1 「限りなく成長し、前へ進んでいける存在」
前章から少し間が空いてしまいましたが、更新再開です。
3日に1話ペースで章の終わりまで投稿予定です(´・ω・`)ノ
俺とリリス、アリスの連携により、セフィリアを氷の棺に封じこめることができた。
──これから、彼女をどうするか?
『修復』の力を持つセフィリアは、たとえ即死級のダメージを与えたところで、自動的に発動するスキルによってその傷を癒してしまう。
そう、俺の『封絶の世界』と同じ自動発動。
たとえば脳や心臓を一瞬で撃ち抜いたとしても、修復してしまうだろう。
まさしく不死身である。
かといって、野放しにはとてもできない。
人の死を、まるでゲームのように無邪気に、楽しげにまき散らす彼女は──。
まさしく、最悪だ。
「こいつを解放するわけにはいかない」
俺はリリスとアリスにそう告げた。
かつて出会った『殺戮』のスキル保持者グレゴリオのことを思い出す。
戦いの末に、奴は俺の防御スキルによって奴が死ぬ──という結末を迎えた。
だけど、セフィリアに『殺す』という結末を与えることは難しい。
そもそも他人の生殺与奪を握る、ってのはいい気分じゃない。
胸の奥にドス黒い何かが込み上げてくるような苦しみがあった。
でも、ここで決断しなきゃいけない。
放っておけば、どれだけの犠牲者が出るか分からないんだから。
「海とか湖の底に沈める……っていうのは、どうかな」
俺は二人に提案した。
嫌な気分がますます胸の中に広がっていく。
「セフィリアは自分のスキル──いや治癒魔法で、ほぼ不死身の状態だ。だから『殺す』んじゃなく『閉じこめ続ける』しかないと思う。解放すれば、今度は大勢の人を無差別に殺すかもしれない……」
俺は二人に説明する。
「この状態のセフィリアを近くの海か湖まで運んで、重しをつけて沈めてしまおう。二度と浮き上がれないように──」
「……ハルト」
リリスがつらそうな顔で俺を見た。
「ハルトさんは、正しい決断をしていると思います」
アリスも同じようにつらそうだ。
いや、二人だけじゃない。
彼女たちの目に映る俺の顔も──やはり、つらそうだった。
「一人で苦しまないで。あなたはきっと、いつも一人で色々なものを背負っているんだと思う」
「それを私たちにも分けてください」
リリスとアリスが俺に抱きついてきた。
柔らかな二人の体を抱きしめ返し、胸の芯に温かなものが込み上げる。
癒されて、いく。
──ぞくり。
異常なほどの悪寒が走り抜けたのは、そのときだった。
この気配は──なんだ!?
「ハルト……?」
リリスが訝しげに俺を見た。
その顔がぼやける。
いや、周囲の風景すべてが揺らぎ、ぼやけていく──。
俺は気が付けば、白一色の世界にいた。
意識の世界──。
今までにも何度か来たことがある場所だ。
「よかった……なんとか会うことができました」
眼前には厳かな雰囲気のある神殿がそびえ、その前には幼い女の子がちょこんと立っていた。
肩までの金髪に、つぶらな青い瞳、そしてあどけない容姿。
護りを司る女神イルファリア──その欠片ともいうべき存在だ。
俺の力が高まったり、一定の要因でこの場所にやって来ることがあった。
そしてそのたびに、イルファリアは俺を導いてくれた。
新たな力を目覚めさせるきっかけを、何度ももらった。
今回は、なんだろう?
