6 「あなた程度の力で」
「サロメも休んでいて。後はあたしたちが」
「がんばります」
進み出たのはリリスとアリスだ。
彼女たちの頭上には千本の黒い杖──メリエルから受け継いだ魔力の精髄が浮かんでいる。
「ありがと。じゃあ、ボクも休憩させてもらうね」
普段の口調に戻ったサロメがルカの側に並ぶ。
ふうっと大きく息を吐き出した彼女は、思った以上に消耗しているみたいだった。
俺のサポートを受けてとはいえ、魔将を相手に戦ったんだ。
さすがに体力も精神力もかなり削られたんだろう。
残る魔将は一人。
俺とリリスたちの連携で倒してみせる──。
「今度こそあなたたちを殺せますねぇ、ふひひひ」
ザレアがリリスとアリスを見て、口元を歪めるような笑みを浮かべた。
「前の戦いの屈辱、忘れてませんよ……!」
秀麗な顔立ちは怒りのためか紅潮し、その瞳は爛々とした光をたたえている。
以前に戦ったとき、こいつはメリエルの魔力を受け継いだリリスとアリスによって打ち倒されているのだ。
「メリエルを傷付けたあなたを、あたしたちは許さない」
リリスが凛と言い放った。
「ふん、あいかわらずメリエルさんとお友だちごっこですか。反吐が出ますねぇ」
地面に唾を吐き捨てるザレア。
「その杖の中でメリエルさんが休眠しているんでしょう? 気配で分かりますよ。あなたたちの目の前で粉々に叩き折ってあげますねぇ、ふひひ」
「あなた程度の力で? 後ろのお仲間に頼ったほうがいいと思いますよ」
アリスの口調はゾッとするほど酷薄だった。
「メリエルさんは絶対に傷つけさせません」
俺たちに接するときとは、まったく違う。
本気で怒っているときの口調──。
「人間ごときを相手に、加勢が必要だとでも? 笑わせないでくださいよぉ!」
叫んだザレアの周囲から無数の鎌が現れた。
「あなたたちは手を出さないでくださいね。彼女たちは僕が殺します。千の──いや、万の、億の肉片に刻んでやりますよぉ」
うっとりと告げるザレア。
秀麗な顔は殺戮の喜びに酔いしれているようだ。
「僕は知覚できるものすべてを切り裂き、殺す能力を持っています。しかも『冥天門』によってパワーアップしたおかげで、切れ味も鎌の数も倍増。今度はあなたたちといえども防ぎきれませんよぉ!」
無数の鎌が不規則な軌道を描き、上から下から前から後ろから右から左から──まさしく全方位からリリスとアリスに襲いかかる。
「この数! この速度! 人間の反射神経では対応できませんよ、ふひひ……えっ!?」
がいんっ!
そんなザレアの哄笑をあざ笑うかのように響く金属音。
オート発動した俺の防御スキルが、すべての鎌を跳ね返したのだ。
「どれだけの数だろうと、反応できない攻撃だろうと関係ない」
俺は静かにザレアを見据えた。
奴の攻撃は俺がすべて封じる。
「ちっ、だったら──」
今度はさっきの倍の数の鎌が現れた。
「どこまでも増やし続けるだけです! いくらあなたが神の力を操ろうと、しょせんその器は人間。どこかに発動限界があるはず。その隙ができるまで攻撃を続ければ──」
がつんっ!
