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第19章 守護者VS修復者

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3 「新たな『裁定の時』が」

「お前はやりすぎた、バネッサ・ミレット」


 前方に光り輝くシルエットが出現する。


「あなたは──」


 バネッサは息を飲んだ、

 本能的に込み上げる畏怖が、身をすくませた。


 全身からドッと汗が噴き出す。

 胸の鼓動が激しく高鳴る。


 ゆっくりと光が薄れ、それは実体化した。

 額や腕、足、背中、腰──体のあちこちから翼が生えた、異形の美女。


「なぜ、ここに……!?」


 天翼の女神(ガ・ゼガリア・フィオ)

 彼女に『移送』のスキルを与えた女神だ。


「お前がやったことは世界のバランスを崩す行為。封印されている竜はともかくとして、高位の神や魔が同時にこの世界に現れれば、ともに消滅するのみ──」


 女神が静かに告げた。


 こちらの思惑が知られているのは分かっている。

 だが、なんの問題もない。


 それも想定通りだ。


(私に危害を加えれば、女神は消滅する。大丈夫、手出しはしてこないはずよ)


 自分自身に言い聞かせた。


 神は、人を害することができない。

 古代の文献やエレクトラの予知を合わせ、たどり着いた世界の真理である。


「変動し、混迷する世界の中で、力あるものが新たな覇を唱える──お前が目論むのはそれか」


 ゼガリアの瞳がスッと細まった。


「他者よりも上に立ちたい──お前の中にあるのは、ただそれだけだ。権力への浅ましい渇望。野心。支配欲」


「見透かしたようなことを」


 バネッサは口の端を歪めて笑う。


「それを知ったところで、あなたにはどうすることもできないでしょう、女神さま? まさか、あたしを力ずくで止めるつもりかしら?」


「私はお前に命令することはしない。強制もしない。禁止もしない。私が与えた力をどう使おうとお前の自由──最初に『移送』の力を与えたときに言ったことだ」


 ゼガリアはバネッサを見据えたまま、身じろぎ一つしない。

 超然としたその表情には、感情らしきものはいっさい浮かんでいない。


「だから、私はただ勧告するのみ。今すぐ我らを天界に戻せ」


 バネッサは一歩、後ずさった。


「あなた自身の力で天界に戻ればいいでしょう?」


「不可能だ」


 ゼガリアが首を左右に振る。


「この世界では、我ら神の力は大きく制限されている。天界に戻るほどのエネルギーを出すことができぬ」


 そう、彼女は知っている。


 古代の文献やエレクトラの予知、神と対話する力を持つセフィリアからの情報で。

 いったん神々をこの世界に呼び出してしまえば、神といえど自力で天界まで戻ることはできない、と。


 バネッサは集中を高めた。


 危害を加えてくるとは思えないが、念のためだ。

 何かを仕掛けてきたら、すぐにスキルで対応できるように──備える。


「神や天使──聖なる眷属は、魔の者へと引き寄せられる。自らの意志に関わりなく。私も間もなく、地上にいる魔の者の元へ飛ばされるだろう。そして──神と魔が出会えば、互いに消滅するのみ」


「それがあたしの望みよ」


 バネッサは笑みを深めた。


「神々や高位の魔が消えれば、世界のパワーバランスは大きく変わる。そうなれば、あの者も黙ってはいまい」


「あの者……?」


 バネッサが眉根を寄せた。


「今はまだ、あの者を刺激してはならない。すべてが滅ぶ。神も魔も竜も、そして人も」


「何を……言って……?」


 バネッサが調べた古代の文献にも、エレクトラから聞いた予知にも、『あの者』に該当するような存在は見当たらない。

 だが、神が口先だけのハッタリを言うとも思えない。


 ならば、『あの者』とは一体──?


「新たな『裁定の時』が訪れる……それに対抗する準備が整うまで……」


「裁定の……時?」


 先ほどから何を言っているのか。

 女神の話は意味不明だった。


「我ら神々は世界の頂点にあらず。我らもまた管理される者に過ぎない」


 ゼガリアの瞳が妖しい輝きを放った。

 目の前が陽炎のように揺らぐ。


(空間が変質している──?)


