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(´・ω・`)最強勇者はお払い箱→魔王になったらずっと俺の無双ターン  作者: すみもりさい
第八章:(´・ω・`)魔王は神殿で無双ターン

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魔王は暗殺者たちに鉄槌を下す


 ずんぐりした男が、瞳をぎらつかせて迫ってくる。

 ラッチは生きた心地がしなかった。

 

 ドルドは教国でもトップクラスの武人だ。真正面からやりあってラッチが勝てる要素など皆無。

 それを、武器を破壊して一刀で斬り伏せた。

 

「勝てるわけねえだろ……」


 もはや逃げの一手しか選択の余地はない。

 だがバックステップでの後退はスピードに差があり過ぎた。背を向ければそれはそれで遠隔攻撃に対応できない。


(せめて一瞬でも止まってくれれば……)


 腰のポーチにはとっておきの魔法具を忍ばせている。それを使えさえすれば、絶体絶命の窮地から逃れる可能性が見いだせるのに。

 

 彼の醜悪な懇願は、

 

「うおぉぉおぉおっ!」


 清廉なる執念が叶えることになる。

 

 カーラがガリウスの側面に斬りかかったのだ。

 

 ガリウスは急停止して風をまとった。襲い来る女剣士の頭上を飛び越える。剣で受けなかったのは、五人のうち(・・・・・)どれが本物のカーラか判断できなかったからだ。


「複数の幻影を生み出せるのか。しかしネタばらしするのが早かったのではないか?」


「ふん、これだけだと思うな」


 カーラはガリウスだけに狙いを絞り、限界まで幻影を生み出した。その数は五十に迫る。

 

 たいした自信だ、とガリウスは思う。

 

(しかしまたもネタばらしか。ふむ……)


 聖剣を構えつつ、何人ものカーラに相対する。

 

「ラッチ、貴様は奴の背後に回れ。私が牽制する。死角から襲うんだ」


「大声で作戦を告げていいのか?」


「どのみち我らにできるのはこれくらいだ。しかし背後を気にして私の攻撃をしのぎ切れるかな?」


 声を出した者を中心に、複数のカーラが広がっていく。それぞれ違う動きをしていた。まるで幻影のひとつひとつに意思があり、生きた人間であるかのように。

 

「ラッチ、どうした? 早く回りこめ」


 二人のやり取りを立ち尽くして眺めていたラッチは、哄笑を上げた。

 

「は、はははっ! すげえぜ、カーラ様。いやホント、あんたすげえよ!」


 この期に及んで勝利を諦めていない。

 神を信じて疑わないからこその蛮勇だ。

 

 ラッチは純粋に感心した。心の底から称賛した。揺るぎない信仰に畏敬の念すら抱いた。だが――。


「? 何を――」


 五十に近いカーラが一斉に怪訝な表情をした直後。

 

「けど残念。俺は死にたくないんでね」


 腰のポーチに手を突っこむや、素早く引き抜いた。手のひらに収まる大きさの玉を握って。

 

「ここらで退散させてもらうぜ」


 ガリウスと自分のちょうど中間地点に、玉を投げつけた。

 

 地面で当たると玉が弾ける。

 もくもくと黒い煙が広がった。均一に、半球状に。黒い煙は夜の闇をいっそう黒く染めていく。

 

 ただの煙玉ではない。

 特殊な魔法効果で百メートル以上は広がる代物だ。煙自体には風で吹き流されない効果が付与されており、シルフィード・ダガーでも一掃できるものではなかった。

 

 ラッチはくるりと踵を返す。わざと足音を鳴らして駆け出した。すぐさま大地を強く蹴る。 

 着地音を最後に音を消した。以降は自身の足音も、風を切る音さえ響かない。

 

 遮蔽物の乏しい荒野だ。身を隠す場所はない。

 しかし月明りがあるとはいえ夜の闇。ある程度離れてしまえば目測で捉えるのは難しい。

 

 左手方向には林があり、そこまで逃れれば生存の可能性は大きく高まる。

 ラッチが大きく飛んだのは、林の方向とは逆側だ。

 あからさまなフェイクだが、少しでも考える時間を与えられればよいとの判断だった。まだ同じ魔法具は二つ残っている。

 

 音もなく、ラッチは林のほうへ進路を変えた。

 

 さて、ガリウスはどう出るか?

