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22 冷たくしないで

「そうなんです。冷たくされるくらいの方が、ちょうど良いわなんて、思った頃もあったんですけど……この前に神殿に判定結果が届くまで、私が見えるこの数字はその人の恋愛指数だと思っていたんです……だから、レンブラント様には婚約者である私以外の他の女性がいるのではないかと、つい誤解してしまって……」


 これまでレンブラント様から見れば不思議だったことを説明しなければと私は言い、彼は驚いた表情になっていた。


「そんな訳が、ある訳がっ……ああ。もう既にリディアが誤解だとわかっているから、それはもう良いのか……」


 レンブラント様は自分には他の女性の存在が居る訳が無いと否定しようとしたんだけど、それは誤解して彼を監視していた私も十分に理解しているから頷いた。


 ただ、彼は多忙過ぎて、婚約者の私にもなかなか会えないと言うのに、他の女性なんて入り込む隙も時間もなかったのだ。


 ……浮気を疑ってしまって、ごめんなさい……。


「はい……ごめんなさい。とんでもない勘違いをしてしまっていて、レンブラント様を尾行していたこともありまして……」


 もうここで、何もかも話してしまった方が楽だと思った私は、これまでにあったことをレンブラント様に包み隠さず話をしてしまうことにした。


「リディアが、僕を尾行していたのか?」


 私が尾行をしていたと聞きレンブラント様は驚きの余りか、青い目がすっかり丸くなってしまっていた。


「そうなんです。アンドレを脅して、レンブラント様の公務の予定を聞き出しまして……」


「リディアが、アンドレを脅して……僕の予定を?」


 信じられないといった様子でレンブラント様はつぶやき、私はしまったと思った。


 侍従アンドレがレンブラント様の予定を漏らすことは、言ってはいけなかったかもしれない……。


「あ! アンドレの事は、どうか叱らないでください……私がこれを聞いてくれないと、婚約解消をするしかないと言い出したからなんです」


 無実のアンドレに罪を着せてしまう訳にはいかないと思った私は、両手を組んで祈るように言った。


 予定を管理している侍従が私に情報を流したと聞いて、レンブラント様は額に手を置いて、頭が痛いと言わんばかりの表情になった。


「いや……もう良いんだ。アンドレがリディアとの婚約解消に繋がらないよう、それを防ぐために動いたとなれば、僕への忠義を立てたと言うことになるからね。もうそれは、許すしかない……許すしかないな」


「良かった! 本当に、ごめんなさい。これは、私が勘違いした事から始まったんですけど……」


 神殿の判定結果が間違いだったとしても、勘違いであることは直接レンブラント様に確認すればすぐにわかったのに、私はそれをしなかった。


 ……つまり、これって何もかも自分が悪いのだ。


「そうか。もしかして、あのレストランにリディアが居たのも……?」


 そこで偶然にしては行き過ぎていた偶然を思い出したのか、レンブラント様は首を傾げていた。


 あんな状況であったとしても偶然を信じてくれていたのは、決してレンブラント様が鈍感だからではなく、婚約者の私が言ったことをそのまま信じてくれていたからだと思う……。


「その通りです。まさか、レストランがあのような特別な理由で、貸切りになっているとは思わず……大変失礼しました」


「いや……変だとは思ったんだが、アンドレが裏でリディアに情報を流していたとは……僕が何も知らず過ごしていた内に、リディアの周囲では、いろんな事が起きていたようだね」


 レンブラント様は苦笑していて、私はそんな彼の手を取った。


「ごめんなさい。レンブラント様。私は貴方を誰かに取られると思えばどうしても我慢出来なくて、それは絶対に嫌だと思ったんです……けれど、これまでは自分の気持ちを伝えることもせずに、一定の距離を保ってくれるレンブラント様に甘えていました」


「リディア……」


 レンブラント様は名前を呼んで、私の事を抱きしめた。


 私は大きくて温かな身体に抱きしめられて、もう何も心配することはないと、そういう安心感を覚えていた。


 長い間、婚約者同士だったと言うのに私たちは初めて、この時に互いの思いを通じ合った。


「……レンブラント様。私、貴方の事をずっと好きでした。けど、そんな好きな人に一定の距離を取られて冷たくされるのも悪くないなって、思ってたんですけど……」


「けど?」


「これからは、もう冷たくしないでください……私はきっともう、それを喜べないです」


 じっと見つめ合っていた私たちは、気がつけば唇を重ね合っていた。


 どちらから、顔を寄せたかもわからなかった。ただ、それは自然な流れであったとも言えるかもしれない。


 長く一緒に居た婚約者なのに……と思われてしまうかもしれないけれど、これまでに私たちはキスをしたことはなかった。


 不意に離れたレンブラント様の青い目に、これまでと同じような、冷たい光なんてひとつも見えなかった。


 いいえ。何もかも聞いた後ならわかってしまう……結局は、私は自分の都合の良いレンブラント様を作り上げていて、彼は希望通りに演じていくれただけなんだって。


 すべて、私のために。


「リディア。君にどうしても、ひとつ確認しておきたいことがあるんだけど……すごく重要なことなんだ。答えてくれる?」


「はい。もちろんです。何でしょうか?」


 これまでずっと悩んでいた誤解がすっかり解けてしまい、どこか夢見心地になっていた私は、レンブラント様にそう問われて何も考えずに微笑んだ。


「君を……池に突き落とした相手って、誰なのかな?」


 質問をしてにっこりと微笑んだレンブラント様。すっごく優しそうな笑みだし、私への好感度は下がっていない。


 けれど、優しい笑顔なのに何故か……鬼気迫るものを感じて怖い。


「それは……その」


 私は言って良いものか悩んだ。だって、レンブラント様は……私にあった事を聞けば、どう思うか。これまでを思えば、簡単に予想がついてしまう。


 これは、ジャイルズ公爵家とダヴェンポート侯爵家、二家の貴族間の問題でもあった。


 私がナターシャ様がした悪事を、ここで訴えたとする……レンブラント様は、決して婚約者に無法な事をした彼女を許さないだろう。


 もしかしたら、大事になってしまう可能性が高い。


 けれど、私がナターシャ様に隙を見せたと言えば、その通りなのだ。彼女から見れば自分の方が婚約者に相応しいと思われるような振る舞いをしていた。反省点はある。


 そんな女同士の争いに、王族であるレンブラント様を巻き込んで良いものなのか……。


 こくりと喉が鳴った。


 池に落とされたという被害をここで訴えることは、その事自体は簡単ではあるけれど、これまでの経緯を考えれば、それほど簡単な問題でもなかった。


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