終章 新たなる誓い
合戦の日の夕刻、桃園家と三家の連合軍は二龍逢城へ到着した。その時には既に灰積家の留守部隊三千は鷲松軍に殲滅され、将邦の弟の将同は捕らえられていた。鷲松勝嘉は戦場に派遣していた物見の報告で合戦の結果を知ると、密かに将同軍を取り囲んで攻撃したのだ。
すぐに城内に使者が送られて包囲は解かれたが、まだ信じられぬ顔の者も少なくなかったところへ、本当に桃園軍が到着したので、城下は歓喜の声に包まれた。
鷲松勝嘉は泉代扶成と町の門まで迎えに出ていた。二人を認めた真棟に言われて煕幸と真愛が馬を下りると、一人の若武者が駆け寄ってきて、うれしそうに真愛に抱き付いた。
「ずっと君に会いたかった! 助けに来てくれてありがとう! 将邦と一騎打ちをしたと聞いたが、怪我がないようで安心したよ。まさか討ち取ってしまうとは驚いたなあ」
その青年は真愛の美貌をまじまじと眺めてまぶしそうな顔をした。
「真愛殿、ではなくて真愛様だったね。本当に女人だったんだねえ。女物の着物が似合いそうな美少年だと思ってはいたけど、いや、本当に美しい」
煕幸が唖然とし、誰だろうと思っていると、名残惜しげに少女から離れた若者は、煕幸に礼をとった。
「大軍師様でいらっしゃいますね。お会いしたいと思っておりました。私は泉代鎮成と申します。真愛様のはとこに当たります」
つまり、この二十歳の武人は現当主扶成の孫らしい。
「お従兄様には随分親しくしていただいて、封主家の跡継ぎの心得をいろいろ教えていただきました」
真愛が桃園家の世子になった時に祝いの使者としてやってきた鎮成は、年下のはとこを気に入って可愛がり、仲良くなったのだそうだ。
「灰積家を破った作戦は大軍師様がお立てになったそうですね。合戦の流れを聞いて驚嘆いたしました。狼を使うことはどのようにして思い付かれたのですか」
丁寧だが強い興味を隠さぬ口調だった。まさか山賊に追われて山中を逃げ回った時に恐ろしさが身に染みたからとは答えられないので、煕幸はこう説明した。
「今回の合戦に勝つには敵の大将の将邦を倒す必要がありました。ですが、軍勢の真ん中にいる敵将を倒すのは至難の業です。立ちふさがる敵の武者たちを押しのけて道を切り開く必要がありますから。僕はその方法に頭を悩ませましたが、はっと気が付きました。敵を無理矢理どかすのではなく、自分からよけさせればよいのだと」
真愛や鎮成はもちろん、扶成や勝嘉や三封主、真棟や貴政たちも興味深げに聞いている。
「敵の武者たちが恐れ、嫌がり、その前に立ちたくないと思うものを用意して敵の大将に向けて進ませ、その後ろをついていけばよいのだと思い付いたら、あとは簡単でした。候補はたくさんあります。たとえば、神話に出てくるような神の力を使えるなら、天界の半分を統べる滅びの神、黒角龍王の配下の悪鬼軍団を呼び出して、敵に向かって突撃させればよいのです」
「現実にはそれは不可能ですね」
真愛が言い、煕幸は頷いた。
「もちろん僕には悪鬼は呼び出せません。ですから、実際にいる動物を使おうと考えました。海の向こうの大陸にいると聞く獅子や虎、犀に水牛、熊の群れでもかまいません。でも、ここは吼狼国です。ならば、狼が一番よいでしょう」
吼狼国の大きな狼たちは、この国の全ての動物の中で最強で、まさに王者だった。
「ただ、狼たちをうまく敵将へ誘導する方法が難しかったんです。投石機で肉を投げるだけでは不安だったのですが、その時、輝翼丸と金の薙刀と将邦の黄金の角を思い出しました」
「なるほど……」
同じ言葉が全員の口から一斉に出たので、皆が顔を見合わせて笑みを浮かべた。
「まさに大軍師様にふさわしい大胆な作戦でございました。これからもその智謀で我等をお導きください」
鎮成がその場に片膝を突いて頭を下げると、真愛以外の全員がそれにならった。煕幸は少女と視線を交わし、真棟をちらりと見ると、鷲松勝嘉に言った。
