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(´・ω・`)最強勇者はお払い箱→魔王になったらずっと俺の無双ターン  作者: すみもりさい
第五章:(´・ω・`)魔王のずっと帝国に無双ターン

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魔王は小さな幸せのために


 予想外の光景に、ケラは目を見張った。

 これまで防戦一方。苦し紛れの遠隔攻撃が精いっぱいだったガリウスが、蛇のように襲い来るユルトゥスの水霊人形ウォーター・パペットの包囲から逃れたのだ。

 

 彼の恩恵ギフトは【アイテム・マスター】。あらゆるアイテムを性能限界まで使いこなせるものだ。

 が、複数を同時に、となれば話は簡単でなくなる。

 

 長い年月をかけて、自らの恩恵ギフトの本質を理解し、たゆまぬ努力で鍛え上げてなお、容易ではないはず。

 しかしガリウスはブーツの特殊効果に加え、すね当てなど部分的に装備しているフェニクスの鎧によって、自身の筋力を最大にまで上げてもいたのだ。


(……いや、それだけではない)


 彼はときおり、苦し紛れの攻撃を仕掛けていた。シルフィード・ダガーで風刃を飛ばしていたのだ。

 あれは、仕留めようとしたのではない。牽制でもなかった。

 今、この瞬間に自身が風を纏い、スピードをアップさせるために握っていたのだ。

 

 三つの異なるアイテムを、同時に、しかも性能限界まで引き上げて使用した。

 しかも、である。

 

 ガリウスはユルトゥスの防御をあっさり消し去り、その左腕を斬り飛ばした。

 なぜ、頭から両断しなかったのか?

 

 疑問の答えは、ユルトゥスの質問へ答えるかたちで寄越した。

 

 ――お前の恩恵ギフトが、俺の期待するものか確かめたかった。

 

 彼は戦う前から、ユルトゥスの二つ目の恩恵ギフトに気づいていた。いくつか想定した中で、どれに該当するか。防戦一方だったのは、それを確認するためだったのだ。

 

 恩恵ギフトに完全に身を委ね、心を閉ざすほど自らをアイテムと化す。

 

 たとえ『マスター』を名に持つ破格の恩恵ギフトであっても、簡単にたどり着ける境地ではない。

 まさしく恩恵ギフトの性能限界を超えた極致。

 

 しかし、であれば、おかしい。だってあの男は――。

 

(虹色の目を、していない……)


 すでに恩恵ギフトの極致に至りながら、まだ成長の余地を残しているというのか?

 

 背にぞくぞくと心地よい怖気が走った。

 

(ああ、もったいない。実にもったいなかった)


 先にユルトゥスという玩具を見つけてしまったがゆえに、マスタークラスの恩恵ギフト持ちの彼を後回しにしてしまった。

 王家が囲っていたので諦めた面もあるが、ガリウスが幼いころから見続けていたら、どんなに楽しかっただろう。

 

 だが、まだ間に合う。

 彼が極致をも越え、虹色に至るまで。

 

(そのすべてを、我が記録しよう)


 ケラの瞳が虹色を帯びる。

 巨大樹と化したユルトゥスには興味の欠片も残さず、歩み出た。

 

「見事であったな。自らの恩恵ギフトに溺れた者では勝負にならなかったか」

 

 声をかけてもガリウスは驚いた様子もなく、半身でケラに槍を突きつける。

 

「お前は何者だ? ずっと隠れて覗いていたようだが」


「ほう。気づいていたか」


「この部屋に入ったときからな。気配を消すでもなく、ユルトゥスに手を貸すでもなく、何がやりたかったんだ? お前は」


「ははっ。我に気配を消すなどできるものか。見てのとおり、か弱い女だ。魔法の心得は多少あるが、そなたらの戦いに割りこむ気にはならぬ」


 ケラは両手を挙げ、敵意がないことを示した。


「さて、我が何者であるか。何がしたかったのか。先の質問二つに答えよう。我が名はケラ。〝世界を記録する者〟だ。恩恵ギフトは【レコード・マスター】。ざっくり言えば、見聞きしたものを完全に記憶できる程度の能力であるがな。ゆえに、そなたらの戦いを我は記録していたにすぎぬ」


「なんだそれは? 記録してどうする?」


「さてな。我はただ記録するのみ。それを如何に利用するかは、他の者が考えることだ。なにせ我には三百年の叡智が記録されておる。この戦艦を設計したのはロイだが、基本理念は我の記録から得たものだ」


 ケラはにやりと笑う。

 

「そこでどうだろう? 我を――その叡智を有効活用してみては。ユルトゥスが敗れた今、我は誰にも所有されておらぬ」


「クズの仲間に興味はない」


「手厳しいな。が、我があやつの仲間とは大いなる誤解だと指摘しておこう。善悪は判断する者の主観に大きく左右されるものだが、客観的、一般的にみてあやつは悪人だ。我とて好きで利用されていたのではない」


