勇者は結婚する
洗いざらいリリアネアと同居する運びになった話をすると、
「ふぅむ。ようやく、との印象が強いが、おめでとうと言っておこうかの」
「結婚ですね。おめでとうございます!」
「気が早い……が、まあ、そのつもりではある。ただ、向こうがやたら積極的なのに肝心の部分を理解してくれていないから、ちょっとな。むろん俺の言い方がまずかったので、責めるつもりはないのだが」
ガリウスはハートマークを崩すのがもったいなく思いつつ、具材の挟まれたパンを持ち上げた。
「ちょいと浮かれておるだけじゃろうて。そのうち冷静になってこっぱずかしくなるのはあちらじゃわい」
それよりも、とジズルは茶目っ気たっぷりに言う。
「異種族との婚姻には、戸惑いや不安も多かろう。相談は気軽にするとええ。なにせ実例を目の前で見てきたからのう」
ククルの母親は、人族だ。
旧魔の国に迷いこんで病気で倒れたところを、竜人族に拾われて看病された。その後も留まり、ジズルの息子と恋に落ちたらしい。ククルを生んで間もなく亡くなったとも聞いていた。
亜人のコミュニティーでは、人族とのハーフは珍しい。
なにせ人族は亜人を忌み嫌っているから、好んで夫婦になることは滅多にないのだ。エルフなど人に近しい容姿を持つ亜人は人族に捕まると、娼館に送られ、そこで子を生す場合がある。が、そういった子らは人族のコミュニティーから逃れられず、やはり奴隷のように扱われた。
「相手がエルフなら、やはり寿命が問題かのう」
「まあな。まともに暮らしていれば、確実に俺のほうが早く死ぬ。俺自身はなんとも思わないが、残される者の気持ちを考えれば、多少の不安はある」
「そこは覚悟のうえ……とも言いきれんのう。あの娘、有頂天になって真面目には考えていなさそうじゃ」
それでも、とジズルは笑う。
「考える時間はたっぷりあるわい。それにほれ、子がおるかどうかで大きく変わるしのう。早く、たくさんこしらえるのじゃな」
「飛躍しすぎだ」
「そうでもないぞう?」
意味深な言い方に、ちょっと不安になるガリウスだった――。
都を出て、ボルダルの町に戻ってきた。
家に帰る前に、エルフの居住区をガリウスは訪れる。
ミゲルに事情を話すと、
「本当ですか!? ああ、よかった……本当に……ありがとうございます!」
そのまま自宅に引きずりこまれた。
断る間もなく、ミゲルは自ら酒を持ってきて「呑みましょう!」と上機嫌。
「僕はね、ずっと心配だったんですよ。父も母も亡くなり、僕なんかがあの子をちゃんと育てられるのか、ってね」
さっそく酔いが回ってしんみりと語り出す。
「ちょっと気は強いですが、優しくていい子なんです。だから、よろしくお願いします!」
同じ話がこれで三度目。そろそろ水でも持ってきてやろうかと思っていたら、
「あらあら。ミゲル様ったら、もうそんなに酔われて……」
困り顔で美しい女性エルフがやってきた。お盆にコップを二つと水差しを乗せている。
「フロウ!? 君は奥で休んでいなさいと言ったじゃないか」
「このくらい平気ですよ。あまり体を動かさないのもよくないと言いますし」
水をコップに注いで二人の前に差し出すと、自身の下腹辺りを優しく撫でながらミゲルの横に腰かけた。
ガリウスもよく知る彼女はフロウ。ミゲルの妻だ。
ミゲルたちとは同郷で、三年前ガリウスに助けられ、ともに辛く苦しい旅をした一人でもある。
年齢はミゲルよりもすこし上で、これが二度目の結婚だった。
前の夫は人族の襲撃で命を落とし、彼女も自棄になって死を選ぼうとしたのを、当時里長の代理をしていたミゲルが説得し、最果ての森を目指したという経緯がある。
その後、この街でともに暮らす中で、すこしずつ愛を育んで今に至ったのだ。