「灰積将邦は倒しました。しかし、首の国からの出口に当たる虎落国には龍営方の大封主暮之森家がいて、攻めてくることも充分考えられます。ですから、この地域の平和を守るため、首国探題の鷲松家を盟主として、この六家で同盟を結びましょう。灰積家の武者たちは武家の身分を剥奪して庶民に落とし、監視の下で復興の手伝いと償いをさせるつもりですが、その采配もお願いします」
「いや、盟主には大翼の巫女姫様、副盟主には桜の大軍師様がふさわしかろう。わしは辞退いたす」
勝嘉は首を振った。
「わしは孫と息子の嫁を守れなかった。二人の敵を討ってくださったあなた方のお下知に従いたい」
勝嘉の顔に一瞬浮かんだ深い悲しみに煕幸は胸を突かれたが、承諾はしかねた。そこへ、泉代扶成が言葉を挟んだ。
「お二人はこれからどうなさる。やはり都へ攻め上られるのか」
「もちろんです。まずは灰積家の城を落とし、領地を占領して首の国を安定させるのが先ですが、そのあとは基銀を倒すために南へ向かいます」
おおう、というどよめきが周囲の武者たちから湧き起こった。聞き耳を立てていたらしい。やはり、という顔で頷いた扶成は、勝嘉に言った。
「ここは鷲松家がお引き受けになるのがよろしかろう」
「扶成殿……」
「お二人はしばらく首の国を留守にされることになる。荒れた土地の復興や施政の協力といったことはわしら年寄りの役割だ。若い方々には戦場で活躍してもらおう。もちろん、真棟殿にも協力していただく」
と視線を向けられた義弟も言った。
「鷲松家にはこれまで首の国の平和を守ってこられた実績がおありだ。皆も納得しよう」
勝嘉は考え込んだが、やがて頷いた。
「皆様がそこまでおっしゃるのならお引き受けいたそう。兵糧の調達や領地の仕置きは我等が責任をもって行うゆえ、若いお二人は存分に戦ってくだされ」
少女の肩の上の鴉が、自分も賛成だと言うように、かあ、と鳴き、全員が笑顔になった。
笑みを収めた泉代扶成は、数歩下がったところにいた二人の若者に声をかけた。
「お二人が義狼団の頭領の方々か」
山吹善晃と朝岸友延が顔を見合わせて遠慮がちに進み出ると、扶成は歩み寄って善晃の手を押し頂き、深々と頭を下げた。
「お二人には籠城中、随分と助けていただいた。本当に感謝しておる。ありがとう」
善晃は恐縮して言った。
「俺たちは包囲軍の背後を攪乱しようとしたが、結局大したことはできなかった。改まって礼を言われるほどのことはしちゃいません」
「いや、そんなことはない」
扶成は真顔で首を振った。
「桃園家にも援兵を断られて孤立無援の我々を、あなた方は助けにきてくださった。義狼団の勇士たちの来援がなければ、我々は絶望に負けて降伏せざるを得なくなっていたかも知れぬ。多くの者があなた方の活躍に勇気付けられたのだ」
「本当にその通りです。感謝申し上げます」
鎮成とその父成紹も頭を下げた。
「わしからも礼を言おう。また、助けにこなかったことをここで詫びる。本当に申し訳なかった」
真棟が頭を垂れると扶成は首を振り、分かっているという顔で義弟の肩を叩いた。
煕幸も善晃たちを讃えた。
「義狼団は合戦でも大活躍でしたよ。四千の将建軍を一千で足止めして一人も通さず、最後には将建を捕らえたのですから」
「いや、俺たちなんざ、大軍師様に比べれば大した働きじゃあありません。でも、おほめにあずかり、仲間も喜びますよ」
善晃は柄にもなく照れたが、ふと脇を見て複雑な顔の七穂と目が合うと、相手が驚いて急いで目を逸らしたので苦笑し、少し寂しげな顔になって、侍女の横顔を見つめた。
「では、城内にご案内いたそう。戦勝の祝宴の用意が整っておる。籠城を終えたばかりゆえ大した酒肴はご用意できないが、精一杯のおもてなしをさせていただきたい」
門の前での立ち話を終えて、皆が城へ向かおうとしたところへ、俊政たち数人が一人の罪人を連れてきた。
「軍師殿、見付けましたよ。ご推察通り、将同の本陣だった屋敷の倉につながれていました」
