10 「試してみる?」
「セフィリア、お前──」
「つまんない人は消えてもらうね。あたしは、あたしを楽しませてくれる存在しか許さない」
セフィリアが俺を見据える。
にこやかな笑顔のままなのに、つぶらな瞳には強烈な殺意が宿っていた。
すさまじい、といってもいい殺意が。
なんなんだ、こいつは。
こんなに楽しげで、和やかな笑顔のままで、どうしてここまで命を軽んじられるんだ……!
「ついでに、そっちの二人もね。優等生は好きじゃないの」
セフィリアが右手を突き出す。
「聖なる散弾」
十数発の光弾が二人に向かった。
「な、何……!?」
突然のことにリリスもアリスも意表を突かれたようだ。
さすがに冒険者から唐突に攻撃魔法を撃たれるとは予想していなかったんだろう。
防御魔法を唱えるタイミングが遅れ、光弾群が二人を直撃する──。
「無駄だ」
俺の言葉とともに、リリスとアリスを黄金の輝きが包みこんだ。
セフィリアの光弾はその輝きに弾かれ、霧散する。
「ふーん……ハルトくんのスキルか」
「俺の予想を外そうと、反応を上回ろうと──すべてを自動的に防御する。それが『封絶の世界』」
そして、その自動防御は、俺だけじゃなく俺が護りたい存在もその範囲に入れてくれる。
こいつのことだから、無関係の人まで狙ってくるかもしれないな。
俺は念のために、その範囲を『セフィリアを除く、この町にいる人間全員』に設定し直した。
「あーもう、せっかくハルトくんの目の前で二人を殺しちゃおうと思ったのに。大切なんでしょ、彼女たちのこと? ハルトくんの絶望する顔を見ようと思ったんだけどな」
「ふざけるな……!」
楽しげなセフィリアをにらむ俺。
その顔が、かつて戦った男の顔に重なった。
「……昔、お前のような奴に出会ったことがある」
「へえ?」
「そいつは『殺戮』のスキルを持っていた。人を殺すことを楽しんでいた」
殺戮の神メルギアスの力を持つ、快楽殺人者グレゴリオ。
セフィリアが漂わせる雰囲気は──どことなく奴に似ていた。
「スキルを自分の楽しみのために使ってたんでしょ? いいじゃない。あたし、その人と気が合いそう」
「残念だけど、もういない」
俺はセフィリアを見据えた。
「俺が、殺した」
「へえ……」
セフィリアがすうっと目を細める。
「どうして、あたしたちを攻撃してきたの……」
リリスがセフィリアをにらんだ。
「二人とも離れてろ」
警告する俺。
「こいつは危険だ」
「えっ? えっ?」
どう説明するべきか。
神のスキルのことは、スキル保持者以外には明かすことができない。
「聖なる散弾」
ふたたびセフィリアが光弾を放った。
もちろんそのすべてが黄金の輝きに弾かれる。
「うーん……やっぱり攻撃は通らないか。だけど──」
セフィリアの目が爛々と輝いた。
まだ攻撃魔法を撃ってくる気か。
「違うよ」
セフィリアが俺の内心を読んだように首を振った。
「攻撃して傷つけることはできない。でも『すでに存在する傷』ならどうかな?」
セフィリアの視線が俺を、リリスを、アリスを……順番に見つめた。
「あなたたちにだって、まだ治りきってない傷とか古傷とかが一つくらいあるんじゃない? 試してみよっか、軽く──」
「きゃあっ……!」
リリスの右手の指先から血が噴き出す。
「ううっ……」
さらに、アリスの左腕からも。
「金髪のおねーさんは軽い擦り傷かな? 銀髪のおねーさんは蚊に刺されたみたいだね」
これは──さっき魔獣に使った『修復』スキルの逆回転!
こんな小さな傷が、これだけ血が出るような傷に変わるのか──。
俺は戦慄とともにセフィリアを見据えた。
「スキル保持者であるハルトくんは絶対不可侵かもしれないけど、他の人間はさすがにそのレベルじゃないってことかな? 護ろうと強く意識しなければ、ある程度の傷は負っちゃうんじゃない? その傷を──あたしのスキルで悪化させた」
「スキルを止めろ、セフィリア!」
俺はセフィリアに詰め寄った。
彼女はニヤニヤ笑ったまま、
「はい、すとーっぷ。それ以上近づいちゃだめ」
「お前……っ!」
「おねーさん二人は、あたしがちょっとスキルを強めたら死んじゃうよ?」
「……俺のスキルは仲間のダメージも防ぐ。お前のスキルは通じない」
言いながら、俺の中で不安感が増していった。
自分でも分かっていた。
おそらくセフィリアのスキルの前では──。
「もう感づいてるでしょ」
笑うセフィリア。
「だって、あたしがやってるのは『攻撃』じゃなくて『修復』だもん。ハルトくんの『防御』スキルで防げるのかな?」
「……!」
「さっき二人とも血が出てたし、答えは明らかだよね」
セフィリアがリリスとアリスを等分に見つめる。
つぶらな瞳に宿る、強烈な殺意の光。
こいつは、やるとなったら躊躇しない。
そう、グレゴリオとよく似た眼光だ。
「ハルト、あの子は一体──」
「ハルトさん……」
おびえたようにセフィリアを見つめ、それから俺を見る二人。
「……セフィリアを撃て」
「ハルト……?」
人に向けて魔法を撃つ。
その戸惑いが伝わってくる。
だけど迷っている暇はない。
もしこの瞬間に、セフィリアがその気になったら──。
リリスもアリスも死ぬ。
「やらなければ、やられる。頼む、信じてくれ……っ!」
叫ぶ俺。
「ハルトが言うなら信じる──雷襲弾!」
リリスが魔法を放った。
セフィリアの足元に着弾し、爆風をまき散らす。
「あ、ぐぅ……っ!」
苦鳴とともにのけぞるセフィリア。
衝撃波で吹き飛ばし、気絶させようという狙いだろうか。
「きゃああぁっ……!」
次の瞬間、リリスが悲鳴を上げてよろめいた。
指先が血まみれだ。
「リリスちゃん! 癒しの大地」
アリスが慌てて駆け寄り、治癒魔法をかけた。
「ううっ……!」
だけど、その途中でアリスの腕から血が噴き出す。
「はい、すとーっぷ。全部治されたら、あたしのスキルが使えなくなるからね」
痛みで集中が途切れたのか、治癒魔法の光が消えた。
「それにしても、さっきのは痛かったな~。ちょっとムッときたから、即死させてやろうかと思っちゃった」
セフィリアがリリスとアリスをにらむ。
「くっ……」
唇をかむリリス。
「でも、許してあげる。おねーさん、あたしが死なないように攻撃したもんね。それに──」
ふふ、とセフィリアが微笑んだ。
「あたしが一番見たいのはね、ハルトくんの絶望する顔」
「お前──」
「どうする? 自分のスキルを信じて、あたしを殺してみる? でも今見た通り、簡単には殺せないよ。で、あたしのスキルを防げなかったら、彼女は死んじゃうけど……」
「セフィリア……っ!」
ぎりっと奥歯をかみしめる。
「『修復』の逆回転で死ぬのって、たぶんものすごく痛いよ?」
俺の思考は目まぐるしく回転した。
どうする?
どうすればいい?
俺のスキルでセフィリアのスキルを防ぐことはできない。
どんなに強大な攻撃力にも対応できる絶対防御も、『攻撃ではないもの』には通じない。
なら、俺が打つべき手は?
セフィリアを封じる方法は?
考えている時間は、もうない。
迷っている時間は、もうない。
俺は──。








