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(´・ω・`)最強勇者はお払い箱→魔王になったらずっと俺の無双ターン  作者: すみもりさい
第七章:(´・ω・`)魔王は神の使徒に無双ターン

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魔王は国王をけしかける


 迎賓館の奥の奥。誰も寄り付かなさそうな一室に、ガリウスたちは案内された。


 扉を開け、中に入ると、大きなロッキングチェアに揺られる老人いた。実際にはまだ老けこむ年齢ではなかろうが、頭髪は白く染まり、目に覇気は皆無。以前よりもさらに横幅と丸みが増していた。

 

 ミッドテリア王国の国王、エドガー・ミドテリアスだ。

 

 帝国皇帝ユルトゥスとともに都市国家群へ交渉に訪れ、ユルトゥスが行方不明になってから彼の立場は宙ぶらりんになってしまった。

 帝国には見放され、王国貴族たちからは疎まれ、都市国家群は成り行きで国王を庇護したものの、扱いには苦慮し、厄介者と揶揄されていた。

  

 扉が開いたのにも、ガリウスたちが部屋に入ったのにも気づかず、ぼんやり窓の外を眺めている。

 

 事前にエドガーを世話する侍女たちに最近の様子を尋ねたところ、彼は毎日何もせず、食べてはぼんやりし、一日の半分以上を寝て過ごしているらしい。


「……国王陛下、ご無沙汰しております」


 ガリウスが声をかけると、緩慢に顔が横に向き、ゆっくり大きく目が見開かれた。

 

「ぉ、ぉおお……ガリウス……ガリウスであるのか……?」


「ええ、ガリウスです。陛下におかれましては、ご機嫌麗しく」


 ガリウスは恭しく頭を下げる。

 エドガーは痙攣を起こしたように震え、ふらつきつつも立ち上がった。よたよたと重そうな体を引きずって、ガリウスの前でついに膝が折れた。

 

「ち、違う、違うのだガリウス。そなたを追放したのはゴッテめの策謀であり、余は奴の口車に乗せられただけなのだ」


 エドガーはガリウスの脚にしがみついた。

 

「ユルトゥスに協力しておったのも、無益な戦いを避けたいがため。まさか、まさかそなたが魔に取りこまれていようとは、想像だにしておらなかった。余は、悪くないのだ。周りがそうさせたにすぎぬ。だから、だからぁ!」


 先ほどとは打って変わり、目を血走らせて。

 

「怒りを鎮めてはくれぬか? せめて命だけは……」


 いきなり何を話し始めたのかと思ったが、どうやらガリウスが自分を殺しに来たと考え、命乞いをしていたらしい。

 

(我が身可愛さで王の威厳も矜持も捨てるとは。呆れを通り越して感心する)


 ガリウスは努めて柔らかな笑みを浮かべると、跪いてエドガーの手を取り、目線を合わせた。

 

「俺は陛下を恨んでなどいませんよ。すべて納得ずくで王都を離れ、安息の地を脅かす敵を排除したにすぎません。だからご安心ください」


 以前、追放後に一度だけ、大河沿いの街でエドガーの姿を目にしたことがある。

 あのときも感情は動かされなかったが、今もまったく何も感じなかった。

 

 エドガーは安堵したのか力は抜けたものの、引きつった笑みで心境の複雑さを物語っている。

 安心したいが、信じられない。けれど安寧のためには信じるしかない。そんな表情だ。

 

「今日は、ひとつお願いがあって参りました」


 ガリウスはエドガーを引き上げて立たせると、部屋の中央にあるソファーに座らせた。

 

「お、お願い、だと……?」


 ここでようやくククルの存在に気づいたらしく、彼女と彼女が抱えるスライムを見てぎょっとする。

 ククルがぺこりと頭を下げて自己紹介。続けてピュウイが「ぴゅい♪」と鳴く。

 エドガーは顔を引きつらせて固まった。


「さて。陛下は、ルビアレス教国が統一国家樹立に向け動いているのは、ご存知ですか?」


「教国が……? 統一国家……」


 侍女たちから国内外の情勢は聞いているはずなのに、エドガーは本気で知らない様子だった。

 忘れたのではなく、そもそも真面目に聞いていなかったのだろう。関心がまったくないから、頭に入っていなかったのだ。

 

 ガリウスが掻い摘んで説明すると、エドガーはあからさまに不機嫌な顔つきになった。

 

「いくら教国といえど、余を差し置いてそのような不敬が許されるものか」


「ところが各国首脳も民衆レベルでも、おおむね好意的に受け止められています」


「なんと!」


「それだけ世が混沌とし、何かに救いを求めているのでしょう」


 エドガーもまた原因のひとつではあるのだが、自覚がないのかぶつぶつと文句を言う。

 

「まったく、愚昧なる者どもは道理を知らぬ。道から逸れ、理から外れて何が統一国家であろうか。王国はこの大陸の中心。まずその王たる余に伺いを立てるのが筋であろうに。であれば余とて、無碍にはせぬというに」


