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神子の恩返し  作者: 天天
『レナ』パート
14/63

story13「神子食い」

 三日後。

 俺はまだ願いを決められず、ぐだぐだとしていた。

 いつまでもずるずると長引かせるのは駄目だってわかってる。

 それでも俺は考えちまうんだ。

 なんとかならないかな……って。

「葉介」

「んあ?」

 授業が終わって放課後、欠伸をしてた俺に声をかけてきた雫。

「レナの様子はどうなの?」

「……相変わらずぼーっとしてるか笑ってるかのどっちかだよ」

 この三日間。レナはどこか上の空な感じだ。

 それでも、俺たちの前では相変わらず笑ってる。

「……あんたは決めたの?」

「まだ」

「でしょうね」

 おい。今のはちょっと「どうせ決まってないんでしょ?」みたいに聞こえるぞ。

 実際、願いごと決めてないから反論できんけど。

「……今日これから、レナと瑠璃ちゃん借りるから」

「は?」

 レナはともかく……瑠璃まで?

「お前のハーレム計画進行のため?」

「……殴るわよ?」

 冗談だから。本気で拳構えるのやめて。

「女の子同士のお出かけなの! あんたは付いてこないでよね!」

「別に付いて行く気は微塵もない」

「ちょっとはその気になれ!」

 んな無茶な。

 雫は教室を出ようとして……もう一回、俺に振り返った。

「付いてこないでよね!」

「わかってるっての。そんな念入りに言わなくても」

 お前の言葉に逆らったらどうなるか、俺は今まで何度も見てきたからな。

 女の子同士のお出かけ……ね。

 まぁいいや。俺もたまには一人でゆっくりと考えたいし。

「……母さんの墓でも行ってくるか」

 別に命日とかじゃないけど、ちょっとそんな気分だ。

 母さんの墓は町はずれにある小さな墓地にある。学校から歩いて二十分ぐらいだ。

「……昔の俺は、どんな気持ちでレナに名前をあげたんだろうな」

 母さんの名前を。

 本当に……戻れるなら戻りてぇよ。

 レナに会った頃の俺に。



★☆★☆★☆



 商店街にある、雫行きつけの喫茶店。

 午後三時という時間もあり、学校帰りの学生が多い。その中、一つのテーブルで目を輝かせて歓喜の声をあげている人物がいた。

「クレープ……なんですかこれ……甘さが絶妙で……イチゴとの相性が抜群すぎて怖いです……抹茶ココアに合いすぎです……」

「レ、レナさん? そこまで?」

 子供のようにクレープにパクつくレナ。そのレナの口についているクリームを拭いてあげる瑠璃。その二人を見てニヤつく雫。写メでしっかりとその現場を記録に残した。

「って、違うわよ! 私はこんなことをするために二人を連れてきたんじゃないわ!」

 バン! とテーブルを叩いて立ち上がった雫。きょとんとして、レナが首を傾げる。

「ろうふぁひたんれすふぁ?(どうかしたんですか?)」

 雫は再び携帯をレナに向けて、シャッターを押した。思考と動きが正反対だが、欲望には勝てない。

 その様子に周りが少し引き始めた頃、ようやく我に返った雫は自分の頬を叩いて気合を入れた。今度こそは、レナと瑠璃を連れてきた目的を実行しなければならない。

「レナ! あのね――」

「瑠璃、あーんです」

「え? えと……あーん……」

 無意識だった。無意識のうちに、雫の手は携帯に伸び、カメラのシャッターを押していた。欲望には勝てない。

 それから約三十分。雫は食べている間は無理だと判断し、クレープを食べ終えた二人を別の場所へ連れ出した。

 住宅街と商店街の間にある、小川の流れる丘へ。

「雫もここを知ってたんですか?」

「え?」

「ここは私と葉介が初めて会った場所なんですよ~」

「……そっか」

 雫は迷っていた。

 今ここで……この話をするべきなのかどうか。

 それでも、話をせずにはいられない。

 葉介のことを見ていたら、とても気持ちを抑えきれないのだ。

「……あ」

 瑠璃が丘を下り、小川の手前にある小さな箱まで走って行った。その箱の中には……おそらく生まれたばかりであろう、子犬がいた。寂しそうな声を出し、必死に顔を出している。

