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24 贈り物

 私はその日、レンブラント様の宮に宿泊することになった。


 日中衝撃的な事が立て続けに起こったのは紛れもなく事実だったし、とにかく本当に疲れていて、私たちはもうすぐ結婚する婚約者なので、何も問題ないという判断だった。


 もちろん……別々の部屋で眠ったけれど、何かあったと誤解されてしまっても仕方がない状況ではあった。


 婚約をしている二人の想いが通じ合った今となっては、誤解されたとしても何の問題もないけれど。


 翌朝、朝食を食べていた私たち二人の前に、アンドレはこほんとわざとらしく咳払いしつつ現れた。


「おはようございます。殿下。リディア様。清々しい、とても良い朝ですね」


 彼らしくそつなく挨拶しにこやかに微笑んだので、私たちは顔を見合わせて微笑んだ。


「……おはよう」


「おはよう。アンドレ」


「殿下が急ぎでと調査させていたあの件ですが、神殿から早馬の返信がありました……ジャイルズ公爵令嬢は、顔を変えることが出来る能力(ギフト)を与えられた訳ではなく、本来は狭い範囲に自分の望む絵を書けるだけのもののようです。一定期間が経てば、消えてしまうというもので」


「ああ……なるほど。彼女は顔を変えている訳ではなく、自分の顔をキャンパスに見立てれば、それも可能なのか」


 好きな絵を描くことが出来るとなれば、それは、化粧で顔を変える事と同じなのかもしれない。


 身だしなみの一つとして化粧は常にしているけれど、化粧をすれば自分だって驚くほどに変わってしまう。それを自由自在に出来るというのなら、顔が別人になってもおかしくないわ……。


 つまり、一瞬で化粧を施していただけだったのね。


「はい。お二人ともご存知の通り、犯罪行為に繋がるような良くない能力は与えられないはずですが、独自の手法で顔を変える方法を思いついたのでしょうね。ですので、ジャイルズ公爵令嬢の能力(ギフト)を封じてしまえば、そういった悪さも出来なくなるかと」


「……そうだな。今まで好き勝手に使っていたのだろうが、このままだと本格的な犯罪行為にまでになりそうだ。王家はそのような理由があれば、能力(ギフト)を封じる事が出来るが……」


 思案しているレンブラント様に、アンドレは真面目な顔をして言った。


「レンブラント殿下。身分を偽って入城することも、立派な犯罪行為ですよ。昨日、ジャイルズ公爵令嬢がしでかしたことは、本来ならば刑罰を受けるべき犯罪です。すぐに逮捕しましょう」


