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第17章 封絶の世界

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3 「際限なく」

「次は……それを、破壊する……その杖に宿る、魔族……」


 鉄が軋むような声とともに、竜戦士がリリスとアリスに向かって踏み出す。


「駄目よ、この杖にはメリエルがいるんだから!」


「壊させませんっ」


 二人は自らの杖をかき抱いて叫んだ。


「邪魔をするなら、お前たちも……破壊する……」


 ジャックさんは冷然と言い放ち、右腕を大きく振りかぶった。


 また、さっきの衝撃波か。

 俺は逸れに合わせて防御スキルを発動しようとし、


「……がっ……!?」


 それより早く、竜戦士の胸元に赤く輝く一撃が叩きこまれた。


「彼女たちは傷つけさせない」


 炎刃剛滅形態(ブレイジングフォーム)──破壊力に特化した形態の戦神竜覇剣(フォルスグリード)を構えたルカが、ジャックさんと正対する。


「どけ……うぐっ!?」


 ふたたび前進しようとしたジャックさんがよろめく。

 その首筋から鮮血がしたたった。


「油断大敵ね」


 ルカの隣に、ナイフを構えたサロメが並ぶ。

 攻撃の動きも気配も感じなかったところを見ると、今のは彼女が得意とする隠密歩法だろう。


「邪魔を、するな」


 竜戦士が苛立ったようにサロメとルカをにらんだ。


「魔の仲間……ということか。ならば、お前たちも……壊す……」


「試してみる? ()の動きを捕えられるかどうか」


 サロメが地を蹴り、ジャックさんに突進する。


 踊り子衣装のグラマラスな肢体がぼやけ、かすみ──。

 そして、消える。


「気配を消す技か……だが、強化された俺にはすべてが見える」


 ジャックさんはノーモーションで背後に拳を叩きつけた。

 そこに現れたサロメが拳に打ち据えられ──、


「むっ!?」


 煙のように消え失せる。


「残念。こっちよ」


「ぐあっ……!」


 戸惑ったようなジャックさんの胸元から鮮血が散った。


「ちいっ」


 反撃の拳がサロメを捕え──またもや、その姿は消滅した。


 以前に使っていた隠密歩法とは、違う。

 あれは気配を断ち、相手にその姿を捕えさせない技だ。


 だけど、今のサロメはそれにプラスして、相手を幻惑している。

 まるで幻影か分身を作り出したみたいに。


 ジャックさんの拳は偽のサロメにしか当たらず、本物は一瞬だけ姿を現しては竜戦士の全身を少しずつ切り裂いていく。


「ぐっ……!? おおぉ……っ!」


「いくら身体能力が高くても、気配を察知できない相手は捕えられない。察知できても、それは私が気配をコントロールして生み出した偽物。本物を捕えることは──決してない」


 サロメが静かに告げた。


「それが私の新たな隠密歩法──『竜瞬伊吹(りゅうしゅんいぶき)』。今までよりも深く『因子』のことを知ったからこそ会得できた暗殺奥義」


 さらに、その姿が一瞬消えては現れ、幻影分身を生み出しつつ、また消えて──。

 ジャックさんに小刻みな斬撃を叩きつける。


 わずかによろめく竜戦士。


「ルカ、狙って!」


 サロメが叫ぶ。


戦神竜覇剣(フォルスグリード)光双瞬滅形態(ライトニングフォーム)


 双剣を構えたルカが、銀の閃光と化して疾走した。

 亜光速の動き──戦神竜覇剣(フォルスグリード)のスピード特化形態だ。


「速い……! 俺の目ですら、捉えきれない……だと……!?」


 竜戦士の迎撃がわずかに遅れる。

 おそらくはジャックさんの予測と反応を、ルカの速度が上回ったんだろう。


戦神竜覇剣(フォルスグリード)炎刃剛滅形態(ブレイジングフォーム)


 相手の懐まで接近したところで、剣を変形させるルカ。

 双剣から大剣へと変じたそれを頭上に掲げ、


「絶技、戦天殺(フォルスブレイク)