「おっしゃる通りです。しかもルビアレスは小国。広い領土の統治能力はありません。分不相応と言わざるを得ないでしょう」


「うむ。そうであろうな」


「やはりここは陛下が御自ら先頭に立ち、主導すべきでしょう」


「う、うむ? いや、それは……、余も寄る年波には勝てぬからなあ……」


 ガリウスは、エドガーを聖女ティアリスの下へ送る算段をつけるためこの場に赴いた。

 方法はいくつか考えられるが、対話によって彼の反応を窺いながら誘導するつもりだ。

 

(相変わらず自分を中心に据えたくて仕方がないのに、自ら主導で事を為すのは嫌っているようだな)


 要するに、号令だけして後はすべて他人任せにしたいのだ。昔からその性根は変わっていない。

 そんな国王を乗り気にさせる策も、当然用意していた。

 

「まだ老けこむお歳ではありませんよ。とはいえ陛下一人に頼りきりでは、国家百年の大計は叶わぬというもの。御身は後ろ盾となって、次なる世代に主導させるのがよいかと具申します」

 

「ふむ。しかし余に後継はおらぬ。ジェレドは帝国との戦で……」


 どこか怯えたようにエドガーは目を伏せた。やはり死因は公式のものと異なるようだが、今もこの先も興味はない。


「王家に連なる家から、ふさわしい若者を養子にすればよろしい。ガルブルグ家の嫡男セドリック殿はいかがでしょうか?」


 聖女はしばらくののち、ガルブルグ城へ赴くはず。

 うまくすればエドガーが彼女を待ち構えられるし、遅くなっても聖女をその城に足止めできる。

 

「彼は帝国に父君を殺され、城を追われましたが、不屈の精神で領土を奪還した青年です。陛下の後継にはふさわしい傑物であると――いや、失礼しました。過分な進言でしたな」


「よい、許す。しかし、ふぅむ、セドリックか。最後に会ったのはもう十年も前になるが、たしかによい目つきをしておったな」


「経験の不足はありましょう。しかし陛下のご助力があれば、立派な王へと成長するのは間違いありません。なにせ陛下は、この勇者ガリウスを育て上げたのですから」


 自分で言っていて鳥肌が立つ。気持ち悪いが今は我慢だ。


「うむうむ。義父ちちとなるなら、余も指導は惜しまぬ。そうであるな。いっそあやつに聖女を娶らせるのもよい。王国と教国、二つが強く結ばれれば、統一国家も盤石なものとなろう!」


 なんとも都合のいい妄想だ。

 

(いや、あの女ならそれも当然と受け入れる可能性があるな)


 厄介な話ではあるが、そんな未来を座して待つガリウスではない。その前にすべての決着をつける、と心に決める。

 ひとまずエドガーがようやく乗り気になってくれたようなので、ガリウスは本題に入った。

 

「では早速ですが、陛下はガルブルグ城に赴かれるのがよろしいかと」


「む? 何ゆえ余が出向かねばならぬのだ? 聖女ともども、ここへ呼びつければよいではないか」


「残念ながら、都市国家群は王国から離脱して独自の進化を遂げております。欲に溺れた者が妙な横槍を入れてくる危険がなくはありません」


 だから何かしら理由を付けて国王自らガルブルグ城へ向かい、そこで秘密裏に話を進めるのが得策だとガリウスは説いた。

 

「今は陛下の安全が第一です。早くこの地から離れられるのがよろしいかと」


「なるほどのう。ガリウスよ。そなたの忠言、しかと受け取った。統一国家の話が進めば、いずれそなたを大将軍として迎えよう」


「ありがたきお言葉。ですが地位や名誉は望みません。ひとつ、我が願いをお聞き届けいただきたい」


「そういえば、ひとつ願いがあると申していたな。申してみよ」


「では、まずこちらをご覧ください」


 語るよりも見せたほうが説得力がある。せっかく連れてきたのだから、とガリウスはピュウイに頼むことにした。

 

「ぴゅい♪」


 ピュウイが壁に映し出したのは、リムルレスタの日常風景だ。

 亜人たちが笑い合い、仕事に励み、飲み明かす。その中にはガリウスの姿もあった。

 

「俺は、彼らに救われました」


 ガリウスは淡々と、亜人たちとの暮らしや彼らの本質について語った。

 ただ純粋に、ありのまま、嘘偽りなく。

 だが――。

 

「う、うぅむ……。にわかには、信じられぬ」


 エドガーは疑念たっぷりに唸った。


(ま、当然か)


 亜人が穏やかで優しい者たちだと認めれば、エドガーは自ら積み上げてきた実績を否定することになる。魔は滅ぼすべしと号令し続け、手に入れた栄誉なのだから。

 

(さて、次でどう反応するか。それでこの男の処遇は決まる)


