5 「苦労したんだよ?」
「未来が見える? へえ、そんなヘロヘロでも見えるんだ?」
「……!」
見透かしたようなセフィリアの笑みに、エレクトラは表情をこわばらせた。
──彼女の推察は当たっていた。
最近では遠未来予知を恒常的に使用しているため、精神力をかなり消耗していた。
それでも、大量の精神力を使う遠未来予知と違い、近未来予知を使う分には問題ない。
セフィリアを仕留めるには十分だった。
「運命の女神の鐘が鳴る」
スキルを発動して数秒先の未来を見通す。
相手の動きを読み取り、回避も防御も不可能な攻撃を放つために。
「全部お見通し? おっかないし、逃げよっと」
セフィリアは大きく後ずさった。
「──視えているよ」
それがフェイントであることをエレクトラは見抜いていた。
いや、知っていた。
「君がどう動くのか。どう避けるのか」
──二秒後、前方斜め三十度の地点に一斉射撃。
四体の精霊に思念を送る。
「なーんて、ね。攻撃は最大の防御~」
と、バックステップしたように見せかけて、セフィリアが小剣を抜いて突進してきた。
「それも視えている」
前方斜め三十度。
予知で得た映像と寸分たがわず、そこに移動したセフィリアを、精霊たちの攻撃が襲った。
「きゃあっ!?」
炎が、雷撃が、次々と彼女を直撃する。
「いったー……容赦なしだね、おねーさん」
全身がズタズタに裂け、僧侶のローブも焼け焦げて消失している。
セフィリアは血に濡れた裸身をさらしたまま、軽く顔をしかめた。
「超速再生」
つぶやきとともに傷がすべて消え、破れた衣服も元通りに再生する。
血の一滴すら残っていない。
「いくら『修復』できるって言っても、傷を受ければやっぱり痛いんだよねー」
「こいつ……!」
相手の行動も、こちらの攻撃も、すべては予知の通りだった。
その先の未来までは一気に視れなかったが──あれだけの傷を一瞬で直してしまうとは。
信じられないほどの再生スピードだ。
「あたしを殺したいなら即死させるしかないねー。一瞬でも時間があれば、あたしは全回復しちゃうし」
「運命の女神の鐘が──」
「おっと、予知なんてさせないよ~」
予知のために集中しようとしたところで、セフィリアがふたたび突っこんできた。
防御など考えない、捨て身の突進。
スキルを発動している時間はない──。
「ならば、これで!」
エレクトラは精霊たちに迎撃させた。
頭や心臓を狙った集中攻撃だ。
「無駄だよ~。聖なる加護」
白く輝く幕のようなものが、セフィリアの全身を覆った。
僧侶系の防御呪文である。
「無駄なのは君の方だ」
四体の精霊に思念を送り、攻撃を一点に集中させる。
ガラスが砕けるような甲高い音とともに、光の幕は粉々に砕け散った。
「予知などなくても、冒険者としての戦闘能力はこちらが圧倒的に上。力押しだけで──何っ!?」
しかし、砕かれた光幕は瞬時に再生してしまう。
「防御呪文のシールドもノータイムで『修復』できるんだよねー。おねーさんの攻撃は、あたしには通らないよ」
得意げに胸を張るセフィリア。
「くっ……」
「ほら、どうしたの? もっと攻めてきて。全部出し尽くして。それでもなお通じず、己の無力を思い知って」
セフィリアの口の端が吊り上がり、歪んだ笑みを形作った。
「そして──絶望する顔をあたしに見せて」
「図に乗るな」
エレクトラはセフィリアを見据えた。
「確かに君の防御能力は厄介だが、しょせんは守りだけだ」
かつて、ハルトと戦ったときのことを思いだす。
あのときは、時間を巻き戻す防御スキルの前に敗れたが、セフィリアの『修復』で似たような真似ができるとは思えない。
相手が防御しかできない以上、攻め続ければいずれは突破口を開ける。
なんといっても、こちらは相手の動きをすべて先読みできるのだから。
──とはいえ、ここは撤退しておくべきか。
先ほどの予知が気になる。
純粋な戦闘でセフィリアに負ける気はしないが、彼女も神の力を授かったスキル保持者である。
どんな奥の手を隠し持っているかは分からないのだ。
(まずは攻撃で圧倒する。それから隙を見て、この場を離脱するとしよう)
「聖なる散弾」
セフィリアが攻撃呪文を放った。
エネルギーの弾丸を十数発まとめて放つ僧侶系魔法だ。
「無駄なあがきを。君の攻撃能力などたかが知れている」
小さな光弾群が精霊たちを襲うものの、文字通りかすり傷だった。
「そうだね。あたしじゃ大した傷はつけられない」
セフィリアはにっこりとした笑みを深めた。
「でも、十分なの。かすり傷で、ね」
口の端が大きく歪むほどの、禍々しい笑み。
セフィリアは左手をまっすぐに突き出す。
開いた手のひらに、輝く紋様が浮かび上がった。
同時に、絶叫が響く。
「これは──!?」
精霊たちが苦悶の表情で体をくねらせた。
先ほどの攻撃で受けたかすり傷がどんどん広がり、魔力で構成された体が崩れていく。
「な、何が起きているんだ……!?」
「あたしのスキルは『修復』」
セフィリアがエレクトラを見つめた。
「これはその力を逆転させた現象。傷を治すエネルギーを逆方向に作用させた──つまり」
断末魔とともに、四体の精霊は消滅した。
「小さな傷はどこまでも広がり、やがて対象を破壊する。どう、けっこう苦労したんだよ? この技を身に着けるのって」
──そういえば、彼女と初めて会ったとき、周囲にミイラ化した死体があったことを思いだす。
(まさか、あれも……)
今セフィリアがしてみせたのと同じ術。
冒険者たちにかすり傷を負わせ、修復の逆回転をかけて、ミイラにした──。
確信はない。
あくまでも想像だが──ゾッとする。
「ちっ、精霊召喚!」
エレクトラは、ふたたび精霊を呼び出すために呪文を唱えた。
前方の空間に裂け目が──この世界と精霊のいる幻想世界をつなぐ亜空間通路が出現する。
その瞬間、
「もうやらせないよ~、超速再生!」
セフィリアが明るく叫んだ。
同時に、裂け目が完全に塞がってしまう。
「召喚できない……!?」
エレクトラがうめいた。
「召喚用の亜空間通路まで『修復』で──」
「そ、空間に開いた穴自体を直したの。精霊を呼び出せなければ、おねーさんに攻撃手段はないよね。次はどうする? また未来を読んで、あたしの弱点でも探してみる?」
「──運命の女神の鐘が鳴る」
「超速再生」
数秒先の未来を読もうとしたところで、その映像が消失した。
「っ……!?」
エレクトラは愕然と立ち尽くす。
「な、何をしたんだ……スキルが、使えない……!?」
「おねーさんの力って、時空間に干渉して未来の映像を見てるんでしょう? 言い換えれば時の流れをねじ曲げて、その先を視る──だから、あたしは」
セフィリアは楽しげだった。
まるでおもちゃを自慢する子どものように、楽しげで無邪気だった。
その笑顔が底知れぬ恐ろしさを感じさせた。
「ねじ曲がった時空間を『修復』した。頼りの予知も、あたしの前では使えない」








