3 「戦士としての生を」
「ハルト、私とガイラスヴリムの周辺だけ防御魔法を解くことはできる?」
ルカが俺にたずねた。
「やったことはないけど、可能だと思う」
基本的にこの黄金の空間──『封絶の世界』は自動的に発現する。
ただ、さっきのジャックさんとの戦いで、俺はオート発動に自分の意志を上乗せし、再設定する方法を会得した。
今回も同じ要領で、ルカたちの周囲だけ防御スキルの範囲から外すことはできそうだ。
「でも、それだとルカは無防備になるぞ」
「いいのよ。私は、今の私の力を試してみたいから」
こともなげに告げたルカの口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。
本来ならもっと楽に戦える状況なのに、あえてそれを捨てる──。
でも、それが彼女の本質なんだろう。
戦いに生き、充実感と生きる理由を見出す彼女の。
──本音を言えば、そんな戦い方は心配だ。
ただ、彼女の顔を見ていると、反対する言葉を口に出せなかった。
口に出したくても、出せなかった。
「……分かった。気を付けて」
本当に危なくなったらルカをサポートしよう、と心に決めつつ、俺は答える。
「ありがとう」
ルカは背を向けた。
「心配しないで。あいつに勝って、私は証明してみせる。あのときより強くなったことを。ずっと磨き続けてきた力を──この一戦で見極める」
彼女の決意の強さと、厳しさが伝わってくる。
今、俺に必要なのは彼女を案じることじゃない。
「ルカなら勝てる。俺は信じる」
そして──ルカは魔将の騎士と対峙した。
すでに、二人の周囲からは防御スキル『封絶の世界』を解除してある。
俺は息を飲んで見守った。
いや、俺だけじゃない。
期せずして、リリスたちも、そして他の魔将も。
まるで戦場の一騎打ちのごとく、二人の戦いを見守る格好になる。
「ふたたび貴様と戦う機会が訪れるとはな」
ガイラスヴリムは肩に大剣を担ぎ、うなった。
鉄が軋むような声には、あきらかな喜悦の色がにじむ。
「一度は死んだ俺だが、かつて戦った猛者の名はすべて記憶している……ルカ・アバスタ」
魔将は大剣を大きく掲げた。
「最初から全力で行く……るぅぅぅぅぅぉぉぉぉおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉオオオオォォォンッ!」
雄たけびとともに、その全身が大きく変貌する。
狼を思わせる顔に、異様に長くなった手足。
のたくる尾が地面を叩き、深い亀裂を走らせる。
獣騎士形態。
ガイラスヴリムの全開戦闘モードだ。
「ふうぅぅぅっ、心地いいぞ。闘志が理性を塗りつぶし、俺自身が一匹の獣と化していくこの感覚……いざ、尋常に勝負」
「望むところよ」
ルカは戦神竜覇剣を双剣状態にして構えた。
「絶技、双竜咢──最終形『氷皇輪舞』」
限界まで加速したルカの動きは光と化し、十六の残像分身を生み出す。
取り囲まれたガイラスヴリムは、だが大剣を構えたまま微動だにしない。
「以前の戦いであなたは言った。私の攻撃には重さが足りない、と」
本物と残像、あわせて十七人のルカが同時に告げた。
「その通り……貴様の剣では、俺に致命の一撃を届けることは……できん」
魔将のくぐもった声には、獣のようなうなりが混じっている。
すでに理性がほとんど消えているんだろう。
純粋な破壊本能に突き動かされる、獣の騎士──。
「いいえ、今度は──」
分身したルカたちがいっせいにガイラスヴリムへ迫った。
「届く」
その剣が途中で変形する。
双剣から大剣へと。
同時に分身が解除され、一人に戻ったルカが大剣を掲げ──、
「絶技、戦天殺」
「がっ!?」
赤い斬撃が、魔将の騎士に叩きつけられた。
高速移動しながら間合いを詰め、そこから破壊力特化の形態に変えて攻撃。
まさしく力と速さの連続奥義だ。
「貴様……ぁ」
「言ったはず。力を磨き続けたと」
ルカは戦神竜覇剣をふたたび双剣に戻し、走った。
「強くなる自分と強く在る自分をイメージし、最強の力を顕現する──私はずっとそれを続けてきた。思い続けてきた──」
亜光速で動きながら、彼女の姿が十七体に分身する。
スピードで翻弄し、攻撃の瞬間に双剣から大剣へと変形させ、最大の破壊力を叩きつけた。
それを二度、三度と繰り返す。
「あなたに私の速さは捕えられない。そして私の攻撃は、今度はあなたにダメージを与えられる」
ルカが静かに告げた。
ガイラスヴリムは全身を切り裂かれ、青い血にまみれている。
「……ならば、俺も見せよう……さらなる力……!」
告げた獣騎士の全身が激しく震えた。
「これは……!?」
ガイラスヴリムの鎧がさらに変形する。
狼のような面は竜を模したそれへと変わり、手足も尾もより長く、いびつに伸びていく。
まさか、これは──ジャックさんと同じ竜戦士形態!?
「……俺は、冥天門により生前以上の力を得た」
告げたガイラスヴリムの体が消える。
「二度目の命は、長くはもたん……いずれ肉も魂もすべてが朽ち果てる……その代償を理解したうえで」
次の瞬間、竜戦士の魔将はルカの背後に現れていた。
「っ……!?」
驚いたように振り返りつつ、亜光速の動きで離脱するルカ。
直前まで立っていた場所を、赤い大剣がえぐった。
「俺という存在すべてが消え失せる前に──戦士としての生をもう一度。たとえ、それがわずかな時間だけだとしても」
ふたたび魔将が消え、ルカの前方に出現する。
「俺はそれだけを願い、現世に舞い戻った……!」
振り下ろされた大剣を、彼女は破壊力特化の形態で迎撃し、威力を相殺する。
「くっ……!」
ふたたび亜光速の動きで後退するルカ。
どうやらスピードもパワーもさっきまでとは比べ物にならないほど上がったらしい。
「さあ、勝負──」
竜戦士の魔将は大剣を構え直した。
バチッ、バチィッ、と空気が帯電しているように痺れる。
集中力を極限まで高めているんだろう。
「ならば、私があなたの──戦士としての生を終わらせる」
ルカもまた双剣状態に戻した戦神竜覇剣を構え直した。
そして──。
一瞬の静寂の後、両者は動いた。
決着に向かって。








