向き合うとことでしか……
あの遠足から1週間以上が過ぎた。
あの遠足以来変わったのは2つ。
ひとつは桜井が露骨に避けるようになった事。
もしかしたら最初からこのために近づいて来た可能性もある。
というかむしろその可能性の方が高い。
思い返して見れば、初めて声をかけてきた時だって向こうからだった。
いつからスパイのような事をしていたか不明だが、考えれば考えるだけ怪しい行動が思い当たってしまう。
なので関係の修復とかは無理だと判断した。
そしてもうひとつの変わったことは、逢沢と西川が幼馴染であるという噂が高校内に広まったこと。
学校でもトップクラスに可愛いと評判になっている逢沢に男の幼馴染がいたという噂はイベント終わりで刺激を求める高校達の間でいいおもちゃにされ、面白おかしく脚色され拡散し続けている。
噂の出処は間違いなく一之瀬だろう。
というかあいつ以外いない。
何を考えているのかは不明だがやつには明確な目的がある。
学校一人気者の男子であるハルマ先輩と付き合うこと。
そのためハルマ先輩が思いを寄せている逢沢と俺をくっつけようとしている。
幼馴染とバラされたぐらいでは関係が深まることはないので、意図は全く読めない。
教室に入ればチラチラと見られ、隣近所でヒソヒソ話し始める。
遠足が終わってからずっとこんな感じだ。
正直精神的疲労はすごい。
いくら見られることに慣れているとしてもこういう嫌な興味の視線というのはそれだけで精神を蝕む。
何より辛いのは何も言えないこと。
この手の噂は肯定も否定もしてはいけない。
当事者が騒げば騒ぐだけ噂が拡散する期間が長引き心労が増える。
耐えるしかない。
幸いにも明日からゴールデンウィーク。
今日さえしのげば休み明けには話題が生まれて廃れるはずだ。
気合いを入れて席につく。
しばらくすると遅刻スレスレで新道がやってくる。
新道とも最近は疎遠気味。
色々聞きたい事がありそうな顔はしているが、学校でもメッセージでも何も聞いてこない。
もしかしたら新道は意外にも空気が読めるやつなのかもしれない。
昼休み俺はそっと席を立ち、廊下へ出る。
妙な噂のせいで教室は居心地が悪すぎる。
授業中は話しかけられるような事をもないが、昼休みは違う。
誰か1人でも興味本位で噂の事を聞く人が現れたりすればそこから何人もなだれ込んで来るだろう。
それは、噂を早く風化させたい俺としては嬉しくない。
中学時代ぼっちだったおかげで、自然と人気の少ない場所に自然と足が向く。
それはぼっち経験者なら誰でも持っているスキルのようなもの。
ぼっちじゃなくなりつつあっても簡単には消えない。
日当たりの悪い校舎裏は昼間はあまり人が来ない。
周りに人がいない事を確認して腰を下ろす。
「ここで食うか」
まだ購買が使えないので、今日もコンビニで買ってきたおにぎり。
いくら金を稼ぐようになっても結局こういうの選んじゃうんだよなぁ。
1度染み付いた金銭感覚はなかなか抜けない。
「あっ、いたいた」
2つ目のおにぎりのフィルムを向いていると、聞きたくもない嫌味な声が聞こえてきた。
もちろん無視。
「なに? 無視? せっかく未来の彼女を連れてきてあげたのになぁ」
一之瀬は逢沢を連れてわざわざ俺を探していたようだ。
正直その執念深さには呆れる。
ほんとにくっつけようとしてるし。
「なぁ一之瀬、ひとついいか?」
「なに?」
「遠足の時も言ったが俺はそれに振られてる。付き合う未来はありえない。お前の目的を達成するためにこれはほんとに必要なことか?」
一之瀬の目的はハルマ先輩と付き合うことだ。
そのために逢沢を遠ざけるというのは、戦略としては正しい。
しかしそれは逢沢に彼氏を用意するなんて回りくどい方法じゃなくてもいいはずだ。
ここまで綿密に回りくどい方法を取れるならそれこそいじめでもなんでもして逢沢を不登校にでもおいやればいい。
それが1番確実にライバル消す方法だ。
退学や停学を嫌ったにしてもやはり効率は悪すぎる。
だから一之瀬が俺と逢沢を本気でくっつけるように動いている今の状況が不思議でならない。
検問の時にいたはずの取り巻きを外してまで逢沢と2人で行動するのも違和感。
「あなたに関係はないわ。あなたは必ずハル……逢沢と付き合うことになる。これは決定事項」
「まぁ聞いただけで素直に教えてくれるはずないか」
今、ハルカって呼ぼうとした?
