03. 王太子宮への配属
話の後半は決闘相手の話になります。
「ネイサン=ファーナム、お前に決闘を申し込む」
訓練が終わった直後、いきなりの宣言にネイサンは面食らった。
相手は先輩騎士クライヴ=ガンターだ。最近は若手騎士の指導をしている。教え方が丁寧で解りやすい、その上、剣の腕が立つ。
割と堅物であるが、融通が利かないという感じでもない騎士だ。
「決闘は受けて立ちますが、理由が判らない」
「自分がお前に劣っているとは思えない。だが王太子宮に抜擢されたのはお前の方だった。それが納得いかない」
確かにネイサンとクライヴを比較すると甲乙つけ難い。剣の腕はもとより、判断力や仲間との連携力など、騎士として必要な能力はどちらも高い。
だが選ばれたのは先輩のクライヴではなく後輩のネイサンだった。
それに納得できなかったのだろう。
そういうことであれば、上層部の決定を覆すことができなくとも、決闘で実力を明確にするいうのは悪くない。
三日後、騎士団の闘技場で決闘が行われることになった。
決闘の多くが訓練場を借りてのことだが、会場が闘技場になったのは、クライヴの知名度が理由だ。
騎士団の剣術大会で毎年上位に食い込むクライヴは有名人だ。
その雄姿に騎士を目指す少年や、黄色い声援を送る夫人が多いのだ。
片やネイサンといえば、一年目は剣術大会への出場資格が無く、二年目は盗賊討伐のために不参加、三年目の今年は開催前と一度として出場経験が無い。
とはいえ討伐作戦では成果を上げているし、外に聞こえる名声はないものの、騎士団内では実力を認められていた。
普段通りの生活を送りながら、決闘当日を迎える。
今回の決闘はどちらに非があるものではないが、名誉はかかっている。実力は拮抗しており、見応えのある一番だった。
そのため闘技場の中は観戦する騎士たちや女性の見学者が多い。
大会未出場のネイサンは、多くの人がいる中での対戦経験がなく、やりにくい状況だった。
しかし感情を表に出さず、闘技場の中に足を踏み入れる。
――平常心だ。
ネイサンは静かに呼吸を整える。
適当に剣を合わせてどうにかなる相手ではない。本気で殺す覚悟でぶつかる必要があった。
実際、今回の決闘はどちらが勝つか判らないというのが、騎士団内の前評判だ。
用意された剣を手にして相対すれば、相手も自分を殺す覚悟で剣を構えていた。
立会人の声と同時に二人は動き出した。
頭上から振り下ろされたクライヴの剣を受け流したその勢いのまま、踏み込んで横なぎに胴をはらう。
ネイサンの動きを予期して半身ほど後ろに引く。
下からくる剣を避けたと思った直後、剣が戻り一気に振り下ろされる。フェイントにネイサンの前髪が数本切られ、頬に浅い傷を作った。
剣がぶつかり合う度に金属音が響き火花が散る。
クライヴの剣は速くて重い。
俊敏な動きに合わせて、剣を身体の一部の如く操り、体重を乗せた重い一撃を繰り出す。
まともに剣を受ければ、じんとした痺れが腕に伝わった。
一進一退の攻防を続ける中、双方に小さな切り傷が増えていくが、決定的な一撃にはならない。
少しずつ疲れが溜まるころになっても、剣の勢いは衰えず、激しい剣戟が闘技場を支配し続ける。
ネイサンが剣を一閃すればクライヴが弾き、クライヴが剣を振り下ろせばネイサンが流す。
観客は瞬きする間を惜しむくらい二人に釘付けだ。
いつ終わるともしれぬ剣戟の最中、ほんの一瞬の隙がクライブにできた。
ネイサンの剣が陽光を反射して目に入ったのだ。
その隙を突いて、一気にネイサンが間合いを詰め、クライブに体当たりする。
「――!!」
後ろに吹っ飛ぶところを、一歩後退しただけで済んだのはクライブの実力だったが、闘いは終わった。
「よく勝てたな」
「そうだな、勝てたのは多分偶然だ。僕が負けててもおかしくはなかった」
友人を労うライリーの言葉に、ネイサンは闘いを反芻しながらこたえる。
とても強い相手だった。
身内の騎士だから良かったものの、戦場であんな敵に出会いたくないと心の底から思えるほど強かった。
