06. 後輩の妹 2
ヘンリーとの決闘の日は十日も後のことだった。
ネイサンはいつでも良かった上、今までの決闘と違って休暇の調整をできる立場になったため、決闘の申し込み翌日でも問題無かった。
しかし相手がどうやって決闘を回避するか、画策のために日程を先延ばしにした結果だ。
上官に対して決闘のために休暇の調整をしたいと言ったところ「適当にがんばれ」と、割とどうでも良さそうな応援をされた。
今回の介添人はライリーとグレアムだ。サイラスはナイジェルに近しい立場のため外れていた。ジョナスもグレアムたちと一緒に行動している。決闘の当事者だから当然のことである。
ヘンリーも友人二人を介添人に指定して訓練場に現れた。
立会人は副団長だ。
ヘンリーとサイラス、そしてネイサンの上官が立会人になれば、作為が働くのではと邪推され、では誰がとなったときに、当事者たちから見て雲の上の存在である団長が名乗り出た。
本人は楽しそうに「決闘は何度も経験したが、立会人は初めてだ」と言っていたが、流石に団長が出るほどではということで、副団長になったのだ。
団長も副団長もそう変わりはしないと、聞いた騎士の誰もが思いつつ、副団長が怖すぎて誰も突っ込みを入れることはなかったが。
剣を向け対峙した直後、二人同時に剣を振りあげる。
実力はネイサンの方が上とは言え、ヘンリーも経験豊富な騎士である。舐めてかかれば倒されるのはネイサンの方だ。
相手を侮ることなく一気に畳みかければ、実力を如何なく発揮して相手に土をつける。
射殺さんばかりの目で睨まれたが意に介すことはない。
目線だけで人は死なないのだ。
「アークライト家の令嬢には二度と手を出さないことだ。実家の権力を嵩に着るというなら、ファーナム侯爵家とアトキンス伯爵家が後見についたと伝えておく」
普段は温厚なネイサンでも怒るときはある。
権力を笠に着たヘンリーに、今とても怒っているのだ。
* * *
「今回、決闘があったお陰でヘンリーの悪行が表に出てきた。助かったよ」
ネイサンは職場に戻ると上官から感謝された。
「悪行というと……?」
「見学に来た身内の令嬢にちょっかいをかけてたんだ。まあ無理強いしてどうこうということはなく、誘いがかなり強引だっただけで、令嬢たちは上手に躱していたらしいが、騎士に追い回されたら相当怖い思いをするからな。ダニーの婚約者が今回の決闘を知って報告してくれた。貴族の令嬢は不届き者に言い寄られただけでも傷になりかねんから、勇気を持って報告してくれて助かったよ」
ネイサンは少し前の決闘を思い出す。男が怖い、騎士が怖いと言って泣いていた女性が、随分と勇気ある行動ができるようになったことに驚いた。もしかするとダニーとの絆が彼女を強くしたのかもしれない。
「それでハズウェルの処分はどうなるんです?」
「本当は退団させたいところだが、今すぐに放り出すとキャリントン君を恨んで襲いかねないからな。とはいえ時期を見計らっている間に、今以上に強引な手段に出られて被害者が出ても困る。そこで無難に配置転換を名目に王都から出すことに決まったよ。丁度、北の方が騒がしいしな。基地に女性が入り込むことはまず無い土地だし、被害者はこれ以上、増えんと思う。一応、栄転の形は取るが、こちらに帰ってくるのは早くて五年、十年先だ。その前に殉職する可能性もある土地だけどな。本人は箔付けのために旅行気分で行って、一年ほどで帰れると思ってるよ。まあこちらがそう思わせているんだが」
本来、素人の女性に無理強いする真似は許されない。
発覚すれば退団ものの醜聞だが、騒ぎ立てて女性の傷を公にしたり、逆恨みで人を傷つける可能性がある場合の処分方法だった。
* * *
「ハズウェルが死んだらしい」
「耳が良いな」
ヘンリーの死を知ったのは、ネイサンの友人たちの中でサイラスが最速だった。
「ナイジェルの上官だからな、融通されたんだと思う」
なるほど、とネイサンは思う。サイラスは後輩や部下への面倒見が良い。それで若手の多い部署の小隊長に抜擢されていた。
現在のナイジェルはクライヴに剣の指導を受けながら、自主訓練に猛進している。妹が先輩騎士に横恋慕された挙句、決闘騒動まで発展したのに役立たずだったことが悔しいのだ。
最初、ネイサンの元に剣を教えて欲しいと来たのだが、自分より教えるのが上手いクライヴを紹介した結果、めきめきと剣の腕を上げている。あれから一年ほど経ったが、同期の中では群を抜いて剣の腕を上達させただけでなく、騎士として必要とされる技能の全てを向上させ、若手の有望株の一人になっていた。
今の彼に決闘を申し込む騎士は少ないだろう。それだけ実力が認められているのだ。もっともその背後にクライヴとネイサンがついているというのも大きいが。
ネイサンもクライヴとはよく手合わせをしている。
剣術大会は決闘のあった年にクライヴが、翌年にはネイサンが勝っていた。
年齢が近く実力の拮抗している二人は、手合わせの良い相手だ。
「それでヘンリーは戦死? 今、北の方はそんなに不安定になっているのか?」
「いや、町の酒場で喧嘩になったらしい」
「不意でも突かれたか。あれでも騎士だから、そうでもなきゃ殺されんだろう」
「多分な。詳しいことは判らん。侯爵家の倅が町で殺されたなんて醜聞だから、これ以上は表に出てこないよ」
「そうだろうね、水面下で侯爵家が相手を追い詰める可能性はあるけど、どうなるかは判らないな」
「騎士団としては一応、犯人は確保したらしいぞ」
そう言って酒杯を煽る。
豪快な飲み方だ。
サイラスは準男爵家の出身だが、両親はどちらも世襲貴族の出身だ。平民上がりの一代貴族よりは貴族らしい教育を受けた筈だが、平民の騎士とまとう雰囲気が同じだ。
そして酒に強い。
うっかり付き合うと潰されることは、親しくなって早々に学んだ。
ネイサンはゆっくりと酒を飲みながら料理をつつく。
下町の酒場は騎士になるまで足を踏み入れたことがなかったが、量が多くそして美味い。
騎士の胃袋を鷲掴みしている店で、腹いっぱい食べないという選択肢はないのだ。
これでネイサン主人公の話は終わりです。
当初、サイラスとの決闘とダニーとの婚約者の名誉をかけた決闘の二話構成だったのですが、割と書くのが楽しくて話数が増えました。
しかし恋愛要素ゼロの男臭い話は作者的にはご褒美ですが、異世界恋愛とは方向性が180度違うので、そろそろ自主規制です(笑)
書いている最中、家人から「熊出そうよ、熊!」とせっつかれ、熊は騎士より猟師向きだよなあ、でも騎士団長と副団長なら剣一本で倒しそうと妄想が……。
ちなみにネイサンとクライヴは剣一本で熊に立ち向かえません。
人外魔境が服着て歩いている団長とは違うので。
次は別の脇役を主人公にした話になります。




