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第13章 死神の刃、巨人の鉄槌

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8 「生きて」

闇爆竜滅斬ガ・ベル・ド・ヴァナ・ディーレ


 メリエルの呪文とともに、黒い光が弾けた。


 光は、漆黒の竜の形をしたエネルギーと化し、彼女の頭上にたゆたう。

 ザレアを威嚇するように、巨体をのたくらせる黒竜。


「わたくしの生命力を破壊力に転化させた、極大呪文。魔将の命そのものともいえる一撃です」


「……文字通り命がけの一撃、ってことですね」


 ザレアの表情から笑みが消えた。


「あなたの鎌の殺傷能力と、わたくしの魔法力──純粋なパワー勝負といきましょうか。斬れるものなら──」


「無駄ですってばぁ」


 ザレアが笑った。

 刹那、


「きゃあっ……!?」


 リリスは地震のような衝撃を感じてバランスを崩した。

 隣ではアリスも同じようによろめいている。


 二人の足場が、消滅していた。

 その下には底の見えない奈落が広がっていた。


「リリスさん、アリスさん!」


 メリエルが悲鳴のような叫びを上げる。


「そんな巨大なエネルギーと馬鹿正直にパワー勝負をすると思いましたか? 隙を作って殺すほうが簡単ですよねぇ、ふひひひ」


 ザレアがほくそ笑んだ。


「僕の鎌で二人の足場を思いっきり斬って斬って斬って斬って斬りまくりました。このまま落下すれば、ぺしゃんこですね」


「く……っ!」


 メリエルは慌てたように手を伸ばした。

 現れた輝く魔力のロープが二人を受け止め、落下を阻止する。


「あ、ありがとう、メリエル……」


「助かりましたぁ……」


 足場のある場所へ──メリエルの側まで引き寄せられたリリスたちが礼を言う。


 そして、息を飲んだ。

 メリエルの微笑みを目にして。


「不思議です。何げない日常がこんなにも光り輝いてみせるのは……いえ、あるいは」


 寂しげで、儚げで。


 まるで──すべてを諦めたような笑顔。

 まるで──自分の運命を悟ったような笑顔。


「何げないからこそ、でしょうか」


「メリエル……」


「それを失うかもしれないと思ったときに、やっと分かりました。あなたたちとの出会いが、わたくしの中でとても大きなものになっていた、と……気づくのが、少し遅すぎましたね」




 青い鮮血が、散った。




 ザレアの鎌が──。

 メリエルの胸を深々と切り裂いていた。


「メリエル!」


「メリエルさん!」


 リリスとアリスが同時に悲鳴を上げる。


 そう、メリエルには分かっていたのだ。

 リリスたちを助ければ──その隙を突かれて、自分は確実に斬られる、と。


 分かっていながら、助けた。


 助けてくれた。


 二人の目の前で、黒いドレスをまとった少女が崩れ落ちるように倒れた。


「もうこれ以上は……護れそうにありません……」


 弱々しくつぶやく魔将の少女に、リリスとアリスが駆け寄る。


「ですが──」


 メリエルが震える手を伸ばした。

 リリスはアリスとともにその手を握る。


「……どうか、生きて……」


 触れた手のひらに、熱い感触があった。

 何かが体の中に流れこんでくるような──。


「あなたたちに、お渡しします……これを……使っ……て……」


「えっ……!?」


「生き延びて……くださ……い……」


 かすれた声でつぶやき、メリエルの手が力なく地面に落ちた。


「……なんですか、それは」


 ザレアが訝しげにこちらを見る。


 リリスとアリスを。

 その頭上を。




 ──二人の頭上に浮かぶ、千の杖を。




「これは──」


 リリスは、体中に熱い何かが駆け巡っているのを感じた。

 信じられないほどの、膨大な魔力だ。


「これってメリエルの……!」


 リリスは呆然とつぶやいた。


「すごいです……私たちの何十倍か何百倍……もしかしたら何千倍もの……」


 隣で、アリスも驚いた顔だ。


 あらためて魔将の少女に視線を向けた。


 メリエルは倒れたままだ。

 胸元がかすかに上下しているところを見ると、まだ息はあるようだった。


 そのことに安堵しつつも、すぐに表情を引き締める。

 魔族の体の構造は分からないが、明らかに彼女は重傷を負っている。


「姉さん、メリエルを治療することはできる?」


「治療……」


「今のあたしたちの魔力なら治せるんじゃない?」


「やってみます……でも」


「大丈夫。あいつは」


 心配そうにザレアへ視線を向けた姉に、リリスが凛と告げる。


「あたしが食い止める。絶対に、メリエルを護ってみせる──」


「護る? あなたが? 魔将である僕を止めるつもりですかぁ?」


 ザレアが嘲笑を浮かべた。


「神の力でも持っているならともかく、ただの人間が──舐められたものですねぇ、ふひひひ」


 リリスは答えない。

 無言でザレアを、その周囲を旋回する無数の鎌を見据える。


 あの鎌は魔力を斬る力があるはずだ。

 攻撃魔法は吹き散らされ、防御魔法は切り裂かれる。


 圧倒的な魔法能力を持つメリエルでさえ、ザレアには押されていた。

 ましてランクBの魔法使いに過ぎない自分が、どうすれば立ち向かえるのか──。


 魔王の腹心。

 伝説の六魔将。


 こうして対峙しているだけで、すさまじい威圧感に押し潰されそうだ。


(ハルトは、今までこんな相手と戦ってきたのね……)


 ふうっと息をつき、乱れる心を落ち着かせる。

 破れそうなほど鼓動を打つ心臓を、鎮めていく。


(だけど、この場にはあたしと姉さんしかいない)


 ハルトを頼ることはできない。

 自分とアリスの二人で──立ち向かうしかない。


 生き延びるために。


 友を護るために。

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