episode twenty-one
「……」
お茶です、と言ったのか?
声が小さくてわからない。
俺はとりあえず家に上げてもらった。
楓さんは車で待機だ。
目の前にはちゃぶ台があって、その上に湯気を上げる湯飲みが置かれている。
部屋は6畳二間の畳、それに台所、トイレ、風呂といった感じだ。
ここは何丁目の夕日だ?
そして対面にちょこんと正座をしている少女。
春賀。
ユキムラ ハルカ。
学園祭の女役主演に選ばれた子である。
因みに畳の上に直で正座。
座布団は俺が座ってる1枚だけのよう。
なんか申し訳ない。
「ってなわけで、それを伝えに来たんだよ」
これまでの経緯を話して、お茶を一口飲む。
うめー。
久々に緑茶を飲んだぞ。
「……ぃ」
よーく耳を凝らさないと聞こえない。
無表情だな。
けれど、微妙に頬が赤くなっている気がする。
それから無意識かどうかは知らないが、体の左半身、特に左の顔を俺の視線が向くと庇う。
「……は、じ……ます」
ん?
「やらないってこと?」
私は辞退しますだって。
コクりと頷く春賀。
膝の上に置かれた拳をキツく握っている。
「……理由は?」
何となく気になったので尋ねてみた。
フリフリ、と左右に少し振られる頭。
膝上の拳はきつく握られたままだ。
……めっちゃ気になる。
女の子の過去を掘り捌く俺、クズい。
でも気になるもんは気になる。
「……教えてくれない?」
「……(フリフリ)」
「でも、ワケはあるんだ?」
「……ぃ」
コクンと頷く春賀。
埒があかないな。
俺は肩肘をついて顎をのせ、じっと春賀の顔を見つめた。
……ああ、やっぱり庇う。
何だろうな?
髪で顔を隠している?
「……」
「……」
互いに一言も発さないまま、10分ほど経った。
俺はずっと春賀の顔を。
春賀は俯き、たまに俺の顔を窺ってくる。
じー。
「……」
じー。
「……」
じー。
「……ぁ、ぁの……」
やった。
俺の勝ちだ!!
ふはははは!
じゃなくて。
「どうして隠すの?」
思いきって聞いてみる。
別に根拠とかがあるわけじゃない。
強いて言うなら勘だ。
何を隠すとかって、そういんじゃない。
ブラフのつもりだった。
「ッ!」
つもりだったのだが。
ビクッとして春賀が固まった。
思わず俺は口許を手で覆った。
にやけた口を隠すために。
「なあ、全部話せよ」
気になるだろ。
何かあるはずなんだ。
でないと主演を断るはずがない。
なんてったって俺とツートップだぜ?
やらない理由がないだろう。
この声だって、対策のしようはいくらでもある。
小さくたって問題はない。
おう、キリキリ吐けや。
「ほら、言ってみろって」
そう言って俺は立ち上がって、春賀との距離を詰めた。
春賀はぎゅっと自分の左腕を右手でつかみ、そのまま後ずさる。
1歩、さらに詰めて。
かーらーの、壁ドン!!
壁ドン!!
壁 ド ン ! ! ! !
壁際に追い詰め、上から覆い被さるように視線をあわせ、その右の瞳を覗き込む。
その瞳に映るのは、完全無欠世界最強天上天下唯我独尊、最高の美貌を誇る俺のお顔。
当たり前だよね。
覗き込んでるんだから、俺の顔が映るのは。
俺はそんな事を考えているが、春賀からしたら俺の瞳はこう見えるだろう。
『全てを見透かすような、艶やかな黒の瞳。まるで星々が燦然と煌めく夜空のようだ。このまま見続けていたら、この美しい夜の世界に吸い込まれてしまいそう……』
どや?
多分こんな感じだろ。
ま、俺だから仕方ないよね。
水が高きから低くきへ流るるが如く、世の摂理だな。
うん。
っていうどうでもいいのは置いておいて。
俺は左の顔を覆っている髪に触れた。
「ッ! ぃゃぁ、ぃゃあ!」
途端に今日一番の大きな声で拒否を示し、俺の手を振り払おうと掴んでくる。
俺なんかレイプ魔みたーい。
いや、この場合はレイプ魔そのものか?
これがこっちのいわゆる逆レイプ!
結構力があるな。
けどその程度では振り払えない。
「ぃやあ! ゃだょ! ゃめて!」
止めません。
あークズへの道を止まれない。
クズ街道まっしぐら。
おかしい。
明らかに前世よりクズになってる。
あ、この体の影響か?