「捨て犬……ね」

 その様子を見ていた雫は、行き場のない怒りを感じていた。あれだけ寂しそうに泣いている子犬を捨てられる人の気が知れない。

「捨て犬……」

 レナも丘を下り、瑠璃の隣へと座りこんだ。雫もその後を追う。

 瑠璃が子犬を抱き上げ、頭を撫でてあげていた。レナもそっと子犬の頭に手を置く。

「どうして捨てたんでしょうか?」

「……身勝手な奴が捨てたんでしょうね。生まれた命を、勝手にいらない物として処理しちゃうのよ。全く……ぶん殴ってやりたいわ」

 ぷりぷりと怒っていた雫は、レナの表情に気が付いた。

 まるで自分を見ているかのように、子犬を見ているレナの。

「……いらないから捨てる」

 重ねていたのだ。レナは。

「まるで私みたいですね……」

 神力を使い果たし、いらない存在となる自分と。

 雫は見ていられなくなり、気が付いたら口を開いていた。

「レナ」

 いつになく、真剣な表情の雫に、レナも少し驚いていた。

「レナは本当に……葉介の願いを叶えて消えちゃってもいいと思ってるの?」

「……」

 雫はレナの目を真っ直ぐに見ている。レナも目を逸らせない。

 どうしても聞きたかったのだ。

 レナの本当の気持ちを。

 おそらくは葉介が聞きたいであろう、本当の気持ちを。

「葉介にも聞かれました。でも私は……葉介に恩返ししたいんです。私は神子として生まれて、神子としての私を、葉介は救ってくれました。だから……私の最初で最後の仕事を、葉介のためにやりたいんです」

 レナの返答は思っていた通りだった。葉介も聞いたであろう答え。

 でも、雫が聞きたいのはこの答えではない。

「本当に?」

 雫はもう一度聞き直した。

 レナは気持ちを隠している。そう確信して。

「……本当です」

「……うん。たぶん、レナは何回聞いてもそう答えると思う。でもね……」

 雫が心配しているのは、もちろんレナのことだ。

 でも、もう一人、雫が心配している人物。

「葉介はね……自分よりも、他人の涙が気になっちゃう馬鹿だから」

 葉介のことだ。

 自分よりも、他人の涙が気になってしまう葉介だからこそ。レナが仕事を全うし、消えてしまったとしたら。

「自分がレナを消しちゃったって、心の底で、ずっと思い続けるかもしれない」

 自分を責め続ける。

 おそらくは、一生。心の傷として残ってしまうだろう。

「私は……そんな葉介を見たくない。小さい頃から一緒だから、わかるの。葉介は……そういう訳のわからない馬鹿だから……」

「……」

 レナは目を見開いていた。雫のような考え方はしたことがなかったのだ。

 自分が神子の仕事を全うして恩返しすることで……葉介を苦しめることになるなどと。

 それを聞いた瞬間、怖くなってきた。

 そうなのだ。自分なのだ。

 今、葉介を追い詰めているのは……自分なのだと。

 自分が満足することだけを考えて、葉介のことをなにも考えていなかったと。

「……雫……」

 弱々しく雫の名前を呼んだレナ。その目は……悲しみに溢れていた。

「私……自分のことしか考えてませんでした。私が神子の使命を全うして……葉介に恩返しすることしか……でも、それで葉介が苦しんでしまうなんて……考えてませんでした……」

 レナの体がガクガクと震えだす。今にも泣きそうな目で、弱々しく雫を見ている。

「レ、レナ……ごめんね……別にレナを責めるつもりで言ったんじゃないのよ。ごめん……ごめんね……」

 レナを宥めながら、雫はいつの間にか泣いていた。今の自分の言葉に、レナがどれだけショックを受けたかが伝わってきた。レナが泣いていないのに、自分が泣いているのが情けなくなってくる。

 そんな二人の様子に気が付き、瑠璃が慌てて立ち上がる。

「ど、どうしたの? 二人とも……」

 どうしていいかわからず、瑠璃はただただ、二人の前でオロオロしているだけだった。

 自分が神子の仕事を全うして、恩返しすることで……葉介を苦しめることになる。

 レナはもう、わからなくなっていたのだ。

 自分はどうすればいいのか……。

 自分にとって、最高の選択がなんなのか。

「……?」

 いつの間にか、三人に近づいてきた人物に気が付いたのは瑠璃だった。

 全身、黒いスウェットに身を包んだ一人の男。

 しかし、どこかおかしい。

 目の焦点が全く合っていない。

 まるで……廃人のような顔をしているのだ。

「……なによ。あんた」

 涙を無理やり拭い、雫がレナと瑠璃を背中に回した。

 直感が言っていたのだ。

 この男は……普通ではないと。

「……みこ……みつけた……」

「え?」

 雫は耳を疑った。

 この男は今確かに……神子と言った。

 神子のことを知っている。それだけで充分だった。

 雫が警戒態勢に入るのは。

 焦点の合っていない男の口元が、不気味に笑みを浮かべた。その瞬間――雫は悪寒を感じた。

 何人もの不良を前にしても、全く動じない雫が。

「!?」

「……いただきまぁす!?」

 男が一瞬にして、姿を変えた。

 体が白く変色し、髪は抜け落ち、焦点の合っていなかった目は赤く染まる。着ていた服を破り、体が倍ほどにも巨大化する。筋肉がビキビキと音をたてて肥大しているのがわかる。口には鋭い、獣のような長い牙。