いやまて、遠足の時の一之瀬は確実に逢沢を憎んでいた。
自分の好きな人を夢中にさせておきながら別の人を好きになっている人間に本気で嫉妬していたはず。
それがいきなり名前で呼ぶ関係になった?
そんな事有り得るのか?
「とにかくそれは連れて帰れ。食事の邪魔だ」
「酷い事言うのね西川君。もしかてドSなの?」
「違うよマリカ。アラタは、ただ怒ってるの痛っ」
足を思っきり踏みつけられ痛みを声を漏らす逢沢。
俺はそれを一切見ることも無く一之瀬だけを視界に入れ続ける。
見なければ大丈夫なはず。
そう言い聞かせる。
今対峙しているのは敵だ。
隙を見せれば桜井のように手駒にされかねない。
「まぁいいわ。お昼休みは静かに過ごさせてあげる。その代わり放課後をちょうだい? ダメとは言わないわよね?」
「ダメって言ったら?」
「このまま続けるしかないわね」
これが一之瀬のやり方なんだ。
要求を飲んでるように見えて結局自分の要求を飲ませる。
俺が逢沢と同じ空間にいることを嫌がってるのを見抜いてわざわざこの場に連れてきたのか。
だとしたら相当に性格が悪い。
この場を切り抜けても休み明けに持ち越されるだけ。
いや一之瀬の執念深さなら自宅ぐらい掴んでいてもおかしくない。
なくなく俺は放課後を差し出した。
心の準備の時間が欲しいからだ。
昼休み終わり席につくと背後から声をかけられた。
「なぁ、西川、明日から休みだし放課後どこか遊びに行かないか?」
「悪いちょっと野暮用があってな」
「そ、そうかそれはどれくらいで終わる?」
「わからん。なんせ呼び出しだからな」
「まじかよ?」
短いやり取りだったが、新道は新道で心配してくれているのかもしれないな。
明日休みだから遊ばないかなんて誘い方なんか色々考えてたなんじゃないだろうか。
あくまでも勝手な想像だ。
授業が終わりホームルームが終わると一之瀬が既に教室の前にいた。
最後の授業の終わりが少し遅かったせいだな。
べつに逃げるつもりは無いが、こうも構えられると、精神的に来るものがある。
「西川君。こっちに」
「逃げたりしねぇよ」
「念の為よ。何となく西川君は逃げそうな気がしたのよ」
「それは警戒心の強いことで」
無駄口を叩きつつ後ろをついて行くと、A組の教室にたどり着く。
クラスの中には既に人がほとんどおらず、取り巻きの女子が掃除をしているだけだ。
「入ってくれる?」
促され教室に入る。
同じ作りなのにどうしてこうも違って見えるのか不思議だななんて月並みな感想を覚えつつも、正面にいる逢沢から必死に目を逸らす。
「それで、わざわざ放課後の貴重な時間を使っての話ってのはなんなんだ一之瀬?」
「はぁ。逢沢さんのことは一切見ないのね。それとも見られない理由があるのかしら?」
バレた。
鋭い観察眼に一瞬表情が揺らぐ。
だがぐっと堪えポーカーフェイスを貫く。
弱点を知られることはこの場では負けを意味するに等しい。
一之瀬の面倒くささと執念深さは、桜井を手駒にした件から始まり噂の拡散とか色々目の当たりにしてきた。
「単純に見てるとムカつくから見ないだけだ。それ以外に理由はない」
「そ、まぁ理由がなんであれどうでもいいわ。とにかく逢沢の話を聞きなさい。まずはそれからよ」
「だからこいつとはもう話すことなんて何も無い。それが話と言うなら帰らせてもらうぞ」
全く時間の無駄もいい所。
何度も言うが俺は逢沢に振られそれで話は終わっている。
俺はそれをきっかけに、プロゲーマーになって充実した今を過ごしている。
向こうは俺が居なくたってトップカーストのリア充をやっていける。
中学の時の告白は逢沢には俺が必要だという勝手な妄想と思い上がりの痛々しい独りよがりな告白にすぎない。
脈アリだと思っていたのも逢沢には俺がいないといけないと勘違いしていたから。
でもそれが勘違いだともう証明されている。
逢沢は中学高校とトップカーストをキープし続けている。
俺なんてもうお呼びじゃないのぐらい誰にだって分かる事だ。
向こうには俺が必要なくて、俺はもう好きじゃない。
この話これ以上何か広がりようがあるのだろうか?