……本格的に考えてみようかな。
春賀の必死の抵抗むなしく、俺に秘所を暴かれた。
果たして、一体何をそこまで嫌がっていたんだろうか。
「ぁ……ぅ、ぅぅ、うううう……うえええぇえええん……」
「……」
こいつは……
これを隠していたのか。
恐らく光を奪ったであろう程の傷。
それの痕。
額から目の下、頬の半ば程まで走った2本の深い傷痕。
閉じられた左の瞼からは、涙が止めどなく溢れてきている。
俺はその涙を指で優しく掬って、そして傷痕をなぞった。
「うぇぇぇえええん、うう、あ……え?」
「これを庇っていたのか?」
俺は壁ドンされたまま泣いてしまった春賀になるべく柔らかい声音で問いかけた。
泣かしたのは俺ですが。
問いかけられた春賀は、涙を流したまま俺の顔を見上げた。
あ、何だこの間抜け面は。
俺はおかしな事でも聞いたのか?
泣き声を上げるのを忘れてんぞ。
「いつの傷だ?」
答えてくれっかな?
「……こ、小学生3年」
ほう。
「事故か?」
それ以外だったらビックリ。
戦争とかか?
んなバカな。
「そう、です」
「……そうか」
未だに流れている春賀の涙を拭いながら、俺は壁ドンを解いて、春賀の前に腰を下ろした。
「そいつが主演をやらない理由?」
「はい」
改めて聞いたら、今度はちゃんと答えてくれた。
心なしかさっきよりも声が出ている。
「霧桐、さん」
「冬夜でいいし、普通の口調で話しなよ」
「う、気持ち悪い?」
「何が?」
その傷でしょ?
全然キモくないけど?
だがあえてとぼける。
ああまで反応を起こしたってことは、その傷が原因で何かあったろ。
いじめとかか?
で、春賀は心にも傷を負ったと。
しかし、俺は一切気にしないように振る舞ってやる。
し、実際気にならない。
だって軍人だったのよ?
腹に散弾食らって吹き飛んで、そのまま死んで腐った死体がゴロゴロしてるような紛争地帯にも行ったんだぜ。
傷持ちの連中なんて沢山見てきたし、それより酷いものだって沢山見てきた。
傷なんて気にならないよ。
「顔、とか。傷」
「思わない」
つまり何がしたいかというと、春賀の中の俺の株価を上げているのだ。
今まで心ない言葉を浴びたり、辛い境遇だったんだろう?
俺はそんなことしない。
「本当?」
「ホントだって、ほら」
そう言って俺は春賀を軽く抱擁した。
これまでの俺の行動。
1 ストーキング。
2 いやがる女に詰め寄る。
3 泣かせる。
4 抱き締める。
犯罪者じゃねーか。
擁護のしようがない犯罪者じゃねーかよ。
レイパーだろ。
ほんっとクズだな!
「本当に、思わない?」
「ああ、思わないって」
だがしかし上手くいってる。
これが異世界クオリティー。
これが冬夜クオリティー。
「あ……う、ううううぅぅぅええええん」
再び泣き出した春賀を抱いたまま、俺は今後の展開について考えを馳せていた。
■□■□
「ごめんなさい」
しばらくして泣き止んだ春賀。
頬をすこし染めて、対面に正座している。
相変わらずの無表情だが、なんか憑き物が落ちたような顔だ。
「気にしてないよ。もう少し色々聞かせてくれる?」
「うん」
てなわけで、俺は春賀と結構話し込んだ。
さっき春賀が泣いてる途中に、こっそり楓さんにメッセージ送っといた。
ちょっと長くなる、と。
だから多少時間をかけても問題ない。
そのあと春賀の過去を聞かせてもらった。
事故のこと。
春賀のこと
母のこと。
いじめのことも。
それで、もう一度劇の話に戻ってきた。
「やっぱり、劇でない?」
「……」
考え込む春賀。
「出てもいい?」
「もちろん」
「私で、嫌じゃない?」
「ああ」
「出る」
「そっか」
こうして春賀が主演をやることに決まった。
「よし、じゃあ連絡先教えてよ」
スマホを出して連絡先を聞く。
「ない」
は?
「携帯持ってない?」
「うん。必要なくて、お金も」
「……そうか」
世知辛い。
今は……午後5時42分か。
よし。
「じゃあ春賀、行こう!」
「え?」
俺は春賀の返事を聞かず、腕をとって外に連れ出した。
「はい、鍵閉めた?」
「うん」
「じゃあ乗って!」
楓さんの車に押し込みレッツゴー!
向かうはケータイショップだぜ。




