6 「もっと見せて」
エレクトラは絶望と逡巡の中にいた。
どうすればいい。
どうすれば、こいつから逃れられる──。
思考だけがぐるぐると回るが、打開策が見つからなかった。
セフィリアのスキルの前では、彼女の予知スキルは使えない。
精霊召喚も不可能だ。
あらゆる手段は封殺されてしまった。
「さすがに心折れちゃったかな? あたしが一番楽しいのはね、そういう顔を見ることなんだ」
「わたしは、ただ生きたいだけだ……平穏に暮らしたいだけなんだ……」
「だーめ。人が絶望する顔って、大好きなの。特におねーさんみたいに綺麗な人のはゾクゾクしちゃう」
ふうっ、と異様に艶っぽい笑みを浮かべるセフィリア。
「さあ、もっと見せて。あたしに。絶望を。苦悶を」
──わたしの運命は、ここで終わりなのか。
恐怖が、戦慄が、絶望が、心の中を漆黒に覆い尽くす。
──いや、まだだ。
エレクトラは込み上げる恐怖を押し殺し、ふたたび思考を巡らせた。
「わたしは、絶対に生き延びてみせる」
「往生際が悪いねー。でも無駄だってば」
「破滅の未来なんて……認めないっ」
笑うセフィリアを見据えるエレクトラ。
誰が相手でも。
たとえ神を敵に回しても。
必ず生き残ってやる。
「予知が使えないなら、わたしは──」
刹那、腕や足に小さな痛みが走った。
セフィリアが死角から放った攻撃呪文が傷をつけたのだろう。
これ自体は致命傷に程遠い。
だが、エレクトラは知っていた。
先ほど彼女のしもべである精霊たちを葬り去った攻撃を。
「よ、よせ、セフィリア! わたしは──」
「さあ、見せて。おねーさんの絶望を」
セフィリアが左手をかざす。
「お願い……やめて……た、助けて……」
そこに紋様が浮かび上がるのを見て、エレクトラは恐怖で顔を引きつらせた。
「葬送の超速再生」
虹色の光が、弾けた。
「これ……は……!?」
愕然と気づいた。
予知で見た、虹色の輝きでエレクトラを消し飛ばす能力者──。
それはハルトだと思っていた。
だが、間違いだったのかもしれない。
あるいは本来はハルトがその役目を負うはずが、未来が変わってしまったのか。
「嫌だ……わたしは……生き延び……」
「さよなら」
冷ややかな声とともに、エレクトラの全身を激痛が襲う。
これが……わたしの、終局なのか……!
無念と悔恨と絶望の中で、エレクトラの意識は闇に飲まれていった。
※
力が、あふれる──。
俺の防御スキルは日増しに強大化している感覚があった。
軽く集中すると、周囲に黄金の輝きが広がっていく。
第七の──神域の形態『封絶の世界』だ。
それはまたたく間に町全域を覆い、さらに広がり──。
「……すごいです。アドニス王国の端まで広がっていました」
飛行魔法で上空から確認していたアリスが、俺の側まで降り立った。
──スキルテストはさらに進んでいた。
炎や雷撃といった攻撃呪文だけじゃなく、毒や呪い関係の魔法もすべて自動的に封じてくれる。
他にも、アリスに百メティルほどの高さまで引き上げてもらい、そこから落下する──という実験もしてみた。
空から見下ろすと、アドニスの地形が変わっているのが確認できる。
南部にあった湖は蒸発してクレーターのようになっていた。
北部に連なる山脈は大きく削れ、東部の森林には紫色をした不気味なモヤがたゆたう。
いずれも聖天使と魔族たちとの激突の余波によるものだ。
「放しますね、ハルトさん」
「ああ、頼む」
アリスにうなずき、俺は落下した。
墜落死間違いなしの高さだが、恐怖はまったく感じない。
いちおう地上でリリスに待機してもらっていた。
万が一のときには魔法で救助してもらう手はずだったけど、まったく必要なかった。
地面のところで防御フィールドが広がり、なんの衝撃もなしに着地できたからだ。
他にも風魔法を利用して真空状態を作ってもらい、そこに入る──という実験もやってみた。
が、自動的に発現したスキルが、風魔法自体の発動を事前に止めてしまい、真空状態を作ることさえできない。
墜死や窒息死といった事象も防げそうだ。
しかも、俺の意志とは無関係に、自動的に。
これが──防御スキルの完成形なのか。
だけど、治癒呪文まで受け付けないのはなぜだろう。
スキルの性質に関係があるのか。
それとも無関係の、別の何かなのか……?
数日後、冒険者ギルドで一人の少女が俺を訪ねてきた。
「ハルトくん、久しぶりだねー」
「お前は──」
セフィリア・リゼ。
ランクCの冒険者であり、俺と同じスキル保持者でもある。
一体、なんの用だ……!?