俺には無いと思う。
そう結論づけて教室から出ようとする。
「どけよ」
教室の扉を塞ぐようにたっているのはこの場に関係無いはずの新道だった。
「なんというか西川。お前は今帰っちゃ行けないんだと思うぞ?」
「なんだ新道。お前、一之瀬に何か吹き込まれたのか?」
「いや。さっき桜井と話してきた。ほとんど教えてくれなかったけど、一之瀬に協力したってことだけ教えてくれた。だから詳しく話を聞くためにA組にきた」
「無関係ならならどけ」
「いや、どけねぇよ」
「なんでだよ!」
「お前の後ろにいる女の子逢沢さんだろ? 逢沢さんの顔ちゃんと見たか? 見てて背を向けて帰ろうとするならおれはお前を殴らないといけないかもしれない」
確かに俺は今この瞬間まで逢沢を視界に入れないようにしてきてはいる。
そうしないと俺の身体はなんとも言えない不快感に襲われるからだ。
逢沢を見るだけで込み上げ来る不快感あるし、声を聞けば振られた時の事を思い出して震える。
どれだけ自分を騙しても消えない。
唯一ポーカーフェイスで取り繕えない。
この状況で逢沢の顔を見ないなんて事をすれば、俺はほんとにぼっちになる。
桜井との関係を失った今学校で友達と呼べるのは新道だけだ。
その唯一の友人と呼べる人間の言葉を無視して逃げ出せば、この場は終わる。
でも一之瀬は休み明けまたしかけて来るに決まってる。
もう正直に言うしかない。
「新道、今から俺が言うことは嘘に聞こえるかもしれないが事実だ。俺は逢沢を見ると気持ち悪くなる。振られたトラウマなんだと思う。だから俺は逢沢と話せないし、極力近寄りたくないと思っている。一之瀬だから俺は逢沢と付き合うことはありえない。目的を達成したければ他の手段を講じることだな」
全部ぶちまけた。
俺が抱えている闇を全部。
「アラタ」
「西川」
新道、逢沢が同時に言葉を発する。
案の定振られた時の思い出が蘇る。
逢沢の半笑いの顔と中学校の正門前。
身体が震え出して、腰を抜かして、床に崩れ落ちる。
「西川。向き合え」
新道はトラウマに震える俺を見て無慈悲にそういった。
「無理だ」
「お前は振られた事をずっと引きずってるだけだ」
「だが……」
「なぁ西川。お前おれに言ったよなラノベ主人公って。俺から言わせればお前の方がよっぽどラノベ主人公に見えるぞ? こんな美人すぎる幼馴染がいて、その娘と過去に因縁があって親友ポジションの男子がいてってなぁ? だからお前だって主人公なんだよ。だから向き合って乗り越えてみろよ!」
新道がなぜここまで熱くなるのか、正直分からない。
俺が主人公だなんてそんなこと有り得るわけがないと俺が1番わかっている。
みっともなくトラウマ抱えて、口では前に進みたいと言いながら自分からは全く行動を起こさない。
そんなやつが主人公? ありえないだろ。
「俺は主人公じゃねぇよ。それは俺が1番わかってる」
「いつまでもうじうじしてんじゃねぇー!?」
ドン。
頬に痛みが走った。
俺は殴られたんだとわかるまでに数秒かかった。
手加減したのか口の中が切れたり血が出たりはしなかったがそれでもめちゃくちゃ痛い。
一之瀬もその取り巻きも、逢沢でさえこの瞬間は空気になっていた。
「いいか2度目は本気で行く。それが嫌なら向き合え」
殴られるのが嫌だそんな消極的な理由で俺は顔をあげた。