皆の前に引き出された半七郎は弱り切っていたが、見覚えのある面々を見て恐怖に顔を引きつらせた。
「どうやら食事をほとんど与えられていなかったようです」
「これはあの時の賊ですね。どうしてこの国に?」
真愛は不思議そうに首をひねっている。煕幸は半七郎に語りかけた。
「君は処刑されると決まっている。それは変えられないが、この質問に答えれば、それまでは飢えさせないと約束しよう。正直に話せばすぐに食事をあげるよ」
食べ物をもらえると聞いて、半七郎はどんなことでも答えやすと、何度も首を縦に振った。欲に弱く誇りの欠片もないこの小男に憐れみを覚えながら、煕幸は自分の後ろにいる人々を手で示して尋ねた。
「君を目元城の牢獄から逃がした人がこの中にいるかい?」
半七郎は周囲を見回して頷き、一人を指さした。煕幸はやはりという顔でその人物に言った。
「日輪山小鈴さん、あなたがこの男を逃がし、将邦に真愛さんのあざのことを伝えさせたんだね」
煕幸は厳しい口調で侍女に迫った。
「怪我をした牢番は、最後に牢に入ったのはあなただと言った。罪人の食事を運んできたとね。真愛さんの世話をする侍女の仕事には、そんなことも含まれているのかな」
真っ青になり、抗弁しようと口を開いたものの言葉の出てこない侍女を見て、七穂が愕然とした表情でつぶやいた。
「小鈴さんがなぜ……」
煕幸が説明した。
「泰綱さんは亡くなる時、『あの人には申し訳ないことをした』と言っていた。それで、僕はきっと恋人がいたに違いないと思った。縁談が婚儀の寸前に壊れて結婚に興味を失っていた泰綱さんに、ひたむきに愛をささげて心を動かした人がいたのだと」
「まさか、兄さんと……。知りませんでした」
七穂は立ち尽くしている小鈴をまじまじと見つめて、痛ましげな表情になった。
「そして、小鈴さんの父君は、真愛さんのお母上を守って都から逃げ戻る途中に亡くなっている。つまり、動機は真愛さん母娘への復讐だろう」
「そんな……」
信じたくないという顔の真愛を見て小鈴はようやく腹をくくったらしく、それまでのやさしげな笑みの裏に隠していた怒りを少女にぶつけた。
「大殿様の孫娘だから、あざがあるからと、何の力もないのにちやほやされて、次々に周囲の人を死なせていくその女が憎かったんです。すげなく断られても諦めず何度も何度も押しかけて、ようやく私にだけ特別な笑顔を見せてくれるようになったあの人も、私の父も、この母娘に殺されてしまいました。お城から追い出されて死んでしまえばよいと思いました」
そう言いながら、小鈴は疲れた顔をしていた。怒りと良心の間で苦しんできたのだろうと煕幸は思ったが、あやまちは指摘しなくてはならなかった。
「小鈴さん。君は侍女としてそばにいて何を見ていたんだ。みんなが真愛さんを愛し守ろうとするのは血筋やあざが理由じゃない。この人のやさしさや明るさや思いやりが人を引き付け、一緒に未来を切り拓きたいと思わせるからだ」
皆が頷いた。
「小鈴さんにそれが分からなかったはずはない。あなたは賢い人だから、真愛さんを殺せば君の父上と泰綱さんの忠誠が無駄になることを本当は理解していたはずだ。君は二人が信じた真愛さん母娘を信じるべきだったんだ」
貴政が言った。
「俺の父も君の父上と同様、真弓様を守って死んだ。だが、嘆く俺に母は、『真弓様を恨んではいけない。生まれた子に悪意を向けてもいけない。あなたの父が命と引き換えに守り抜いたものの価値を自分の目で見てきなさい』と言った。まだ九歳だった俺は複雑な気持ちで祖父の家を訪れたが、生まれたばかりの真愛様を胸に抱いた真弓様を目にした時、母の言葉の正しさを理解した。俺はその場で今度は自分がこの方々を必ずお守りすると誓い、それ以来、真愛様は俺の心の支えになったのだ」
「貴兄様……」
涙ぐむ真愛に貴政はやさしく微笑んで、すぐに小鈴に目を戻した。
