7 「過ぎた力、か」
「お前は──」
ギルドを訪ねてきたセフィリアに、俺は警戒をあらわにした。
「……何かを企んでいるのか」
彼女はかつて、『修復』のスキルを使い、ジャックさんに妙なことを仕掛けた疑いがある。
それはバネッサさんの推測でしかないし、確証もないんだけど──。
「やだなー、企むなんて」
セフィリアがのほほんと笑った。
「同じ冒険者同士だし、神様から力を授かった者同士でもあるし、親睦を深めようと思って。えへへ」
こうして見ると、本当に純朴な女の子にしか見えない。
本当に、無害な女の子にしか見えない。
「ふーん……?」
セフィリアが俺に近づいてきた。
くるくると猫のようによく動く瞳が、俺の顔をしげしげと覗きこむ。
「ハルトくん、体の調子がおかしくなったりしてない?」
「えっ」
「ほら、前の戦いでスキルがすごーくパワーアップしたでしょ? その影響が出てないかな、って」
「……どうして知ってるんだ?」
あのとき、戦いの場にはバネッサさんしかいなかった。
彼女に聞いたんだろうか。
それとも──。
「うん、バネッサから聞いたの」
俺の内心を読んだように微笑むセフィリア。
「それにスキル保持者同士が出会うと、能力がパワーアップするよね? ハルトくんって、かなりスキルが強化されてるんじゃない?」
つぶらな瞳は無邪気な輝きをたたえ、俺を見つめ続ける。
「でも、それって人間には過ぎた力かもしれないね」
「過ぎた力、か」
「強すぎる力で体に変な作用がなければいいけど。たとえば──怪我をしても治癒魔法を受け付けないとか」
「……!」
俺は思わず絶句した。
「あ、図星だった?」
こいつ──。
「よかったら、あたしが治してあげよっか?」
「治す? できるのか?」
俺は思わずたずねた。
「……いや、やめておく。だいたい、お前はそうやってジャックさんに妙なことをしただろ」
「ひどいなー、誤解だってば。ハルトくんを治してあげたいのも、ただの好意だよ」
笑うセフィリア。
「好意……」
「スキル保持者も少なくなっちゃったからねー」
「えっ……?」
「あ、知らないんだっけ。バネッサもエレクトラも死んじゃったんだよ?」
「っ……!?」
俺は絶句した。
数分の間、呆然としていた。
理解が、追いつかなかった。
こいつは今、なんて言った……?
バネッサさんと、エレクトラが死んだ──?
「どういう……ことだ」
ごくりと喉を鳴らす。
「んー、仲たがいかな?」
「仲たがい?」
「二人は何か大きな計画を進めてたんだよね。あたしもそのお手伝いをしてた。いい感じのチームだったんだけどね。でも、方向性の違いとかでケンカしちゃって……」
セフィリアがニヤニヤと笑いながら説明する。
「計画……だと」
「その辺は、ここじゃ話せないかなー」
セフィリアはチラチラと周囲を見た。
冒険者たちが、俺と彼女を興味深げに見ている。
神の力のことといい、確かに関係がない人間には話せない内容だ。
「だからデートしようよ、あたしと。そこであらためてお話しよ?」
「へっ?」
唐突な申し出に、俺はキョトンとなった。
※
──あたしに残された時間は、あとわずか。
セフィリア・リゼは、かつて医者から受けた宣告を思い出す。
まさしく──死の宣告を。
最初は泣きわめき、不幸を憂い、やがて諦念が心を支配していった。
なぜ、あたしなの。
なぜ、他のみんなは元気に生きているのに、あたしだけが死ななければいけないの。
つらい。
苦しい。
死にたくない。
もっと楽しいことがしたい。
もっと、もっと──。
朗らかだった彼女は、見る影もなく暗く──沈んでいった。
やがて病状は悪化し、彼女は十六年の生涯を閉じた。
そして、出会った。
不思議な空間で、二つの顔と四本の腕を持つ女神に。
「すべてを治し、直すスキルを与えましょう」
女神はセフィリアにそう言った。
「ん? じゃあ、あたしの病気も治る? っていうか、あたし死んだよね?」
「確かにあなたの命は一度尽きました。ですが、その死を今から取り消し、新たな生を与えます」
「生き返れる……ってこと?」
「ええ、これは神の遊戯。あなたは『修復』のスキルで何をしても構いません。己の欲のため、あるいは人や世のために使おうとも──」
「何をしても……か。ふふ、面白そうだね」
セフィリアは満面の笑みを浮かべた。
不治の病に侵されて以来、諦めていた生の喜びが、幸福が──爆発的に膨れ上がる。
「ワクワクしてきた。えへへー、女神さまありがと」
言って、セフィリアはアーダ・エルを見つめる。
正確には、その胸元を。
「何を見ているのです?」
「おっぱい、大きいなー、って」
「……人間の品性は理解しがたいですね」
アーダ・エルは眉を寄せ、わずかに戸惑ったような顔をした。
こうしてセフィリアはよみがえった。
手に入れた『修復』のスキルは、不治の病に侵された体を一瞬で完治させた。
死の運命から救われた彼女が考えたことは、きわめてシンプルだった。
これからは楽しいことをいっぱいしよう。
今まで諦めていた楽しいことを、思う存分に。
──人が死ぬ瞬間を見るのって、楽しいよね。
最初に浮かんだ考えは、それだった。
彼女が興味を持つのは、人の『死』だった。
自身が常に『死』を意識してきたからだろうか。
さまざまな死の形を見たい。
味わいたい。
感じたい。
そんな気持ちが心の内に充満している。
あふれ出し、暴れ出しそうなほどに満ちている。
以降、彼女は己のスキルを使って、次々と他者の死を招いた。
あるときはパーティを組んだ冒険者たちと魔獣退治のクエストに挑み、その魔獣を『修復』でサポートしながら仲間を全滅させた。
あるときは『修復』のスキルを逆回転させ、かすり傷を負った者に致命傷を与えた。
あるいは、軽い病気にかかったものを重病レベルにまで引き上げて殺した。
ジャックを暴走させたのも、多くの死を招いてくれると考えたからだ。
この間のエレクトラの死に際など最高だった。
思い出すだけでもゾクゾクとする。
自分が美しいと感じたり、気に入ったものが壊れる瞬間──。
そこに至上の興奮を覚えるのだ。
そして、彼女は新たな獲物に手を伸ばす。
ハルト・リーヴァという少年に。








