのはあと僅かだ。嫉妬の炎が全力で燃えている。
「お、お兄ちゃん?」
一年もHRが終わったらしい。瑠璃が教室の入口から中を伺っていた。俺は入ってくるように促す。
「どうしたの? これ……」
「見ての通りだ。レナの人気がありすぎて、雫が嫉妬してる」
「瑠璃ちゃあん!?」
我慢が爆発。雫が瑠璃に抱きついた。
「し、雫さん……?」
「瑠璃。我慢してくれ。レナ成分を瑠璃成分で補ってるところだから」
これでもうちょいはもつだろう。
ていうか……瑠璃が教室に入ってきたとたん、こっちにもなんだか視線を感じるようになった。
ああそういや、瑠璃も人気あるんだったな。浅賀が言うには、妹にしたい女子生徒ランキング、だっけ? それで一位だとか。
ちなみに浅賀は、レナに告った制裁を雫から受けて、そこで伸びてる。生きてると思う。たぶん。死んでも後悔はないだろう。レナみたいな可愛い子に告白して逝ったんだから。冥福だけは祈ってやる。
それからさらに十五分。全く、レナへの質問攻めは終わる気配がない。
さすがのレナも、だんだん質問に答えるのに疲れてきたみたいだ。笑顔がだんだん困り顔になってきてる。
……そろそろ助けに行くか。俺は取り巻きの中を割って進んだ。
「レナ。そろそろ帰ろうぜ。腹減ったし」
「あ、葉介……」
明らかに、俺が来たことにほっとしてる様子のレナ。これはかなり疲れてるな。
「あ、飯ならみんなで食いにいかね?」
「そうだな。レナさんの歓迎会もかねて」
男どもが口々にそんなことを言う。くそ。面倒だな。
「悪い。今日はこれからレナの荷物整理をしないといけないんだ(嘘だけど)。家に来たばっかりで、全然片付いてないからな(とっくに片付いてるけど)」
ちなみに、レナは親父の知り合いの娘ってことで、日本にホームステイ的な感じで来ていると説明した。なにか理由をつけとかないと、俺が男子生徒全員から闇討ちされるなんて笑えないことになるからな。
それでも、男どもはまだ納得いかない様子で「でも」「やっぱり」「むしろそれならみんなで手伝えば」みたいなことを言う。そこで俺は止めの一言を放った。
「……これは友として言わせてもらう。そろそろレナを開放してくれ。でないと……後ろの猛虎が暴走する」
クイッと、後ろで嫉妬と殺気をまぜた気を放っている雫を指さした。見れば一目瞭然。そろそろ我慢の限界であることがわかる。後ろにゴゴゴゴゴと効果音が見えてるし。
「お、おう……」
自分たちの身の危険を察したのか、男どもはサァ~っと散っていった。効果は抜群だ。
邪な理由がなくて、純粋に話がしたいだけの女子生徒たちはそのあとも少しだけレナと話してから「またねー」と手を振りながら教室を出て行った。レナも手を振り返す。
ふぅ……やっと終わったか。
「つ、疲れましたね……」
「お疲れ」
笑顔に疲れが見える。まぁ、これは新しく来た生徒の宿命というか、仕方がないことだけど。
「レナァ!」
我慢が爆発。雫がレナに抱きついた。
「ど、どうしたんですか? 雫」
「レナは誰にも渡さないわぁ!」
別にお前のものじゃないだろうが。
★☆★☆★☆
正門を出たところで、雫が急に切り出した。
「ねぇ。今日ウチに来ない?」
いきなりすぎる。なんの前フリもなかったぞ。
「なんでだよ?」
「レナが見たいって言ってた、昔のアルバムを見つけたの。だから一緒に見ようと思って」
「本当ですか! 見たいです! 昔の葉介たちを!」
ああ……そういや前にそんなこと言ってたな。
つっても、別に俺は昔の写真とか見たくない。絶対にからかわれるからな。昔は可愛かった……みたいに。自分の昔の写真って、見られるとくすぐったいもんなんだよな。
……まぁ丁度いいや。
「じゃあ俺は別行動で」
俺は自分の用事を済ませることにした。
「なんでよ?」
「用事がある。お前らだけでどうぞ」
「えー……葉介来ないんですか?」
思ったよりもがっかりしてるレナ。ちょっと罪悪感でちゃうからそんな顔しないでくれ。
俺は瑠璃を見て、目で合図した。瑠璃もそれで俺の用事ってのがなにかわかったみたいで、すぐに行動に出た。
「そうだった。お兄ちゃん、お父さんから頼まれた用事があるんだって。だから、私たちだけで行こう?」
「そうなんですか? それなら仕方ないですね……」
「お昼もご馳走するわ。レナたちを連れて行くって言ったら、お母さんが張り切ってたからね」
なに!? 雫のお母さんの手料理だと!?