ふたたび響く金属音とともに、鎌が吹き飛ぶ。
だけど──今のは俺の防御スキルの音じゃない。
「アリス……?」
そう、彼女の展開した防御魔法が、俺のスキルにさきがけて鎌の群れを弾いたのだ。
「大丈夫、私たちの力で片付けます!」
「ハルトだけに頼らない。それに、こいつはあたしたちが倒さないと気が済まない!」
叫ぶアリスとリリス。
二人の頭上に浮かぶ千本の杖がいっせいに明滅した。
同時にリリスたちの服が形を変える。
黒いワンピース水着を思わせる衣装へと。
艶めかしく露出した肩や太ももはまぶしいほどに白い。
二人の手には、赤い宝玉を先端部にはめこんだ長大な黒い杖が握られている。
──魔将の杖、千の魔導収束形態。
千本の杖を凝縮し、最大最強の魔力を扱うための、リリスとアリスの全開戦闘形態だ。
「服装が変わったくらいで、強化された僕に勝てると思ってるんですかぁっ!」
ザレアが無数の鎌を召喚する。
ワンパターンな攻撃ではあるけど、延々と繰り返されれば、リリスたちだってそれを防ぐのに魔力を消耗していくだろう。
ただ防ぐだけじゃなく、奴の攻撃をかいくぐり、反撃を食らわせなければ勝機はない。
「人魔融合魔法起動!」
リリスとアリスの声が唱和する。
「同調、増幅」
リリスの杖からあふれた光が、アリスの杖をひときわ輝かせた。
「戒め封じよ、魔と女神の盾──虹色闇爆守護殻!」
そしてアリスの魔法が発動する。
魔族と絆を結んだ彼女たちだけが使える、人と魔族の融合魔法が。
ザレアの足元から虹色の光柱が立ち上った。
「こ、これは……動けない……!?」
「終わりね、焦熱破!」
リリスの放った熱線がザレアを薙ぎ払う。
「ぐあぁ……ぁぁぁっ……!」
苦鳴を上げて、大きく後退する魔将の少年。
「この僕をここまで……ええい、お前たちも加勢しろ!」
ザレアは背後の魔族たちに叫んだ。
どうやら、魔将としてのプライドにこだわり、自力で彼女たちを倒すのは諦めたらしい。
おおおおおおおおおおおおおおおんっ!
雄たけびを上げて、数十の魔族がいっせいに襲いかかってきた。
「さあ、今度こそあなたたちを殺します!」
空間を飛び越えて、無数の鎌がリリスとアリスに迫る──と思いきや、
「これは──!?」
俺の眼前に何本もの鎌が出現する。
完全な不意打ちだ。
「護りの女神の防御は厄介ですからね。先にあなたから消えてもらいますよぉ!」
リリスやアリスを手ごわしと見て、ターゲットを俺に変えたか。
「だけど、無駄だ」
すべての鎌が黄金の輝きに弾かれた。
自動防御がある限り、どれだけ不意を突こうと、どんな死角から来ようと通用しない。
いや、むしろこれを利用すれば──。
「ちいっ、だけど攻撃を続ければ、いずれは!」
ふたたびザレアが鎌を飛ばす。
逆上して理性を失っているのか、単調な攻撃だ。
俺にとっては好都合で。
奴らにとっては致命的な攻撃。
融合発動──再設定開始。
第三形態を術者と仲間全員の周囲に設定。
分散数最大で展開。
射角を全方位にて一斉反射。
対象が迎撃行動に移る瞬間に自動照準、第四形態を発動。
殲滅を終えるまで以上の行程を反復。
再設定完了──。
「ぐあっ!?」
「がはぁ!?」
魔族たちが次々と血しぶきを上げて倒れた。
ザレアの鎌に切り裂かれて。
「こ、これは……!?」
戸惑いの声をもらすザレア。
俺は奴の鎌を反響万華鏡で乱反射し、さらに魔族たちの攻撃力を虚空への封印でゼロにして反撃を封じたのだ。
結果、魔族たちは味方であるはずの魔将の鎌によって次々と斬り殺された。
「お前自身が言っていたことだ。自分が知覚できるものはなんでも斬れる、って」
その対象は魔族自身も例外じゃなかったわけだ。
「き、貴様ぁ……!」
「貫き穿て、雷魔の槍──烈皇魔槍雷撃斬!」
怒りで顔を紅潮させたザレアをリリスの雷撃が貫き、消滅させた──。