 到底、この世の者とは思えない――化け物の姿に。



★☆★☆★☆



「……」

 墓に手を合わせて、しばらくぼーっとしてたらしい。

 何しに来たんだ? 俺。

 考えなきゃいけないことは山ほどあるのに……。

 あるいはその答えがここにあるんじゃないかって思ったのか。

「……俺、どうしたらいい? 母さん」

 教えてくれよ……母さん。

 本当に、神に祈りたい気分だ。

 ……いや、よく考えたら神のせいでこんなことになってるんだった。誰が祈るもんか。

「……」

 そしてまたぼーっとする。

 本当……何しにきたんだ? 俺。

 二回も同じこと考えるようじゃ末期だな。くそ。

 墓に刻まれた日付。

 十二年前の、三月二十四日。母さんは死んだ。

 もともと体が弱かったらしい。俺を産んだときも、相当無理をしたって聞いた。

 俺に母さんの思い出はほとんどない。物心付くか付かないかのときに死んじまったから、顔と声を覚えてるぐらいだ。

 母さんだったら……どうするんだろう?

 自分が誰かの命を奪う引き金を握っている状態で、どう判断するんだろう?

 相手が引くことを願ってれば……やっぱり引くのか?

 引くことが……正しいのか?

 神子の使命を全うして消えることが……。

 レナにとって正しいことなのか?

「うぉっと!?」

 いきなり携帯が振動した。普通にびびる。

 相手は……親父? 珍しいな。最近帰ってきたばっかりで電話なんて。

「もしもし」

『葉介か? ちょっと言い忘れたことがあってな。今回の仕事はそんなに遠くに行かないから、一か月以内にまた帰れると思うんだ。それで――』

「親父」

 俺は藁にもすがる思いで口を開いた。

「聞きたいことがあるんだ」

『ん? どうした?』

「……母さんは、あ……えっと、俺を産んだ母さんのほうだけど」

『……玲奈のことか』

 あんまり俺が母さんのことを口にすることはない。だから親父も少し真剣な口調になった。

『玲奈がどうかしたのか?』

「……母さんは、どんな人だった?」

 それを聞いてどうするのか。俺にもわからなかった。

 でも、聞きたかった。

 母さんのことを。

『……葉介、なにかあったのか?』

「いや……なんとなく聞きたいんだ」

『……そうだな』

 親父は少し間を置いてから、その言葉を口にした。

『自分の涙よりも他人の涙が気になる馬鹿』

「……は?」

『お前と同じだよ。葉介』

 俺が何度も雫に言われていた言葉。

 自分の涙よりも、他人の涙が気になる馬鹿。

 母さんも……そうだったのか?

『自分の体のことよりも、いつも周りを気にしていた。葉介、お前を産むときもそうだ』

「え?」

『医者に止められていたんだ。出産すると……自分の命が危ないと言われてな。それでも玲奈は……お前を産んだ。なぜだかわかるか?』

 俺は答えられず、黙ったままだった。

『簡単なことだ』

 親父は励ますような声で言った。

『正しいことが正しいとは限らない』

「……なにそれ?」

『玲奈が言っていた言葉だ。あそこで出産を止めることは、確かに正しい選択だ。自分の命を守ると言う意味でな。しかし、それが本当の意味で正しいとは限らない、とな』

 思い出した。

 俺は母さんから、その言葉を聞いたことがある。

 僅かに残る……母さんとの記憶に。

『玲奈にとって、出産を止めて自分の命を守ることよりも、命をかけてお前を産むことのほうが正しい選択だったってことだな』

 その話を聞いて、俺は心が軽くなった。

 ……なんだ。

 俺はまた忘れてたんだ。そんな大事なことを。

「……ありがとう。親父」

『……葉介。お前が今ぶつかっている問題がなにかわからないが、玲奈の言葉を思い出せ。お前は……玲奈からその心を受け継いでるはずだ』

「うん」

『よし……じゃあまた連絡するぞ』

 通話を終えて、俺は母さんの墓に向き直った。

 母さんは残してくれた。

 俺に大切な物を。


『葉介。正しいことが正しいとは限らない。そういうときは……あなたがどうしたいかを一番に考えて。大丈夫。葉介は優しい子だから……きっと、あなたがこうするべきだと思ったことが、本当の意味で、正しいことよ』