「世界を脅かすお前は、消えなければならない」


 女神の顔に初めて表情らしきものが浮かんだ。

 明確な、殺意が。


「ふざけないで、あたしは世界の王になるのよ」


 バネッサは大きく跳び下がった。


「こんなところで消えるわけにはいかない! 消えてたまるかっ!」


 感情をむき出しに、叫ぶ。


「哀れな妄執だ。他者より秀でたい。他者を従えたい。お前にあるのはそれだけなのだな」


「世界のすべてはあたしの前に跪く──たとえ神でも、あたしの野望を邪魔させは──」


 叫びかけたところで、ハッと気づく。


「っ……!?」


 声が、出ない。

 息が、苦しい。


「周囲の『空気』を移送し、真空に変えた」


 冷ややかな神の声に、バネッサは愕然とした。


「人間はこの場所では生きられない」


「っ……ぁ……っ……!」


 怒りの声も、口から出たとたんに消えてしまう。


 肺が引きつれるようだ。

 全身の血が沸騰しそうに熱い。


(まずい、空間転移でここから離れないと──)


 空気を『移送』したとはいえ、まさか世界中がこの状態ではあるまい。


 数十メティルか、数百メティルか。

 あるいはもっと先まで──この空間から逃れ、真空の範囲外まで転移すれば、どうということはない。


「っ……!」


 だが、集中しても『力』が湧いてこない。


(転移が……でき……な……)


 すでに神や聖天使の召喚でほぼすべての精神力(エネルギー)を使い果しているのだ。


「お前にはもう新たな『移送』を行う力は残っていない」


 女神が冷たく言い放った。


「時間を置けば、回復するだろう。だが──その時間は、お前にはもう訪れない。永遠に」


(こんな……馬鹿な……)


 バネッサとて、神からなんらかの攻撃を受けることを考えなかったわけではない。


 だが、人に手を出せば神といえども、ただではすまない。


 ゆえに、直接攻撃はないと踏んでいた。

 もっと婉曲的に手を打ってくるのだと。


 そして、そのための備えは幾重にもしていた。


 だがまさか──神ともあろう存在が、自らの身を顧みず、たった一人の人間を狙ってくるとは。


 自滅覚悟で仕掛けてくるとは。


 呆然とするバネッサの眼前で、ゼガリアの全身が明滅を始めた。

 明滅はどんどん激しくなり、その姿が薄れていく。


(これは!?)


「言ったはず。我らもまた──管理されていると」


 ゼガリアが淡々と告げる。

 その姿はすでに半透明になっていた。


「あの者の規律に背いた。ゆえに、私は消える」


 自らの消滅すら、まるで他人事のように超然とした態度。


(神をも消滅させる力……?)


 それは、一体──。

 疑問に思うものの、もはや声が出ない。


 バネッサの言葉は、真空の中で空しく溶け消えるのみ。


「人の子よ。お前は傲慢に過ぎた。お前は不遜に過ぎた。分相応というものを心得ていれば、望むだけの栄華を手にできただろうに」


 ガゼリアが息をついた。


 憐れむように、小さく息をついた。


「私が消えても、残る六柱の神がいる。その邪魔をさせぬために、お前には消えてもらう。永遠に──」


(嫌……あたしは、こんなところで……)


 意識が揺らぐ。

 薄れていく。


 自分の存在が消えていくのを感じた。


(あり得ない……こんなこと、あってはならない……)


 誰よりも上に立ちたい、と願った。

 誰よりも優れている自分でいたかった。


 その力を得たというのに。


 こんなにあっさりと。


 自分は何を間違えたのか。


 何かを、間違えたのか。


(あた……し……は……)


 最期に込み上げたのは、無念と悔恨。


 夫や家族のことなど、欠片も思い浮かばない。

 ただ自らの栄華への妄執だけを抱き──、


「他の神々よ……同志たちよ、後は託す……すべての世界の解放を」


 女神の声を遠く聞きながら、バネッサの意識は霧散した。


    ※


「計画は順調に推移している……か」


 バネッサから言われたことをつぶやきながら、エレクトラは屋敷の庭を歩いていた。


 何千何万回と予知してきた、自らが破滅する未来の光景。

 それがくつがえる日が近づいているのか。


 エレクトラとしては、計画がこのまま上手くいくことを願うばかりだった。


 生きたい。

 ただ、生き延びたい。


 運命操作──予知のスキルを授かって以来、毎日のように念じ続けてきた彼女の願いだ。


 と、その足が止まる。


「なっ……」


 絶句した。

 足元に倒れている影を、見つけて。


「お、おい、バネッサ……?」


 エレクトラは呆然とつぶやいた。


 バネッサは──苦悶の表情で倒れていた。

 艶めいた美貌は愕然と歪み、硬直している。


 ぴくりとも動かない。


「何があった……バネッサ……っ!」


 エレクトラはしゃがみこみ、震える手で彼女に触れた。


 呼吸も、脈も感じられない。

 こと切れていた。


「一体、これは……!?」


 エレクトラは弱々しく立ち上がり、呆然とつぶやいた。


「何が起きた……どうなっている……!?」


 信じられなかった。


 あまりにも突然に、あまりにも呆気なく訪れたバネッサの最期に……。

先日20000ポイントを超えたと思ったら、いつのまにか21000ポイントも超えていました。

感想やブックマーク、評価など本当にありがとうございます。いつも励みになっています。

引き続き頑張ります(´・ω・`)ノ

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