 

 突風を生み出して煙幕を吹き飛ばす? ただの煙ではないので時間がかかる。

 風刃をやみくもに飛ばして攻撃する? 狙いが定まらないので対処は容易い。

 煙幕を突破して追いかけてくる? ならば自身の勝利は確定だ。

 

 魔法の煙は毒の効果を併せ持つ。さほど強い効果はないが、わずかにでも吸いこめば動きは鈍くなるのだ。いかにスピードで上回る相手でも、追跡する力は低下するだろう。

 

 ラッチは走りながら、顔だけ振り向いて煙幕に目をやった。

 

 さあ、仕掛けてこい。何をするかで対処を変えるつもりだった。

 

「ん?」


 煙幕に異常が生まれた。

 風で吹き飛ばそうとしているのではない。風刃は飛んでこない。ガリウス自身が現れる様子もなかった。

 

(煙幕の広がりが、止まった?)


 半径二十メートルまで膨れ上がった黒煙はしかし、それ以上は成長していない。

 そして煙幕が、光を帯びて――。

 

 バリバリバリッ!

「ぴぎゃぉっ!? ぉぉぉおおおぉぉぉ――」


 一瞬、何が起きたか理解できなかった。

 視界が紫電の奔流で埋め尽くされ、ラッチの身はそれに飲みこまれる。

 全身が意図せずびくびくと跳ねた。意識が一瞬飛ぶ。どうにか引き寄せたものの、ラッチはその場に倒れた。

 

(雷撃、だと……?)


 ――嵐の雷撃(サンダーストーム)

 

 聖剣が持つ特殊効果のひとつである。


 ガリウスは事前にシルフィード・ダガーで煙幕を風の膜で覆い、広がりを防いだ。突入する愚は冒さない。何かしら状態異常を引き起こす効果があるかもしれないからだ。

 

 ラッチは確実に煙幕の向こうにいる。

 風刃では百を放っても『点』による攻撃にしかならない。対処される可能性があった。

 

 だから『面』による制圧攻撃。

 煙幕を雷雲に見立て、その向こう側全体を埋め尽くすような雷撃を放ったのだ。

 

 途中からの悲鳴が聞こえたので直撃したと判断したガリウスは、シルフィード・ダガーで煙幕に施した風の膜を強めた。風が渦を生し、やがて煙は竜巻に飲みこまれた。煙の発生源である魔法具ごと、空高く舞い上げた。

 

「ほう、しぶといな。まだ生きていたか。ま、しばらくは動けまい。これで二人目。残るは女、お前だけだな」


 ラッチの逃亡に呆然としていたカーラがぎりと奥歯を噛んだ。

 

「念のため訊いておく。降参するならそちらの男ともども命は助けてやるが? お前たちに捕虜としての価値があるとは思わないがね」


「黙れ下郎! たとえ刺し違えても、神に仇なす貴様はこの場で成敗してくれる」


 一対一では万が一にも勝ち目はない。それでも強気でいられたのは砕かれぬ信仰心と、そして――。

 

(撒き続けていたエサに、食いついたか)


 カーラはガリウスの横顔を(・・・)眺めながら、必勝の期を窺った。

 

 ガリウスは今、カーラ本人と会話しているのではない。

 カーラは幻影に声を映して相手をさせていた。

 

 幻影はあくまで幻影。実体のない幻だ。

 当然攻撃力はなく、カーラ自身がガリウスに接近し、剣で斬りつけなければならなかった。

 

 だが幻影を本人に見せかける方法はある。

 彼女の恩恵ギフトは姿かたちだけでなく、声や匂いも再現できる。実体はないが足音や身を切る風の音までも、だ。

 

