9 「人が新たな道へ進むための」
天界──。
一つの星雲に匹敵するほど広大な空間の中心部に、光がまたたく。
数は全部で七つ。
等間隔に並んだ七本の光柱が明滅を繰り返す。
神々が討議しているのだ。
「聖天使が地上に降り立った」
光柱の一つから最高神ガレーザの声が響いた。
「私が『移送』のスキルを与えた女の仕業だな」
別の光柱──天翼の女神、ガ・ゼガリア・フィオが忌々しげにうなった。
「人間でありながら神をも畏れぬ所業……おのれ」
「地上には今、魔の者たちが大挙して押し寄せていると聞くが?」
大地と風を司る神、アーダ・エルがたずねる。
「聖天使たちはどうなったのだ。もしも、魔の者たちと出会えば、彼らは──」
「無論、出会った瞬間に消滅した。天使も魔族も」
ガレーザが小さく息をついた。
彼らにとって忠実なしもべであり、天界の尖兵でもある聖天使たち。
それをことごとく失ってしまったのだ。
「その女の目的は?」
「何やら色々と策動しているようだが……」
「スキル保持者同士の争いもその一環か。『強化』のスキルを持つ者は暴走の果てに、『防御』と『移送』によって戦闘不能に陥ったようだな」
神々がざわめく。
「我らの『ゲーム』は『天翼の女神』殿が一歩リード、かな?」
「いや、もはや『ゲーム』などという体裁を取っている場合ではないだろう」
楽しげに笑う戦神ヴィム・フォルスをガレーザがたしなめた。
「たとえ、あの者に感づかれ、あるいは咎められることになったとしても──これ以上の放置はできぬ」
七柱の神々はランダムに選んだ七人の死者を蘇生し、それぞれの力を分け与えた。
後は一切干渉せず、スキルを与えた人間たちの動向を見守ってきた。
彼らが何を為すのか。
自らの欲望のために力を使うのか。
あるいは他者や世界のために懸けるのか。
そして──最終的に誰がもっとも世界に貢献するのか。
それを賭ける、他愛もない神々の遊戯だ。
(ただし、表向きは)
護りの女神イルファリアは内心でつぶやいた。
真の目的は別にある。
遊戯を装わねば、『あの者』が黙っていない。
最悪の場合、神々とて消滅させられるだろう。
表向きはゲームに見せつつ、あの者に対抗できるだけの戦型に持っていく。
たとえ、どれだけの犠牲を払うことになっても。
だが、よもやゲームの駒に過ぎないと思っていた人間が──スキル保持者の一人が、神をも畏れぬ所業をしでかすとは。
計算外というよりは、想像外だった。
「ですが、我らは直接人間に手を下すことはできません」
淡々とした口調で告げたのは、運命の女神ルーヴ。
「それが『あの者』が定めしこと。抗えぬ制約。背けば、我れとて消滅は免れない」
と、そのとき光の柱の明滅が激しさを増した。
その内部にいる神々の体に、まばゆい光がまとわりつく。
「これは──!?」
驚きの声が上がった。
同時に、光の柱が一つ消える。
「聖天使のみならず、我らまで──」
さらに一つ、光の柱が消え去った。
そしてもう一つ、また一つ。
次々と光柱が消えていく。
(……移送のスキルね)
神々が地上に呼び寄せられているのだ。
人が、天使だけでなく神をも召喚するとは──。
「人間め、天に唾するような真似を……」
うめいたガレーザは、しかし、すぐに微笑みを浮かべたようだ。
「だが、それでよい……すべては最後の引き金を引くための──」
つぶやきとともに、至高神のいる光の柱も消え失せる。
気が付けば、イルファリア以外の神々はすべてその場から去っていた。
「至高の神であるあなたにもこの流れは予測できなかったのですか、ガレーザ」
イルファリアは、静かにつぶやく。
「──いえ、きっとあなたはすべてを見越した上で決断されたのでしょうね」
最後のつぶやきが、それを示している。
ふう、と息をついた。
「我ら神が人を見守る時代は……終わりを迎えるのでしょう」
イルファリアは七柱の神々の誰よりも『人間』を評価していた。
彼女が力を与えた少年──ハルト・リーヴァの動向をずっと見守ってきたから。
人は成長し、変わっていく存在。
悠久に変わらぬ神々や魔とは違う。
その変化が、成長が、神のスキルを覚醒させ、あるいは自分たちを脅かすこともあるだろう。
イルファリアは予感していた。
いずれ彼らが神である自分たちを──滅ぼすことになるのかもしれない、と。
「そして、それこそが」
口元に自然と微笑みが浮かんだ。
「人が新たな道へ進むための……」
つぶやきとともに、イルファリアは他の六神と同じく──天界から消えた。
※
魔界──。
魔王城の深奥で、魔王と魔将の少女が討議していた。
「神々の気配が地上へ向かったか」
魔王がうなる。
「何かの策動……? いや、違うな。これは神の力を持つ人間の仕業だ」
「人間の……」
六魔将の一人にして、魔王の娘でもある少女──イオがつぶやく。
つぶらな瞳がわずかに見開かれているのは、よほど驚いたのだろう。
(確かに、人間がそれほどの力を持つなどあり得ぬこと)
内心でつぶやく魔王。
だが、神のスキルを与えられた人間ならば──そのスキルを極限まで磨き、神に限りなく近い力の領域にまでたどり着けば。
決して、不可能なことではない。
それが限りなく奇蹟に近い可能性だとしても……。
「我らはいかに動けば?」
「地上へ向かう」
たずねるイオに、魔王は重々しく告げた。
「奴らに出会えば、ともに消滅するのみ。だが、これは好機でもある」
その口元に笑みが浮かんだ。
「大規模な『移送』の影響で、空間が不安定に変動し──人間の世界と天界や魔界のつながりが強まった。今なら、以前よりも多くの魔族を地上へ送りこむことができよう」
「すべては『移送』の力を持つ女のおかげ、ですか」
「人間が神を地上へ召喚するとは、畏れを知らないにもほどがあるな、くく。神にとっては誤算かもしれんが、我らにとっては僥倖だ」
魔王は喉を鳴らして笑った。
大胆な行動には驚かされたが、想定内でもあった。
「あの女が短期間に何度も生み出した『黒幻洞』によって、すでに天界や魔界、人間界の間の空間は不安定に揺らいでいた。そこへ天使や神々の召喚を行い、今や三つの世界はつながりつつある……」
半ばイオへの説明、半ば自身に言い聞かせるように、魔王が言った。
血が湧き立つ。
これほどの興奮を覚えるのは、いつ以来だろうか。
「傲慢なる人間ども……汝らには汝らの思惑があろうが、我らには好都合」
「では、いよいよ我ら魔の者がすべてを統べるときが──」
イオの顔が紅潮する。
魔族にとっての、永き悲願。
かつての神魔大戦で敗れてから、ずっと望んできた好機。
「魔の者が、すべての世界の盟主となる──その好機が、まさか人間の手によってもたらされるとは、な」
魔王は感慨に耽り、玉座から立ち上がった。
「本隊の準備をさせよ。我らも地上へ進軍だ」
次回から第19章「守護者VS修復者」になります。
3月5日(月)から更新再開予定です。
更新後は2日おきの投稿ペース(投稿→2日休み→投稿)で、章の終わりまで更新していくと思います。