 赤く輝く斬撃を叩きこむ。


 速さに特化した形態で間合いを詰め、力に特化した形態で破壊力最大の攻撃を食らわせる──見事なコンビネーションだ。


「ぎ、ぐぅ……っ……ぁがっ……!?」


 青黒い甲冑を砕かれ、ジャックさんが吹き飛んだ。


 以前、グリードと戦ったときよりも、ルカはさらに力強さを増している。


 宿の庭で剣と語り合っていた彼女の姿を思い出した。


 ルカも自分の剣の力をより効率よく引き出せるように修業を続けていた、ってことか。

 修業の成果は着実に出ているようだ。


「姉さん、拘束を!」


「ええ!」


 よろめいたジャックさんに向かって、リリスとアリスが同時に杖を構えた。


「「風王烈封結界(エルフォール)!」」


 二人の杖から放たれた風の呪文は、さながら小規模の竜巻だ。

 ジャックさんの周囲を六つの小竜巻が取り囲み、完全にその動きを封じる。


「俺を封じることなど……できん……」


 ジャックさんの双眸が炎のように赤く燃え上がった。

 額に、竜のような紋章が浮かび上がった。


 あれは──『支配』のスキルの紋様!?




「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ」




 そして、竜の戦士は咆哮する。


「なんだ……!?」


 全身を覆う竜戦士の甲冑が、ぼこっ、ぼこっ、と内側から盛り上がった。

 まるで爆発するように膨れ上がり──変形する。


 さらに装甲に幾条もの亀裂ができ、内側から血のように赤い光があふれだした。

 全身から何本もの刃を生やし、紅の光をまとった、さらなる異形へ。


 より攻撃的な、より凶悪な姿へ。


 ぞくり、と背筋が寒くなる。


 次の瞬間、紅の輝きを宿した竜戦士が姿を消した。

 視認すらできないスピードで移動しているのか!?


「きゃあっ!?」


 超速で動いた竜戦士の一撃が、ルカを吹き飛ばす。


 なすすべもなく壁に叩きつけられるルカ。

 彼女ですら反応できないほどのスピードなのか!


「だったら、私が──」


 サロメが幻影分身を生み出しつつ、ジャックさんに迫る。


「無駄だ」


「くっ……!?」


 だけどジャックさんは全方位に拳の連打を放ち、彼女を近づけさせない。

 さながら拳の弾幕。


「そんな!? 近づけない──」


 いくら相手を幻惑しようと、姿を消そうと、まったく隙のない『拳の結界』ともいうべきジャックさんの連打には間合いを詰めることさえできないらしい。


「近づけないなら、近づかずに撃つだけよ」


 リリスが杖を構えた。


「あなたが無差別にみんなを傷つけようとするなら、あたしは戦う! 相手が誰であっても──穿(うが)て!」


 気合とともに叫ぶ。


「雷神の槍──烈皇雷撃破ライトニングストライク!」


 天空から降り注ぐ黄金の雷。

 クラスSの竜さえも一撃で屠る雷撃呪文を、


「ぬるい」


 ジャックさんは虫でも払うように、右手の一振りであっさり吹き散らした。


 つい一瞬前までは、むしろ彼女たちの連携が押していたというのに──。

 呆気ないほど簡単に、戦況が逆転してしまった。


 ルカの身体能力すらはるかに上回り、隠密歩法を進化させたサロメでさえ接近できず、リリスたちの魔法も寄せ付けない。


「ジャックさんは際限なく強くなるっていうのか……!」


 俺は戦慄した。


 ジャックさんが持っているのは『強化』のスキル。

 どこまでも強くなるスキルだ。


 そう、無限に──。

 強さを増し続けるジャックさんに、俺たちはどう立ち向かえばいいのか。




「……ハルト、前へ出てください」




 ふいに聞こえた声は、心の内側から響いたものだった。


 この声は──女神さまか。

 意識の中から、呼びかけてくれている……?


「あれは魔滅形態(スレイヤー)。人間が使うにはあまりにも強大すぎる形態です」


 女神さまの声が、俺の心の中に響いた。


「その威圧感だけで、私の意識が無理やり引っ張り出されるほどに──ジャック・ジャーセの力は高まっています。止められるのは、あなただけです、ハルト」

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