 ゆえに見破る方法はない。彼女は自らの恩恵ギフトに絶対の自信を持っていた。

 

(肩で息をしているな。聖剣の大技を放ったのだ。自己回復効果のある聖鎧がない以上、精神力は大きく削れているはず)


 全方向に雷撃を放つほど余力はないだろう。

 今が万が一の勝機に他ならない。回復の間を与えればそれも失われる。

 

「覚悟!」


 カーラ自身も決死の覚悟で叫んだ。もちろん幻影が、だ。

 

 彼女が生み出した幻影は四十七。一斉に動き出し、ガリウスを取り囲む。本体はそれらに紛れ、ガリウスの斜め後ろへ移動した。

 

 展開が終わるや、波状攻撃のごとき布陣でガリウスに突進する。

 

「うおおおっ!」


 幻影のひとつに雄叫びを上げさせ、本体たる自身はガリウスの死角から襲いかかった。

 

「どれが本物かさっぱりわからんな」


 つぶやきに、ぞわりと背に怖気が走った。

 

(声を出した幻影を、本体とは考えていない……?)


 ガリウスは聖剣を肩に担ぎ、「だが」と空いた手で短剣を握ると。

 

「十で足りるな」


 風刃が放たれた。

 声を出した幻影はもちろん、十の刃がするりするりと幻影を通過していく。そして――。

 

 ガキンッ!

 

 カーラ本体にも風刃が襲いかかってきて、やむなく剣で弾き飛ばした。

 

「そこか」


 一瞬だった。

 ガリウスは一瞥すら寄越さずに地を蹴ると、凄まじいスピードでカーラ本体に肉薄し、

 

 キィン――ズシャッ。

 

 聖剣を一閃。

 彼女の剣を真っ二つに断ち切って、肩から腰へ斜めに体を斬り裂いた。

 

 ごぶりと吐血する。折れた剣がするりと手から零れ落ち、カーラもまた膝を折った。力を振り絞って倒れるのは耐え、腰を落としたままガリウスを見上げる。

 

「お前の思考は読みやすい。わざわざ一人にだけしゃべらせて、そちらに注意を向けさせる意図がありありだった」


 ごぶりとまたも血を吐いた。

 

「となればそいつを軸に、どれが俺を確実に殺し得るか考えれば本体の予想は十にまで絞られたよ」


 五十近い風刃を生み出してそれぞれ操るには精神力が足りなかった。しかし十ならどうにかなる。実際、どうにかなった。


「殺せ……」


「ああ、そのつもりだ」


 言いながらもガリウスは聖剣を肩に担ぎ、身をひるがえした。

 

(これ以上、聖剣を汚す価値もないというわけか……)


 カーラは最後の最後まで屈辱を味わわされ、幻影をすり抜けたいくつもの風刃によって切り刻まれた。

 

「息があるのはお前だけだな」


 ガリウスはラッチの側で立ち止まる。

 

「助けて、くれ……。なんでも、話す……」


「ダメだな。お前から得られる情報は高が知れている。下手に生かして逃げられれば教国にいる諜報員が危険に晒される」


 ラッチは恐怖に引きつり、カタカタと歯を鳴らした。

 

「最後くらい神に祈ったらどうだ?」


 ぷつんと何かが切れた。

 

「神……神だと? 神様なんてクソ食らえだ! あんなもんに縋る奴はバカなんだよ! 俺はうまい汁を吸うために利用してただけだからな!」


 にぃっとガリウスが口元を歪めた。

 

「感謝する。お前の声はよく響くからな。見届け役の彼らにも届いてくれた」


 遠く、薄暗い中でも衛兵たちが険しい顔をしているのがわかった。

 教国の聖騎士の一人が、神を侮蔑する言葉を吐いたのだ。不信感は相当なものだろう。

 

 ラッチは最後の最後までガリウスの手のひらで踊らされ、飛来した風刃に喉を斬り裂かれた――。


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