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21 打ち明け

 私たち二人はそのまま見つめ合い、何も言わないままだった。


 好きだと彼に打ち明けるまでの間、本当に長かった。


 今ここでレンブラント様に好きだと伝える事が出来て、私は恥ずかしいと思うよりも、ほっとした安堵感が勝っていた。


 だって……これでもう、誰かに誤解したりされる事はない。


 私たちはお互いに想い合う、婚約者同士だって、胸を張って言えるはず。


「ああ……リディア。その……驚いた。実は今まで言えなかったが、僕も君の事が好きなんだ」


 恥ずかしそうにそうして切り出したレンブラント様は、顔を赤らめていた。


「レンブラント様……」


 頭上の数字が私への好感度最高値なので、それは知っています……なんて、ここでは言えなかった。


 もうすぐ、レンブラント様に伝えなければならないとは、わかってはいるけれど……彼の口から聞き出した訳でもなく正攻法とは言えない方法で、それを知ってしまっているのだから。


「それに、実はリディアに、打ち明けねばならない事がある……長い間、隠していた。僕の秘密について」


「え? ……ええ」


 池に落ちてしまいずぶ濡れになってしまっていた私を横抱きにしていたレンブラント様は、決意を込めた口調でそう言った。


 彼からの好感度が見える私は、やはりそう言ってくれたと感じたと同時に、彼が口にした打ち明けねばならぬ秘密について、とても不思議だった。


 レンブラント様が私のことを好きであることは、先ほど聞いたけれど、それを隠してしまった理由については触れないままだった。


 レンブラント様はほどなく駆け寄って来た慌てた様子の侍従アンドレに、ずぶ濡れになっている私のために色々と準備を済ませるように指示し、初めて見る自室まで連れ帰るとメイドが用意していた毛布で私を包んだ。


 部屋が、すごく広い……レンブラント様は王族だから、それは当然なのかもしれないけれど。


「……リディア。今は風邪をひくといけないから、また後でゆっくりと話そう」


「わかりました……」


 また慌てて入室したアンドレから何かを耳打ちされて、レンブラント様は『すぐに戻る』と言い残して部屋から出て行った。


 ……そういえば、私を池から救い出したレンブラント様は、これまでとは違って全く冷たい態度ではなかった。


「……リディア様。湯船のご用意が整いましたので、こちらへ」


「はい」


 私はメイドに促され本日二度目の湯浴みに向かい、池に落とされてしまった汚れを落とすことが出来た。


 着替えのドレスなどは、先ほど代理でダヴェンポート侯爵邸にまで取りに行ってくれていたイーディスが予備の物を持ってくれていたので、それで事足りた。


 レンブラント様を呼びに来たアンドレは、とても深刻そうな様子だったし……一体、彼が何を言いに来たのか、気になってしまう。


 私が身支度を調えてメイドに温かいお茶を淹れてもらい、身も心も温まった頃にレンブラント様が部屋へと戻って来た。


「リディア」


「レンブラント様!」


 レンブラント様は私の隣にサッと腰掛け、無言のままで私をじっと見つめていた。


 ……え? 何……? 深刻そうな顔だけど……。


 壁際に控えていた使用人たちが、そんな私たちの様子を察し一斉に居なくなっていくのが、目の端に見えた。


 そして、部屋の中には私たち二人以外の誰も居なくなり、パタンと扉の閉じる音がした。


 待って……待って。


 私たち婚約者と言えど未婚なのだから、通常ならば、扉を半開きにするべきではないの……!?


 ……いえ。これが、婚約者であるならば、当たり前のことなのかしら。


 私たちは距離を取っていたから、そうでなかっただけで。


 レンブラント様とは二人幼い頃から婚約者として一緒に居たけれど、こんな空気になったのはこれが初めてで……。


 目の前のレンブラント様は、何故かやたらと緊張しているようで、唇が震えていた。そんな彼を見て、私も何を言い出すのかとコクンと喉を鳴らした。


「リディア。実は王族の能力(ギフト)は、特別に十歳の誕生日に、発顕することになっていてね……」


 私の手をぎゅっと強く握り、レンブラント様は口火を切った。


「あら……そうなんですか」


 王族は白の魔女の子孫なのだから、特別に他の国民より早めに能力(ギフト)が発顕することだって、それは有り得るのかもしれない。


 けど……どうして、こんなにも、彼が緊張することになるの?


「……僕は『好きな相手の好感度が上がる時、周囲が輝いて見える』という能力(ギフト)を持っているんだ」


「そうなんですか……それは……」


 そうなのねと何気なく頷こうとした私は、レンブラント様の持つという能力(ギフト)の意味をゆっくりと理解し、言葉を失ってしまった。


 十歳と言えば、私たちがまだ婚約者として、発表される前のことだった。


 そして……私がレンブラント様にときめいていた時、彼は冷たい態度を取っていたと思う。


 それが、彼にわかっていたとしたら……続けていた理由も、何もかもわかってしまった。


「……これは、試験で例えると意図せず答えが見えてしまうようなもので……あまり良くないことだとは理解していた」


「あ……」


 やっぱり……レンブラント様は、私が彼の冷たい態度にときめくから、敢えてそうしてくれていたんだ……。


 私たち二人のすれ違いも、すべては私がそういう彼の態度に喜んでしまうからだった。


「リディアは婚約者から冷たい態度をされて喜ぶ女の子だと驚きはしたけれど、そうすれば君が喜ぶと思うと、僕もそうしてしまうという状況で……どこかで説明出来たら良かったんだが、今まで言えずに悪かった」


 言いづらそうに、紡がれる言葉。確かに、私はレンブラント様からの冷たい態度を喜んでいた。元とは言えば、それが原因なのだ。


 彼はいずれ将来結婚する相手なのだから、暑苦しくなく冷たい態度を取られる方が楽だとまで思っていた。


 ああ……私たちはお互いに持つ能力(ギフト)によって、変な誤解をしていたことになる。


「……レンブラント様。私にも謝りたい事があります」


「えっ……?」


 能力(ギフト)を打ち明け何を言われるかと緊張していたらしいレンブラント様は、私が謝りたいと口にした事が意外だったようで、ぽかんとした表情になっていた。


「私の能力(ギフト)は私への好感度を見る事でして……実は、冷たい態度を見せるレンブラント様が、私のことを最高値に値するほどに好きで居てくれることは、既に知っておりました!」


「っ……そうなのかっ」


 これについては全く予想もしていなかったのか、レンブラント様の顔は、みるみる赤くなってしまっていた。


 もちろん。すぐ上にある数値、私への好感度は『100』のままだ。


 これを言って数値が下がらないか気になって見ていたけれど、ほっと胸をなで下ろした。余計な心配だったみたい。


 私だって能力(ギフト)がなければ、きっとこんな事は知るよしもなかったんだけど、色々と誤解が解けたので良かったのかもしれない。


「それに……冷たい態度のレンブラント様にときめいてしまった理由なのですけど……母が亡くなってから、父と兄がやたらと過干渉になってしまいまして、レンブラント様のように冷たいくらいの態度で接してくれる人が良いとまで思ってしまって……好感度が上がったのは、多分そのせいもあるのかもしれません」


「そうなのか……僕はリディアは、冷たくされる事が好きなのかと……」


 レンブラント様本人がそう思っていたのなら、これまでの婚約者である私に対する態度の理由も頷けるし、彼の能力(ギフト)を思えば、それが続いてしまってもおかしくない。


 これまでに二人の間にあった誤解は全て解けて、私たちは同時に笑ってしまった。


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