「脅されていた、と?」


「待遇に不満はなかった。あやつはその辺り、よくはしてくれたよ。が、その非道ぶりは目に余った。こちらの諫言には耳も貸さぬしな」


 ガリウスは槍を下ろさず、ケラの真意を探るように視線を突き刺してくる。

 仕掛けるならここか。

 ケラは一歩前に出て、槍の切っ先に豊満な胸を押しつけた。

 

「我を使え。勇者にして魔王なる者よ。そなたは同族に絶望し、亜人に癒しを求めた。我とて亜人のなんたるかは知っている。人の作りし偽りの姿ではなく、心根穏やかな本質をな」


 虹色の瞳で見据え、畳みかける。

 

「同族で殺し合い、他種族を滅せんとする。そんな世界に救いはない。我が三百年を歩んで得た結論だ。亜人を束ね、聖武具に認められたそなたなら、世界を書き換えることもできよう。亜人を中心とした、優しく穏やかな世界に!」


 ガリウスが槍を強く握ったのが、切っ先から伝わった。

 ここぞとばかりに、ケラはすっと、片手を前に差し出す。


「さあ、我の手を取ってくれ。我が真に求めるマスターになってほしい」


 ガリウスは答えない。その代りに、槍が胸から離れ、先端を床に下ろした。

 

(ふむ。存外に扱いやすい男のようだ。まあ、心に傷を持つ者は、そこをくすぐってやれば楽ではあるがな)


 表情にはおくびにも出さず、内心でほくそ笑んだ、次の瞬間――。

 

 ずぶり。

 

 ユルトゥスと同じ場所。右肩に黒槍が突き刺さった。

 

「なんのマネだっ!?」


「動くな。そのまま俺の質問に答えろ。正直にな」


 ガリウスは冷ややかに言い放つ。

 

「飛空戦艦の魔法防御壁に穴を開けたのはお前だな?」


「……? 今さらであるな」

 

「答えろ」


「……そうだ」


「理由は?」


「……そなたなら、あやつを倒し得ると考えたからだ。むろん、〝記録〟も目的であったのは隠すまい。それが我の役目であるからな。しかしそなたに手を貸さなかったのは先にも述べた通り、我にはそなたらに比肩する力がなかったからで――」


「訊いてもないことをぺらぺらとよくしゃべるじゃないか」


「ッ!? くっ……」


 ガリウスが槍をひねる。右肩から激痛が走った。

 

「つまりお前は、守りの要に穴を開け、ここで待ち伏せできるほどの行動に自由があったのだな。お前は王国侵攻に随行せず、本国で留守番していたのだろう? ユルトゥスに従うのが嫌なのだったら、どうしていつまでも逃げ出さなかった?」


「そ、それは……」


「三百年の叡智とやらで、逃げおおせることもできたろうな。それこそ、亜人の本質を知っていたならリムルレスタに来ることも」


 言い訳が思い浮かばず、ケラは絶句する。

 

「大層な理想を語る奴は、たいてい自身の願望を隠して虚飾しているものだ。俺はな、ささやかな幸せを望む者たちこそが美しいと感じる。そのために自分ができることを、最大限努力して行う者たちがな」


 ジズルは国造りという大目標を掲げているが、その根底にあるのは個々人の小さな幸せのためだ。

 目の前で『世界』を語る女とは本質が大きく異なる。


「愚かな。世界の変革なくして個の幸せなど永劫あり得ぬ」


「そのために今の幸せをも破壊して何になる?」


「未来のためには今の痛みも必要だ。ゆえにこそ、過程においては変革の速度こそが最も重要となる。ユルトゥスは有能であったが、享楽に感けていたのが難点であった。その点、そなたは脇目も振らず迅速に事を運んでくれるだろう」


「なるほど、お前は俺に敵意もなければ悪意もないのだろう。だが俺たちリムルレスタの民にとっての害悪だ。人同士が殺し合おうが俺にはどうでもいい。だから忠告しておく」


 ガリウスは手に力をこめ、さらに深く槍を突き刺す。

 

「俺たちにはもう関わるな」


「陸続きである以上、いずれ最果てにも人の悪意は及ぶ。今回のようにな」


「ならば今回同様、叩きつぶすまでだ」


「後悔するぞ」


 ガリウスはにっと笑い、

 

「悪人の口上としては三流だな」


 黒槍の特殊効果を発動した。

 

「ぐ、がぁぁああぁぁっ!」


 傷口から細い幹が無数に生えて、やがてケラは枝葉のない樹木に埋まった。ユルトゥスほどではないにせよ、なかなかに大きな樹だ。


「三百年を生きたなら、そう簡単には殺せんのだろうな。方法が見つかるまで、せいぜい大人しくしていろ」


 ガリウスは一瞥したのち、

 

「さて、無駄話をして時間を食ってしまった。申し訳ない」


 黒槍をくるりと回し、元からあった樹木に槍の石突きを向けるのだった――。


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