ジンジン腫れる頬の痛みでそれどころじゃないせいか気持ち悪くなる暇すらない。
久しぶりに逢沢の顔をまともに見た。
「なんで逢沢は泣いてるんだ?」
逢沢の顔には涙が溢れていた。
だいぶ前から泣いていたのか涙の筋が何重にも重なって、目が充血して可愛い顔が台無しだ。
「だって、私がアラタをそんなに傷つけてしまってたなんて思ってなくて……」
「いや、あれは俺が勝手に勘違いして盛り上がって自爆しただけなんだから」
「ううん。私が悪いんだよ。だって……本当は好きだったのに、アラタと付き合って周りからバカにされるのが恥ずかしいって思って振ったんだもん。そのせいでアラタとは話せなくなったし。リンカちゃんとも……」
衝撃の告白に俺は時が止まった錯覚に陥った。
あの時好きだった?
なんでだよ。
「なんで今更そんなこと言い出すんだよ! 好きだったとか遅せぇよ。今言われたってもうこっちは……何とか折り合いつけて諦めたのに……」
そうだ振られてからゲームにのめり込みプロゲーマーになるまでに俺は逢沢への気持ちを諦めようともがき続けてきた。
でも嫌いになれなかったんだから辛くて当たり前だよな。
だから身体が拒絶反応を示すようになったんだ。
引きずっちゃいけないって思い続けてきたから。
「だから言ってるのよ、西川君は未練タラタラって」
そこまで黙っていた一之瀬がそこで口を開いた。
「かもしれないな。……だとしてももう終わったことだ。関係ない」
「実はそうでも無いのよ。いいわ教えてあげる。なんでワタシが逢沢……ううん。ハルカの恋を応援するのか。ワタシも同じだからよ。叶わなそうな恋をしているから。遠足の後話してお互いそうだってわかったの。単純よねワタシも。そんなことであれだけムカついてたのに応援したくなるんだから。その代わりにワタシの恋を応援してもらうことになったのだけど」
「そういうことなの。だから無理言って話す機会を作って貰ったの。アラタはこうでもしないと逃げちゃうから。だから聞いて。私、逢沢ハルカは、西川アラタのことが、初めて見た時からずっと好きでした。振っておいて今更遅いのもわかってるけど、やり直してくれませんか?」
多数の人間が見守る中の告白。
それがどれだけ勇気のいることか俺は知っている。
だって俺はそれが無理だからわざわざ入学式終わってすぐに呼び出して告白したんだから。
その勇気に俺は答えないと行けない。
その義務が俺にはある。
「やり直し、何がやり直しになるかは分からないがよろしくお願いします」
前に進むためにはこれが最善策だ。
そう思うから。
「やったな西川! おれ今めちゃくちゃ感動の瞬間にたちあったんじゃないのか? これ」
「鬱陶しいし、やかましい。あくまでもやり直しを受け入れただけだ、付き合うわけじゃない」
「はー? 実質付き合うみたいなもんだろこれ」
新道はしきりに騒ぎ一之瀬はいつも間にか退出。
逢沢は、俺と新道のバカ騒ぎを黙って眺めていた。
ひとしきり騒いだ後俺たちは下校するために学校を出た。
「そうだ新道」
「ん?」
「今日はありがとうな。殴ったことは許さんが」
「友達として当たり前の事をしたまでだ」
「殴ることがか?」
「違う背中を押してやることだ」
友達恋人。
人間関係は簡単な事ばかりじゃない。
でも人と関わらずに生きていくとは無理だから誰かに支えられて今日も俺は1歩前に進む。




