2 「久しぶりね」
殺される……!
ランクSの冒険者──『深緑の巫女』アリィは震えながら後ずさった。
目の前にいる魔族たちによって三人の仲間は殺されてしまった。
いずれもランクSの猛者たちが。
敵は、あまりにも圧倒的だ。
魔王の腹心、六魔将──。
「ろ、六魔将だと……?」
「まさか、伝説の……!?」
「き、聞いたことがあるぞ、最近アドニス王国に現れたって……」
他の冒険者たちも恐慌をきたしていた。
「呪われよ、人間ども」
ぼろ布をまとった魔将が指で指し示すたびに、誰かが血を吐き、あるいは体が溶け、腐り、次々と死んでいく。
「僕の鎌は知覚できるものをすべて斬り、殺しますよぉ、ふひひ」
少年の魔将が異空間から無数の鎌を召喚し、数人まとめて切り刻まれ、肉片と化した。
一瞬にして、十数人の猛者たちが惨殺される。
「くっ……精霊召喚!」
アリィは気力を振り絞り、攻撃に転じた。
背中に砲台を備えた虎を召喚し、魔将たちにけしかける。
「無駄だ」
黒騎士の姿をした魔将が精霊を一撃で両断した。
さらに返す刀で赤い衝撃波を放ち、手近の冒険者を粉砕する。
吹きすさぶ血煙と肉と骨。
気が付けばアリィを残し、仲間全員が物言わぬ死体となっていた。
全滅──。
絶望的な単語が脳裏をよぎる。
それでもなお、ランクS冒険者の矜持を胸に、アリィは最後の気力を振り絞った。
「ま、負けないんだからっ! 精霊召喚七重奏!」
彼女の前面に七つの召喚魔法陣が出現した。
そこから飛び出す炎、氷、風、雷、土、光、闇──。
七体同時に精霊を呼び出し、一斉攻撃を放つアリィの秘奥義だ。
精霊たちが空を翔け、黒騎士へと向かう。
「無駄だと言った。我が剣はすべてを打ち砕く」
魔将は無造作に斬撃を放ち、七体の精霊をまとめて消し去った。
「なっ……!?」
アリィは絶句する。
破壊力の、レベルが違う。
「消えろ、弱き者」
大剣を掲げた騎士の魔将を、絶望とともに見上げた。
駄目だ、動けない。
すでに恐怖を通り越し、諦念だけが彼女の心を支配していた。
(嫌だ)
アリィは震えながら願う。
(死にたくない……!)
その思いを打ち砕くように、大剣が振り下ろされる。
──突然、周囲に黄金の輝きが満ちた。
「むっ……!?」
訝る魔将。
振り下ろした剣はアリィに触れる前に、中空で止まっていた。
まるで見えない壁に受け止められたように。
「この感覚は覚えがあるぞ。かつて俺を封じた、忌々しき人間の……」
うなる黒騎士。
「ワタシも記憶しているのであるよ。おそらくは護りの女神の力を持つ──」
「あいつですかぁ。しかも、この僕を殺しやがった姉妹も混じってますね、ふひひひひ」
他の二体の魔将がそれぞれ憎々しげな顔をした。
彼らの視線の方向に、アリィも顔を向ける。
「あなたたちは──」
歩み寄ってきたのは、冒険者の一団だ。
凛とした黒髪の少年。
金髪と銀髪の魔法使い姉妹。
踊り子衣装をまとった褐色の少女。
銀の甲冑をまとった少女騎士。
「来てくれたのね……」
胸の中に強烈な安堵感が広がった。
「アリィさん……!?」
先頭の少年──ハルトが駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか」
「あたしはなんとか。でも、仲間はみんな……」
唇を噛みしめ、戦況を告げるアリィ。
一瞬、だった。
何年も苦楽を共にしてきた三人の仲間たちは、あっけないほど簡単に殺された。
その他の猛者たちも、まさしく虫でも潰すかのように次々と命を奪われていった。
生き残ったのは、自分一人だ。
「下がっていてください」
ハルトが凛と告げる。
「後は俺たちがやります」
※
俺はあらためて魔の者たちに向き合った。
先頭にいる三体の魔族には見覚えがあった。
いや、見覚えがあるなんてものじゃない。
かつて苦しめられた、最強の魔族たちだ。
黒騎士の魔将──ガイラスヴリム。
呪術師の魔将──ディアルヴァ。
死神の魔将──ザレア。
「全員、死んだはずじゃ……」
「呼び戻されたのだ。『冥天門』によって」
鉄が軋むような声で答えたのは、ガイラスヴリムだ。
「栄えある魔将のワタシが人間ごときに殺された恨み……忘れないのであるよ」
「今度あなたたちに会ったら千の肉片に刻んであげようと思ってたんですよぉ、ふひひ」
ディアルヴァとザレアが憎々しげに俺たちをにらむ。
ごくりと喉が鳴った。
いくら俺が『封絶の世界』を会得したとはいえ、魔将三体は気を抜けるような相手じゃない。
ただ──緊張はあっても、不安や恐怖は不思議なほど湧いてこない。
奴らがどんな攻撃をしてこようと、俺がすべてを防ぎきる。
そんな絶対の自信が胸に満ちていた。
「久しぶりね」
ルカが進み出た。
その瞳はガイラスヴリムをまっすぐに見据えていた。
かつて奴が王都を襲ったとき、彼女は一戦交えているのだ。
そして、敗れた。
「覚えがあるぞ……確かルカといったな、強き者よ」
「あのときの借りを返させてもらうわ」
ルカが長剣を構え、凛と言い放つ。
風が、青い髪をざあっと揺らした。








