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第10章 咆哮の獣騎士

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8 「力押しだ」

 カーバルシティの中心にある領主の城。


 堅固な門扉に向かって、黒い影が突進する。


 全身を覆う青黒い外殻はメタリックな光沢を持ち、騎士の甲冑を連想させる。

 腰からは尾が伸び、顔全体を狼のような仮面が覆っている。


 獣騎士形態(コードビースト)


 強化、変形した皮膚に覆われ、異形と化したジャックの姿だ。


「くっ、いいかげんに離せ! 私を人質にでもする気か、卑怯者!」


「少し黙っていろ。舌を噛むぞ」


 怒声を上げるミランダを意に介さず、告げるジャック。

 彼女を右肩に担いだまま、獣騎士は一直線に駆けた。


「ここはレヴィン様の治める地!」


「止まれ!」


 十数人の騎士たちが立ちはだかった。

 いずれも全身甲冑姿で、手に手に長剣を携えている。


 額には淡く輝く紋章。

 レヴィンの支配下にある証だろう。


 ジャックは一顧だにしなかった。


「──どけ」


 無造作に振った左腕が突風と衝撃波を生み出し、騎士たちをまとめて吹き飛ばす。


「悪いが、手加減していられない。さっさとレヴィンに会って、全部やめさせるために──力押しだ」


 なおもジャックは進んだ。


 今度は魔法使いたちが現れ、攻撃呪文を撃ってくる。

 渦巻く火炎が、黄金の光弾が、水流の槍が、巨大な岩弾が──次々と叩きつけられる。


 小さな館程度なら跡形もなく吹き飛びそうなほどの呪文爆撃。


「無駄だ」


 強化され、絶大な防御力を誇る甲冑と化した彼の皮膚は、それらを易々と弾いた。


「お前らも──どけ」


 そのまま加速し、先ほどの騎士たち同様に衝撃波で薙ぎ払う──。


 と、そのとき、足元の感覚がいきなり消失した。


「っ……!?」


「かかったな、侵入者!」


 敵の一人が快哉を叫ぶ。


 落とし穴だった。

 穴の底まで、おそらく十数メティルはあるだろう。


 普通の人間なら、まず墜死は免れない。

 しかも強化された視力で見てみると、穴の底には一面に鋭い槍が備えられていた。


 古典的だが、それゆえに威力は絶大な罠。

 とはいえ、


「これくらいの罠なら、地面まで落ちても死なないだろうが……」


 ジャックはわずかに顔をしかめる。


「ミランダが危険だな」


「……敵である私を心配しているのか。お優しいことだ」


「誰であろうと他人が傷つくのは嫌なだけだ。それに、今はこんな罠で費やす時間も無駄だからな。少しでも早く、レヴィンに会わないと──会って、俺や周りにちょっかいを出すのを止めさせければ、気が済まない」


 右肩に担いだミランダに言いながら、ジャックは思案する。

 突破の方法を。


 いくら彼の身体能力が人間をはるかに超えているとはいえ、空を飛ぶことなどできはしない。


「──伸びろ」


 黒い獣騎士は左手をまっすぐに突き出した。


 人差し指の爪が伸びるスピードを強化し、同時に硬質化。

 数メティルほどに伸びた爪が壁に突き刺さり、ジャックの落下を止めた。

 だが、


「終わりだ、侵入者!」


 突然、周囲が炎に包まれた。

 どうやら落とし穴に加え、発火装置で焼き殺す二重のトラップだったらしい。


「ちっ……」


 ジャックは小さく舌打ちした。


 敵は、彼が担いでいるミランダの安全など気にも留めていないのだろう。

 それにジャック自身も──強化皮膚は炎程度では焦げ付きさえしないだろうが、煙を吸って肺をやられるのはまずい。


 肺を強化して逃れる手もあるが──。


「次から次へと」


 ジャックはため息交じりに壁を蹴り、その反動で反対側の壁を──さらにまた反対側へ、と連続して壁面を蹴る。

 その勢いで一気に上昇した。


 炎の包囲網から逃れ、地面に降り立つ獣騎士。


「な、なんだ、こいつ……!?」


「身体能力だけで、全部突破する気か……!?」


「どけ、と言っているだろう」


 おののく敵の残りを、衝撃波で一掃する。


 その後も、ジャックはまさしく敵の言葉通り──強化された身体能力だけで、あらゆる罠を突破していった。




「これほど短時間で侵入してくるとは……」


「罠が駄目なら、力ずくで止めるしかないな……」


 城の前にはずらりと並んだ騎士や魔法使いたちの姿があった。


 先ほどの連中とは、気配が明らかに違う。

 ここを守護する精鋭たちだろうか。


「退けば、よけいな怪我はせずにすむぞ」


 いちおう警告するが、彼らはもちろん退かなかった。


 戦いは、避けられない。


 だが、ジャックに不安も恐怖もなかった。

 自身の力がどんどんと増大していくのが分かる。


 レヴィンに初めて会ったときもそうだが、先日の魔将との戦いでハルトに出会ってから、ジャックの強化スキルはさらに強くなっていた。


「できれば戦いなんかじゃなく、仕事に使いたいんだけどな。この力……」


 今までは常人の数十倍から数百倍の荷物を運んでいたが、もしかしたら今なら数千倍の量の荷物を運べるかもしれない。

 そうなれば、ハイマット運送もさらに躍進するだろう。


 楽しみだ。


 そんな未来をつかむためにも、まずはレヴィンと話を付けなければならない。


 王国作りだの、支配圏の拡大だのに興味はない。

 ただジャックの平穏を脅かすことは許さない。


 周囲にいる気のいい奴らや、大切な女性に、支配の手を伸ばすなら、断固として立ち向かう──。


「戦いの最中に考えごとか!」


「舐めるな!」


 五人の騎士が次々と斬撃を叩きつける。


 ジャックは意に介さず進んだ。

 打ちこまれた剣は、いずれも黒い甲冑のような皮膚に弾かれ、傷一つつけられない。


「ならば、これで──」


 今度は魔法使いたちの攻撃呪文だ。

 ジャックが担いでいるミランダごと焼き尽くそうというのか、七発の魔力弾が次々に向かってきた。


 彼は、これも意に介さない。


 腕の一振りで突風を生み出し、魔力弾を吹き飛ばした。

 周囲に着弾した魔力弾が次々と爆炎を上げる中、黒い獣騎士は静かに進んでいく。


「お前たちじゃ俺を止められない。傷つけることもできない。おとなしく道を開けろ」


「くっ……」


「それでも立ちはだかるなら──やりたくはないが、力ずくで押し通ることになる。怪我を負うことも覚悟してもらう」


 静かな、だがそれゆえに強烈な威圧のこもった赤い眼光が、騎士や魔法使いたちをたじろがせた。




 そして──ジャックは城の最奥へとたどり着く。




「レヴィン・エクトール……!」


 前方には、玉座に似た豪奢な椅子に座した少年の姿があった。


 艶のある黒髪に秀麗な美貌。

 涼しげな瞳には強い意志の光が宿る。


 まさしく──王者の風格だ。

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