「警告に来ました、ハルト」
幼女バージョンの女神さまが険しい表情で告げる。
「こうして話せる時間は限られていますので、手短に言います。『あの者』が近づきつつあるようです」
「あの者……?」
「我ら神には、その名を告げることは禁止されています」
彼女が小さく首を振った。
神の一部であるイルファリアが、まるでおびえるように。
青ざめた顔で、小さな体を震わせながら。
「あの者の呪縛があるために……逆らえば、神といえども消滅は免れない……ですが、それでも私はあなたたちに告げたいと思います。おそらく、これが最後だと思うから……」
「最後って……?」
不穏な台詞に眉を寄せる俺。
「あの者はしかるべき行動に出るでしょう。そこに容赦はなく、情けもなく、慈悲もない──」
イルファリアは俺の質問には答えず、告げた。
「そして、それは神、魔、竜、人──世界のすべてに等しく訪れる危機となるでしょう。ですが、その危機を乗り越えた先にこそ、新たな未来があるはずです」
「新たな未来……」
「あなたなら──あなたたち『人間』なら、あるいはその未来を切り開くことができるかもしれません」
女神さまが俺をまっすぐに見つめる。
「私はそう信じます。信じたいのです。悠久にたゆたい、『成長』という概念を持たない神・魔・竜と違い、あなたたちは限りなく成長し、前へ進んでいける存在。だからこそ──そこにこそ、『あの者』に対抗する可能性が芽生える」
告げて、女神さまがわずかに眉を寄せた。
「いえ、その前にもう一つ壁を超える必要がありそうですね。まずは魔の者たちの攻勢を凌がなければ」
魔の者たちの攻勢──?
「魔王率いる魔界の主力軍が侵攻を開始したようです。人間界に近づきつつあるようですね……世界が揺らぎ、魔界から人の世界へと侵入しやすくなっている今を好機ととらえたのか……」
「魔王率いるって、それは──」
「どうか生き延びてください、ハルト。私はいつでもあなたを──あなたたち人間を見守っています」
「女神さま……?」
「もう護ることは叶わないかもしれませんが、ずっと慈しんで……」
遺言のような言葉に、俺の動悸が激しくなる。
「見守って……います……」
すうっと女神さまの姿が薄れていく。
待ってくれ。
一体どういうことなんだ。
もっと具体的なことを教えてくれ──。
それらの問いかけを口にするより早く。
俺はふたたび元の場所に戻っていた。
あっという間に、意識の世界から弾き出されたようだ。
と、
「見て、あれを──」
リリスが上空を指差した。
空一面を埋め尽くすような、無数の黒い点。
数えきれないほど大量の黒幻洞だ。
ゾッとなった。
これが女神さまが言っていたやつか。
魔王率いる魔界の主力軍……!?
次の瞬間、無数の黒幻洞からいっせいに流星が降り注ぐ。
「魔の者たちが……来る……」
俺は半ば無意識にうめいた。
ルーディロウム王国での大規模クエスト以上の大軍。
魔の、総攻撃。
それが世界中に押し寄せてくるっていうのか──。
「ギルドに戻るぞ!」
俺は叫んだ。
ルカやサロメと合流して魔を迎え撃つ準備を整えたほうがいいだろう。
「……お二人で行ってください」
アリスが言った。
「私はここに残ってセフィリアさんの様子を見ています」
「えっ」
「棺が壊れたら、彼女は外に出てきてしまいますから」
「……確かに」
ただでさえ、魔の者への迎撃で手いっぱいなところに、セフィリアまで復活したらシャレにならない。
「でも、一人で大丈夫か?」
「一人じゃありません」
アリスは微笑んだ。
「私には──頼もしい友だちがついていますから」
と、杖を見せて、笑みを深めた。
そこに宿る六魔将──メリエルのことを言っているんだろう。
確かに、魔将から魔力を受け継いだアリスは、ランクS冒険者すら凌ぐほどの力を持っている。
ここは、任せよう。
「何かあったら、すぐに合図するか、逃げるかしてくれ」
「ありがとうございます、心配してくださって」
アリスはそう言って、俺の手を取った。
「お気をつけて、ハルトさん、リリスちゃん。ルカちゃんやサロメさんと一緒に町を守ってください」
「任せろ」
「行ってくるね、姉さん」
そして──俺たちはアリスと別れ、市街地に飛び出した。
前方からは、十体以上の魔族や魔獣が近づいてくる。
すでに、町に降り立った奴らがいたか。
「烈皇雷撃破!」
リリスが雷撃魔法を一閃させて、それらを薙ぎ払った。
たったの一撃で全滅だ。
さすがに、強い。
「早くギルドに行きましょ、ハルト」
「ああ、町の他の場所にも魔の者が押し寄せてるかもしれないからな」
まずは状況把握だ。
魔族も魔獣も全部片づけて──この町を守ってみせる。








