9 「だって楽しいじゃない」
ともあれ、次の質問だ。
「バネッサさんたちの計画っていうのはなんだ?」
「世界を変えるって言ってたよ」
セフィリアが答える。
「世界を……?」
「そう、世界中を巻きこんだ遊びって感じで楽しいんだよ」
目を輝かせて、セフィリアがその全容を語りはじめた。
──彼女たちがやったのは、神や魔族の人為的な召喚だという。
まず『移送』と『修復』のスキルを併用し、魔族を大量に召喚する。
それによって空間自体を大規模に歪ませ、より強大な神や魔をこの世界に呼び出す。
そして神と高位魔族たちを同士討ちさせて滅ぼし、人間こそがすべての世界の覇者となる──。
冗談のような話だった。
実現すれば、それはもはや神話や伝説の領域だろう。
「だけど、それを実行すれば、世界中の人が魔族に襲われるかもしれないし、神と魔がぶつかり合ったエネルギーの余波でどれだけの規模の被害が出るか……」
いや、すでに被害は出ている。
「うん、バネッサやエレクトラは全部分かった上でやったんだよ。自分たちの目的や野望を果たすために、ね」
ゾッとなる。
神の力は、使いようによっては世界さえ変革してしまう。
その気になった者が力を振るえば、世界が変わるほどの現象が起きてしまう──。
「すごいよね」
セフィリアがさらに目を輝かせた。
「楽しいよね、こういうの。神のスキルをもらって、こんな楽しいゲームに参加できるなんて最高」
俺はさっき以上にゾッとした。
世界の形さえ変わり、大勢の人たちが苦しみ、傷つき──。
そんな状況を、まるで子どもが無邪気に遊ぶような雰囲気で語る彼女が。
人間ではない何かのように思えて、ただ悪寒が走っていた……。
「ん、なんか悪い気配がするね」
ふいにセフィリアが立ち上がった。
「えっ」
「んーと……あっちかなー」
喫茶店を出ていく。
俺はその後を追い、店に料金を払ってから外へ出た。
「あれは──」
上空に黒い点が浮かんでいた。
黒幻洞──人間界と魔界を繋ぐ亜空間通路。
これが出現したってことは、そこから魔の者が現れるということだ。
「ギルドのレーダーには引っかからなかったのか……」
「黒幻洞はレーダーで捉えられるタイプと、そうじゃないタイプがあるんだよ。今回は後者」
と、セフィリア。
「あたしは僧侶だし、神様とも交信できたりするからね~。魔の気配を感じ取るのは得意なの」
普通の僧侶にそんな力はないだろうから、たぶんスキル保持者としての副次的な力なんだろう。
まあ、今はそんなことはどうでもいい。
俺は上空の黒幻洞に意識を集中した。
直後、黒い点が広がり、一体の影が町中に降り立つ。
四本の腕を持つ騎士のような異形の怪物。
何度か戦ったことがあるクラスAの魔族『四腕の冥戦士』だった。
「人間……殺す……!」
殺意のこもった目で周囲を見回すヘルズアーム。
脅威とはいえないけど、どう対処するべきか。
防御スキルで奴の攻撃を完封できるだろうけど、俺には攻撃手段がない。
セフィリアも僧侶だから攻撃系の魔法はほとんど使えないだろうし……。
「雷襲弾!」
まばゆい光球が魔族を一撃で吹っ飛ばした。
「ハルト!」
「ハルトさん!」
駆け寄ってきたのはリリスとアリスだ。
「ちょうどいいところに……って、すごいタイミングだな」
「っ……! べ、別にハルトが気になって、後をつけてきたわけじゃないからっ!」
「そ、そうです、これはヤキモチとかではなく、たまたま行き先がハルトさんたちと一致しただけで……」
いきなり慌てだす二人。
どうしたんだろう?
「二人ともかわいいねー。そんなにハルトくんが気になるんだ?」
セフィリアはにこやかだ。
「あ、下がったほうがいいよ。もう一体来るみたい~」
と、警告する。
うぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!