「つわりは落ち着いたのか?」とガリウス。
「ええ、おかげさまで。それなのに、ミゲル様は今でも腫物を触るようで困っています」
言いつつも嬉しそうな彼女は今、お腹に子を宿している。
「エルフは他の種族に比べて子ができにくいですからね。細心の注意が必要なんですよ」
ミゲルは酔いが吹っ飛んだのか、真剣な顔つきになった。
「そういえば、そんな話を聞いたな。よくわかっていないのだが」
「人族はたしか、毎月のように子を生しやすい時期がやってくるのでしたね。エルフは数年に一度。長いと十年近く間が空くことがあります」
「そうなのか?」
「ガリウスさんも、タイミングはなるべく逃さないようにしてくださいね」
「実の兄がそれを言うのか……」
「子は種族の宝。いえ至宝です! ハーフでも関係ありません。リリアに子どもができたら、全エルフがサポートすると約束しましょう!」
長命ではあっても、せいぜい人族の倍程度。人族でも自身の子への愛着はあろうが、放っておけばいくらでも増えていく彼らと違い、種族内の子どもに対する執着や愛着の強さは比べものにならない。
「エルフの女ならばその時期はなんとなくわかりますから、そのときに向けて、今から練習がてら励むといいですよ?」
フロウにも生々しいことを言われ、酒の味がまったくわからなくなるガリウスだった――。
「ただいま……って、何をしているんだ?」
ほろ酔いで自宅に戻ると、リリアネアがベッドの上でゴロゴロと何往復も転がっていた。
「はうっ!? お、お帰りなさい……」
驚いた彼女は跳ね起きて、ベッドの上に居心地悪そうに座る。
「遅くなってすまない。帰りがけにミゲルのところに寄ってね」
「お兄様の……?」
「君とのことを話したら、酒を飲む流れになってしまった」
「そ、そうなんだ……」
彼女は顔を真っ赤にして、目を合わせようとしない。不審に思いつつ周囲を眺め、気づく。
「まだ食事を摂っていないのか? というか、いったい何をしていたんだ?」
「はうっ!?」
リリアネアは頓狂な声を上げてベッドに突っ伏し、枕で頭を隠した。
「荷物を運んで、掃除して、一人で冷静に考えてたら……なんかあたし! いろいろ暴走しすぎた気がして!」
足を激しくばたつかせて悶絶する。
(さすがはジズル。ご明察のとおりだ)
今さら恥ずかしくなったらしい。
ガリウスは知らず笑みが零れた。
今日は寿命だの子作りだのいろいろ言われて不安にもなったが、自分はやはり――。
「リリアネア、俺と結婚してくれ」
「ん、はい………………………………はいぃ!?」
ガバッと起き上がった彼女はぼさぼさになった髪をそのままに、放心したようにガリウスを見つめていた。
「種族の違いに戸惑うことも、不安なこともあるだろう。だが俺は純粋に、ずっと君と一緒にいたいと思った。だから、どうだろうか?」
リリアネアは目をぱちくりさせながら、
「あ、うん……。あたしなんかで、よければ、その、喜んで……」
いまだ放心したような表情に、ガリウスはいっそう頬が緩む。
「ま、お互いあまり肩肘は張らず、今まで通りでいこう。変に意識して今までの関係が崩れるのは本意ではないからな」
「そ、そうね。いや、うん、なんか『らしく』ないってのは、あったと思う」
「お互いにな」
リリアネアは肩の力が抜けたのか、あははと笑う。
「さて、夕食がまだだろう? 俺も軽くつまんできた程度なので、何か作ろう」
「うん。あたしも手伝う」
こうして二人は肩肘を張らず、新生活をスタートさせたわけだが。
その夜――。
「うきゃーーーーーっ!」
冷静に考えて『結婚』という大目標を達成した歓喜の雄叫びが、寝入りかけたガリウスの耳に響くのだった――。