「あなたにもそういう気持ちはあったはずだ。だから真愛様の侍女を引き受けたのだろう。俺と泰綱はそう信じたからこそ、小鈴殿に侍女を任せたのだ。泰綱が『あの人は信用できる』と言ってあなたを強く推したのだぞ」
小鈴は大きく目を見開き、うなだれた。七穂が一歩進み出た。
「私も目の前で兄さんを殺されました。でも、兄さんは真愛様を恨むなと言って死んでいきました。だから、私は兄の気持ちを継いで、一緒に戦っていこうと決めたんです。小鈴さんが憎しみに負けてしまったことがとても残念です」
悲しみに満ちた言葉に、小鈴は顔を上げられなかった。煕幸が言った。
「小鈴さんにはある意味感謝している。あなたのおかげで僕も真愛さんも桃園家のみんなも灰積家と戦う決心が固まった。でも、牢番はあなたのせいで大怪我をした。死ぬ可能性もあった。やはり、あなたは裁かれて、罪を償わなくてはいけない」
小鈴は地面に膝を突き、涙をこぼしながら真愛に平伏した。
「私がばかでした。お二人が本当に灰積将邦を討ってしまわれた時に、それに気が付きました。本当に申し訳ありませんでした」
「小鈴さん、私こそ謝らなくてはいけません。泰綱さんのことは憎まれて当然だと思います。お父上のことも母にかわって謝罪します」
真愛も涙を流した。真棟が言った。
「小鈴よ。幸い牢番は快方に向かっておるそうだがお前のしたことは許されぬ。また、主君を裏切った者に侍女を続けさせるわけにはいかぬ。しかし、お前があの男を逃がした結果、物事がよい方へ動いたことも事実。それゆえ、投獄するかわりに、お前に武者たちの看護を命じる。目元城には合戦で奮闘して傷付いた者たちが大勢運び込まれておる。医師を手伝ってできる限りのことをしてやれ。それがお前の償いだ」
「はい。精一杯働きます」
とうとう抑え切れずに嗚咽をもらし始めた小鈴を武者たちが連れて行き、半七郎も俊政たちによって城の牢へ連れていかれた。衝撃を隠しきれない真愛を七穂がやさしく慰めていた。
そのまま人々は二龍逢城へ入り、勝利の宴が開かれた。武者たちにも酒や肴が振る舞われ、喜ぶ町の人々から祝いの品が大量に届いて、町中がお祭り騒ぎになった。
主役である真愛と煕幸は大広間の一段高い畳の上に並んで座らされ、次々に祝いを述べにくる人々の相手で忙しかった。食べる暇がないのにどんどん酒を注がれて、煕幸は酔いが回ってふらふらになってしまった。
やがて皆が快く酔っぱらい、挨拶攻勢も途切れると、真愛が立ち上がっていなくなった。しばらく待っても戻ってこないので、気になった煕幸が探しに行くと、二龍逢城の天守に入っていったと警備の武者が教えてくれた。
三層の天守の最上部に少女はいた。
「ここにいたんだね」
煕幸が近付いて声をかけると、少女は窓際で振り返って微笑んだ。
「きっと来てくれると思っていました。五郎ちゃんと泰綱さんに報告をしていたんです」
夜空には一面の星に囲まれて黄金色の三日月が輝いている。やや離れたところに桜座の六つの光が並んでいた。
少女の隣で一緒に星を見上げながら、煕幸は気になっていたことを尋ねた。
「灰積家の武者たちの始末は本当にあれでよかったんだね?」
「迷いはありません。二人も納得してくれると思います」
「君らしい判断だったと思うよ」
出陣前に軍議で話し合った時、貴政は全員殺すべきだと主張し、煕幸はそれなら恐慌を起こさせて池に追い落として沈めてしまうのが手っ取り早いと具体的な手順を提案したが、真愛は生かして罪を償わせるべきだと言い張った。結局、真棟が「抵抗を諦めた者たちを皆殺しにすれば我等も人殺しになってしまう」と孫を支持し、敵の武者たちを追い詰めたところで降伏勧告をすることになったのだ。確かに、復讐のために一万四千人を水に沈める真愛は煕幸も見たくなかった。
「終わったね。そして、始まるね」
「はい、始まります」