「……」

 神子にとって、仕事を全うすることが正しいことだとしても。

 それが『俺たち』にとって本当に正しいとは限らない。

 だったら俺は……。

「……わかったよ。母さん」

 俺がどうしたいのか。

 俺がこうするべきだと思ったこと。

 それを願うだけだ。

「よし!」

 吹っ切れた俺は立ち上がって、携帯を取り出した。

もちろん、雫たちに連絡を取るためにだ。そろそろ雫のハーレム計画も終わってるだろう。連絡しても怒りは買うまい。

「天坂葉介!?」

「ぎゃあ!?」

 そこへ空からの襲撃者。俺は驚いてひっくり返りそうになった。

「サ、サン?」

 サンと……カールまで? なんだよ。いきなり空から降ってくんな。素で驚くから。

「レナはどこだ!」

「……は?」

「レナはどこに行ったのか聞いてるんだよ! 僕が寝てる間にいないしさ!」

 なんだこいつら? いきなり……なにをそんなに慌ててるんだ? それからカール。寝てたのはお前が悪い。

「レナなら雫と瑠璃と一緒に出かけてるけど……どうしたんだよ?」

「すぐに連絡を取れ! 今すぐだ! 急げ!」

「……理由を教えてくれ。じゃないと連絡は取らない」

 いつも冷静な印象のサンがこれだけ慌ててる。

 ただごとじゃない。だったら俺もしっかりと説明が欲しい。

「……『神子食い』だ」

「神子食い?」

「神界にいる、神力を餌にしている化け物だ。そいつが一匹、神界から人間界へ出たとゼウス様から連絡があった」

 サンがなぜこんなに慌てているのか。

 それを理解するのに、俺は時間がかからなかった。

「神子食いは人間界で仕事中の神子を狙って人間界に出てくる。中でも……戦う力のない、潜在神力の弱い神子をな」

 狙われてるのはレナなんだ。

 神子の体は神力で構成されている。つまり、神力を食べる神子食いって奴にはこれとない餌なんだろう。神子食いって名前からしてもそうだ。

「もともと、Bランク以上の神子に戦闘用の神力アイテムが支給されてるのも、人間界に出てきた神子食いを撃退するためなんだ。そのときだけは、仕事中神子同士の接触を禁ずるって掟は解除される。Bランク以上の神子は、神子食いから他の神子を守るために戦う力を与えられているんだよ」

「――!?」

 携帯を取り出して、すぐに瑠璃に電話をかける。

 戦う力のないFランク神子のレナじゃ、その神子食いって奴に対抗できない。くっそ! こんなことなら俺も一緒に行けばよかった!

「……駄目だ。出ない!」

 瑠璃も雫も出ない。二人とも出ないなんて、すでになにかあったってことか? 俺の思っているよりも事態はやばいのかもしれない。

「神力アイテムでレナの居所はわからないのかよ!」

「『ゴッドパワーマップ』で探している! 神力を探知するアイテムだが、神子食いが神力の食い粕を町中にばらまいているせいで場所が特定できない! だからお前にレナの居場所を聞いて一番近い場所に向かおうとしていたんだ!」

 なんでネーミング英語なんだよ。日本語でいいだろ。しかもまんますぎ。ていうか神力って英語で言うとゴッドパワーかよ。だっせーな。

 いや、それはどうでもいい!

「見せてくれ!」

 サンのゴッドパワーマップを覗き込む。見た目はただの地図だな。町の場所だったら、俺の方が詳しい。

 確かに、神力の反応が全部で六つある。その中で、レナたちが行ってそうな場所……つっても、もし神子食いに襲われてたら逃げてるだろうし、あんまりいそうな所って言っても当てにならないか。

「俺とサンで三か所ずつ回ろう! 俺は学校の近くから東に行くから、サンは商店街のほうから西に行ってくれ!」

「なら『天使のような悪魔の翼』を貸してやる」

「……いや、遠慮する」

 コントロールできないし、天使モードなら全力で走ったほうがたぶん速い。

「僕は!」

「お前はサンと一緒に行け! 多少なりサンよりお前のほうが町のこと詳しいだろ! 案内しろ!」

 こうなると時間が惜しい。俺は学校に向かって走り出した。

「待て! 一つだけ言っておくぞ」

 サンが俺を呼び止め、厳しい表情を作る。

「神子食いは人間が太刀打ちできる相手ではない。もし、お前が先に見つけても絶対に手を出すな。すぐに私に連絡しろ。すぐに行く」

 サンはスマートバンクで小型のテレビアンテナみたいなのを転送し、俺に投げてきた。なんだこりゃ?

「『お願いアンテナ』だ。願う心に反応して相手に心を届ける。それで私に来るように願うんだ」

「……わかった」

 頷いて、俺は足の動きを再開させた。

 でも、一つ、約束できないことがある。

 手を出すな?

 そんなの、無理に決まってる。


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