ちょっと残念。雫のお母さんは昔、日本料理店をやってたから、料理がガチでプロ料理なんだ。くっそ……食いたかった。
でも仕方ない。俺には外せない用事がある。約束しちまったし。
……レナのリボンを買いに行かないとな。
俺のセンスで選んで。すっげぇ心配だけど。俺のセンスで選べるのかって。
レナたちを見送ってから、おれは一人で商店街へと向かった。
★☆★☆★☆
商店街の中で、やっぱり女物の服や小物って言ったらここだ。『兎のお姫様』。
レナも雫とここでよく買ってるらしいし、なにかしらあるだろう。と、勢いで来ちまったのはいいけど……重要なことに気がついた。
「……女物の店に、男一人で入れるか?」
前に来たときだって、俺は入らないで待ってたんだ。
女物しかない店に、男が一人で入ったら……浮きまくるだろう。店員も、表には出さないだろうけど、裏でなにを言っているかわからない。うぐぐ……そこまで考えてなかった。だからって、他に店もわからないし。
……もうヤケで特攻するか? 良ければ彼女のためにプレゼントを買いに来た彼氏。悪ければ危ない奴って思われるだけだろう。
深呼吸して心を落ち着かせていると、数件先にある団子屋の前に、見知った顔を見つけた。
……あれって、サンだよな? 神子の服が目立つから、すぐにわかる。みたらし団子を二本手に持って、美味しそうにパクついている。
……めっちゃ笑顔なんだけど。あれだけ笑顔なサンは見たことないんだけど。
俺は後ろからそっと近づいて、声をかけた。
「よっ」
「ひあっ!?」
普段のサンからは想像もできないような、可愛い悲鳴。なにをそんなに驚いてるんだ?
「……」
ゆっくりと振り返って、サンは俺を見て、顔を赤くする。髪も目も赤いから、なんか赤一色って感じ。
「……いつからいた?」
「ん?」
「いつから見ていた?」
「サンがみたらし団子を嬉しそうに食べてるところから」
「……」
サンがスマートバンクに手を伸ばした。あ、やべ!? 『神力刀』転送する気だ!
「待てぃ!? 町中で物騒な物を出すな!」
スマートバンクを押さえ、転送を阻止。こんな町中で刀なんて振り回してたら警察沙汰になる。なにより俺の身の危険が!
「記憶を消せ。でないと斬る」
目がマジなんだけど……。
「美味いもの食って嬉しそうにしてるのは当たり前だろ。なにを恥ずかしがってるんだよ?」
「それは人間の感情だろう」
「……神子だって人間と同じだろ?」
「……」
俺が神子のことをどう思ってるのかは知ってるはずだ。だからサンは特に反論もしてこないで、ぷいっとそっぽを向いた。みたらし団子は離さない。
「仕事は? 今は願い人待ちか?」
「……お前には関係ないだろう」
図星か。サンは図星だとこう言うんだ。
「じゃあ質問を変えよう。ここでなにやってんだ?」
「レナの様子を見に来ただけだ」
それで寄り道ってわけね。サンの好物はみたらし団子なのか。ちょっと意外だな。人間界の食べ物には興味なさそうに見えるけど。
「レナなら雫の所に行ってるから家にいないぞ」
おそらく、夕方まで帰ってこないと思う。
「ならば出直す」
「別に家で待っててもいいけど……って、あ」
そうだそうだ。俺は大事なことを忘れてた。
今この状況で、サンは俺にとって救世主じゃないか。
「サン。頼みがある」
「なんだ?」
「俺と一緒にあの店に入ってくれ」
『兎のお姫様』を指差す。ちらり、と店頭の様子を見て、サンは俺に疑いと嫌悪の目を向けてきた。
「……お前はあの店に入ってなにを買うつもりだ?」
「待て。お前、今すっげぇ失礼な勘違いしてるだろ?」
自分のための買い物で女物の店に入る訳無いだろうが。俺はそんな特殊な趣味はない。
「レナのリボンを買うんだよ!」
「……レナの?」
「ああ。俺のセンスで選んだリボンを買ってやるって約束したんだ。それでわざわざ一人になって店まで来たはいいけど、女物の店に男一人で入りづらい。だから一緒に入ってくれってこと」
「……」
サンがなんとも微妙な表情をしてる。面倒だ。なんで私が? と、顔が言っている。確かに、いきなり一緒に店に入ってくれって言っても、承諾できるかって聞かれたら、大体はNOだろう。
しかし、俺には奥の手がある。たった今知った知識をフル活用すれば、きっとサンは首を縦に振る。
「……みたらし団子三本でどうだ?」
「……(ピク)」
明らかに、サンの心が反応した。わかりやすい。
……これはあとひと押しだな。
「家に帰ったらお茶も出すぞ。この前、雫の家からもらった高級茶だ」
「……(ピクピク)」
さらにひと押しだな。
「……みたらし団子五本でどうだ?」
「さっさと行くぞ」
手に持っていたみたらし団子を一気に口へと運び、サンはスタスタと『兎のお姫様』に早歩きで向かっていった。
……ちょろい。ちょろすぎる。




