19 言いがかり
まさかケーキ塗れの姿で王族に会う訳にはいかないし、レンブラント様には『私の方から連絡する』とは言っていたのだけど、もし彼と話をするなら私の方から向かう方が早いと思った。
レンブラント様の私への『好感度』は、最高値で疑うべくもない。
まさか、再度神殿が能力の内容を間違えて私に教えているなんて事はないはずだし……もし、そうだとしたら厳重に抗議するわ。
色々とあった間に、時はすっかり夕暮れになってしまったけれど、まだ食事の時間ではないはずだから、急げば間に合うはず。
「ダヴェンポート侯爵令嬢」
早足で城の廊下を歩いていた私は、不意に掛けられた声に振り向いた。
「……ナターシャ様」
彼女と共に出席していたお茶会は大分前に終わってしまったはずだし、こんなところで会うなんて、本当に思ってもいなかった。
「ケーキが突然、倒れて来てしまったとか……心配してしまいましたわ。大丈夫でしたか? 私もとても気になっておりました。私とあのような話をした後でしょう? リディア様が泣いていないか、心配になりましたの」
私はそこで、確信することが出来た。
それは、女の勘と言えるものなのかもしれないし、彼女のしおらしい態度と言動に違和感を覚える人は多いかもしれない。
あの大きなケーキを倒すように誰かに指示をしたのは、ナターシャ様で間違いないわ。
ああして、公的に宣戦布告をされてケーキまで誰かに倒された私が悲しんで泣いていないか、自分の目で確認したかったというところかしら。
「ええ。この通り……大丈夫ですわ。ケーキが倒れて来てしまった時は本当に驚いてしまいましたけれど、突然の事故は良くあることです。ご心配頂けたようで、本当にありがとうございます」
私は微笑んでナターシャ様にお礼を言うと、気に入らないと言わんばかりに彼女は眉を寄せた。
私が期待通りの反応では、なかったから……?
「ダヴェンポート侯爵令嬢。私は貴方がレンブラント様に相応しいとはとても思えないのです。幸いお二人はあまり上手くいっていない様子。婚約者をご辞退されるのならば、早い方がよろしいのでは?」
敵意があることをもう隠すつもりはないと思ったのか、私のことを睨みつけたままでナターシャ様は言った。
「いいえ。ご心配には及びません。私たち二人は上手くいっています。お互いに好意を持っていて、両親に決められた婚約者ではあるのですが両思いなのです」
私は毅然としてそう言ったので、ナターシャ様は変な表情になっていた。
レンブラント様と私は一定の距離を保ち周囲からあまり上手くいっていない婚約者のように見えていたかもしれないけれど、お互いに思い合っているという事実が理解出来ないのだろう。
「もし、それが真実だとしたら、何故レンブラント様はあんなに冷たい態度を? とても貴女に対して好意的だとは思えないわ」
こうして聞くとナターシャ様の言い分は、もっともなのかもしれない。
レンブラント様の冷たい態度を私が喜んでいたのは事実だけど、周囲から見ればそう思っていたはずだった。
「……けれど、レンブラント様は私を好きでいてくださいますし、私だってそうなのです」
それは、キッパリと言い切ることが出来た。頭の上の数字で一目瞭然なのだ。
「ですから、その言い分には何の根拠があるのです。常によそよそしい二人を見てもとてもそうは思えないと、私は言っているのですが」
私は決着点の見えない押し問答が、何だかもう嫌になって来てしまっていた。優雅な貴族令嬢らしく居たいけれど、ナターシャ様が真正面から喧嘩を売ってくるのなら私だって対応せざるを得ない。
だから、もうこれを言ってしまおうと思った。
「いえ。ナターシャ様。私には自分の好感度を見る能力を持っているのです。それは、神殿に問い合わせて頂いても結構です」
「自分への好感度が見える……ですって?」
私が言い出した事実が彼女にとっては思いもよらぬことだったのか、ナターシャ様は呆然としていた。
「ええ。レンブラント様の私への好感度は最高値『100』なのですわ……そして、ナターシャ様。貴女の好感度は『3』です。私の事を気に入らない事はその数値でわかってしまうのですが、事実……私とレンブラント様はお互いに愛し合っているのです」
「何を……いい加減なことを!」
私は怒った彼女の取った行動に驚いたまま、咄嗟に反応出来なかった。
私たち二人が向かい合っていた場所は、城の庭園にある池の上に掛けられた渡り廊下だった。王族が住む宮へと続く橋は優美に造られて、水面に映ると円が出来ることでも知られていた。
気がつけば、池の中に座り込んで居て……見下ろすナターシャ様を見上げるしかなかった。
「言っておくけれど、私に落とされたと訴えても無駄よ。私は今、ジャイルズ公爵家に居て、城になんて居ないもの」
その時、彼女の顔がぼんやりとぼやけて、違う誰かの顔になった。
私はそれを見て、言葉をなくしてしまった。驚いた……こんなことが出来る能力が存在するなんて。
これは……ナターシャ様の、能力? ああ。これで、いくらでも変装出来るから、私が誰かに被害を訴えても無駄と言いたいのね。
ナターシャ様はさっと身を翻して、その場を去っていった。