空間からにじみ出るようにして現れたのは、牛の頭と人の体を持った巨大なモンスター。
クラスSの魔獣、牛頭人だった。
「ちょっと手ごわそうね……ハルト、あたしに合わせて」
目くばせするリリス。
俺はその意図を瞬時に汲み取り、うなずいた。
集中し、スキルを発動する。
ほぼ同時に、リリスが呪文の詠唱を終えた。
「焼き尽くせ、殺戮の炎──天殺焔陣!」
燃え盛る炎の渦がミノタウロスを薙ぎ払う。
魔将の魔力を受け継いだリリスの魔法は、クラスSの魔獣すら一撃で打ち倒す威力だ。
すさまじい爆発が起こり、周囲に炎と衝撃波が吹き荒れる。
威力が高すぎるだけに、こういう町中で使うには不向きなのだ。
炎と衝撃波は、しかし次の瞬間、黄金の輝きによって封じこまれた。
俺がミノタウロスの周囲にあらかじめオートで展開されるように設定した封絶の世界によって。
「ふう……」
どうにか町に被害を出さずに魔の者たちを全部倒せたみたいだ。
「! まだですっ」
アリスが叫んだ。
ミノタウロスはボロボロになりながら、まだ生きている。
なんて生命力だ……!
「後はあたしに任せてもらおうかなっ」
セフィリアが進み出た。
「お、おい、何を──」
「葬送の超速再生」
ミノタウロスに向かって左手をかざすセフィリア。
次の瞬間、虹色の光が弾けた。
ぐるるるぉぉぉああああぁあぁああああああああ……っ!
同時に魔獣が絶叫する。
苦痛と、恐怖と、絶望と。
それらが混じり合った悲鳴は、どんどん弱々しく、か細くなっていく。
ミノタウロスの全身の傷がすさまじい勢いで広がり、鮮血とともに魔獣が崩れ落ちた。
「今のは……なんだ……!?」
「あたしの『修復』の力を逆回転させたんだよ。全身の傷を治すんじゃなく、より大きくしたの。すごいでしょ?」
俺は返答できなかった。
魔獣とはいえ、今の殺し方はあまりにも凄惨だった。
しかもそれを明らかに楽しんでいる様子だ。
「ハルトくんたちが必死な感じだから、まどろっこしくなって」
セフィリアが俺たちを見て、にやりとした。
「人を護るのは冒険者の務めだろ。俺にはその『力』があるんだ」
「あたし、そういう優等生な答えは好きじゃないなー」
「……何?」
「誰かのために『力』を使うなんてつまんない。あたしは、あたしの『力』を自分のためだけに使うよ。自分の楽しみのためだけに、ね」
セフィリアがにっこりとした顔で語る。
「あたしがどうしてハルトくんに会いに来たか、教えてあげよっか?」
「セフィリア……?」
「あたしたちには神の力がある。それをどう使うのかを見たかったの」
俺に歩み寄り、耳元でささやくセフィリア。
神の力にかかわる話は、スキル保持者の間でしかできないから、リリスたちには聞こえないように伝える気か。
「バネッサもエレクトラも、自分のためだけに『力』を使っていた。そこは気に入ってた。でも、いったんピンチに陥ると急に慌てたり、おびえたり……そういうのが見苦しくて」
セフィリアが、また笑った。
それは──今までの無邪気な笑みじゃない。
他人を蔑む、傲岸な笑みだ。
「つまんない、って思っちゃった。バネッサはもう死んでたけど、エレクトラの方はあたしが殺したんだよ」
こいつ……っ!
「お前が、エレクトラを殺した……!?」
「かっこいーおねえさんだと思ってたから、がっかりしたんだよね」
「何が言いたいんだ……」
俺は全身をこわばらせていた。
セフィリアの一挙手一投足に目を配る。
少しでもおかしな動きをすれば、それを封じるために。
「ハルトくんが自分のためだけに『力』を使う人なら、一緒に遊べると思ったんだけどね。でも他人のために『力』を使う優等生なんて、最高にムカつく。だから──」
セフィリアの口の端が吊り上がる。
「──あなたもつまんないね、ハルトくん」
殺意のこもった笑顔で、彼女は告げた。
ネット小説大賞の1次選考を通ってました<(_ _)>
引き続きがんばります。