 アンドレは私がレンブラント様に内密に片付けたいとお願いしたことを知らないので、犯罪者として突きだそうとしているようだ。


能力(ギフト)を封じれば、犯罪行為とて……使用することももう二度とすることは叶わない。リディア。全てを公にすれば、君の望まない結果になるんだよね?」


「ええ……そうです。出来れば避けたいです」


 私はジャイルズ公爵家を潰してしまうことは望んではいないし、レンブラント様だってそうだろうと思う。


 けれど、ナターシャ様がしたことが全て公に明らかになれば、それは避けられないことだった。


「僕はナターシャ・ジャイルズの能力(ギフト)を王家の権限を持って封じようと思う。リディア。それで構わない?」


 能力(ギフト)は一生にひとつだけ。十七歳の誕生日に与えられるのみ。


 レンブラント様はそれを封じることで、彼女への罰にしようと私に提案した。


「……わかりました。確かに犯罪に使用されかねない能力(ギフト)だと思いますし、それが彼女本人のためだと思います」


 レンブラント様は私の言葉に頷いて、アンドレに視線で何かを命じた。



◇◆◇



 私は指示通りに、夜会中に会場から抜け出し一人で廊下を歩いていた。


「……ダヴェンポート侯爵令嬢。ごきげんよう」


 呼ばれて振り返った私は、驚いてしまった。その時に、目の前の人物が一瞬にして違う顔になっていたからだ。

 ……好きな絵を描ける能力(ギフト)。素晴らしいものを与えて貰っているはずなのに……どうして、こんな事を。


 彼女はドレス姿ではなくて、城で働く使用人たちの着るメイド服を着ていた。つまり、あまり良くない何かをするつもりなのだろう。


「……ナターシャ様」


「最近はレンブラント殿下と、仲睦まじい様子ですね? 演技ですか? ……私が、邪魔をしたから?」


 目の中が昏い。


 ナターシャ様は自分の希望通りにいかなかったと、まだ彼女の中で受け止めきれてはいないようだ。


「……いいえ。ただ二人の中にあった誤解が、解けたからです。私たちは元々、仲が悪い訳ではありませんので」


「嘘よ!」


「ナターシャ様に誤解を与えたことは……深く謝罪します。けれど、私たち二人はお互いに好き合っていて、このまま結婚することを望んでいます。ですから……」


「嘘よ嘘よ嘘よ! 全部、嘘! 私を馬鹿にするなんて、許せないわ!」


 激昂した彼女が私に走り寄ろうとしたところで、近くに潜んでいた兵士が彼女を取り押さえた。


「……ジャイルズ公爵令嬢。こんなことになって、とても残念だよ」


 そして、レンブラント様も私の隣に居て、不快そうに眉を顰めていた。


 ……彼のこんな表情、初めて見る。私に冷たい態度を取っていた時にだって、見たことはなかった。


「ああ。レンブラント殿下! 私は……私は」


「僕の祖先が与えた能力(ギフト)を使って、犯罪はいけないね……返してもらおう」


 彼がそう言った時、ふわっと光がナターシャ様を包み、そして消えた。


「えっ!?」


 何が起こったのか分からなかったのか、ナターシャ様は驚いて呆然とするばかりだった。


「これは、秘されていることなんだが、白の魔女の子孫には、いくつか出来る事があるんだ。国民から能力(ギフト)を取り上げることだって含まれている」


「嘘……もしかして、もしかして……これで?」


 信じ難いと震える声。国民全員に授けられる能力(ギフト)なのに、彼女はそれを失ってしまった。


 ……白い魔女からもらった、人生でたったひとつの贈り物(ギフト)だったのに。


「残念だけど、もう顔は変えられないよ。僕の婚約者の希望で、これは公にすることはないが、君は一生あの能力(ギフト)を使うことは出来ない」


「いやぁ! どうして! 酷いです……私は、何もしていないではないですか!!」


 金切り声を上げたナターシャ様は、自分が失ってしまったものの大きさを実感するのは、ここから離れ落ち着いてからなのかもしれない。


 好きな絵を描くことが出来るなんて……素晴らしい能力だわ。きっとこれからも、楽しめたはずだ。


 こんな事をしようとしなければ、一生使えたはずの能力だったのに。


「これまでは……そういう事になっているし、婚約者の希望もあり、僕もそれを覆すつもりもない。だが、今ここに身分を偽って犯罪行為をしているという事実もある……連れて行け」


「はっ」


 数人の兵士に捕縛されて、ナターシャ様は連れて行かれてしまった。


「……大丈夫?」


 それを見送っていた私を気遣ったのか、レンブラント様は声を掛けてくれた。


「え? っ……ええ。レンブラント様の今までの私に対する冷たい態度って、単に演技で可愛いものだったんだって、今気がつきました」


 ナターシャ様に対する厳しく冷たい態度を見れば、私にはどれだけ甘かったかをわかってしまった。


「それは……そうだろうと思うよ。必死で心の中と違う事をしていたんだから……仕方ないと思うよ。会った時から、ずっと僕はリディアのことを、好きだったし」


 もごもごと呟く彼の言葉を聞けば、さっきまでナターシャ様を断罪していた人と同じだとは、とても思えなかった。




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