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第19章 守護者VS修復者

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2 「許されざる大罪だ」

「……駄目です。治癒魔法を受けつけません」


 アリスはさらにいくつかの治癒呪文を唱えてくれたけど、どれも結果は同じだった。

 黄金の輝きが自動的に発動して、全部跳ね返してしまう。


 俺自身の意志でその輝きを抑えようとしても駄目だった。


封絶の世界(エリュシオンゲート)』は原則的にオート発動だけど、俺の意志である程度は任意発動(アクティブ)に切り換えることができる。

 だから、スキルが勝手に発動しないようにすることもできるはずなんだけど──。


 この現象は、封絶の世界(エリュシオンゲート)とは別のものなんだろうか。

 確か、前の戦いでアリスがジャックさんに治癒魔法をかけたときも、似たような現象が起きてたっけ……。


「……ごめんなさい。治せないみたいです」


「ちょっと疲れてただけだよ。ありがとう」


 すまなさそうなアリスを、俺は慌ててフォローした。


「……本当に、疲れているだけですか?」


「えっ」


 アリスは心配そうに俺を見つめている。


「あなたの力は──単なる魔法などではないのでしょう?」


 どきりとした。


 神のスキルのことを見透かされているような気がして、俺は言葉を失う。


 実際、この間から不安はあった。

 俺が、俺じゃない何かに変わっていくような不安感が。


「言えない理由があるなら聞きません。でも、無茶だけはしないでください」


「アリス……」


「いつかあなたが……手の届かない遠い場所に行ってしまう気がします」


 アリスが震える手を伸ばした。

 そっと俺の両手を包みこむ。


 その温もりに触れていると、心まで暖かくなるようだ。


「大丈夫だよ。俺はどこにも行かない」


 彼女の心配を解きほぐすために、俺はにっこりと笑ってみせた。

 無理やりにでも笑ったことで、少しだけ気分が軽くなる。


 何よりもアリスの気遣いに癒されていた。


「みんなと一緒にいるから」


「……約束、してくださいますか?」


 アリスの瞳が潤んだ。


 ふと、軽い既視感を覚えた。

 そう、ルーディロウムで魔族との決戦前にリリスから言われた言葉と同じだ。


『約束、して』


 その後、俺たちは唇を重ねて──。


「……ん」


 唇に訪れた熱い感触でそんな回想から覚める。


 アリスの唇が、俺の唇に触れていた。


 遠慮がちな──アリスらしい、振れるか触れないかくらいの口づけだった。


「私、ハルトさんの力になりたいです。もっと……あなたの支えになれたら、って」


 アリスの瞳は真剣だった。


「リリスちゃんやルカちゃんやサロメさんほど積極的にはなれませんけど……でも、私だって」


 支えになれたら、か。

 さっきリリスにも同じことを言われたな。


「──ありがとう、アリス」


 俺はもう一度彼女に礼を言った。


    ※


 いくつかの不測の事態(イレギュラー)はあったものの、計画はおおむね順調に推移している──。


 バネッサは、まず限定的にルーディロウム周辺にのみ黒幻洞(サイレーガ)の同時召喚実験を行った。


 本来は不安定ですぐに崩れてしまう黒幻洞(サイレーガ)を維持するために、セフィリアの『修復』の力を併用。

 同時多発的に複数の黒幻洞(サイレーガ)を召喚することに成功した。


 そして、いよいよ計画は最終段階に入る。


 無数の黒幻洞(サイレーガ)を一度に召喚したことで、この世界の空間は極めて不安定になっている。

 一時的な現象でいずれは元に戻るだろう。


 好機は、今だけだ。


 バネッサはこの状態を利用し、より大規模の──より天界や魔界の中枢に近い場所への亜空間通路を広げた。


 それによって、神々と魔王を召喚し、互いにぶつけ合えば──。

 神と魔──超常の存在はいずれも消え失せる。


 そして人こそが世界を統べる存在となる──。


 これこそが、バネッサの計画の要である。


「まずは、神々を召喚したわ」


 バネッサは全身の力が抜けるような感覚とともに、その場に座りこんだ。


「大丈夫か? かなり力を使ったようだが」


 エレクトラが彼女を助け起こす。


「ジャックくんとの戦いで消耗しちゃったんだよね? あたしが治してあげるって言ってるのに」


「結構よ」


 すでに二人にはジャックとの戦いのことを説明していた。

 その際、セフィリアは彼女のすり減った精神力を『修復』すると申し出たのだが、断っていた。


 実際、『修復』すると言いながら、何をしでかすか分かったものではない。

 面白半分でジャックを暴走させたように、バネッサにも何かを仕掛けてくるかもしれないのだ。


 信用するわけにはいかなかった。


精神力(エネルギー)を十分に回復してから、『移送』のスキルを使ったのだけれど……それでもギリギリね。さすがに七柱の神々をすべて地上に召喚するのは」


 ふうっと息をつくバネッサ。


 実際、スキルを使う際に意識が消えかけた。

 下手をすれば、精神が破壊されて廃人になっていたところだ。


「次は、魔王の召喚か」


「……いえ、その必要はないわ」


 エレクトラの言葉に首を振るバネッサ。


「今、魔王の軍勢も人間の世界へ向かっている気配を感じたの。あとは──目論見通り、神と魔が潰しあってくれそうね」


「あ、そういうの、おとぎ話で見たよ。大昔に神様と魔王の軍が戦った、って」


 セフィリアがはしゃいだ。


「ええ、今回はその再現。高位の神や魔は人間の世界に降りることは制限されているの。もしもこの世界に降り立ち、近づけば──互いに消滅する」


「消滅……」


「世界は常に神に管理され、魔に狙われてきた。でもやっと、そこから解放されるのよ。その後には、人の支配する世界が訪れる──」


「その支配者が君というわけか」


 エレクトラがつぶやく。


「あなたたちにも相応の地位を与えるわ。随分と尽力してもらったし」


 バネッサは二人を見つめた。


 エレクトラは自分の保身のことしか考えていない。


(彼女は自らが破滅する運命を背負っているという……それを回避し、未来を変えるためにあたしに協力してくれた)


 だがセフィリアの目的は未だ不明瞭だ。

 楽しそうだから、などという漠然とした理由でバネッサに従ってくれている。


 その無邪気さの裏に、ある種の闇を感じずにはいられない。


 以前、ジャック・ジャーセを暴走させる罠を平然と仕込んでいたように。


 いずれ彼女は、自分たちをも陥れるのではないか──。

 そんな危機感が消えない。


(どこかで始末すべきか。だけど、彼女のスキルはまだ必要だし……)


 思案を巡らせたそのとき、ふいに目の前が暗くなった。


「っ……!?」


 周囲の景色が一変する。


 屋敷の中庭から、白一色の空間へと──。


「ここは……!?」


「お前はやりすぎた、バネッサ・ミレット」


 荘厳な声が響いた。


「人間ごときが神に仇なすとは。許されざる大罪だ」

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