7 「消滅するのみ」
「この付近の魔の者は全員片づけたみたいだな」
俺は周囲を見回した。
「次のところに向かうか──」
言ったところで、リリスたちが荒い息をついているのに気づく。
全員、魔将との戦いでかなり消耗しているみたいだ。
「やっぱり、少し休もう。このまま行くのは危険だ」
「だ、大丈夫よ。他の場所でもみんなが苦戦してるかもしれないし……」
気丈に言ったのは、リリスだ。
「それに、もしかしたら残り二人の魔将も攻めてきているかもしれません」
「私たちも、加勢に」
「休んでられないよね」
アリス、ルカ、サロメが告げる。
とはいえ、全員、疲労の色が濃い。
万全なのは俺だけだった。
スキルは基本的に精神力をエネルギーの源としている。
だから、連発すると疲労感を覚えたりするんだけど、今はそういう感じもない。
体力は十分だし、まだまだスキルを使えそうだ。
いっそ俺一人だけでも、他の現場に向かうか。
俺自身に攻撃力はほとんどない。
でも、現場にいるランクSやAの冒険者と連携すれば──。
思案していたそのときだった。
「見て、空が……!」
リリスが驚いた様子で空を指差す。
俺や他のみんなも空を見上げた。
「っ……!?」
驚きに息を飲む。
上空の一点に金色の光が灯った。
その光は、まるで水面に移る波紋のように空一面に広がっていく。
空が、黄金の輝きに染まっていく──。
幻想的な光景に、俺たちは誰ひとり言葉を発することもできない。
次の瞬間、激しい震動が辺りを襲った。
地震──!?
一瞬そう思ったけど、違う。
まるで空間そのものが震えているような感じだ。
光が、ひときわ強まった。
空全体が太陽になったような、鮮烈な輝き。
俺はまぶしさに目を細めた。
「あれは──?」
金色の空から、何かが湧き出す。
人に似たシルエットだった。
数は全部で三十……いや、四十近くか?
「天使……?」
俺は呆然とつぶやいた。
遠目だからサイズは正確に分からないけど、たぶん全長三メティルくらいだろう。
光り輝く純白の人型である。
頭上に浮かぶ光輪や、背から伸びる輝く翼が、圧倒的な神性を感じさせた。
「神のしもべ、聖天使……!」
「おとぎ話でしか、見たことがないです……!」
リリスとアリスがうめく。
その天使たちは光の流星と化して、四方に落ちていった。
ほどなくして、落下点からいくつもの光の柱が立ち上る。
腹の底に響くような爆音が連続して轟いた。
激しい戦闘を思わせる、音。
「もしかして、魔の者と戦ってる……」
俺はハッと気づいた。
「その通りです」
すぐ近くで声が聞こえた。
いつの間にか、俺たちの前方に輝くシルエットが一体、降り立っていた。
仮面のような造形の顔。
甲冑を思わせる硬質な皮膚。
背から伸びた光の翼と、頭頂に輝く光輪。
その全身から漂う厳かなオーラに、自然と畏怖の感情が湧き上がった。
直感で分かる。
俺たちの目の前にいるのは、神聖な存在だと──。
「我ら天使は、魔の者に引き寄せられる。己の意志とはかかわりなく……それが我ら聖なる眷属に課せられた制約。そして──天使と魔の者がぶつかり合えば、互いに消滅するのみ」
「消滅……?」
「備えてください。間もなく戦いの衝撃がすさまじい破壊現象となって、世界を揺るがすでしょう」
天使が語った。
「護りの女神の力を持つ者よ。あなたは、あなたが護るべきものを護りなさい」
俺を、知っているのか……?
「人の世界に、幸あらんことを」
告げて、天使は飛び去っていった。
その行く先で、また光の柱が立ち上る。
爆音が鳴り、大気が震える。
──備えてください。
さっき天使が言っていたことを思い返した。
──直後、すさまじい爆風が押し寄せた。
大地に何十何百という亀裂が走り、削れていく。
地の底から爆裂するように大量の土砂が噴き上がり、無数のクレーターが穿たれる。
衝撃波が烈風となり、吹き荒れる。
それは、一体どれほどの破壊力だったんだろうか。
周囲には黄金の空間──『封絶の世界』が自動的に発現したため、俺もリリスたちも全員無事だ。
だけど他の人たちは──。
※
神の眷属と魔の眷属──相反する属性を持つ二つがぶつかり合えば、互いに消滅は免れない。
天使が降臨した先は、魔の者の軍勢が襲っている場所だった。
光り輝く天使と、漆黒の瘴気をまとった魔族や魔獣たち。
それらが出会った瞬間、双方は一瞬にして消え失せた。
同時に発生した莫大なエネルギーは、破壊衝撃波となって世界中に荒れ狂った。
光の柱が何本も立ち上り、天空をまぶしく照らし出す。
地上を駆け抜けた熱波が、爆風が、人や建物を薙ぎ払う。
さながら、世界規模の天変地異。
まるで世界の終わりを示すかのような。
終わりの──始まりを示すかのような。
※
一週間後、俺たちはアドニス王国に戻ってきた。
魔の者たちの二度にわたる大侵攻──それを迎撃するための大規模クエストを終えて。
ギルド本部のレーダーによれば、どうやら魔の者たちの第三波侵攻はなさそうだということだ。
──というわけで、全員にいったん解散指示が出て、俺は故郷であるタイラスシティに戻ったのだった。
リリスやアリス、ルカ、サロメも一緒である。
町は、あまり変わりない様子だった。
人通りもいつもと同じくらい多いし、変化といえば、いくつか壊れた建物を見かけた程度だ。
「よかった。みなさん、無事だったんですね」
ギルド支部に行くと、受付嬢のジネットさんが駆けつけてきた。
黒髪をシニョンにした生真面目そうな顔立ちには、疲れの色が濃い。
「町は大丈夫なんですか?」
「ええ、この辺りは比較的被害が軽いので。ですが、場所によっては都市一つがなくなったり、地形そのものが変わってしまったり……かなりの被害が出ているようです」
ジネットさんがため息をつく。
「ラフィール伯爵が復興に向けて陣頭指揮を執っています。避難活動や建物の修理、救援物資など着々と進んでいるようですね」
と、状況をかいつまんで説明してくれた。
ラフィール伯爵──リリスとアリスのお父さんか。
「大変なことになってしまいましたけど、私もやれることをやろうと思います」
「そうですね。俺たちも」
ジネットさんの言葉にうなずく俺。
天使と魔の者たちが衝突し、吹き荒れた破壊現象──。
それは世界中を襲い、同時に一つの『変化』をもたらしていた。








