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第12章 六魔将メリエル

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6 「芽生えている」

「おとなしくしていればいいものを……」


 メリエルは唇を噛みしめた。

 飛び出してきたアリスとリリスを険しい表情で見つめる。


 二人の背後には黒い檻があった。

 アリスとリリスを閉じこめるために、メリエルが魔法で作り上げた防御結界である。


 その檻は格子の部分が根こそぎ吹き飛んでいた。

 二人が魔法で破壊したのだろう。


 ──ここまで計画は順調だった。


 アリスもリリスも、メリエルのことを微塵も疑っていなかった。

 隙を見て眠りの魔法で昏倒させ、この特殊空間まで連れてくるのは容易なことだった。


 目を覚ました二人は愕然とメリエルを見たものだ。


「どうして、こんなことをするんですか、メリエルさん……!?」


「あなたが、魔族……嘘でしょ……!?」


 姉妹そろっての悲痛な表情は忘れられない。

 胸をえぐられるような痛みだった。


 それでもメリエルは六魔将の一人である。

 魔王の命令を遂行するために、情に流されることなどあってはならない。


 ハルトとの戦いの巻き添えを受けないように防御結界を張り、その中に二人を幽閉した。

 そして彼の宿に書き置きを残し、この場におびき寄せた。


 そう、すべては順調だったのだ──。


「なのに……」


 メリエルはうめいた。


「なぜ、わざわざ飛び出してきたのですか。そこに隠れていれば、命だけは助かったものを──」


「黙って見ていられるわけないじゃない」


 リリスがメリエルをにらむ。


「まさか、この期に及んでまだわたくしのことを友だと? これだから人間は愚かだと──」


「それは、いけないことなのですか」


 アリスがまっすぐにメリエルを見据える。


 いつも穏やかで、柔和な笑みを絶やさない彼女が。

 滅多に見せない険しい表情で。


「甘さも、優しさも、なんの価値もないのでしょうか? ただの愚かしさの証なのでしょうか。魔族にとっては。私はそうは思いません」


 悲しげに告げるアリス。


「メリエルさんは、私たちと一緒に過ごしているときは──情を感じました。演技ではなく、気まぐれなどでもなく、あなたの中には──いえ、魔族にも人と同じような情が眠っているのでは? ただ、それを普段は表わさずに」


「人が、魔族を語らないでくださいませ……!」


 メリエルの声に怒気が混じった。


「それは侮辱です。そして屈辱でしかありません」


「メリエルさん……そんな……」


 悲しげに首を振るアリス。


「人と、魔族を同列に論じるなどと──忌々しい」


「あなたが怒っているのは、姉さんの言葉に対してなの?」


 今度はリリスが問いかける。


「それとも、姉さんの言葉が──心の底では正しいと感じてしまった自分に対して?」


「……人が、魔族を語るなと申し上げたはずですが」


 胸の奥がざわざわするような感覚だった。

 心の芯を焼かれるような怒り。


 だが──自分でも何に対して怒っているのか分からなくなってくる。


 そして、自分が本当は何をしたいのかも。


「わたくしに──魔族に、情などありません」


 答えたメリエルの声は、かすかに震えていた。


「私は、そうは思いません。メリエルさんに情がないなんて……」


 ふたたびアリスが口を開いた。

 悲しげな瞳でメリエルを見据える。


 その視線を受け止めると、胸全体に広がる痛みと疼きがますます強まった。


「私たちを殺さなかったのが、何よりの証では?」


「っ……!」


 とっさに言葉が出てこない。


「わたくし……は……」


 ぎりっと奥歯を噛みしめた。


 本当は、薄々気づいていたのかもしれない。

 心の底では分かっていたのかもしれない。


 彼女たちと出会って以来、自分の中に芽生え始めたものに。

 魔族には、決してあってはならないものに。


 だが──だからこそ否定した。


 必死に目を背けた。

 気づかないふりをした。


 しかし実際に二人を前にしていると、そんな心の防壁は情けないほど簡単に崩れ、溶け落ちてしまう。


 魔将である、この自分が──。


 周囲を激しい震動が襲ったのは、そのときだった。

 薄青いモヤに包まれた大気が、地面が、大きく揺れる。


「しまった、もう時間が──」


 メリエルは眉を寄せた。


 ここは異空間を操作する術式『黒幻操界(フィオレーガ)』を応用し、魔王が作り出した特殊空間だ。

 人間への殺意を全開にしても、消滅までの時間制限(タイムリミット)を大幅に緩和できる。


 とはいえ、不安定な空間ゆえに長くは持たない。


「この場が崩壊する前に、あなたを始末します。ハルト・リーヴァ」


「だめです!」


「やめて、メリエル!」


 アリスとリリスが駆け寄った。

 中空に浮かぶ千の黒杖をにらみつつ、メリエルとハルトの前に立ちはだかる。


 この状況を見てもなお、自分のことを敵だと断じていないのか。


「なぜ……」


 メリエルは全身を震わせた。


 胸の奥を突き上げるこの感覚は、怒りなのか。

 嘆きなのか。

 悲しみなのか。


 あるいは──。


 そもそも、なぜ二人を見ていると、これほどまでに気持ちが揺らいでしまうのか。


「わたくしの中に……人への想いが芽生えている……!?」

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