魔王パーティーは遺跡に入る
巨大な扉が開いていく。
念のため距離を置いて様子を窺っていたが、条件を満たしているためか、前回のようにスケルトン兵がわらわらと現れることはなかった。
完全に開ききるのを待ってから、ガリウスたちは中へ足を踏み入れた。
入ってすぐは広い空間だった。玄関ロビーと表現してよいのか、半球上の天井はかなり高い。床は滑らかな石が敷き詰められていて、壁も天井もつるつるだ。
そして明るかった。
開いた扉から入る光もあるが、淡い紫をした壁面から光がにじみ出ている。
正面に通路らしき大きな穴が開いている。左右にも似た穴があった。
「どこから行くの?」とリリアネアが尋ねる。
ガリウスはさほど考えもせず、「正面だ」とずんずん進んだ。
彼を先頭に、体格のいいゾルトが最後尾で歩いていく。二人の間に残る四人が二列になっていた。道幅も高さもかなりあるため、ゾルトが大石斧を振り回しても余裕がありそうだ。
全員、左手首に黒い腕輪を嵌めている。
しばらく進んだところで、ガリウスの腕輪が淡く光った。続けて弾んだ声が聞こえてくる。
『ガリウスさん、聞こえますか?』
外にいるムーツォの声だ。
「ああ、よく聞こえる。今のところ遺跡が通信魔法を阻害することはなさそうだな」
『そのようです。ただ、奥がどうなっているかわかりませんし、こちらの魔力が足りるかも不安なところでして……。魔力樹を三つ繋げてもギリギリですよ』
通信魔法には膨大な魔力が必要となる。彼は外で通信基地局の管理をしていた。
「通信は緊急時のみに限定すれば大丈夫だろうよ。それより、マッピングは問題ないかな?」
『はい。自動書記で紙面にきちんと描かれています。まあ、紙の交換は人手になりますけどね。どのくらい奥まで進まれる予定ですか?』
「今日はもろもろの実験がメインだから、適当に切り上げて夕方には戻るよ」
『了解しました。では通信を終わります』
腕輪から光が消え、ガリウスたちは再び前を見据えて進む。
「ねえ、ガリウス」
今度はリッピが手にした鈴をもてあそびながら声をかけた。
「これ、ホントにボクが持ってていいの?」
「君は鼻が利く。小さな物音にも敏感だ。その『罠検知の鈴』は使用者の感覚に効果が比例する。このメンバーの中ではククルとともに君が適任なんだ。そう言ったろう?」
ガリウスは周囲を警戒しつつ、背中で答えた。
「いや、それはわかってるんだけど……。でもガリウスが使ったほうが、効果が最大限引き出せるんじゃない?」
「そのアイテムは固定式の罠にしか反応しない。隠れ潜む敵には無反応だ。俺とククルはそちらへの対応に注力したい」
なるほど、と納得しつつも、どこかリッピは不安そうだ。
リリアネアがリッピの肩をポンとたたいた。
「気になることは吐き出したほうがいいわよ? みんないるんだから」
「う、うん。そうだね。ほら、ボクって戦い自体は何度か経験あるけど、今回みたいな探索は初めてだからさ」
「まあ、そうよね。森で狩りをするのとも勝手が違うし」
二人の話にペネレイも入る。
「遺跡ともなれば、そこかしこにあるものではありませんしね。私やゾルトも初めてです」
「だいたい、遺跡って入っちゃダメなとこだよね?」
「そうなのか?」とガリウスが問うと、ククルが答えた。
「大昔の方々が静かに眠りについている場所ですから、そっとしておきたいとの考えからです。わたくしたちが前に住んでいたところにも、ひとつありました。王国に占領され、都市国家群が生まれてからは、荒らされてしまったでしょうけれど」
遺跡ひとつとっても人族と亜人たちでは接し方が違うものだな、とガリウスは思う。
ただ、こればかりはどちらが正しいとは言えない。
大昔の死者を尊ぶ気持ちはわかる。
一方で、縁もゆかりもない者たちに遠慮して宝を眠ったままにするよりは、現代に蘇らせて有効活用すべきとの考えがガリウスにはあった。
難しい顔をしていたからか、ククルが慌てて付け加える。
「あ、でもでも、今回は悪霊さんたちを退治する必要もありますし、ガリウスさんのお考えを否定するものではないですよ!」
「まあ、墓を暴くような行為だ。あまり気持ちのよいものではないとは、理解しているよ」
ちょっと微妙な空気になりかけたところで、リッピが声を弾ませる。
「そういえば、ガリウスも遺跡の探索は初めてなの?」
「いや、俺は一度だけ経験がある」
