8 「世界の形が」
ジネットさんからギルドや町の状況を聞いた俺たちは支部を後にした。
とりあえず、有事に備えて待機──のつもりだったんだけど、
「冒険者ギルドより警報が発令されました。市民のみなさんは落ち着いて避難してください。繰り返します、冒険者ギルドより──」
大通りに出て数分も経たないうちに、ギルド支部の方から声が響く。
ジネットさんの声だ。
風魔法で調整した音声を使い、町中に警告を発しているらしい。
警報を告げるけたたましい鐘の音も鳴っていた。
「──またか」
俺はため息をついた。
ここに戻って来る途中にも、何度か遭遇した現象──『アレ』が来るんだろう。
正直、ちょっとうんざりする。
ほどなくして、小さな震動が辺りを襲った。
上空に小さな黒点が浮かび上がる。
黒幻洞──魔界との異空間通路から魔族が一体降りてきた。
ちょうど俺たちの前方に。
「任せて」
言うなり、ルカが飛び出した。
抜き放った長剣、戦神竜覇剣を一閃。
魔族は一瞬で両断され、倒れた。
さすがの手並だった。
「魔の者たちの出現も増えたね……」
リリスが憂い顔でつぶやく。
ギルドの調査によると、天使の降臨以来、空間が不安定になっているそうだ。
以前なら月に数度しか現れなかった黒幻洞が世界中で頻出するようになったのも、そのせいだとか。
ギルド長であるテオドラさんの指揮のもと、冒険者が総動員され、被害は最小限で済んでいる状態だった。
俺がリリスたちを一緒に町に戻ってきたのも、いつ現れるか分からない魔の者の迎撃に備えてのことだ。
「当分は……ここに留まったほうがいいかもしれないな」
俺はため息交じりに空を見上げた。
淡い金色の波紋がどこまでも広がっている。
以前とは、変わってしまった光景──。
いや、空だけじゃない。
各地で頻発する魔族の出現。
地形が変わり、そこに住む動植物が魔物じみた姿になった場所もあるという。
「世界の形が──」
あの日から、変わってしまったんだ。
その日の夜、俺はリリスたちを家に招いた。
両親が彼女たちにぜひ会いたいと言い出したのだ。
「ひさしぶりだね。と、初めての子もいるか。まあ、ゆっくりしていきなさい」
「ふふ、ハルトったら、また可愛い娘を何人も連れてきちゃって」
ニコニコ顔の父さんと母さん。
以前に町を襲った魔族Dイーターとの戦いで、リリス、アリス、サロメの三人とは面識があるけど、ルカがこの家に来るのは初めてだ。
「は、はじめまして……ルカ・アバスタ、です」
妙に緊張している様子だった。
いつもクールな彼女が珍しい。
「どうした、ルカ?」
「初めての……ハルトの両親へのご挨拶、だから」
俺の問いに、なぜかモジモジしているルカ。
「ふーん、乙女だね」
サロメがニヤニヤしている。
「可愛いところあるじゃない」
「別に、意識してるわけじゃ……ない」
ますますモジモジするルカ。
「思いっきり意識してるじゃない、むむむ」
リリスはどこか拗ねたような……あるいは何かに対抗しているような雰囲気だ。
何に対抗しているのか、よく分からないけど。
「ご両親への挨拶は大事……」
ルカは自分自身に言い聞かせるようにつぶやいた。
「後々のこともあるから……」
「後々? 将来を見据えてということですよね~? やっぱりルカちゃんはハルトさんのことをっ」
アリスが興味津々といった様子で身を乗り出す。
「ち、違う、今のは、な、なし……」
たちまちルカは頬を赤らめた。
「ルカちゃん、可愛いです」
「違う……違う違う……私は、そういうつもりは……将来とか、お嫁さんとか、そういうのじゃなくて……うう」
「ふふふ」
耳まで真っ赤になっているルカと、それを微笑ましげに見つめるアリス。
「なんだなんだ、ハーレムか?」
「おやおや、まあまあ……ハルトったら、隅に置けないわねぇ」
父さんと母さんはニヤニヤ顔でそんな俺たちを見ていた。
なんとも──面はゆい。
でも、同時に心が安らいでいくのを感じた。
戦いの連続で気が張り詰めていたからな。
こんな平和な時間がずっと続いたらいいのに。
そう願わずにはいられない。
そして同時に──。
この平和はもうすぐ終わってしまうんだろうな、って予感が消えなかった。
楽しいひと時が終わり、リリスたちは宿に帰っていった。
「ふうっ……」
俺は部屋で就寝し──真夜中に目が覚めた。
少し寝苦しい。
「神の力……か」
上体を起こした俺は、数日前の戦いのことを思い出した。
ジャックさんとの戦い。
現れた魔の者や復活した六魔将。
そして覚醒した俺の力──。
視界が、ふいにかすんだ。
「えっ……!?」
心臓の鼓動が異様に速まる。
血が沸騰しそうなほど熱くたぎっている。
四肢に電流が走ったような痺れが起きる。
痛みや苦しみじゃない。
むしろ逆だった。
尋常じゃないほどの活力が湧き出していた。
「くっ……うう……っ……!」
全身から力が噴き出すような感覚だった。
甘美なまでの高揚感が訪れる。
力だ。
すさまじい力が体中を駆け巡っている。
俺の体から金色の光があふれている。
「はあ、はあ、はあ……っ」
まるで自分が万能の神にでもなったような陶酔感。
あまりにも心地よすぎて、息が激しく乱れてしまった。
ゆっくりと深呼吸をして、落ち着きを取り戻す。
しばらくして、力があふれてくる感覚は元に戻った。
──この感覚はなんなんだろう?
ふと、右手に視線を向ける。
「……!?」
手の向こうに床が見えた。
肌が──肉体が、うっすらと透けている。
……ただ、その現象はすぐに収まり、半透明に近かった俺の手は元通りになる。
何かが、おかしい。
俺の体に異変が起きているのか……!?
それとも──。