一つの戦いが終わり、新しく長い戦いが始まる。灰積家との争いは体の刻印がもたらしたもので、生き延び、大切な人々を守るためには避けられないものだった。だが、これから先は自分たちから始める戦いだ。
「あなたと一緒なら怖くありません」
「僕もだ。真愛さんと一緒だから戦っていける。僕たちの刻印は偽物だけど、本物にしてみせる。天の命令によってではなく、僕自身の意志でね」
「私も自分の意志で戦っていきます」
二人は月の光りを浴びながら見つめ合った。
「最後まで一緒に戦おう」
「はい。最後まで一緒です」
しっかりと頷いた少女は、急に顔を赤らめてうつむいた。
「何だか二人切りでこうしていると照れますね」
「確かにね。でも、同時に温かい気持ちにもなる」
「えっ……?」
真愛は一層赤くなった。見るからにどきどきしている。
「それは、あの、どういう意味ですか。もしかして……」
煕幸はくすりと微笑んだ。
「真愛さんを見ていると、姉さんを思い出すんだよ」
「お姉さんを?」
「うん。僕の初恋の人なんだ」
「初恋? お姉さんに?」
「義理の姉だからね。明世姉さんは父さんの娘なんだ」
「そういえば、そういう話でしたね。じゃ、じゃあ、お姉さんを助けたいっていうのは……。あれ、でも、お姉さんを思い出すって、やっぱり私のことを?」
混乱する少女の背に、突然大きな声がかかった。
「真愛様、ここにいらっしゃいましたか! 姿が見えないので心配しましたぞ」
貴政だった。乱痴気騒ぎの城内で迷子になったのではないかと探しに来たらしい。七穂と俊政も入ってきて両側から少女の手を一つずつ握った。
「真愛様、皆さんが待っておられますよ。あまり食べていらっしゃらないのでしょう? おいしい料理がまだいっぱいあります。広間へ戻りましょう」
「軍師殿のこともみんなが呼んでいます。一緒に飲みましょうよ」
善晃と友延も付いてきていて、酔っぱらった騒がしい声を上げた。
「大軍師様、合戦の話を聞かせて下せえ! 仲間たちに絶対に詳しく聞いてくるって約束させられましたんで!」
「俺たちは将邦が死ぬところを見てないんですよ! どんな風だったんですか!」
なんと鎮成も一緒にいた。既に顔が真っ赤で、ふらふらして呂律が少々怪しかった。
「おお、ようやく見付けたぞ。実は真愛様に重要な相談があってね」
一ヶ月半に及ぶ籠城戦の緊張が解けて浮かれて飲みすぎたらしい。
「先程祖父が真棟公に私と真愛様の縁談を持ちかけた。泉代家は私の弟に継がせればよい、ぜひ巫女姫様の婿にという話のようだ。これはぜひ二人で対策を話し合う必要がある。別に嫌というわけではないが、まだ戦いが終わったばかりで国内も落ち着いていないし、少し早いと思ってね。いや、本当に嫌ではない。全く嫌ではないのだよ。むしろうれしい……ごほん、とにかく、話し合いが必要だ。一緒に来てくれ」
六人に囲まれて連れて行かれながら、真愛は叫んだ。
「ちょ、ちょっと待って! 私は煕幸さんに確かめたいことが! 離して! 離してください!」
真愛は貴政の肩に担ぎ上げられて、煕幸の方へ腕を伸ばしたまま階段を運ばれていった。
少女を見送った煕幸は、夜空へ目を戻して三日月に誓った。
「姉さん。僕はきっとあなたを救い出します。そして、真愛さんを紹介します。心から信頼でき、どんな困難でもこの人と一緒なら乗り越えていけると思う、あの女の子を。もうすぐです。待っていてください」
そうつぶやくと、煕幸は満天の星にくるりと背を向け、仲間たちの大騒ぎに加わるべく、追いかけて階段を下りていった。
降臨歴三五二六年藤月七日、ほくろ平の合戦で灰積将邦は死に、その領地四ヶ国の諸城は鷲松家を盟主とする連合軍によって次々に陥落して、同盟に参加した六封主家に共同管理されることになった。こうして首の国の西部には平和が戻ったが、吼狼国の戦乱はいまだ収まる気配を見せず、都の龍営もその力を失ってはいない。後世戦乱の十三年間と呼ばれた時代は、まだ三年余りを残している。




