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23 話し合い


「その……けれど、これは私と彼女の問題なので……あまり言いたくはありません」


 私はどうしてもこの問題に、王族であるレンブラント様を巻き込んでしまう事に抵抗があった。


 何故かというと、これは池に落とした実行犯ナターシャ様だけが責任を取れば良いと言う話ではなくなってしまう。


 彼女が属するジャイルズ公爵家にも関わり、娘の責任を取るならば彼女の父親ジャイルズ公爵となってしまうからだ。


 しかも、体面の問題もあって王家の怒りを買ったとなれば、一族郎党にまで累が及ぶかもしれない。


 ただ少し恋愛事が拗れ、私がケーキを被り、池に落とされた程度の事で、ジャイルズ公爵家という古い貴族全体が終わってしまうかもしれないのだ。


 けれど、私は出来れば、そうしたくはなかった。


 元々と言えば、私が私の好むように行動してくれていたレンブラント様に甘えていたのがすべての原因で、彼女を誤解させてしまっただけだった。


 ……けれど、だからと言って、嫌がらせをして良いという問題でもない。


 だから、本人たちで解決出来る事ならば、そうするべきなのだと。


「何か、問題があるのか……? もしかして、誰かに脅されているとでも?」


 ここで何も言えないということは、そういうことなのかと怪訝そうな表情を浮かべたレンブラント様は、私の態度を見て訳ありなのかと誤解してしまったようだ。


「そんな……! 何も言えないのは、そういう訳ではありません。ですが……これは、私と彼女の問題なのです。レンブラント様」


 私がそう言えば、レンブラント様は訳がわからないと言わんばかりに眉を寄せて首を傾げた。


「リディアは僕の婚約者だ。君に何かされたのなら、怒る権利は十分にあると思うのだが」


「それは……そう思って頂けて、すごく嬉しいです。ですが、これはそもそも私たちが円満な婚約者同士であれば、彼女とてつけ入る隙はないと思われたはずです」


 結局のところ、私が言いたいのはこれなのだ。


 気持ちに負けて誰かを池に落とすなどは、絶対してはいけない行為だとは思う。


 ……私には絶対に非がないと言い切れれば、すぐに報告していたかもしれない。


 けれど、そうではなかった。


「リディア。それは……」


 『彼女』が誰であるかをわかっているレンブラント様はだからと言って、許されるという訳ではないと言いたいのかもしれない。


「私側の勝手な気持ちで、婚約者のレンブラント様には一定の距離を保っていました。それを見ていた彼女とて、自分ならばそんなことはしないと不満があったという言い分だってあるでしょう。私にだって悪い部分があるのです。面白くないと思われた気持ちは理解出来ます。この程度のことで、公にしたくはありません。ですから、これは私と彼女が解決すべきことと思いました」


 私が彼の目を見てキッパリと言い切ると、レンブラント様は困ったように微笑んだ。


「君は……思慮深く、本当に素敵な人だ。リディア・ダヴェンポート侯爵令嬢。もし良かったら、将来、僕と結婚して貰えますか?」


 幼い頃から約束している事を確認するかのように恭しく手を差し出したので、私は微笑んでその手を取った。


「ええ。もちろんですわ」


 レンブラント様はダンスを踊る直前のように、私の手の甲にキスをした。


 それと同時に、その青い目を眩しそうに細めていた。私がレンブラント様の振る舞いに対し、とてもときめいて……彼の能力(ギフト)により眩しく映ったせいだろうか。


 ……今だからこそ、気がつく。


 たまに彼がこうしていたのは、私がときめいていたからだったのね。


 私が彼にときめくと周囲が輝いて見えるなんて、なんだか少し不思議だけど……とっても素敵な能力(ギフト)だわ。


「……君が言いたいことは、十分に理解したよ。けれど、僕は君に起こった事実関係を掴んでおきたいんだよ。リディア。だから、何が起こったかどういう事を言われたかを教えて欲しいんだ」


「レンブラント様……」


 ここまで言って貰えれば、まるで私が黙っている事が、いけないように思えてしまう。


「絶対に、君に相談せずに彼らに罰を下さないよ。父母や兄上にも口を割らない。誓う」


「……わかりました」


 流石にここまで言われてもう黙ってはいられないと私が渋々頷けば、その身を引いたレンブラント様は足を組んでにっこりと微笑んだ。


「池に落としたのは、ナターシャ・ジャイルズ公爵令嬢なんだね?」


「……そうです」


「アンドレにすぐに調べさせたけれど、ナターシャ・ジャイルズは昼のお茶会から帰宅した後、ジャイルズ公爵邸から出ていないそうだ。これについて、何か知っている?」


 レンブラント様、さすがに行動が素早い……そうよね。


 直前までの状況証拠はほぼ揃っているのだから、私を落としたのは彼女であるとすぐに辿り着いていそう。


 それを調べるために、彼は私をここに連れて来てから、すぐに席を外していたんだ。


「あの……立ち去る時に、顔が変わっていました。だから、私が彼女だと被害を訴えたとしても、無駄なのだと。あれはおそらく、彼女の能力(ギフト)なのだと思います」


「顔を変えることの出来る能力(ギフト)だと……? 今までに聞いたことがない。犯罪行為に繋がるような顔を変える能力(ギフト)など、絶対に与えられないはずだが……」


 ナターシャ様の事を聞き、レンブラント様は、思案するように顎に手を当てていた。


 けれど、彼にこうして何もかもを話す事が出来て、ほっと安心しているのも事実だ。私たち二人は、こういう話し合いが足りていなかったのだと思う。


「レンブラント様……あの」


「大丈夫だ。詳しく調査して……君の希望に添うように動くから、心配しないで。大丈夫。勝手なことは、何もしないから……」


 そして、もう一度レンブラント様に抱きしめられて、私はもうこれで何も心配はないのだとほっと息をついた。




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