1 「支えになれたら、って」
がるるるぉぉぉぉおおおおおおおおんっ!
魔獣の咆哮が響き渡る。
クラスSに位置する竜種が、タイラスシティの上空を旋回していた。
それを迎え撃つのは俺とリリス、アリスの三人。
竜の口から吐き出されたブレスが数百単位の氷弾と化し、町中に降り注ぐ。
直後、俺の体から黄金の輝きがあふれた。
一瞬にしてタイラスシティ全域を覆った金色のフィールド──『封絶の世界』がすべての氷弾を弾き散らす。
竜種は悔しげに吠え、地面に降り立った。
「──来るぞ」
俺はリリスとアリスに警告する。
……まあ、警告なんて必要ないかもしれないけど、いちおうってことで。
直後、竜種が動いた。
ブレスは効かないと悟っているのか、爪や牙、尾などの肉弾攻撃で攻めてくる。
常人では反応すらできない速度のコンビネーション。
だが、そのいずれもが俺やリリスたちには届かない。
俺の反応とは関係なく自動的に発動する防御スキルが、すべての攻撃を遮断したからだ。
苦しまぎれに放たれたブレスも、同じように黄金の輝きが弾き散らす。
竜種の攻撃は、完全に無力化されていた。
「烈皇雷撃破!」
リリスの雷撃が竜種を一撃で打ち倒す。
世界最強と称され、これを打ち倒した者には討竜士の称号が与えられる──竜。
その竜すらも、もはや俺たちの前では単なる雑魚モンスターと変わらない。
魔獣退治はあっさり終了し、俺たちはギルドに戻った。
ギルドへの報告を済ませた後、俺はリリスに防御スキルのテストに付き合ってもらった。
ジャックさんとの戦いを通じて会得した第七の──まさに神域ともいえる形態『封絶の世界』。
これは自分の意志で自在に発動できる。
──というよりも、何も意識していなくても勝手に発動するみたいだ。
極端な話、道端で転んだらその瞬間にオートで発現して俺を守ってくれる。
たとえ誰かに不意打ちで狙われたとしても、もはや俺を傷付けることはできないだろう。
剣でも、魔法でも。
あらゆる攻撃が俺には通らない。
「じゃあ、始めるか。毎日付き合わせて悪いな」
このスキルテストはすでに四日目だった。
「あたしで役に立てるなら、なんでも言ってね」
リリスは優しいなぁ。
「ありがとう」
俺はにっこりと礼を言って、テストを始めた。
基本的に、リリスが攻撃魔法を撃ち、それを俺が防ぐという形でデータを取っていく。
まず効果時間。
初めて俺がスキルを身に着けたとき、基本形態である護りの障壁の持続時間はおおよそ五分だった。
だけど、この封絶の世界は違う。
今までは効果時間が切れるときに、『もうすぐ切れる』という感覚が訪れた。
でも、封絶の世界にはそれがない。
もしかしたら俺が自分の意志で解除しないかぎり、永続的に続くのかもしれない。
少なくとも数時間で切れることはなかったし、疲労感もまったくなかった。
次に効果範囲。
普通に展開すると、だいたい町一つ分くらいを黄金の結界で覆うことができる。
しかも俺の意志によって、この範囲は広がる。
昨日、アリスに上空まで魔法で飛んで見てもらったところ、三つ隣の町まで届いていたそうだ。
たぶん、その気になればもっと先まで届くだろう。
最大範囲がどれくらいなのか。
そのテストは少しずつ進めていくつもりだった。
発動も、効果拡大も、俺自身に疲労感はない。
むしろスキルを使えば使うほど、不思議な高揚感が湧き上がってくる。
力がさらに磨かれ、強大化していくような感覚は甘く、心地よかった。
だけど、心の片隅に違和感みたいなものが澱んでいた。
何かが、おかしい。
俺は強くなっているのか?
それとも──?
『そこへ踏み出せば、あなたはあなたでいられなくなるかもしれません。覚悟は、ありますか?』
『封絶の世界』を身に着けた際、女神さまから言われたことが脳裏をよぎる。
……俺は、俺じゃない何かに変わろうとしているのか?
「ハルト、何か悩みでもあるの?」
それを見透かしたように、リリスがたずねる。
「俺は──」
言いかけて、言葉が止まる。
言葉にできない漠然とした不安感を、俺は結局口にできなかった。
「……なんでもないよ」
リリスはしばらく無言で俺を見つめていた。
「側にいるからね」
「えっ?」
「あたしはずっとあなたの側にいる。ずっと思ってきたし、これからもずっと思ってる──あなたの支えになれたら、って」
どこか切なげな微笑を浮かべるリリスに、俺は微笑を返した。
「もう、なってるよ」
ありがとう、と礼を言って、俺はその日のスキル訓練を終えた。
数時間に及ぶテストを終えた俺は、リリスやルカに別れを告げてギルド支部までやって来た。
魔族が頻出する現象は小康状態みたいだけど、いつどうなるかは分からない。
いざというときの備えに情報を仕入れておきたかった。
受付に続く廊下を進むと、前方から銀色の髪をした女の子が歩いてきた。
「お疲れさまです、ハルトさん」
にっこりとほほ笑むアリス。
「今日も防御魔法の訓練ですか?」
「ああ、リリスやルカに手伝ってもらったんだ」
スキル保持者以外の人間に神の力を口外することはできない。
しようとすれば激痛が走るのだ。
だから防御スキルのことは、みんなには防御魔法ということにしている。
──どくんっ!
ふいに胸が熱く脈動した。
まただ。
力があふれ出す感覚。
意識が高揚し、テンションが際限なく上がっていくような感じ。
気持ちの高ぶりに合わせて心臓が激しく鼓動を打つ。
「ううっ……」
胸が痛いくらいで、ちょっと顔をしかめてしまった。
「どうかしましたか、ハルトさん」
アリスが心配そうな顔をした。
「いや、ちょっと胸が苦しいっていうか、その──」
どう説明すればいいんだろう?
体調が悪いってわけじゃない。
むしろ、好調なくらいだけれど──。
でも、俺がそれ以上言うより早く、
「今、治癒魔法をかけます。癒しの大地」
アリスが手をかざした。
あふれた青い輝きは、だけど俺の体に触れたとたん、
がいんっ!
生じた黄金の輝きと金属音によって弾かれてしまう。
これは──!?
俺の防御スキルが勝手に発動した……?