王国の南に位置する大きな街。今はまだ帝国の占領下にあるが、そこから遠くない場所に十年ほど前、遺跡が見つかった。
王国軍や冒険者が挑んだものの、危険な罠が満載でまったく探索は進まなかった。
「当時は俺も駆け出しの勇者だったからな。経験を積む意味で志願したんだ」
「もしかして、一人で探索し尽くしちゃったりした?」
「一緒に行く者がいなかったし、大して広い遺跡でもなかったからな」
一週間ほど遺跡にこもり、あらかた探索を終えて軍に引き継いだ。
「すごいわね……」
「わたくし、一人では心細いです」
「罠は一回引っかかれば次はない。途中まではほとんどの罠が作動済みだったので楽だったよ」
しれっとガリウスが言ってのけたとき。
ちりん、とリッピが手にする鈴が鳴った。
一行はすぐさま足を止める。
「リリア、頼む」
「う、うん」
リリアネアは腰にぶら下げたランタンを掲げた。魔力を通し、周囲を照らす。
と、ガリウスの前方の床が一部、青白く光を放った。通路の天井へ向けまっすぐに光の柱が伸びる。
このランタンは『暴露のランタン』という罠を検出する魔法具だ。罠検知の鈴で罠の存在を知り、暴露のランタンで正確な場所を浮かび上がらせる。
ともに高級素材を用いるアイテムなので一般の冒険者ではそろえられないが、二つを併用すればほぼ罠は回避できた。
「あの光に当たらないように進めばいいんだよね?」とリッピ。
「オレの体では、ちょいとキツいですかねえ」
ゾルトが苦い顔をした。通路は広いが、光の柱は通路のど真ん中。横幅もそこそこある。巨躯の彼は壁にへばり付けばどうにか、という感じだ。
「他にも通路はあったし、そっちを先に調べてみる?」
リリアネアの提案に、他のメンバーもうなずいた。
「いや、このまま進もう。みんなはそこで待機だ。念のためペネレイとゾルトは周囲を警戒してくれ」
「え? ちょ、ガリウス?」
リリアネアが止めようとするも、ガリウスは早足で光の柱に突っこんでいった。
青白い床に足を踏み入れた瞬間、天井や壁に小さな穴がいくつも開いて矢が飛び出してきた。すべて光の柱に――そこにいるガリウスに向かっている。
すでに聖剣を抜き、【アイテム・マスター】を発動していたガリウスは、いとも容易く無数の矢を払い落とした。
まるで剣舞のような流麗な動きに、一同は呆気にとられる。
「ま、こんなものか。よし、先に進もう」
ガリウスは剣を鞘に収め、隊列を戻すよう指示する。
「ねえガリウス、ちょっと訊きたいんだけどさ」
「なんだ、リッピ」
「なんでわざわざ罠に突っこんでったの? 危なくない?」
罠はなるべく避けて通るもの。見つけたら印を壁なりどこかに刻んでおき、次に来るときはアイテムを使う手間を省く。
遺跡探索が素人のリッピでも知っている常識中の常識だ。
「今回は最低レベルの危険度だったからな。いちいち避けるより、作動済みにしてしまったほうが後々楽になる」
暴露のランタンで見つけた罠は、光の色で危険度も知り得る。
青白い光は最低レベル。危険度が上がるにつれ、徐々に青みが濃くなり、青紫から紫へ、赤紫を経て、真っ赤になったら個人では対処できないほどの脅威を示す。
ただし使用者の魔力が低ければ、光の色は正確に危険度を示してくれない。エルフで魔法が得意なリリアネアだからこそ、だった。
「あれで最低レベルなんだ……」
「あたしだったら串刺しにされてたわ……」
「物理的な攻撃で、しかも事前に壁面や天井に変化があったからな。親切なほうだよ」
わざわざ払い落とさなくとも、すばやく飛び退けば避けられる範囲の攻撃だった。ククルやペネレイはそれで対処可能であり、ゾルトに至ってはまともに食らってもすべて硬い肉体で跳ね返せる。
「紫までは罠が張ってある箇所以外に影響はないから、見つけたらすべて俺がつぶしておこう」
赤みがすこしでも入ればパーティーメンバーに危険が及ぶ。それは別で対処すべきだな、とガリウスは続けた。
リッピが恐る恐る尋ねる。
「前に一人で探索したときは、どうしてたの?」
「赤以外はすべてつぶした」
当時は気遣う仲間はいなかったし、聖武具で身を固めたガリウスにはどんな罠もほぼ無意味だったからだ。
「赤って、そんなに危険なんだ……」
「危険というか、すこし厄介なタイプもあってね。遺跡ごと崩壊したらマズいだろう?」
しれっと答えたガリウスは前を向く。
他のメンバーは一様に、ごくりとのどを鳴らして彼の後を追うのだった――。