 ガリウスはピュウイにささやく。グラウスタの再建工事の様子が壁に浮かんだ。

 ただし、今のところ人族と亜人が仲良く肩を組んで、というところまでは到達していない。事務的なコミュニケーションのうち、パッと見て協力しているように感じるシーンを切り貼りしたのみだ。

 

「このように、徐々にではありますが亜人たちは人族社会に溶けこみつつあります」


 だが、それっぽい言葉を添えれば、単純な国王を信じさせるには十分だった。

 

「やはり、庶民は愚昧であるな。要は、騙されておるのだ」


 ククルが不安そうな目で何事か言おうとしたのを、目配せして制した。

 

(やはり、か。これで心を入れ替えてくれでもしたら、まだ救う道はあったのだがな)


 あまり期待はしていなかったが、救いようがないと知れたならそれはそれで問題ない。むしろ余計な手間が省ける。

 

「では、俺も騙されている、と?」


「ぅ、そこまでは言っておらぬが……」


 たじろぐエドガーに、ガリウスは優しく語りかける。

 

「陛下、俺は騙されているとは思っていません。都市国家群では民衆レベルまでも、亜人を受け入れる下地が完成されました(・・・・・・・)。ですからどうか、この現実をありのまま、教国関係者――まずは聖女ティアリスにお伝えいただけないでしょうか」


 そのうえで、とガリウスは真摯に告げた。


「ぜひとも国王陛下のお力添えで、亜人たちが統一国家へ参加できるよう、聖女にお計らいいただけませんか」


 エドガーはククルに目を向けた。

 にぱっと笑みを咲かせる彼女から視線を外し、腕を組んで考えてから。

 

「まあ、伝えるだけなら問題なかろう。魔族どもも国を奪われ、最果ての地で文字通り後がなくなって改心したのかもしれぬからな。戦にならないのなら、それに越したことはない」


 今すぐこの傲慢な男の首を刎ねたい衝動に駆られたが、ガリウスは怒気を押し殺して耐えた。

 

 ガリウスは念を押しつつ握手して、部屋から出る。

 ラザックたち議員に説得は終わったと告げ、速やかにガルブルグ城へ国王を向かわせるよう釘を刺した。

 

 

 

 グラムの街を出て、送ってくれた箱馬車を降りて、ガリウスは城壁に目をやる。

 腰の剣から声がした。


『さて、国王はどのような結末を迎えるでしょうか?』


 エドガーは亜人に懐疑的なままであるが、亜人を脅威とみなさず、見逃す姿勢を示せば聖女は許さないだろう。とはいえ、


「さすがに今度ばかりは、周りが止めるだろうな」


 国王を教国の論理で断罪すれば、エドガーを嫌う王国貴族であっても無視はできない。彼らは自身たちの手で国王を糾弾したいのであって、よそ者に横から攫われたなら面目は丸つぶれだ。帝国や他の国も極めて強い不信感を抱くのは明白。

 統一国家の道のりは険しくなる。

 

 もっとも、エドガーが命をつないでも計画に支障はなかった。

 

 今回の目的は、あくまで時間稼ぎ。

 都市国家群が民衆レベルで亜人と交流していると知れば、『罪なき民を救う』などと焦って攻めては来なくなる。

 時間をかけてくれたなら、聖女はその間に蛮行を重ねてくれるだろうから、大義名分が得やすくなるのだ。

 

『もし聖女が国王に対し、凶行に及んだとしたら?』

 

 その可能性も、実のところ高かった。

 周りが止めて素直に受け入れる女なら、ああまで歪んだりはしない。

 ガリウスは腰の剣を抜いた。

 

「そのときはお前の出番だよ、エルザナード」


 国王殺しの賊を討つ。大義名分としては十分だ。すくなくとも王国貴族を納得させることはできる。

 

 ただ、気がかりな点があった。

 

(聖女の側にいたあの老剣士……ダニオと言ったか)


 表情や態度から聖女の蛮行に納得している風ではなかったが、一度も意見せず従っていた理由が知れない。

 戦闘能力はゴッテ将軍以上。しかし、いまだに恩恵ギフトは不明だ。

 

 楽な相手では、けっしてない。

 それでも――。

 

『それはガリウス、貴方の役目――と意地悪を言うのはよしましょう。ええ、頼られますとも。今のわたくしは、攻撃面ならば万全と言えますから』


 聖剣が光を帯びる。

 光の粒子は寄り集まり、美しい女性の姿に変貌した。首だけではなく、全身だ。

 

「聖剣の封印は解かれた。守りに不安はあるが、速攻でならどうにかなりそうだな」


 にっこりと微笑むエルザナードに、ククルは目をぱちくりさせる。

 その腕の中で、「ぴゅい!」とちびスライムが鳴いた。

 

 

 この三日後、エドガー国王は供を引き連れ、大河を渡ったとの報が入る――。


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