21. 誰の下にもつかない
「どうして残してるんですか?」
「……イザベラ様は」
「一枚岩じゃないから、かな?」
どこからともなく声が聞こえる。金糸を揺らし現れたのは、王女様だった。フローラにとっては、あのガーデンパーティー以来だが、口調が違うことに気づく。
「彼女に刃向かえる者など、この国では王族くらいだ。教師、生徒、皆彼女の味方だと思っていい」
王女殿下はフローラを見つめた。それはフローラが話そうとしていたことと全く同じであり、あの時感じ取った強かな気配は間違いではなかった。
「その点、フローラ嬢は見事だった。まずは関係のない者から、取り巻きまで。徐々に自分の操り人形にし、彼女の盾を脆くした」
別に隠していたわけではないが、さすが王国史で最も長く、今もなお為政者の座に君臨し続ける血筋と言えようか。全て分かった上で、この約一年黙認していたのだ。
フローラは感心しながらも、ほんの少しの違和感に気づく。エマは目をぐるりと回し、王女殿下の前に跪いた。
「……王女殿下にご挨拶申し上げます」
「畏まらなくていいぞ、エマ」
王女殿下は、まるで旧知の友人かのように、エマの肩を叩く。エマは目を強く瞑り、俯いた。
「フローラ嬢、彼女は私の密偵なんだ」
王女殿下はニカッと笑う。
……フローラもニコリと笑った。
「左様でございますか」
エマは、明かさないで欲しいという思いで、このタイミングで挨拶をしたのだろう。フローラは、エマに裏切りの自覚があったのだと知った。
だが、フローラは短絡的ではない。出会ったタイミング、今までの会話の記憶、全てを鑑みて、元々密偵だったエマの元に、自分から友達になりにいっただけだと考えた。王女殿下の密偵だなんてこと、他人に漏らせば首が飛ぶ。仕方がないとはいえ、フローラでさえ見抜けないとは、とんだ狸だ。
「……何も言わないのかい?」
「王女様のお考えは私には計りかねます」
なぜそんな重要なことを、今明かしたのか。なんとなく予想はついているが、それはフローラにとって関係のないことだ。
ほんわかの皮は剥がさない。自分の思惑を暴露されたとしても、焦ることなどしない。
「ガーデンパーティーの時も思ったが、やはり君は優秀だ」
王女殿下は紫水の目を細め、フローラに手を差し出す。
「私は、君が欲しい」
やはり。為政者として当然のことだろう。人心掌握に長け、見目も良く、鋭い爪を常に隠している。フローラは実に有能で使い勝手が良く、また敵に回ると厄介だ。
「よくわかりませんが……」
しかし、フローラは誰の下にもつく気はない。それがたとえ王家であろうと関係ない。異母兄が死にでもしない限り、フローラは伯爵家を継ぐことはないし、どこかの家に嫁に行く立場である。なんなら、結婚後のウィリアムの不貞を狙っている。慰謝料をたんまり貰い、小金持ちな庶民として、呪物を集めて生きる予定だ。
「私はスペンサー家の一員です。王家の臣下として、すでに忠誠を誓っております」
この国で一番尊いお方だろうとも、フローラを意のままに操ることはできない。
「……そうだったな。まあ、気が変わったら言ってくれ」
王女殿下は、フローラを少し見誤っていた。有能であることに気付いたのは流石だが、まだ甘かった。王女殿下もそれを理解し、去っていった。
「フ、フローラ様」
「……どうかしたのかしら?」
ふわりと、花が咲くように。小動物が首を傾げたように。
フローラは別に怒っていない。怒るようなことではない。ただ、密偵だということを知ってなお、本性を曝け出し続けるわけもない。
「いや……」
エマは何も言わなかった。その日は当たり障りのないことを話し、別れた。
人生で初めての友人を失ったフローラが、少し落ち込んでいたことは、誰も知らない。
エマとは表面上の付き合いを続け、そのまま二年となった。王女殿下は卒業し、フローラは教師陣の懐柔を始めた。
「少し、話せないかしら」
そんな折、ある日学園から帰ってくると、第一夫人に呼ばれた。
撒いていた種の副産物を、フローラは思い出した。




