魔王は次なる攻略地を決める
(´・ω・`)新章始まるよ~。
最果ての森にある亜人たちの楽園リムルレスタは、厳しい冬を越えて春になった。
遥か西にあるルビアレス教国の動向はおおむね予想通りで混乱中。教皇サラディオの求心力は著しく低下し、後継問題に発展している。
ガリウスは教国を監視してはいても、興味の大半はそちらになかった。
残る遺跡は二つ。
それらを完全攻略すれば、太古の神々や人にのみ与えられる恩恵の秘密が明らかになるかもしれない。
世界の仕組みの謎が紐解かれれば、亜人を迫害する思想を打ち破れる。
そう期待するガリウスだったが、しかし最後が近づくと難問も出てくる。
都の執務室で資料とにらめっこしていたガリウスに、彼を訪ねた竜人族の元魔王、ジズルが声をかけた。
「また難しい顔をしておるのう。ペネレイの調査結果かの?」
「ああ。やはりどうやってもあの大山脈は越えられない。北の海から回りこむのもダメだったよ」
以前から、大山脈の向こうには興味があった。いや、警戒していたのだ。
仮に亜人を敵視する勢力が存在するならば、天然の要害があっても安心できない。
しかし大山脈の手前の山々に住む巨大竜の精霊獣ファヴニールによれば、大山脈は気候が常に荒れており、近づくのも極めて難しい。
実際、大山脈の上部分は暗雲でいつも隠されていた。
さらに運よく近づけたとして、頂上付近には超々規模の結界が張り巡らされており、すくなくともあちらへの進入は完全に阻まれているそうだ。
今回ガリウスは、飛行戦艦バハムートで北の海から回りこめないかと調査団を派遣した。
しかし海の側にも超々規模結界(虹色に輝く帯状の何かと目視)が伸びており、街を吹き飛ばせるほどの砲弾でもびくともしなかったのだ。
「砂漠にあるアカディアや教国の地下のスペリアのように、制御装置の転移機能を使った一方通行になってしまうな」
「下手に手を出さぬほうがよい。ワシは個人的にそう考えるがの」
「俺もそうしたいところだが、七遺跡のひとつがあちら側にある以上、放置はできないよ」
遺跡を攻略すれば転移が可能となる。
リムルレスタの近くにもひとつ攻略済みとはいえ遺跡がある以上、友好的でない勢力が大挙して押し寄せては困るのだ。
「だとしても、先にもうひとつに手をつければよいのではないか? っと、すまぬ。今さらな話じゃったな」
「いや、気にしないでくれ。俺も大山脈の向こう――アベリア遺跡は最後に取っておきたかったのが本音だ。しかし……さすがにもうひとつが海の底ではな」
教国の地下にあったスペリア遺跡を攻略した際、今回も次なる攻略地の情報を得ることができた。
しかしそれは『選んだ後』のこと。
残るもうひとつ――ルクシア遺跡は、砂漠を越えた異教の地の、さらに南に位置する海を指し示していた。
海上の可能性もあるが、海に沈んでいるとしたら攻略は困難を極めるだろう。
場合によっては攻略そのものができず、攻略情報なしでアベリアに挑まなくてはならなかった。
だから攻略はアベリアを先にするしかない。
「しかしのう、仮にルクシアが海の底で、攻略が不可能じゃったとしたらどうするんじゃ?」
「諦めるしかないな。誰も手出しができないのなら、転移でリムルレスタに侵攻される危険もない」
すべての遺跡を攻略して、世界の仕組みを暴く。
それも可能性の話である以上、多くの犠牲を出す危険を冒してまで固執する意味はなかった。
「ともかく今はアベリアだ。あちらに何があるのかは知っておきたい。それに――」
ガリウスは机の上にある、別の資料へ目を向けた。
国内、国外の情勢が記されているものだ。
人族社会は帝国の隆盛と崩壊にともなう混乱に加え、心の拠り所たる教国の騒動で荒みきっている。
逆に亜人国家リムルレスタは貧しいながらも、都市国家との貿易や遺跡攻略で得た守護獣たちの労働力のおかげで発展しつつあった。
好ましい状況に見えても、数で圧倒する人族が結託して襲ってくる土壌が出来上がりつつあると考えられなくもない。
「仮に……仮にだ。大山脈の向こう側に誰も住んでいなかったとしたら――」
亜人たちすべてをそちらに移し、その後転移装置を未攻略のところを含めて漏れなく破壊すれば、本当の意味で亜人たちだけの楽園が築けるのではないか。
「そんな風に、考えてしまってね」
ジズルは目をぱちくりさせた。
「……お前さん、何を焦っておるんじゃ?」
「焦って? いや、うん。いるのだろうな。俺は貴方たちのように長命ではない。だから問題の解決を急いでしまう」
暗く目を伏せるガリウスに対し、ジズルはにやぁっといやらしく笑った。
「長命かどうかはあるじゃろうが、今はそれだけが焦る理由ではないわなあ」
「な、なんだ?」
「ワシもずいぶん昔に経験があるわい。ああ、ククルのときもそうじゃったなあ」
にやにやを止めないジズル。
タイミングが良いのか悪いのか、ドアがノックされて入ってきたのは――。
「ジズル様、お茶を淹れてきました。って、どうしたのガリウス? 変な顔しちゃって」
エルフ族にしてガリウスの妻、リリアネアだ。
ジズルがポットやカップが乗ったトレーを受け取り、彼女のお腹辺りに目を向ける。
「なに、『お父さんがんばりすぎないでね』なんて話をしておったのじゃよ。うむ、順調のようじゃな。しかしあまり無理はせぬようにな」
リリアネアのお腹はぽっこりと膨らんでいた。
「ありがとうございます。でも動かないとなんか落ち着かなくて」
「まあ、今しばらくの辛抱じゃわい。生まれたら生まれたで大変じゃがのう」
「そうですね。兄のところは今でも毎日大騒ぎみたいですし」
「ミゲルの子か。このところ会っておらぬが、エルフは成長が早い。ずいぶん大きくなったのじゃろうなあ」
「ええ、わんぱくですよ。兄は今も昔も大人しかったから、きっと父の性格が兄を飛び越えて出てきちゃったんでしょうね」
会話に入れなかったガリウスがぼそりとつぶやく。
「なるほど。どうりで――」
「ガリウス、何を言おうとしてるのかしら?」
にっこりと睨まれ、ガリウスは慌てて口をつぐむ。
リリアネアの性格は父親譲り。今さら知った真実である。
「ガリウスも根を詰めすぎないようにね。あたしはお兄様たちがフォローしてくれてるから心配はいらないけどさ」
「そんなつもりはないのだが……」
「自覚がないのがいけないの。あたしだけじゃなく、みんな心配してるんだから」
「……肝に銘じよう」
とはいえ、できることはやっておきたい。
ガリウスは数日後、アベリア攻略のための会議を招集した――。




