54. 久しぶりの王都
「フローラ嬢」
「はい、なんでしょうか」
執務室の机に肘を突き目を伏せているアーサーに、フローラは内心で、またどうってことないことなのだろうと思う。冷血伯などと呼ばれているが、その実、アーサーはとても可愛いらしい趣味を持った小心者だ。ふわふわしているフローラの方がよっぽど肝が据わっている。
「この手紙を見てくれ」
アーサーから手紙を受け取り、差出人を確認しようとしたところで封蝋が王家の紋章なことに気づく。フローラは面倒事を悟った。
「まぁ……」
仰々しく書いてあるが、要約すれば、数年に一度の報告会議の後、そのまま舞踏会に出席しろ、とのことだった。というのも、王女殿下と隣国の第三王子の婚姻発表があるのだという。その上、翌日は盛大にパレードが行われるのだとか。
「これは日帰りはできませんね」
「ああ……」
辺境伯とはいえ一臣民。流石に王族の結婚式に出ないわけにもいかない。が、他の貴族たちは祝事に現れた不吉の象徴に難色を示すだろう。陰口を叩かれるのは避けられない。……そう、今までは。
「数日間宿泊できるよう準備と手配をしなければ。王都は混みますし、私たちは長旅になります。辺境伯として相応しい宿に泊まらなければ。ジョシュア」
「かしこまりました」
目を見開いたままのアーサーは無視し、フローラはジョシュアと共に話を進める。
邪魔な辺境貴族は子爵の顛末を見て大人しくなっている。販売経路を塞ぐものは誰もいない。シスコン爆発魔のジェイダンは、フローラの手のひらで転がされ、素晴らしい結果を出してくれた。学生時代の繋がりを使い、侯爵令嬢から一部上流貴族には製品をプレゼントしてある。舞踏会で流行らせることは容易だろう。
「貴女も、一緒に行くのか」
「……私はアーサー様の妻ですから。舞踏会で他の誰かとファーストダンスを踊られる気ですか?」
「っそんなわけないだろう!」
思っていたよりも大きな返答にフローラは耳を塞ぎかけた。ジョシュアは遠慮なく塞いでいた。
嫁いでから短くはない時が過ぎ、フローラだってわかっている。アーサーは、フローラも共に嘲笑の的になってしまうことを恐れているのだ。
「……大丈夫ですよ、アーサー様。フロストの民が仰るには、私は春の女神のようですから」
フローラはほんの少しの皮肉のつもりで笑いかけたが、アーサーは妙に安心し、納得していた。その様子にジョシュアは肩を震わせる。部屋の前で待っているドリスは頷いていた。
「舞踏会ではこの間いただいたドレスを着ましょう」
────辺境領から王都までの旅は、とても長かった。
途中馬鹿な山賊に狙われたりしたが、無敗を誇る冷血伯、アーサーによって、山賊は一瞬でお縄になった。引き渡した衛兵でさえ、あまりの怖さに気絶した。
フローラは立ち寄った街で隙を見ては呪物を買い、掘り出し物が見つかった日はなんだか艶々していた。そんなことなんて知らないアーサーは呑気にもその姿を美しいと思っていた。呪物のせいか、度々悪夢を見たり、フローラの悪戯によって爆散したりしていたというのに。
関所などアーサーの強面が悪影響を及ぼす時はフローラが対応した。関所の人間は鼻の下を伸ばしたが、そういう輩は大抵、後に現れるアーサーの威圧によって漏らす羽目になった。
フローラが眠ってしまえば、アーサーはフローラを抱きかかえ、ベッドとなった。起きる前に元に戻していたためフローラは気づいていないが、おかげで馬車旅特有の腰痛がなかった。アーサーは予防のために休憩のたびに筋肉の鍛錬をしていた。フローラを乗せた上で片腕で腕立て伏せをしていたこともあった。ジョシュアはドン引きしていた。
「着きましたね……」
「……ああ」
やっとのことで王都、国一番の宿屋に着いた時には、もう初夏に差し掛かっていた。荷物を渡し、部屋で落ち着く前に近場を散策しようとしたところで、見慣れた焦茶色の髪が、フローラの視界に入った。
「エマ……?」
そこでは懐かしい旧友が、荒くれ者の口元にハンカチを当てていた。荒くれ者は口から泡を吹き出し、白目を剥いていた。
「フローラ様?」