あれだけの実力を持ちながら、ただの王城警備から王太子宮の警備に抜擢されなかったら、確かに異議の一つも唱えたくなるだろうと思った。
素行も悪くなく、二年とはいえネイサンより経験の長いクライヴが何故、選ばれなかったのか判らないのは本人だけでなくネイサンも同様だった。
だからと言って譲れるものではないのだが。
* * *
決闘の翌日、クライヴは上官の元にいた。
辞表を手にして。
「自分の何が問題だったのか判りません。人一倍努力をしてきた心算ですが、後輩にも劣るようでは、まだ自分は未熟で、その未熟さが何かを理解できない自分は騎士団に相応しくないでしょう」
そう言って辞表を机に置く。
「待ってくれ、今、君に辞められたら困る!」
慌てた上官がクライヴを止める。
「君が劣るから王太子宮の警備に抜擢しなかったのではない。ファーナムが君より優れているという訳でもない。……いや彼が劣っている訳でもないが」
「では何が自分には足りなかったのでしょうか」
「いや、君は十分に素晴らしい。ただ恐いのだ」
「恐い?」
「そうだ。君は多分護衛対象に大泣きされる」
上官は真剣に言う。今ここでクライヴを失うのは騎士団にとって損失なのだ。
「最近、セイラ殿下が庭に歩いて出られるようになって、護衛を増員する必要があったのだが、強面の騎士だと泣いて怯えられる」
「泣かれるとはそういう……」
「そうだ、私も大泣きされた。副団長は泣き叫ばれて、刺客でも現れたかと騒ぎになり、団長は見た瞬間に硬直して動かなくなった。多分、目を開けたまま気絶なされた」
「……」
副騎士団長は寝てる子も泣き出す強面だ。彼に怯える子は多く、優しく叱った我が子に号泣されながら謝り続けられたという逸話さえ残っている。
対する騎士団長は優しい雰囲気と高位貴族特有の柔らかな物腰の男だが、騎士を一睨みで黙らせ、盗賊か軍人かの二択を迫られて軍人を選んだ、食い詰めた荒くれ者の集団である国境警備兵を実力で黙らせる猛者であり、陰謀渦巻く王宮で常に一定の発言力を持ち続ける策略家でもある。
姫が動けなくなったとしたら本能的に危険を察知したのだろう。
とても納得のいく話だった。
「そういう訳で、剣術、体術、判断力などから総合的に相応しい団員を選んだ上で、懐かれそうな者から順に決定した。半数は同じ年ごろの娘を持つ団員、あとは割と見た目が優しそうな団員になった。君は強そうだから多分泣かれる。それで弾いた」
「…………そういうことですか」
クライブは脱力した。
「しかしな、ロイド殿下がそろそろ剣の稽古を始められる。君は剣の指南兼護衛として殿下に仕える予定だ」
ロイド殿下は王太子殿下の長男であり、セイラ殿下の兄にあたる。未来の王太子の教育係の一人兼護衛というのは大抜擢だ。
「大変ありがたいのですが、私以上の実力者が騎士団にはいるのでは?」
剣術大会で毎回上位に食い込むクライヴだが、毎年のように優勝争いをする騎士を思い浮かべた。
自分より強い騎士は何人もいる。
「確かに君よりも強い者はいる。だが君は姿勢が良いし剣筋も申し分ない。だから疲れても身体の軸がぶれずに剣を振れる。何より教えるのが上手い。指南というのはただ強いだけではいけない。もちろん強くなければ話にならないがね。君があまり重要ではないところにいるのは、新人や若手の教育を務めているからというのもあるんだ。君に鍛えられた騎士は強くなるからな、どうしても手放せなかった。だが君の教え子が随分と育ってきているから、そろそろ他に団員の教育を任せて、王子の護衛にという話になった。だから辞められると困る、判ってくれるね?」
上官の言葉はクライヴには思ってもみないことばかりだった。
同時に、そういうことだったのかと納得した。
確かにネイサンは優しそうだ。本人は敵に舐められて困る。たまに味方にも舐められてもっと困るなどとぼやいているが。
――そういうことなら納得……するしかないかな。
隊長室を出たクライヴは陽射しに目を眇めながら苦笑するしかなかった。
その年の剣術大会ではクライブがネイサンに勝った模様




